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桜の木の下で

作者: 戸部家 尊

データあさっていたら前に書いた掌編が出て来たので投稿しました。

 この手紙を聞いているという事は、私はもうこの世にはいないのだろう。陳腐な出だしで申し訳ない。文才もなく、手紙を書くのも小学生の授業以来だ。推敲する時間もなかったので、いささかとりとめのない文章になることを許して欲しい。


 もう私の死を知っているのだろう。ネットかテレビのニュース、あるいはクラスメートか担任の今村かはわからないけれど、死に様くらいは聞いているはずだ。


 校門の近くにある桜の木で首を吊ったのだと。知ってのとおり、桜の木は背の高いフェンスで囲われていた。けれどこんなものでは、本気で自殺をしようとする人間を止められはしない。校舎のフェンスと同じだ。乗り越えるのにそう時間は掛からない。防犯カメラも事前にスイッチを切っておく。せっかくの対策を無為にしてしまうのは申し訳ないと思うが、謝るつもりは更々ない。しょせん、彼らも同罪だからだ。


 私は用意しておいた脚立に登り、一番太い枝にロープをくくりつける。首を入れる輪は先程作っておいた。私の体重でもほどける心配はない。


 多少の躊躇はあると思うが、首に輪を通し、脚立を蹴り飛ばす。頸椎が外れればすぐに死ねるだろうが、窒息となればかなりの苦痛を伴うはずだ。けれど、私は彼女のいなくなった世界に未練はない。死体はふらふらと風に揺られていることだろう。無様を晒さないように、水分は一昨日から控えめにしているし、浣腸で腸内の便も出し切った。


 死体の発見者はさぞ腰を抜かしたに違いない。おそらくは用務員さんか、教師の誰かだろう。できれば用務員さんでないことを祈る。ご高齢で定年間近の方に余計なご心痛をおかけするのは忍びない。もしそうだとしたらこの場を借りてお詫びしよう。けれど、私はこの日この場所で死ななくてはならなかった。彼女の一周忌だったから。去年の三月二十九日、彼女はこれからの私のように、桜の木で首を吊った。


 そう、後追い自殺というやつだ。理由は知っているだろう。私は彼女を愛していた。初めて出会った時のことは今でも覚えている。三年前の入学式の日、桜の花びらの舞い散る中で彼女は子どものように踊っていた。黒く艶やかな髪をなびかせ、スカートをなびかせる姿に、世界から音が消え、目の前が真っ白になっていった。あれは、私の初恋だったのだ。


 それ以来、国語の時間が私の幸せな一時になった。許されない恋だとはわかっていた。何度もこの思いを封印しようとした。年の差を考えろ、と自分に言い聞かせようともした。けれど、私の熱情は捨てがたく、諦めきれなかった。だからこそ、受け入れられたときの喜びは法外であった。


 彼女のためならば学校を去っても惜しくないと思っていた。卒業したらプロポーズしようと金も貯めていた。それをぶち壊したのがお前達だ。


 卑劣な手段で彼女を脅迫し、金銭を要求した。あまつさえ、ハイエナのように彼女の心と体を貪り食らった。恐喝した百五十万円の使い途も知っている。スマホゲームのガチャとかVチューバーへの投げ銭って金が掛かるんだな。初めて知ったよ。


 追い詰められた彼女が死を選ぶのは時間の問題だった。けれど校長をはじめ学校側は、彼女の死をストレスによるものと断定し、警察も深く調べようとはしなかった。


 そういえばお前、ワイドショーのインタビューを受けていたな。不快さに肺が潰れそうになったよ。「あんなにいい人はいなかった」ってどの口で言えるんだ? いや、お前にとってはそうなんだろうな。『都合のいい人』で『どうでもいい人』だ。


 私がどうしてお前達の悪行に気づいたかは簡単だ。彼女が教えてくれた。彼女の死後、私は何もする気が起こらなかった。学校も行かなくなり、ずっと家に閉じこもっていた。たまに教師が来たが、全て居留守を使った。そのせいで郵便受けの奥に押し込まれた遺書に気づいたのは一ヶ月も後だった。


 私は悔しかった。大切な彼女を守り切れなかった。それ以上に、彼女の苦しみに気づかなかった自分自身が許せなかった。


 だから私は死を選ぶ。死ぬのは怖くない。彼女のいない世界に生きる価値を見いだせなかった。


 幸いと言うべきか、私には嘆き悲しむような類縁はいなかった。母は七つの時に離婚して音沙汰なし。父はよその女のところに転がり込むようになって、ここ数年はろくに会話もしていない。


 心残りがあるとしたらそう、貴様らだ。彼女を追い詰めた貴様らを放っておくなど、それこそ死んでも死にきれないではないか。だからお前たちも道連れにすることにした。そのために一年近く掛けて、あれこれと計画を練り上げた。


 お前が今、縛られて私の家に転がっているのはそういう訳だよ、加賀見カケル。狭い家で悪いが、遠慮なくくつろいでくれ。


 今、手紙を読み聞かせているのは、私が雇った復讐代行業者だ。早い話が、殺し屋だよ。彼女との結婚費用にためた金を全て差し出した。ちなみに、朗読は別料金だ。何故殺されるのか、その意味を知って欲しかったのでな。多少金はかかったけれど、その甲斐はあるはずだ。


 助けは期待しない方がいい。この辺りは元々人通りも少ない上に、このアパートは取り壊し寸前で、住人はもうウチだけだ。私の父も帰ってこない。私の預貯金だけでは足りなかったのでね。多少なりとも遺産が入って助かった。


 話がそれたが、そういう訳だ。だから多少物音がしても誰にも気づかれない。お前の背後に大きなダンボール箱があるだろう。そこにお仲間が詰まっている。まだ死んではいないはずだが、詳しくはこの代行業者さんに聞いてくれ。


 殺し方は色々考えたが、やはり焼け死ぬのが一番かと思った。お前達のような汚物は焼いておかないと、地獄を汚してしまう。


 私にはお前が今、どんな反応をしているか手に取るようにわかる。きっと、困っているのだ。「どうして自分たちがこんな目に遭わなくてはならないのか」と、心底困惑しているに違いない。世の中にはもっと悪い事をしている奴がいるのに理不尽だと、いきどおってもいるのだろう。お前達はそういう生き物だ。だから反省も改心も求めない。とっとと死んでくれ。


 長々と連ねたが、そろそろお別れだ。ガソリンは景気よく撒いてくれと頼んである。まだ春先なのに冷たいだろうが、じきに温かくなる。私は一足先にハルナ先生のところに行っている。じゃあな。

 

お読みいただき有り難うございました。

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