121話 始原会議Ⅵ
ここまで来たら最終話まで1日2話投稿。
こちらは本日2回目の投稿です。今日の1話目がまだの方は前話からお楽しみください。
「……ひとまずはご苦労。 クレセントちゃん、プリンセスちゃん。 そして――」
「くしまさぁん」
「くしまさぁんだね」
「くしまさぁんで良いんじゃない?」
「生くしまさぁんか」
「近くで見るとまた違った感じで……良いね!」
「くしまさぁん、就職先は華の無い公安じゃなくてこっち来ない?」
「お前、引き抜きは止めろよ、くしまさぁんは俺んとこだ」
「あ?」
「お? やるか?」
暗い室内。
九島ちほに一斉に浴びせられる、「くしまさぁん」呼び。
「……私、九島ではありますけれども……その呼び方、コメントのみなさんが……」
「むむ、確かにコードネームとしては分かりやす過ぎるかのう?」
「……考えてみたら全世界に知れ渡っていますものね、くしまさぁんは……」
「くしまさぁんis女神ですものね……」
「これが女神か……」
「天使のハルちゃんに女神のくしまさぁん……空想が現実に……!」
「ですからそれ、止めてくださいませんか……? と言いますよりも、これ……何ですか?」
地下室。
合衆国軍がダンジョンの入り口付近を占拠したタイミングで、最寄りの病院に設定されていた転送先。
そこで、ハルにより強制転送されて出現した、三日月えみ。
……急に周囲の状況が変わって目を白黒させた彼女。
自分のすぐ後に転送されるはずのリリが見当たらないものの、自分のリストバンドと同時に起動していたのを見ていた彼女は「別の避難所に転送されたのだろう」と結論づけていた。
そんな彼女が、駆け付けて来た九島ちほから応急処置を受け……たと思ったら「始原」から招集を受け、「あ、くしまさぁんも連れて来て」と、いつものように軽すぎる指令にため息をひとつ。
ついでにちほもまた、ハル関係でいつも飛ばされる急な指令が「直属の上司」から来ていたため、迷うことなく着いて行き。
そこにはいつものメンバーが……またしても徹夜明けのテンションで、さらにはネット工作しっぱなしだったせいでリアルとネットの区別が付かなくなっている始原たちが揃っていた。
「まぁ、ちほちゃんのコードネームはおいおいとしましょ」
「すまないねぇ……この2週間、本当に忙しくて参っていてねぇ。 老体にこれはなかなか厳しいのさね」
「あの……いえ、もう良いです……」
「それで……何があったか教えていただけますか?」
「ええ。 クレセントちゃんたちは実にがんばりましたからね」
「特別に教えちゃう!」
――相変わらず、見た目と立場に見合わない軽さね。
でも、こんなときだからこそ少し安心できるかも。
「……クレセント……?」
「……後で分かります」
――でもやっぱりそれは止めてほしいのよ……特に今のように、知り合いに知られるのが1番に……。
ため息をつきつつ、促されるままに円卓へ着く2人。
勝手知ったるえみ、怪しすぎて警戒心しかないちほ。
「まず儂らは『始原』じゃの」
「えっ……あ、あの、会長さんと、うちの……」
「……ちほさん、ひとりひとりを覚える必要はないわ。 とにかくコメント欄で暴れてたあの人たちが、ここに居ると理解すれば良いんです」
「クレセントちゃん、なんか怒ってる?」
「……疲れているだけです」
「そうですよね、あんな大立ち回りの直後です。 無理を言って……」
この場のことを軽く説明し出す、えみ。
「……知ってるってことは、えみさんも……」
「ええ……残念ながらね……」
「ちなみにクレセントちゃん……えみちゃんも僕たち始原の一員だよ」
「そうそう、一緒に工作とした同志さ」
「えっ。 ……………………………………」
……がたっ。
座ったばかりのイスを……無意識でえみから離してしまう、ちほ。
「ちっ、違う! 変態性からではない! 私も今みたいに巻き込まれたんだ!! 信じてくれ!」
「まだなにも言っていませんけど……」
始原と聞いて、真っ先にそのハルへの執着心を想像したらしいちほ。
「大丈夫です」と言いつつも、やっぱりドン引きしているのが分かる彼女の表情。
そんなちほへ、必死に無実アピールをするえみだった。
◇
「今回の件は駐在合衆国軍の独断……そのように発表されるだろうが、大統領令により行われたものさね」
「つまりは合衆国軍……合衆国の意志で行われた所業」
――先ほどのは、私たちの緊張をほぐそうと……いえ、いつも通りだから単純に何も考えていなかったのかもしれないわね。
けれど、まさか合衆国……国家が、それも超大国が。
「そんな……」
「……いくら安保理が……とは言いましても、このような軍事行動は」
