77 吐露
「不安って…何がだ?」
メリッサの姿に、つい私の口から疑問の呟きが漏れだしてしまったが、彼女は怪訝そうな声をあげつつも、そのまま課題を進める手は止めずに耳だけをこちらに傾ける。
「うー。何がって聞かれると、難しいけど…これからどうなるのかなって。」
「クラスの事とかか?」
「うん…そうね。今年、成績そんなに良くなかったし、来年以降Bクラスになる可能性もあるのかな。」
「んー、どうしてそう思うんだ?サヤカからお前らの班の事聞いてるけど、そんな不安になるような事あったか?」
別に成績のことについても、不安が全くなかった訳じゃないけど、この気持ちを強く感じるようになったのには理由がある。
「あんたもほら、聞いたでしょ?2.4年生の校外学習のこと。」
「あぁ。1月にSクラス以上の奴らはアリアス、Aクラス以下はユニウス大陸に行くってやつな。」
「そう。それを聞いてちょっとね…。」
お風呂から出た後の話題で、レイナが先輩から聞いた話として出てきたものなのだが、私達がこの前1.3年生でそれぞれに役割を持ってやったように、今度は1月に2.4年生が、クラスごとに隣の大陸へ行って校外学習を受けるらしい。
「その話の中に、不安になるような要素なんかあるか?」
「ほら、私達って来年Aクラスなら、ユニウス大陸に行く訳じゃない?」
「あぁ、そうだな。」
「そうなると、私が良い成績を取るのは難しそうだなって…。」
ユニウス大陸は、サヤカの出身大陸で魔素が薄い。
なので、まだ上手く魔力を扱えない私にとって、この大陸以上に辛い環境になるだろう事が予測できる。
「何でだ?良くわかんねぇけど、2人ででけぇ熊を倒してんだろ?だったらユニウス大陸でも、別に苦戦することなんか無さそうだが。」
「あれは運が良かっただけで、また同じことを期待するほどバカじゃ無いわ。」
「だとしても、倒せるだけの力があるのは確かなんだろ?」
「それはそうなんだけど、なんて説明すれば良いのかしらね。」
けれど、魔法と魔術の違いもよく知らないメリッサには、私の不安はあまりピンと来ていなさそうだった。
それでも、私やレイナから先輩に教わった話とかを聞いてるおかげで、なんとなくその2つが違う技術だというのは理解してるようだ。
「まず、私とあなたで魔法の使い方が違うって言うのは分かるかしら。」
「んー、確か、魔法と魔術だっけか?」
「そう。それで、私は先輩とかサヤカから魔法の使いかたを教わっていたんだけど、今回の戦いでは最終的に魔術だけしか使っていなかったの。」
「あぁ。サヤカが、いきなり回路の魔力を止めて、無防備に突っ立ってるから心配したって言ってたな。」
メリッサはそう言うと、課題がキリの良いところまで進んだのか、私の方にようやく顔を向ける。
「無防備って言うか、それが一番集中出来たから。」
「でもまぁ、それで思いっきりぶちかまして倒せてるんだったら、別にその魔術?だけしか使えなくても良いんじゃねぇのか?」
「それが出来たら楽なんだけどねぇ。」
「と言うと?」
私はメリッサに、あの時は偶々魔素の濃い場所があってなんとかなったけど、最初に全力で攻撃したときは大した傷を負わせられなかったこと。
そして、ユニウス大陸はここよりも魔素が薄いので、更に魔術が使い辛くなることを説明する。
「ほーん、そうか。でもまぁ、1年もあれば、お前なら魔法もある程度使えるようになってんじゃねぇの?」
「そうかも知れないわね。けど…」
「なんだ?ハッキリ言えよ。」
「怒らないで聞いてよ?」
メリッサが私の不安を成績の事だと勘違いしてるなら、そのままでも良いかと思ったのだけど、良くも悪くもフラットな目線で見れる彼女に、私の本当の不安を打ち明ける事にする。
「レイナの話を聞くまではそれでも良いと思っていたの。だけど、もしもこのまま予想通りにクラスが落ちたとき、先輩達からの期待も無くしちゃいそうで怖いの。」
「………。」
「もちろん今だって、そんなに大きな期待をされてる訳じゃないのは分かってる。でも、それにすら応えられなかったら、卒業したらもう面倒を見てくれないんじゃないかって…。」
私の話を聞いてる間、メリッサは無言だったが、しばらくすると『あーーーっ。』と言って髪をかき揚げ、口を開く。
「その、先輩達は…お前がAクラスだってことを知ってて声をかけてるんだろ?なら大丈夫じゃないのか?」
「そう思いたいけど、なんと言うか、紹介の紹介みたいな感じで最初に挨拶してるからなんとも…。」
「そうか。で、先輩達からもってのは?」
正直、彼女に打ち明けたのは良いけど、適当な返事で終わると思っていたので、ここまでちゃんと考えて話を聞いてくれるのは意外だった。
「………この学校に来てから、私は魔法を教えてもらったけど、結局今回熊にとどめを刺したのは魔術だった。」
「………」
「皆はその事を褒めてくれたけど、あれぐらいのこと…ううん、あれ以上の事をアリアス大陸では出来てたの。信じろとは言わないけど。」
「自慢話…じゃ、ねぇんだよな?」
それどころか、私が拙く言葉を紡ぎあげるのを、急かすようなこともなくこちらを見つめる。
「うん。…私は、こっちに来てから魔術を上手く使えなって、代わりに魔法を学び始めた。」
「筋は良いってサヤカが言ってたな。」
「でも、たった4年で皆と同じレベルまで使えるようになるのは難しいって言われた。」
「まぁ、そうだろうな。」
そう、それはスイネグ先輩に最初に言われたし、覚悟もしていたはずだった。
「魔術だって環境が違えば、技術だけではどうにも出来ない事があるのを知った。」
それでも、工夫次第では今までのように魔術を使えるようになると思っていた時もあった。
けれど、現実は想像以上に残酷だった。
「今の私は、去年の私よりも弱い。」
「………。」
「こうして私が停滞、いや、後退している間も、故郷の皆は毎日1歩ずつ前進している。」
「………。」
「故郷に戻った時、何一つ成長してない姿を見られるのが辛い。」
「………。」
「リュウレンにおままごとって言われたのも、本当に辛かった…。」
「………そうか。」
メリッサが黙った後も、私は1人喋り続け、気が付くと頬を一筋の涙が伝っていた。
彼女が一言そう言うと、再び部屋に沈黙が訪れるが、しばらくしてメリッサが口を開く。
「………何て言うか、実力が発揮出来ない悔しさだとか、無駄にかけられる期待の重圧だとか、理解できない訳じゃないが、まーそうだな、難しいことは考えんなよ。」
「難しいことって…。」
「どうせ人間、出来ねぇことは逆立ちしたって出来ねぇんだ。だったら、それをさっさと認めて、諦めちまった方が楽になるときもあるぜ?」
「出来ないことを…認める…。」
実際にメリッサにそういった経験があるのかは分からないけれど、彼女の言葉は、不安で押し潰されそうだった私の胸の中に、スッと溶け込んできた。
「気分転換にはいつでも付き合うぜ?」
「話、聞いてくれてありがと。ちょっとはすっきりしたかな。………ふわぁ~、そろそろ部屋に戻るわ。」
「おぅ、さっさと寝ろよ。」
「あんたもね。」
最後にそう言ってメリッサがニッと笑う姿を見て、私は気が抜けると同時に眠気が襲ってきたので、目もとを拭い彼女へお礼を伝えると、レイナが寝ている寝室に向かうのだった。




