1話 いつも通りだったはずのダンジョン
僕が放った矢がひゅっと飛んでいき――10秒くらいで、今日の最後の獲物にクリーンヒット。
その獲物――名前は知らないけどとりあえずでかい熊さんみたいなの――はその衝撃そのままにずしんと転び、一応の警戒でしばらく見守ったけど動かない。
うん、今日も実に良い狩りだった。
やっぱり怖いモンスターなんて、相手が見えないところから仕留めるのが1番だよね。
「この体」だし、安全マージンは多く取れば取るほどに良いんだから。
【おめ】
【ハルちゃんおめ】
【遠くてよく見えないけど、あれってグレーターグリズリー?】
僕が流していた配信にぽつぽつとコメントが流れてくる。
【ハル「ありがとうございます 今日はこれで手じまいです」】
数少ないそれらを眺めつつ、倒したモンスターが素材になるのを待つついでにコメントで返信。
【さっきから見てた 初見なんだけどこの配信、顔も声も無いの?】
【最初っからずっとだな】
【身バレが怖いって言う普通の理由らしい】
【声すらないとか普通じゃないけどクセになるんだよな】
【そのせいで人気出ないんだよなぁ……】
【俺たちみたいな変わり者ほどハマるのになぁ】
【お前と一緒にするな 俺はハルちゃんの技術に惚れたんだ】
【そういうのもあるのか……】
僕は帽子に付けたカメラを指で触って確かめる。
――うん、大丈夫。
僕の顔が映ることはないんだ。
【グレーターグリズリー……かは遠すぎて分からなかったけど、ただのグリズリーでもソロ討伐できるなら顔出しすれば良いのに。 あれって中難易度ダンジョンの下層以上のモンスターなんでしょ?】
【初見、お前に何も分かっていない】
【何のこと?】
【1回も声も顔も出してしてくれたことないけど、俺はハルちゃんが美少女っていう夢を見てるんだ】
【分かる 完全に顔も声も無いから逆に妄想しやすいんだよな】
【今どき、デフォのアバターさえ使わない硬派だもんな】
【夢は夢のままが良い 起こさないで】
【現実逃避は素敵だぞ?】
【まぁ男の顔見ててもあれだしな つってもトークが上手かったりしたり、これくらい強いんなら見るけど】
【ハルちゃんは俺たちに希望を持たせてくれているんだ】
【ああ】
【よく分からん……けど、視点的に結構、背、低いのかな?】
【おっと、詮索はNGだぜ初見さん】
【ハルちゃんがふさぎ込んじゃうからな】
【コメントなんて最初と最後しか見ないけど、万が一はあるからな】
【ああ……個人勢なんて趣味だし、吹けば飛ぶメンタルだから 俺もだし】
【分かる】
配信=ダンジョンへは不定期に潜って時間もばらばら。
顔出しも無し、アバターも無し、声もチャットすら無しと、どう考えても人気の出るはずがない僕の配信。
タイトルも適当で説明文も「ダンジョンに潜ります。 声出し顔出しアバターありません、スナイパーなので9割画面動きません」とかだし。
そんな適当さで完全な趣味って言うのに逆に惹かれたらしい、
ちょっとおかしい……もとい非常に奇特な人たち何人かが同接を維持してくれているのが現状。
それは嬉しいんだけど、逆に言えば完全な内輪感で初見さんは大体離れる。
いや、そもそもとしてBGMも何も無くって狩りの間、何十分も身じろぎしないんだから、ちらっと見てそっと出ていくのが普通だ。
ちなみにその時間、僕はタブレットで読書してる。
みんなは何してるんだろう。
というか普通じゃないこの人たちは何なんだろうね。
男って分かっていながら「ハルちゃん」とか言って見てるしさ。
――去年からは、あながち間違いでもないけども。
【もう3年? 4年になるのか、ハルちゃんがこれ始めてから】
【BGMすらない清々しさが逆に良いよな】
【なんか着けっぱなしにしてたらハマったんだっけか、俺は】
【同接も全員顔見知りになる過疎っぷり】
【顔を知らないのはハルちゃんだけ】
【なにしろ本当、作業用って感じだし】
作業用。
そういう需要も世界にはあるらしい。
【在宅だからちょうど良いんだ】
【おっと、ニートの存在を忘れるな】
【そこで威張るのか?】
【草】
まあそうだよね。
全世界のダンジョンですごい数の人が配信しているんだ、むしろこれくらい突き抜けてないと駄目なのかも。
特に男はね。
……男も美形でトークも上手い人なら女性リスナーが集まってくるらしいけども、残念ながら僕はそうじゃ「なかったし」なぁ。
一方で女の子なら基本、誰でも結構なファンが付く。
男はごく一部の男女にモテるトップ層と下層組、女の子はトップも高ければ平均も高い、素人でもそれなりに最初っから人が来る。
男って悲しいね。
なにがって、性別だけでこの格差ってのと、それをしているのは他ならぬ視聴者の男って意味で。
僕も男「だった」……いや、今でも心はそうだからよく分かる。
【あ、結晶化した?】
【早く取りに行かないと】
【大丈夫だろ この数十分で人来なかったし】
【人気ないダンジョン……僻地?】
【詮索すると俺たちが押しかけるぞ?】
【総勢10名の俺たちがな】
【言ってて悲しくならない……?】
【なる なった】
【かなしい】
【草】
暗い洞窟の先でしゅわっとした光。
倒されたモンスターが結晶化することでの素材回収だ。
――本当、ダンジョンってのが出てくるまでのゲームそのまんまだね。
僕はそう思いながら周囲を警戒しつつ、熊さんの素材と、あと十数本散らばっているはずの矢を拾いに向かった。
