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義母・義妹編

「バカかテメェッッ」


  友人、シン・ゾークエロイス(16)の声が貴族の通う学び舎、その一室に響き渡った。

  突然なじられた俺としては困惑するしか無い。

  しかし、教室で俺達の話に耳をかたむけていた同級生達からも、「バカね」とか「アホですわ」だとかの端的かつ辛辣な声が挙がっていた。

  たかが家を出て貴族籍を抜ける予定が何だと言うのか。

 どうせ俺は三男だし、家格だってギリギリ貴族なのだから、家を継げない人間のために新しい家を興すための権力や財力があるわけでも無く、兄や姉がバタバタと亡くならない限りは平民落ちが確定している。

 その差は早いか遅いかだ。それだけだ。

 否、それだけでは無いかも――むしろそっちの方が俺の人生にとって重要だ。


「だってさ、家族となると、すっげえ萎えるじゃん」


 周囲の人間にはクエスチョンマークが浮かんでいるように見える。

 俺の言ったことが理解しきれていないようなので、言葉を追加してやる。


「俺の親父が再婚したって話は?」

「そう言えばそんな話があったな」

「後妻の人さ、メチャクチャ美人なんだよ」

「イジメられるのか?」


 そう言う事情なら家を出る選択肢もあるかもな、と周囲が納得しかけているのを感じる。

 だが、そういう事では無いのだ。


「連れ子の妹も美人なんだよ」

「贔屓でもされるのか?」


 それなら家を出るのも仕方ないかもな、と言う空気が伝わっていく。

 バカが。こいつら何もわかっちゃいない。


「スタイルも良いんだよ」

「かいつまんで話せ!」

「ぐえーっ!」


 痛ってぇ!

 我が友人は突然暴力に訴えて来た。

 喋ってる最中の人間を殴るか? フツー。

 しかし他の連中も良くやったと言う顔で、シンに拍手までしていた。


「ひゃあ!」


 俺は奇声をあげつつ反撃の拳をくり出したが、その手は簡単に捕らえられ、捻られ、挙げ句に頭をはたかれた。


「いだだだだ! 折れる! バカ!」


 脳内で実況してる場合では無く、語彙が死ぬくらいの痛みだ。

 俺の悲痛な声に反応して、バカは手を離した。

 所詮貴族なんて暴力を背景にした蛮人の集まりだと言うことが再確認される。

 しかし暴力が無いと他の暴力にさらされるであろう事は理解できる。今がそうだった。


「痛たた、ちくしょう――要はだな、いかに美人でスタイルが良くても家族じゃ欲情できねえだろうが。萎えちまう」


 教室内のクエスチョンマークはさらに増加したようだった。

 こいつらそんな事も理解できんのか?


「カーゾック・エモナイツ」


 突然フルネームで呼びかけてきたシンは、たっぷりとタメてから、


「お前はバカだ」


 などと失礼な事を言う。


「だってお前、母や姉妹に劣情を抱けるか? 無理だろ」

「できるわけ無いだろ。問題はそこじゃねえ」


 他の連中もうんうんと頷いている。失礼な。何が悪いというのだ。

 シンも周囲の反応を見て頷いた後――ムカつく仕草だ――口を開く。


「義理の母とか姉妹を手に入れたのにわざわざ家を出るとか――もったいないだろうよ」


 ????


