131話 僕が女の子になった日の前の日のこと
今日からは1日1話ペースに戻ります。
※今話と次話だけは……貴重過ぎるハルちゃん青年verです。
「ふぅ……」
夕方の通勤時間帯。
僕は、疲れ切った体を駅のホームでぐっと伸ばした。
やっぱり人混みって疲れるよねぇ……通勤だけでへとへとだよ。
あー、やっと仕事終わった。
涼しい夜空を見ながら、おんなじ顔をしたスーツ姿な同類たちととぼとぼ歩き出す僕。
けど、やっぱり長いよねぇ……8時間の労働って。
まぁ厳密には朝の用意で30分、通勤片道1時間、なんだかんだで早く出社して残業して10時間。
んで帰って着替えてだから13時間。
1日の半分だもん、そりゃあ疲れるよねぇ。
あー、学生時代は良かったなぁ。
特に大学なんかもう……。
学生時代から体育会系だったり、放課後や休日に友達と遊びに行く――そういうタイプじゃなかった僕は、この生活だけで精いっぱいだ。
朝起きて会社に行って、帰ってきて食べて寝る。
体力ってのは生まれつきなんだ。
ちょっとジムに行ったからって、そうそう着くものじゃない。
そもそもジムで毎週がんばれるのは最初から体力がある人だけ。
僕は違うんだ。
人は、生まれながらにして基礎スペックが違うんだからさ。
「がんばる」っていう基礎が。
こういうの、僕みたいな人なら分かるんだけども、元気いっぱいな人には分からないらしいね。
そりゃそうだ、土台が違うんだから何もかもが違うんだ。
◇
スーパーで安売りになってた惣菜とお酒を両手にかさかさ。
や、作り置きはあるけども、安くなってたから……つい。
――そんな僕も、流行ってるって知ったら、とりあえずで触ってみる程度はする。
だから、どうせ合わないとは分かってたけど「ダンジョン」ってやつに潜ってみることにした。
聞けば、ゲームみたいな世界がそのまま地球にも現れたらしい。
……そう言えば一時期は「ニュースでおかしなこと言ってる……」って思ってたんだ。
ダンジョンとかモンスターとか、レベルとかドロップとか。
ああいうの、てっきり何かのゲームとかを知らない人向けに紹介してるのかって思ってたんだけども、どうやら違ってたらしいって知ったのが3年くらい前。
……会社での世間話、ソシャゲのことかってずっと思ってたんだ。
で、適当に反応してた。
やっぱり知ったフリしての適当は良くないね。
◇
電車で会社から帰ってきてから、駅前の大きいスーパーで買い物をして、そのままバスに乗ってちょっと。
歩けば30分、バスで10分の距離のとこ。
駅前から住宅街になって――新しい商店街。
そこは、ダンジョン特需っていう感じのお店ばかりが……古い商店街を駆逐するような感じで、新しいお店が軒を連ねている。
ダンジョン関係は、とにかくお金の動きが派手だ。
実入りも多いけども、使う金額も普通の商売するよりずっと動く。
だから、普通の駅前よりも賑わったりするところもあるらしい。
「……………………………………」
んー、あんまり品揃えに変化はなし……お、新型の配信機材……げ、すっごい値段。
ダンジョンで必要なもの――道具から薬、装備までの店が立ち並ぶそこを何分かぷらぷら歩いた先に見えて来たのは、ダンジョンのゲート。
そこに吸い寄せられて行くスーツ姿の僕の同類に、出て来たばっかりな学生服とか私服の、うらやましい生活してる人たち。
あー、今お帰りなんだ……良いなぁ。
僕たち会社勤めは、お仕事してからひと潜りだよ。
けどもダンジョン潜りを専業にするのはちょっとねぇ……安定感ないし、それ以前にすっごい肉体労働だから、カゼ引いて半月寝込んだら収入ゼロだし……。
かちゃっ。
ゲートの脇の建物の中、無意識で歩いて行った先のロッカールーム。
僕みたいに、会社帰りとかにひと潜りで小遣い稼ぎっていうニーズで、でかいロッカーまで完備。
至れり尽くせりとはこういうことなのかな。
なんてね。
……もそもそとスーツを脱いで綺麗にかけて、いつもの装備を着始める。