飛び道具はコストが高いから、使えるのはまた使わないとね。
定職を失ってダンジョン配信者っていう……いや、配信は収益化どころか登録10人とかいうレベルだから趣味で、お金はダンジョンでの稼ぎだけども。
自由業な生活をしている僕は、ただでさえ低い身長をさらに低くして目立たないようにしながらこそこそと歩き回った。
――よし。
今日も誰にも見つからないで行けそう。
◇
今日の稼ぎはなかなかだ。
ほくほくだ。
ダンジョンって良いよね、自分に合うやり方さえ見つけたら会社行かなくって良いから。
まぁ今の僕じゃ会社行けないどころか、見つかったらお巡りさんなんだけどさ。
お金なんて通販かデジタルコンテンツくらいしか使い道すらないよ。
「!」
手元のスマホからアラームが鳴る。
……またかぁ。
みんな無茶するんだから。
【救援要請?】
【この人が居なさそうなダンジョンにも……っていうかホントここどこなんだ?】
【だから秘密だって、身バレするかもって】
【どんだけ身バレ怖いの配信者……】
【だからハルちゃんと呼べ ハルにゃんでもハル様でも可】
【ハルきゅんは?】
【お前……ハルちゃんが嫌がらなければ別に】
【初見のキャラが濃すぎる】
【これは期待の新人だな】
ちらっと見たけども、まーた新しく入って来た人にみんなが群がってる。
そうやって初見さんに群がるからいつまでも人増えないんだけど……いや、そもそもコンテンツそのものが悪いんだけどね。
そう思いつつも、この人たちがいるから僕が孤独じゃないって思えるのを思うと「止めて?」とは言えない。
リアルでの知人が壊滅したんだ、もはや僕の拠り所はここだけ。
言っていて悲しいね。
【あ、移動し始めた】
【けどいつも他のパーティーが来て解決するか、ハルちゃんが着いてもいつも通りだから見せ場はないぞ】
【どういうこと? だって救助要請って普通は……】
【さっきみたいに遠くからアサシンするだけだからな】
【で、ハルちゃんってば顔見られない内に逃げちゃうから、感謝も報酬ももらえない】
【どんだけ見られたくないんだよ……逆に興味湧いてきた】
【今のうちに登録しとけ 古参になれるぞ?】
【古参(配信開始3年半経過】
【えぇ……】
僕は今78層……救助要請は77層。
よっぽどじゃなきゃ間に合うし、よっぽどじゃなきゃいつも通りさくさく終わらせて後味良くしてミッションクリア。
……救助のときって助けた人にバレちゃいけないから近づけなくって、矢とか石とかドロップは捨てることになっちゃうんだよな――……。
んー。
どうしようもない理由での縛りプレイな僕だけど、そのどうしようもない理由でダンジョン生活してるからしょうがない。
前に比べて体重は軽くなったけど筋力が無いのと、荷物の相対的な大きさとで走れない僕。
助けるのは良いけどせめてなんとか生きていて。
そう願いながら……おっと。
なんだか今日に限ってズレやすいヘルメットにくっついたカメラを気にしつつ、長くなった髪の毛を後ろで縛りながら上層への階段目指して、てくてくざくざくと進んでいった。
◇
【るるちゃんがんばって!】
【救助要請、今……え、たったの1人?】
【いや、るるちゃんに近い階層でソロならむしろ期待できるぞ】
「みなさんごめんなさい、よりにもよってこんなミスしちゃって……っ!」
10を超える数のモンスターに追われている深谷るるは、カメラを意識しつつも震えを抑えるので精いっぱいだ。
「今日もまたドジ踏んじゃって……ああ、私ってばなんて不幸なの! なんて、ね?」
【草】
【結構なピンチでも配信盛り上げようとする配信者の鏡】
【偉いけど声震えてる……】
【強がりも勇気だよるるちゃん】
【でもまずくね?】
【これがまずくないとでも?】
【歯がゆい……今、会社じゃなければなぁ】
普段は数人のチームでダンジョンに潜る、とある事務所所属の配信者――深谷るる。
普段から自分の不注意と些細なミスとで「不幸体質」「不憫な子」として不本意な人気を持ってしまった彼女は、登録者100万人に手が届く期待の新星だ。
ダンジョン内では魔力でピンク色になるくせっ毛な長髪、「貧乳は正義だ」「貧乳ロリでないるるちゃんなど居ない!」とさんざんな体型は接近専用の軽装の鎧で覆われており、その手にはごく普通の長剣。
近接戦では特にスキのない彼女は、生来のドジのために人一倍気をつけていた。
【でもまさかるるちゃんが3連続で落とし穴に落ちて】
【落下地点にモンスター召喚の罠があって】
【しかも敵の大半がアウトレンジな飛行モンスターとか】
【【さすがは不幸体質】】】
【これ、演出だよね……そうと言ってよるるちゃん……】
【むしろここまで来たら逆にリアリティーしか無い】
「ひっじょーに信じにくいですし私も信じにくいですけどーひっ!? 頭掠めたぁ!? ……紛れもなく命のピンチですぅー! しかも落とし穴の罠で緊急脱出装置も上の階ぃー!! 私のリストバンドー!!!」
【草】
【草】
【笑い事じゃないのに草】
【死にそうなのに笑えるのがるるちゃんの魅力だよ】
【がんばって】
――そうよ、るる。
私は、最後の瞬間まで「エンターテイナー」なんだから。
中難易度のダンジョンとは言いつつも100層あるところを、ソロで攻略……もちろん途中までというつもりの企画。
まさかの連続罠にさえ引っかからなければなんとかなったはずの彼女は、絶体絶命の危機だった。