100話 『500階層RTA配信:下層』5
こちらは本日1回目の投稿です。昨日の2話目がまだの方は前話からお楽しみください。
『――繰り返しお伝えします。 本日正午、首相官邸はいわゆる「世界ダンジョン法」の規定により、――ダンジョンを最高ランクの危険度と認定。 また、昨夜、安全保障理事会の緊急会合により――』
「――『世界ダンジョン法』。 10年前の大災害の教訓から国連総会、全会一致により採択されたもの」
「ダンジョンの出現からわずか1ヶ月で壊滅的な被害の出た大陸を中心に、事実上拒否することのできない規範ね」
「どさくさに紛れて大国たちが無理やりに通した条項も多く……当時は緊急時だった故に仕方がなかったが、今となっては」
「こういうこともできるってわけ、ね……」
「元々こういうつもりさね。 戦後の取り分を先に考える奴らだもの」
地下室には憔悴しきった一同。
「……ハルちゃんの個人情報は漏れぬ。 この地下の外にある機密文書は、全て焼却処分した」
「元々『彼』のことを知る人間も極めて限定しています。 少なくとも多少の利益や脅しでは渡さない人材です」
「それは良いけどさぁ……どうすんのよこれ」
ニュース番組はどれも物々しいものばかり。
「10年前を思い出せ」のスローガンを掲げ、各国の兵士が乗り込む姿やかつての被害の映像ばかりを繰り返し流している。
「ハルきゅんのために、ここまでやるだなんて……国家が」
「そりゃあやるさ。 なにしろノーネームちゃんが世界最大の配信サイトを好き勝手できる何者かって知られた段階から、準備されていたんだもの」
「ハルちゃん」。
「ノーネームちゃん」。
その桁違いの影響力は、もはやダンジョンに留まらないものになっていた。
「ま、今回のがとどめじゃな。 これで明確に『世界中の情報操作を可能とする存在』、かつ……あるいは別個体かもしれぬが『ダンジョンという脅威を完全にコントロールできる存在』が確認されてしもうた」
「500階層RTAが始まるまではまだごまかせたが……もう、な」
「でもさー、電話もチャットもクレセントちゃんに通じないしー。 なんとかならない?」
「無理ですね……連絡手段は全てノーネームちゃんによってコントロールされています」
「どうでもいいけど……こんな大切な場面でハルちゃんノーネームちゃん呼びやめない?」
「あ、さっき言ったけど、仮にあの誰かに連絡できても詳しく言わないでね。 その通信も傍受されてるから」
「無視っすか……え、うげ、マジっすか」
「マジマジ。 姉御ちゃんも、事が終わるまではここに泊まりなさい。 と言うか泊まらないと多分、適当な名目で逮捕よ?」
「ああ、君の会社の方は私の知り合いに任せておくから安心したまえ。 つぶさせはしないよ」
「あ、ども。 社長さんに言われたら安心できるわ」
主要な通りは封鎖、繁華街は通行禁止。
ダンジョンは――どんなに小さなものでも立ち入り禁止。
それも、入り口には軍属が。
「ダンジョンに関わる利益も絡みますから、うちの国の上層部だって例外ではありません」
「そうさね、なるべくなら国内で済ませたいはずさ。 今はそこを突いてなんとか他国を出し抜こうとしてるんだけど」
各自、時折鳴るスマホで誰かとの連絡をしつつの、グロッキーな会議場。
「しかし……」
「ああ……」
「いい……」
「ハルきゅん……」
中心のスクリーンに表示されている、ハルの寝姿だけが癒やしだった。
「ハルちゃんが帰還してすぐに――あるいは帰還せずに留まろうとも、国連軍が攻略するかと」
「こうならぬために動いては来たが」
「ハルちゃんとノーネームちゃんの動きがあまりに……その」
「ちょっとおかしかったからねぇ」
「ちょっとおかしかったもん。 しょうがないわよ」
――「ちょっとおかしい」で、ずっと笑える状態だったら良かったのに。
そう思う一同だが、事態は刻々と進んでいく。
「配信サイトの復活を利用して、手の者にひたすら配信をさせています。 特に外出禁止エリアで暇にしている、マンション住まいのものを中心に、なるべくの高台から。 あくまでもこの状況を楽しむ、ただの配信者として」
「どこかが先を越そうとしてもバレバレってことでの抑止力。 でもその程度しかできなくない?」
そう会話をするあいだにもひたすらキーボードを打ったり電話を掛けたり、あるいは仮眠を取ったりと忙しい「始原」の一同。
