68 逃走
「はぁ…はぁ……っ…。まだ…姿は……見えないわね…。はぁ…」
熊から逃げること数分、私達は川の近くまで来ていた。
顔面に火を放ったからなのか、熊が追い掛けてくる様子は無い。
目的の場所へたどり着いたのもあり、ようやく私達は足を止める。
「思ってた…より…広い…川…ね…。」
「ふぅ…ふぅ…。どこにいるか…探知する…?」
「ううん…まだいいわ。サヤカも…今のうちに休んでちょうだい。」
「分かった…。流石にわたしも疲れた。」
「そうね…本当に。あっそうだ、必要なものだけ取ったら、サヤカもカバンを置いていってちょうだい。」
「ん?荷物…ここに置いてくの…?」
この後の事を考えると、体力を少しでも温存しておいた方が良いので、私はサヤカに無理をしないように伝える。
サヤカが休憩している間に、私は計画の準備を進めるが、サヤカは私が何をしようとしてるのかピンと来てないようで、頭にはてなを浮かべている。
「えぇ。今から私が、魔術で穴を掘るから、そこに荷物を置いて落ち葉を被せるの。」
「罠ってこと?でも、埋めた後わたしたちはどうするの?」
「そこの川に飛び込むわ。」
「っ…!」
なので、私が計画の内容を話すのだけど、完全に想定外だったのかサヤカは目を白黒とさせる。
「この季節だし冷たいとは思うけど、ここで私達の匂いは途切れるだろうから、我慢して泳ぎましょう。」
「うぅ…でも…。」
私でも、この時期の水の中へ飛び込むのには勇気がいるのだ。
突然これを提案されたサヤカが躊躇うのも無理はない。
と、そんなふうに考えていたのだけど、サヤカの予想外な返事に、今度は私の方が言葉を失ってしまう。
「でも…わたし…泳げない…。」
「なっ…!?そんな……。」
「くぅ…、せめて浮き輪があれば。」
「サヤカ…ふざけてる場合じゃ…
「別に…ふざけてない。わたしは本気で言ってる。」
前に皆でプールに遊びに行った時、確かにサヤカは浮き輪を使っていたが、まさかその理由が本当に泳げないからだというのは誤算だった。
「くっ、泳げないなら別の方法を考えるしかないわね。」
「ごめん…レア。助けに来たはずなのに、迷惑ばかり…
「そんなこと無い!!そんなこと無いよ…。私1人だったらとっくにやられてたかもしれない。多分だけど、あいつは魔術が…
「見てっ!?後ろ!!」
予定が狂ったことで、私は次の行動に悩んでしまうが、その様子を見たサヤカが思ってもいないことを言い出すので、私はそれを強く否定する。
そして、さっきまでの攻防で気が付いたことを話そうとすると、サヤカがそう叫んで私達が来た方向を指差す。
その切羽詰まった声に、私は急いで後ろを振り替えると、遠くに黒い影が現れる。
「追い付かれたっ!?」
「レア!捕まって!!」
「ちょっ…サヤカ!?」
私はまだ良く見えないが、きっとサヤカにははっきりとあいつの姿が見えているのだろう、返事も待たずに私のことを背負い走り出す。
「もう…!その川越えれる!?」
「やってみる!………やぁっ!」
こうなっては、抵抗する時間すら惜しいので、私は諦めてサヤカにそのまま隣岸へ渡るようにお願いする。
サヤカは背負った私の足をギュッと掴むと、軽く助走を付けてダンッと踏み込み、勢い良くジャンプすると数メートル程空を飛び、隣岸へ着地する。
「この後は!?森の外を目指す?」
「いや、あっちの方よ!」
「な、なんで!?そっちは森の奥だよ!?」
「この距離だと逃げ切れないわ!!」
「だったら、こっちの方だって!」
「行きながら説明するから、私を信じて!!」
「レア………分かった。」
「ありがとう。」
本当なら、サヤカの言う通り熊と戦いながらでも、森の外を目指すべきなのだろうけど、今のこの状況ではジリジリと体力を削られて、消耗しきったところを、2人ともあの鋭い爪で八つ裂きにされるのがオチだ。
「それに、あいつと私達の相性は最悪なのよね。」
「攻撃が…全然…通じない。」
「その理由も、最初は私の魔術の威力が低いからだと思ったけど、実際は違った。」
「…何?」
「この森は、完全に魔物化してる奴が少ないのよ。」
「それが…理由?」
中途半端な魔物化。サヤカがいつもより斬りやすいと感じ、私がいつもより魔術が効かないと感じた理由がそこにあった。
私達は、こんな状態の魔物と戦った経験が少ない為、気付くのが遅れてしまったが、どうやら変化してからまだそんなに時間が経っていない魔物は、物理的な攻撃への耐性は下がっていても、魔素を絡めた攻撃に対して、いくらか耐性があるように見える。
「でも、こっちの方にに行けば……この、魔力針が指す方を目指せば、本気で戦える。」
「戦うの?」
「えぇ。魔素が濃い場所なら、私の領域よ。」
そう。川を渡る前、罠の準備をしている時、私はふと魔力針がある方向を指している事に気付いた。
どうせ追い付かれてしまえば戦う羽目になるのだ。
だったら、全力を出せるところで決着をつけたいと私は考え、サヤカに熊を倒す為の作戦を伝えるのだった。