「????」


 シンに同調していた奴らにもクエスチョンマークが乱舞していた。

 こいつの言葉は想定外だったらしい。


「美人で義理の家族とか夢みたいじゃないかよ」

「――なに言ってんだ、お前?」

「俺は義理の母や姉妹を手に入れる為に、父上と母上のどちらを殺害すれば良いのか、常々悩んでいると言うのに」

「先生ーー!! シン・ゾークエロイスが家族を謀殺うがあああ! このバカ! アホかお前は!」


 うがああはシンに手を捻られた俺の悲鳴だ。

 容易く捻られる俺も悪いが、すぐに手を出すのはコイツの悪い癖だと思う。

 そのせいでまた語彙が死んだ。


「本物だろうが義理だろうが家族じゃ勃たねえよ」

「義理ならいける。なんなら義母を妻に迎えたいね」

「あのな、家族だぞ」

「家族だけど他人だから()()()って絶妙な距離感が良いんだろうが」

「そうかあ?」

「そんな中、風呂場とかでバッタリ全裸とかに遭遇してラッキーでスケベな事があって意識しちゃう! 私ってば家族なのに! ってそそられるだろ」


 こいつは壊れている。

 義母は母なんだから既に父親の妻だろ。

 仮に母親を殺して義母を迎え、父親を殺害して妻にするなら、結局は実の親を双方とも()る羽目になるのでは無いか?

 俺は訝しんだ。

 以前からどこかおかしい奴とは思っていたが、ここまで重症だったとは。


「以前からお前はどこかおかしい奴だとは思っていたが――ここまでとは」


 考えてる事まで一緒でやんの。

 それなのに俺の気持ちが理解できないってのはどう言う了見だ?

 と言うかよ、考えるだけならともかく、口に出したら戦争だろうが。


「あなた達ね、風紀もありますし、下品な話はやめてくださいな」


 醜い争いが始まりそうなのを察して、女子が釘を刺しに来た。

 お嬢様達のボス格、トモエ・オットー(16)だ。

 東方風の名前なのは、親が東方贔屓だからだそうだが、そのアオリもあって、彼女は東方風の礼儀作法や武術を高いレベルで身に着けている。

 つまり、暴力では俺達に為す術は無い。

 貴族的にも位階が上の家だから、逆らうこともできず、俺とシンは「ウッス……」とだけ返事をして縮こまった。


「大体、義理だの義理じゃないだのって、家族に失礼だとは思いませんの?」

「仰るとおりで」


 まともな事を言われると、所詮性欲に突き動かされただけの俺達は反論も弁解も不可能だった。

 教室内の日和見どもは、さすがオットー家の跡取りだ、などとおべっかを使っている。


「挙げ句、家族に欲情できない? 私などは兄弟が可愛くて可愛くて仕方ありませんのに。叶うなら結婚などせず、弟と何人でも子供を作って血をつないでいきたいと願っているくらいですわ」

「ひゃああ」


 俺の口から出た奇声は、気合の一撃では無く、恐怖から出たモノだった。

  義理の家族とか家族じゃないとか、そんなもの()じゃない。

 この女は実の弟――本物の家族にそう言う感情を抱いている。

 見ろ、シンだって口を阿呆みたいに開けたまま、ガタガタ震えているじゃないか。

 このお嬢様を褒めていた日和見どもは、自分は関係ないとばかりに次の授業の準備を始めている。

 友情だとか尊敬と言う物がいかに信用ならないかをリアルタイムで体験できているのは貴重な機会と言えるだろう。

 結局、信用できるのは欲なのだ。

 つまり性欲に従った俺は正しい。

 でも欲に素直なのが正しいとすれば、このバカな友人や、お嬢様も正しいと言う事で――あれ? わっけわかんないだー!

 俺の混乱を察したのか、トモエ嬢は可愛らしく小首を傾げて疑問符の代わりとした。

 でもダメだ。可愛らしくしても俺は騙されんし、流されんぞ。


「さすがに血の繋がった家族にそう言う感情を持つのはどうかと……」


 思考に浸っているスキに、ツッコミのつもりか、シンが余計なことを言った。

 口に出したら戦争だって言ってんだろ!

 ゴメン言ってなかったわ!