「一応ハルちゃんが、またちょっとおかしいことして一気に攻略進んだけど」
「僕たちのイスっぽいのが役に立ったね! いやあ、まさかあそこまで使いこなせるとはさすがはハルちゃん!」
「……やっぱちゃんとネーミング考えとけばよかったわ……徹夜のテンションで何回もコンセプトから作り替えちゃったから……」
「ああ、あんたたちのイスっぽいの、ネタにされまくってるもんねぇ」
「あれをイスと呼んでいいのか?」……誰かがそうつぶやくも、返事はなかった。
「まあ、でもおかげで視聴者たちもいじるネタあるし、ハルちゃんたちも大きな違和感とか不安とか知らずに攻略できるでしょ」
「左様……何より大切なのはハルちゃんたちのメンタルよ」
「ですね。 ハルちゃん自身は……いざとなれば単身突撃してしまうでしょうから」
「『泉』の報酬……つまり、『元の体に戻ることができる』。 しかも外からダンジョン攻略専門の軍人たちが我先にと来ている。 ……何としてでも取りに行くでしょうからね」
「あーあ、幼女なハルちゃんもおしまいかぁ」
「残念だけどしょうがないわね……あ、男の子になったら私狙うから。 それなら協定違反じゃないでしょ?」
「はぁ!? そこはるるちゃんだろ!」
「いえいえ、クレセ……えみちゃんでしょう。 あの変態性がどうなるのか見てみたいものです」
「プリンセスも良いんじゃないかねぇ。 あれは生半可な覚悟じゃない目をしていたよ。 良いじゃないか、幼女の次はとある国の……」
「くしまさぁんもいいだろ。 ハルちゃんが男に戻ったとき、多分1番抵抗感ないだろうし。 何よりハルちゃん自身からの好感度が」
キーボードを叩き、電話を机に叩きつけ、仮眠から目覚め、思い思いのカップリングを主張し始める始原たち。
疲労と睡眠不足と焦燥感。
その結束は崩壊しかけていた。
が。
『くちゅんっ……ふぁ』
『ハルちゃーん、そろそろ起きてー』
「!!!!!!」
「!!!!!!」
「!!!!!!」
「!!!!!!」
「!!!!!!」
「!!!!!!」
「!!!!!!」
全く同じタイミングで配信画面に目を向けて静まる地下室。
そうして毎朝の、眠くてぐずるハルと「彼」を起こそうとする少女たちのやり取りを聞いて深いため息を漏らし――再び結束を強固にする一同だった。
◇
それから数日。
【ハルちゃんが動き出して4日目の朝です】
【もうおしまいです】
【おしまいです】
「え、良いんですか?」
【だめ】
【やめて】
【お願い】
【許して】
【草】
【ハルちゃんの寝起きの言葉に絶望する視聴者たち】
【でも絶望もするだろ】
【ああ……】
【ハルちゃんがついに解き放たれるんだもんな……】
朝起きて支度して、さあいつもみたいに攻略だ。
そう思ったけど……なんでそんな急に?
【でもハルちゃんよく分かってなさそうで草】
【うん……昨日寝てたもんねぇ……】
【夕飯食べてお風呂入ったらすやすやハルちゃん】
【大切な作戦会議だったのにね……】
【まあこればかりはえみちゃんたちのミスだろ】
【そうだな、ハルちゃんが午後7時以降起きていられるはずがないんだもんな】
周りを見る僕。
るるさん、えみさん、九島さん、リリさん。
応援の人たち、5人。
リリさんのお付き、0人。
「今日は攻略開始から11日目……期限まであと4日です」
「ハルさんのおかげで相当に……無茶があって攻略は進みましたが」
【草】
【えみちゃんが濁った目ではっきり言ってて草】
【まあ、そうねぇ……】
【とりあえず無茶しかしてなかったもんねぇ、ハルちゃん】
【ハルちゃん基準じゃ無茶してなかったから……】
320階層。
それが僕たちのいる場所。
500階層中の320階層。
14日間のうちの11日で。
……どう考えても間に合わないもんね。
【これでも国内どころかハルちゃん1人突出して人類最高峰に近い戦力なのに……】
【やっぱ人数制限が攻略難易度に比べて高すぎるんですよノーネームちゃん】
【そのへんどうなんですかノーネームちゃん】
【歌】
【だから鼻歌やめなさいって】
【そもそも歌えてないのよノーネームちゃん……】
【草】
【ノーネームちゃんが良いキャラ過ぎる】
【やってることはなかなかにえげつないけどね……】
祝・100話。
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