今どきだからか、ちゃんと小さいながらも個室になってるのが最高。
僕ってば温泉とかでも裸見られたくないタイプだし、かと言って他人の毛むくじゃらなんて見たくないし。
見られる価値の無い男貧相な体でも、やっぱり見られたくないものは見られたくないんだ。
ダンジョン。
全世界に突如出現した謎のエリア。
そこから出てくるモンスターっていうのは、放っておくとダンジョンからあふれてくる災害。
それをいちいち駆逐していたら、どこの国でも軍人さんは足りない。
だから、民間人に解放されたんだってね。
かちゃり。
最近お気に入りの狙撃銃――こういう武器と一緒に。
僕が子供のころまではこんな武器、偽物でも逮捕とかされてたんだもんね……世界なんて簡単に変わるもんだ。
……結構な国で、モンスターって言う脅威そのものにもだけども、なによりも経済的な面で大混乱が起きたらしい。
なにしろダンジョンのドロップ品は、どれも地球に存在しなかったものだし、今でも製造できないものだから――当然、高く売れる。
それが大量に流通したらどうなる?
だから今じゃ、中級者が1日潜ってサラリーマンの何倍かの日給になる「程度」に抑えられるよう、ダンジョン関係はすごい税金だ。
ほんと、どこの国でもお金を巻き上げることだけは得意だよね。
あー、そのせいで毎年の税金がめんどくさいったら。
……それでも軽く2、3時間潜るだけで、僕の実力でも1万くらいは手に入る。
やる気出さないでそれだ。
他の副業なんてやってらんないね。
ま、僕のダンジョン適性があったからだけど……まぁそれは他のことにも言えるから良いってことで。
そんなわけで、僕は今日も会社帰りにひと潜りする。
どこにでもいる存在として。
ぴっ。
僕の名前と、去年かおととしくらいに鑑定したレベルが表示される。
会社の入り口みたいにカードキーをかざして入る、ゲート。
……会社から帰って副業って、自分のことながら時間を損してるって思う。
本当なら、さっき買った惣菜とお酒で今ごろ1杯やってる時間だもん。
まぁ、みんなやってるし?
これでお仕事とおんなじくらい稼げるし?
なによりお酒のランクが相当上がるんだし?
おいしいお酒のためだからしょうがない。
そうして僕は、今日も。
国主導の副業って言うGDP競争の駒として潜るんだ。
……分かっててもやらざるを得ない程度には魅力的で、そこはかとなく心地良いんだ。
◇
潜り始めてから2時間弱。
いつもより深く潜っちゃったからそろそろ……って思った先のフロア。
……ここ、何だろ。
今日はいつもとは違うルートが運良く近道だったみたいで、結構奥まで潜ったみたいだけども。
しばらく警戒して……FOE、ダンジョン内の特性とか階層とかのすみ分けを無視していきなり出て来る所見殺しのモンスターのとこかもって警戒してたけども、索敵スキルと目視を信用するのなら……どうやらここにはモンスターは居ないらしい。
それに、ワンフロアにしては狭すぎる。
「……………………………………」
それでも銃を構えつつ、忍び足、壁と遮蔽物沿いに、息を殺してリストバンドを意識しながら進んだ先には。
……泉?
泉だ。
湖って大きさじゃない。
そんなにおっきくない、ただの水場。
……水系のモンスターが襲ってくるかと思ったし、ワンフロア……みたいだからてっきり大部屋で、四方からモンスターが群がってくると思ったけども違ったらしい。
……もしかしてモンスター、本当にいないのかな。
探知スキルにも映らないし。
こういうイレギュラーなフロアは結構ある。
大体月に……1、2回、年に10から20って考えるとそこそこ。
……特殊フロアか、珍しい。
なんか良いものないかなって期待した僕は、隅から隅まで探索してみることにした。
8章は1年前、ハルちゃんがハルちゃんになった場面。
慣れた今となってはおすましなハルちゃんも、そのとき実は……。
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