「んま! 失礼ね! それは私に対する挑戦と受け取ってもよろしい?」


 倫理的な話なので失礼もクソも無いと思うのだが、それを言っても彼女は納まるまい。

 性癖とはそう言うモノなのだ。

 親兄弟がこの会話を聞いたら泣くだろう事も想像できる。

 しかし、俺が彼らにしてやれる事は他人のフリくらいしか無い。

 次の授業の教本を取り出してスルーを始めつつ、情けない俺を許してくれと心中で謝罪した。


「元凶ォ!」


 そんな叫びと同時に横殴りの衝撃を受ける。

 他人のフリが気に入らなかったらしいシンのボディブローが、強烈に俺の脇腹を打ったらしい。


「うっぐ! オエーッ!」


 無防備で食らった俺は、椅子から転がり落ちてゲロを吐きながら悶絶するしかない。

 実況している余裕があるじゃないかと思われるかもしれないが、人間というのは、危機的状況で妙な冷静さを発揮することがあると言うことを俺は知っている。

 過去、ヤンチャなガキだった俺は、親父が大事にしていたロングソード片手に近所の森へ冒険に行ったことがあり、そこでゴブリンと遭遇、殺し合いに発展した。

 からくも勝利を拾ったものの、その時俺の思考回路は、勝手に持ち出した剣を、実戦の焦りか力任せに叩きつけてへし折ってしまいどう誤魔化すか、そもそも一人で危険なマネをした事についてどう言い訳をするか、などを血塗れのまま静かに考えていた。

 普通は興奮でそれどころじゃないし、怪我もあったので痛みに耐える以外の事は考えられないと自分でも思うのだが、不思議な事に親父の説教への対策をどうするかしか浮かんで来ず、その恐怖で頭だけは異常に冴えていた。


 余談も余談だ。


 危機に対して冷静になれると言うのは、そうしないと生き残れない動物の本能的な感じがしてちょっと面白い。

 面白くない。一体誰が暴力を受けて面白いのか。

 あっ、思考が錯綜してきた、と自分でも混乱しているのかいないのかわからない状況だ。とりあえず立ち上がってシンの顔を殴ってしまえ。


「痛ぇ!」

「バッカ野郎ーー! 俺はなあ! もっと痛かったしゲロにまみれたんだ、俺が! お前のパンチでそうなった! 違うのかよ!」

「喋りがおかしいぞこいつ!」

「落ち着きなさいませ」

「クエッ……」


 クエッ、はトモエ嬢に首根っこを捕まれたが故の喘鳴。

 全くの自然体でするりとやられた為、抵抗すらできなかった。

 それは貴族のお嬢様が持ってて良い技能では無いだろ。持ってないよりは良いのか。


「あのですね、家族には欲情できないと言うことなら、結婚して家族になったらどうなるのでしょうね。婿養子などの扱いは?」


 トモエ嬢は俺の柔首に美しい指をめり込ませ、雑巾を手渡しながら疑念を呈した。先に手を離すんだよ。目の前が暗くなってきたから。

 でも雑巾を持ってきてくれる令嬢ってのも凄いな。ありがとうございます。

 ともあれ、俺とシンは顔を見合わせた。

 確かに。どうなるんだ?

 妻と愛を交わすのは当たり前の事だが、妻として家族になったら、俺達の性欲は失われてしまうのだろうか?

 いや、それは揚げ足取りであり、詭弁だろうよ。

 惑わされてはいけない。


「養子は家族同然の扱いになるからなんか違う気がするし……」


 恐ろしい論調だ。

 家族扱いを嫌がるとか、人としての情は無いのか?


「妻は義理の妻と言うことにすればなんとか……」


 シンはとうとう頭がおかしくなったのか、想像を絶する言葉を吐いた。

 聞いた事ねえぞ。世間の奥様方に怒られるんじゃねえかそれ。義理の妻ってどういう概念だ?