「左様。 しかも民間人視点どころか軍人視点からの配信が豊富な故に、すでに事態は全世界に知られておる。 合衆国は、当分のあいだ釈明で動けぬよ」
「今後の作戦でもことごとく警戒されるでしょうし、ね」
「そもそも本来なら、軍事行動は主要国の部隊が到着してからという予定でした。 が、それも……今はここに居ませんプリンセスの母国などの工作により、数日の遅延の見込みです」
――私たちがダンジョンを攻略していたあいだ、世界情勢がこんなにもとんでもないことに……。
「分かります……その気持ち」
「……そうだな、ちほも」
「ええ。 私も数日前に帰還して……目の前に合衆国兵が立っていて。 あの時点でも世界が変わりすぎていて、気分は浦島でしたから」
唐突な安保理決議、ダンジョンの脅威度が高くなったとして国連が制圧・管理。
そのために各国の軍隊が派遣中。
……そんな中、今日になって突然――末端の兵士たちの会話から、本当に突然にダンジョンへの先制攻撃が決まり、実行された。
「そんなことって……」
「正直、ここまで強引に来るとは思わなかったわねぇ……」
「うん。 これ、合衆国内でも大変なことになると思うよ?」
「まったく、アタシたちが議員たちを説得したりしたのもおじゃんさね」
「しかし、だからこそ大統領追求の格好のネタだ。 報いは受けてもらいますよ」
「とは言え、すでにミサイルは――公式な発表はまだだがな。 何でも『ダンジョンを破壊するのに特化した新兵器』とかいうやつが発射されて、あんなことになっている」
中央のパネルに表示されているのは……あれから数時間が経って暗い中に、ぽっかりと昏く広がる大穴。
「ダンジョンがあった範囲」をえぐるようにして、底の見えない大穴。
「幸いなことに、ハルちゃんとるるちゃんの寝顔配信は」
「ぶふっ!?」
「……あの、真面目な雰囲気で……その、『ハルちゃん』とか『るるちゃん』とか……」
「不満かね?」
「いえ……良いです……」
――招かれて少しですけど、やっぱりこの人たち、よく分かりません……。
自分の上司に、以前にも会った威厳のある老人のような彼らが「ハルちゃん」などと言い出し、あまりのギャップに吹き出してしまったちほ。
少しだけ慣れているえみならまだしも、始原という存在にすら初めて接触した九島ちほの腰は引けたままだ。
「ハルちゃんとるるちゃんの貴重な寝顔配信は続いているから、2人の安全は私たちだけでなく配信を観ていた全ての人が知っている。 しかもそれなりに明るいみたいだから、ダンジョンの中でも多分開けたどこかに出ていると」
「地上の避難所の方の中継もあるし、けが人もみんな軽症だって分かってる。 ひと息はつけそうだね」
「唯一安否が不明なのが」
「プリンセスちゃんさね……」
「えみちゃんとほぼ同時だったのに……」
「でも」
「なんか抜け駆けしようとしてたのは」
「許されない」
「処す? 処す?」
「処す人ー」
「はーい」
「……ええと、プリンセス?」
「……リリさんのことです、ちほ……」
「……どうしてプリンセス……いえ、なんとなく分かりますけど……」
「私、『クレセント』ですよ?」
「……ああ……」
◇
彼女たちが招かれてから、数時間。
各人の配信画面やSNSなどでの情報交換によれば、ダンジョン周辺に居た人々は全員、無事が確認済み。
えみもすぐに戻って来たし、ハルとるるも寝顔中継が続いているため……場所は不明だが恐らくダンジョン内に留まり続けていると分かっており、命の危険がないだろうと判断できる。
ただ、残るは。
「他の避難所には?」
「ううん。 彼女、そもそもこっちのリストバンドは……ほら」
「ああ、ハルちゃんに助けてもらったときに……」
「あれで念のためにって、国から持って来た予備を付けてたらしいんだよ。 こういう安否確認のためにって、普通はダメなんだけどね」
「……なら、もしかして」
「ええ。 今ごろ彼女の国のリスポーン地点にいるかもね」
「それならなぜ連絡を……いえ、もしかしたら検閲が……」
ひとまず合衆国軍の動きは停止し、ダンジョン付近でも治安維持程度しか命令が出ておらず……その彼らも命令には従いつつも、この国の警察の言うことに従っているらしい。
そうして静かすぎる夜が、ダンジョンに降り注いでいる。
「……るる、ハル」
「リリさんも、心配ですね……」
地下室の中。
中央のパネル、その最大のものにどアップでハルの寝顔と寝息。
そこに居る全員は……程度の差はあれども、共通して最も心配している存在の寝姿を眺めながら、眠れない夜を過ごした。
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