13話 ここで全部丸投げしたことを後悔する僕
「さて、今後の話ですが」
「はい」
一見するとごく普通のまじめなお姉さんなヘンタイさん兼えみさんが口を開く。
お仕事モードって感じで話し方も丁寧に。
どっちが本物の三日月えみさんなんだろうね。
「まず最初に……ハルちゃんのSNSアカウントを作ってください」
「え、やです。めんどくさいです」
「いえ、今どきは作るのが当たり前で」
「そういうのがめんどくさくて隠れてたんです」
「ハルちゃんって変わってるよねぇ。男の子のときならともかく、そんなにかわいい女の子になったら『かわいいかわいい』ってちやほやされたくない?」
「え、だって僕、男ですし。男からちやほやされてもちょっと……」
「あ、なるほど。女の子の視聴者さんって大体は格好いい男の人のところに行くもんねぇ……ハルちゃんくらいちっちゃくてかわいいなら女の子も観るだろうけど」
「わざわざ配信で見たい相手って知り合いでもなければ異性ですし……女の人でもなんかヘンタイさんが集まってきそうですし」
「ぐっ」
「あ、ごめんなさい。別にえみさんのことじゃないです」
なんか流れ弾が当たったらしいヘンタイさん、もといえみさん。
でもなんか嬉しそうだからいっか。
「……こほん。でしたら言ってもらえたらうちの事務所が代行」
「してください、ものすごくめんどくさいので」
もともと僕は説明とかがめんどくさいから隠れてたんだ。
隠れる必要がなくなったし、なんか恩着せてるし、ならいっそのこと全部任せちゃえ。
めんどくさいし、そんなことしてる暇があったら本読みたいし。
「配信の設定とかもお願いします。3年4年くらい前に初めて配信したときからほとんど何も触ってないので」
「……確かにアイコンどころか概要欄もタグも一切……」
「めんどくさかったので」
「ハルちゃん……もうちょっとがんばろ……?」
「……配信をしていない私でもそれくらいは……」
救護班さん……九島さんがびっくりした目で見てきていて、三日月さん……えみさんが困った顔で見て来ている。
だってしょうがないじゃん、僕の配信って本当に趣味だったんだし。
「でも分かるよハルちゃん、その気持ち……!」
「分かります? るるさん」
「うん……! 毎回考えなきゃいけないのってとっても面倒なんだよね! あと『るるちゃん』ね?」
一方で手をぎゅっと握ってきた深谷さん……るるさんは僕の気持ちが分かるって。
この子に対する僕の好感度は急上昇中。
「……それに、ハルさんを表に出してしまったのは、るるのせいですから。私たちにできることは何でもします」
「じゃあ後でパスワードとか全部送りますから、なんか良い感じにやっといてください」
専門の人たちに「良い感じ」にしてもらえばなんとかなるでしょ。
なんか膨れ上がった登録者も大半はるるさん目当て、そのうち減って元に戻るだろうしさ。
ああいや、でも幼女疑惑っていう事実が残り続ける限りはこのヘンタイさん以外のヘンタイさんが残るのかな?
「私、あまり詳しくありませんけど……それってもう事務所所属って感じなんじゃ……?」
「まぁ、一時的にでもハルさんへの勧誘を遮断する目的でそう見せかけますので、間違いではありません。騒動が収まった後はハルさんの意志次第ですが……」
門外漢な感じの九島さんだけど、彼女でさえ僕よりこの業界について詳しそう。
「任せて! ハルちゃんの配信は私がプロデュースするからね!」
「え? あ、うん、お願いします、るるさん」
「お願いされたよ! あと『るるちゃん』ね!」
るるさんの顔が近いからぷいっと適当なところへ目を移す。
「あ、照れてるー! かわいー♥」
違うよ。
僕は人と顔を近づけるのが前から苦手なだけなんだ。
……そう言えば君、いつの間にかすっかり砕けてるね……いや、僕は気にしないし良いけどさ……。
「次に、ハルさんのご自宅……あのアパートですが」
「ドア直しておいてくださいね。高いので」
「あ、はい、それはもちろん」
腕の力だけで剥ぎ取ったらしいマッチョなヘンタイさんが言う。
マッチョなヘンタイさんってやばいよね。
「……それに加えて、当分は事務所の方で用意する部屋に引っ越していただきたく。あのダンジョンのある町からも数ヶ月は離れた方が無難との判断だそうです」
「高レベルの方と言っても、ハルさんは6歳の体ですし……女性は警戒してもし過ぎることはありませんから」
「そうなんですか? 九島さん」
「ええ。ダンジョンの警備隊への通報も何割かは女性に対する男性からのものですので」
あー、女の子ってだけでめんどくさいのか。
やっぱ早く男に戻りたいなぁ。
「あ、さっきのですけど引っ越しもやってくれるなら良いですよ」
「もちろんです」
「じゃあお願いします」
僕は別にあのアパートが気に入っていたわけじゃない。
ただ田舎だから安くって広くって、ただそれだけ。
男だったときは自転車でちょっと走ればなんとかなったし、この体になってこそこそするものの移動は足でもそんなに遅くはない。
やっぱりダンジョンで鍛えられるレベルって大切。
そうじゃなかったら僕はただの幼女で、駅まで1時間とか掛かるだろうし。
「うん……ハルちゃんの正体知りたい人たちがね、いっぱいうろうろしてたの。私たちもその人たちに見つからないようにこそこそしてたから」
「ああ、配信で僕の髪の毛とかがバレたんでしたっけ」
「ついでに言えば……こんな感じです」
「どれどれ」
さっきからスマホをいじいじしていた九島さんが画面を見せてくる。
そこには金髪ロングでローブを被ったキャラ。
「?」
「それがハルさんだそうです」
「えっ」
どっかのソシャゲのキャラ実装って感じでいろんな人が描いているらしい。
それに対する盛り上がりとかすごい。
え?