 妻はどこをどうこねくり回しても妻だろうよ。義理なら何でも良いのか。アホだ。

 おそらくこいつは、義理の祖母とか義理の子とか、最悪義理のペットとか義理のタオル、義理のスプーンとかでも欲情できるに違いなかった。

 俺が床を雑巾で清め終えた頃、トモエ嬢も同じ疑問を持ったようで、


「では義理のゴブリンや義理のホモなどはいかがでしょう」


 などと不可思議な単語を作り出している。

 でも良いとこのお嬢様がホモとか言っちゃあいけませんぜ。


「常識的な範囲の義理でお願いしたいんスけど」

「あっ、こいつまともな事を言いやがった」


 さすがにツッコまずにはおれなかった。


「しかし義理の妻と言うのは常識的なのでしょうか? 義理の妻って何です?」


 トモエ嬢もめげずに言葉を続ける。強い。

 このおかしな疑問は、クラスメート達の興味も引いたようだった。


「義理の家族は血が繋がっていないのだから、血の繋がっていない妻では?」

「それは普通の妻だよな……」

「じゃあ普通じゃない妻なら義理が成立するんじゃないか」

「普通じゃない妻って言うと、血の繋がった妻とか」

「血が繋がっている家族には性欲など持ちえないが、それが妻になるならば守備範囲に入ってくると言う事か?」

「なんか騙されてる気がする」


 俺もそう思う。

 そもそも義理の妻を定義しようとしていたのに、それが普通じゃない妻ではなく、そこから一歩踏み込んだ、血の繋がった妻で話が進んでしまっている。

 しかしこのクラスもノリが良いと言うか、意外とアホが多いのだな。話を引き戻さなければ。


「他に普通じゃない妻ってあるか? そもそも義理とは?」

「立場とか恩だとか、関係性に向き合う事だろうな。それが不本意でも」


 シンの答えは明快だった。

 さすが義理の本家は詳しくていらっしゃる。


「となると、立場とか恩があって、例え仕方なくでも妻としてやっていかなくてはならないのが、義理の妻か」

「それは仮面夫婦と言うのでは?」

「なるほど」


 つまりトモエ嬢の仮面夫婦と言う案を採用するなら、義理の妻とは、愛など無く仕方なしにそうなった妻だ。悲しい。

 俺はポンとシンの肩を叩いてしみじみと告げた。


「愛が無くてよくやってられるなお前」

「いやいや。え? 義理の妻だと愛されないの?」

「お前の言からすれば、それが義理ってもんだから仕方ないだろうよ」

「俺は義理の母や姉妹に愛されて暮らすのが夢なんだぞ!」


 なんつー大それた夢を持っていやがる。


「しかし、いざ義理の母や姉妹を義理の妻にすると、愛情が突然消え失せるわけだ」

「なんか怖ぇな」


 確かに。

 おそらく金目当てか、暗殺者か、何者かの洗脳だと思う。

 なんにせよロクなもんじゃない。

 二人で良く分からない恐怖を味わっていたその時、教室のドアがガラリと開かれた。


「てめえら、いつまでもくっちゃべってないで席につけよ」


 生徒に対して何という乱暴さなのだ。

 この先生は美人だし胸もケツもデカくて最高にエロいのだが、チンピラみたいな態度はどうにかならないものか。

 これで優しい先生なら文句なく人気があるだろうに、そんなんだから2X歳独身なのだ。

 貴族は早婚が当たり前だし、平民も労働力という名の子供を作りたいからやっぱり早婚である。

 つまりこの人はどこに出しても恥ずかしい行き遅れだ。

 全員が席に着くと、ボヤキが始まる。


「ったくよ、授業くらいスムーズに始めさせてくれや。私も好きで教師やってるワケじゃないからさ、頼むぜホント」


 教室のあちこちから、あっ、と言う声があがる。

 先生はそれを不審に感じたのか、一同を見回して怪訝な表情を作った。

 義理の先生だ。

 誰かがそんな事を言うと、当人は意味が分からないとでも言う風に文句を言う。


「なんだそりゃ。どう言う意味だよ、義理の教師って。おい、シン・ゾークエロイス。その目はなんだ」


 義理だ、義理だ、と言う俺を含めたクラスメート達が発する謎の一体感に背中を押されるようにして立ち上がったシンは、宝物を見つけたようなキラキラした視線を先生に向け、真っ向から告げた。


「俺と結婚してください」

「やだよ」




 おわり

バカな事にもノリがよいクラスメートはかけがえのない存在です

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