89 卒業式・後編
「へっ、何だよ。なんか言ってみろよ。」
私を殴った後、メリッサは掴んでいた手を離してそう言う。
見てみると、手首の辺りをさすっているので、軽く痛めたのかもしれない。
「殴り慣れて無いのね。もしかして初めてだった?」
「はっ、粋がってられんのも今のうちだぞ?次は本気で殴る。」
「今のも十分本気に見えたけど?まぁ、それで気が済むなら何回でもやってみれば?」
なので、私は挑発を繰り返して彼女の様子を窺ってみる。
「………。」
「…………。」
そうして、しばらくにらみ合いが続くが、先に音を上げたのはメリッサの方だった。
「なんなんだよ…。何がしてぇんだよ!お前は!!」
「別に、何もするつもりは無かったけど、とりあえず座ったら?」
「…………ふんっ」
場所を移すことも考えたけど、ここには私達以外誰も来る様子が無かったので、何を話すにしてもまずは落ち着かなければと思い、私はさっきまでメリッサが座っていた階段に腰掛けると、隣に座るように指を指す。
メリッサはしばらく迷っていたけど、結局、鼻息荒く私の隣にドカリと腰掛ける。
その後、彼女を呼び止めたのは私なので、私の方から口を開く。
「私、あなたの言葉に救われたのよ?」
「………。」
「知ってると思うけど、ここには私、知り合いすら居なかったから。…大変だったなぁ。クラス発表でいきなりリュウレンに絡まれるし、魔術は思うように使えないし。」
「……。」
「そんな中、個性的な先輩達を紹介されるし。期待されてるんだかされてないんだかも良く分からなくて。」
メリッサは、それに相槌を打つことも無く無言で居るが、私は構わず一人で話し続ける
「気が付いたら、そんな先輩でも私の中では頼れる存在になっていて。」
「だからこそ、常に100%の力を発揮して、良いところを見せ続けなきゃってなってたの。」
「…。」
「嬉しかったなぁ。そんな時に『頑張らなくて良いよ。』って言って貰えて。」
入学してすぐに、リュウレンとトラブルを起こした私は、スイネグ先輩に会うまでは腫れ物のような存在だっただろう。
彼の助手に選ばれた事で、クラスメートからのみる目が変わった時期もあったけど、だからこそ、彼からの失望は絶対に避けなければと、私は自分でも気が付かないくらいに気が張っていたのだろう。
「私とあなたの状況は違ったのかもしれないけど、自分の実力以上のことを期待されるのが怖いって気持ちは良く分かるわ。」
「…そうかよ。」
「周りの『凄いね』って声が『そんなもんか』に聞こえて、『頑張れ』って声が、『まだ出来るでしょ?』に聞こえるの。」
「そうだな。」
その時の事を思い出しながら話すと、メリッサもその感覚に覚えがあるのか、静かに相槌を返す。
「誰かに話を聞いてほしくても、相談できるのは、私に期待を掛けてる人ばかり。ずっと強がり続けて、あの日はそれが我慢できなくなっちゃった。」
「けれど、そのお陰で今あなたにこうして言って上げられるわ。」
「もう、一休みしても良いんじゃない?あなたも十分頑張ったんでしょ?」
そして、あの日私が掛けられた言葉を彼女にも掛けてやる。
すると、彼女はハッと息をのみ、膝の上に置いた拳を握ったり開いたりしたかと思うと、ふるふると肩を震えさせる。
「そう…だよ…。頑張ったんだよ…。あたしは頑張ったんだよ!」
「そうね。そして弱音も吐かなかった。」
「そんなこと、出来るわけねーだろ。あんなに期待した目で見られて、自分には、才能がありませんでしたなんて!!」
「うん、そうだね。辛かったよね。悔しかったよね。」
「そうだよ、悔しかったんだよ!出来なくて『仕方無いね、また今度だね。』って言われて。こっそり練習して、出来るようになったところを見せたかったのに、いくら練習しても出来るようになんなくて…」
「それで、サク先輩から離れたのね。」
「あぁ。本当はそんなつもり無かったのに…。クソっ!」
メリッサは、これまで隠していた感情をさらけ出すと、最後にそう言って拳をガンっと地面に振り下ろす。
それから5分ほど経った頃、最初よりは落ち着いてきたであろうメリッサに、私は正面を向いたまま話掛ける。
「どんな人でも休憩は必要なのよ。」
「急に何の話だよ。」
「知ってる?スイネグ先輩がいつも研究室に居る理由?」
「あぁ?知るかよ!そもそも話したことすらねぇよ。」
「あそこだと誰も来ないからゆっくり寝れるんだって。ふふっ、普段あれだけしかめっ面してるくせに、寝顔は可愛いのよね。」
「だから、知らねぇって…。」
私の話を、くだらないと流すメリッサは、もう完全にいつもの調子だ。
「さて、サク先輩達以外にもお世話になった人は居るんでしょ?初等部とか中等部の時と違って、もう2度と会えなくなる人も居るんだろうから、ちゃんと挨拶行ってきなよ。」
「…さっき、一休みしろとか言ってなかったか?」
「ふん。あんたは、ずっと休憩してたんだから、ちょっとぐらいは頑張ってきなさいよ。それとも、まだ私に慰めてほしいの?」
「はっ、そんなわけねーだろ。」
そんな彼女に、最初に来たときと同じような内容の話をすると、そうやって憎まれ口を叩きながら私達は、ハッハハっと笑い合って立ち上がる。
「そんじゃ、どっかのお節介がうるせーから、ちょっと行ってくるわ。」
「ふふっ、行ってらっしゃい。」
最後にメリッサがそう言って、片手をポケットに突っ込みながら、後ろ手に手を振って歩いていくのを、私も軽く手を振って見送ってやるのだった。