これ、僕?
なんか意外と似てるんだけど……え、怖。
「トレンド入りしちゃって、みんな悪ノリしてたみたいだね!」
「ええ……人の姿を勝手に……?」
「お嫌でしたらハルさんのアカウントを作った際に削除申請とか」
「ああいや、別にそこまでじゃないです。そもそも僕、戻れば男ですし」
「……こういうの、配信する女性は特に多いみたいですね……」
「有名税と思うしかないんです、こればかりは 実際に有名なほど描かれて認知の機会も増えますから……」
「えみちゃん、おっぱいおっきいから良く描かれるよね! えっちなの!」
「るるだって……いえ、ごめんなさい」
「何で謝るの!?」
「だって、あなたのファンアートって大体いつもの不幸な場面だし……」
なるほどね。
女の子ってだけで人気も出るけども、逆にこういうことも多いと。
確かにえみさんはでかいし、るるさんは小さいっていうか絶壁で……うん、あの不幸っぷりだもんね……。
まぁ僕は男だからどうでも良いけどさ。
「ハルちゃんって顔出しも立ち絵とかもなかったし、みんな妄想楽しんでるね!」
「いわゆるファンアートですね。どれもかわいいです」
嬉しそうに九島さんがスクロールする。
この中ではトップに常識人な九島さんでも、描かれるってこと自体はごく普通に受け入れてるらしい。
……僕ももうちょっとネットとかやろっかな……知らなかったし、こういうの。
「……あの。なんかセンシティブな僕がいません?」
「ま、まあ、女性と来たらそう描かれるのが私たちですから……」
「僕、男なんですけど」
「ごめんね……私が配信でお姫様とか言っちゃって……」
よく見たらどのイラストもなんか王冠みたいなの被ってるし。
「跪け!」とか「下僕」とか鞭とかが添えてあるイラストも数知れず。
「王冠って……ヘルメットの上のカメラのことでしょうか」
「ハルちゃんお手製のだね! あの部屋にあったやつ!」
がんばったから随分な高レベルだし、ダンジョンでは基本的にケガはしない僕。
だから頭の上には一応で蒸れないように加工した帽子、そこにカメラを取り付けてあるだけなんだけどなぁ。
「るるが配信でそう言ったんですよ」
「るるさん?」
「ごめんなさい」
「別にいいけど……アイドルさんも大変なんですね。こうやってあふんなイラスト描かれて」
一緒に流れて来てた、るるさんが盛られた感じのイラストを見る。
「すっごく恥ずかしいから自分のは見ないようにしてるんだけどねぇ……でも綺麗だったりかわいいのはサムネに使わせてもらいたいし……」
「人気の代償ですね。目に余るものでなければもうなんとも思いません。配信の映像を加工したものなら怒りますが」
女の子って大変だね……勝手に薄着にされていろいろさせられて。
「……ハルさん、大丈夫ですか?」
「? 何がですか九島さん」
「何がって……ハルさんは、もともと男の人なんでしょう……? その、だから女の子としてそういう絵とかやっぱり……」
「……ああ」
そういうこと。
九島さんは救護班さんってこともあって、至極常識的な人らしい。
困ったらこの人に頼ろう。
るるさんはそういうのじゃないし、えみさんはヘンタイさんだし。
「平気です。僕も男でしたから男の気持ちは分かるんです」
「じゃあハルちゃんが男の子だったときに私たち見てたらそういうのも見た!?」
「なんでそうなるんですか、るるさん」
「『るるちゃん』! それより答えて!」
なんか真っ赤になってるるるさん……良く分かんないけど何かが年頃の彼女の心に直撃したんだろう。
見てみるとえみさんもちょっと赤くなってるし。
「……私も、気になり――」
「ヘンタイさんなのに?」
「あふんっ!」
「三日月さーん、それ治さないと絶対いつか配信でやらかしますよ――……」
まだ病院だからか控えめなヘンタイさんと、両手にきゅっと糸状の何かを持っている九島さん。
……見なかったことにしよ。
「それでハルちゃん、どうなの!?」
「どうって……別に?」
「女の子としての魅力ゼロ!?」
「え、いや、そういうわけじゃないですけど」
「じゃあやっぱり見るの!?」
「なんでそうなるの……見ないって……」
「私が魅力的じゃないから? おっぱいないから!?」
「いや、僕、そんなに気にしない方で……」
それからお会計が終わってお迎えが来るまで、ひたすら見る見ないでめんどくさかったるるさん。
女の子ってめんどくさいね。
あ、ちなみにお金とか全部事務所さんが出すんだって。
なら仕方ない、女の子のめんどくささもホストしてるって思えばいいや。
今は女の子だけどね、僕も。




