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天使のレプリカ  作者: 涼佳
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あなたにだけは⋯⋯

 その光景を見たときオフィーリアの全身に衝撃が走った。数十メートル先にローゼンクランツの新型に襲われ、廃墟となったあの街があったからだった。

 次第に呼吸が乱れ、大粒の涙が溢れた。平常心ではいられなくなる。

 瓦礫の下に埋れたアリアの腕を、生きていると信じ、必死なって掘り起こした己が滑稽に思えて、オフィーリアは自嘲した――結局、すべて無駄だったのだから。

 袖口で涙を拭いながら顔を上げると、遠くに揺らめく真っ赤な炎のようなものが見えた。

 不思議に思い、カメラを拡大してする。

「⋯⋯バニラさん?」

 オフィーリアは目を疑った。

 風になびく髪のせいで顔は隠れてしまっているが、あれは間違いなくバニラだ。心臓がドクドクと高鳴る。

 嘘だ――オフィーリアは思う。しかし、そこにいるのはたしかに⋯⋯


「バニラさん!」


 オフィーリアは喜色混じりの声を上げた。

 体に温かいものが広がっていく。どうやって生き延びたのか。どうしてそんな場所にいるのか。そんなことはどうでもよかった。

 ただただバニラが無事でいてくれたことが嬉しくてしょうがなかった。

 そばへ行こうとしてはっとする。バニラはオデットに乗っているのがオフィーリアだと知らない。

 このまま近づけばバニラを怖がらせてしまうかもしれない。一度姿を見せておいたほうがいいだろう。

 オフィーリアは搭乗ハッチを開き、マニピュレーターに跳び移る。

 オフィーリアは飛び跳ねながら大きく手を振った。

「バニラさーん! わたしです! オフィーリアです!」

 深々と息を吸い込んで叫ぶ。するとバニラはくるりと体をこちら側へ向けた。

(やった! 気づいてもらえたんだ!)

 オフィーリアの胸にますます喜びが溢れ、腕が千切れそうになるくらいに何度も手を振った。

「今! そっちに行きますね!」

 一旦コクピットに戻り、搭乗ハッチを開けたままオデットごと移動しようとした瞬間「動かないで」とバニラの美しい声が聞こえる。

 オフィーリアは愕然とした。

(? ど、どうして⋯⋯? コクピットのスピーカーから、バニラさんの声が⋯⋯)

 バニラは顔にかかる髪を払いのけた。

 毛先の三つ編みが解けているため、ずっと前髪で隠していた左目も露わになる――そこに目はなかった。

 黒い球体が眼球に埋められていて、金属片で縫いとめるように固定してある。

 混乱しきって硬直していると、バニラはか細い右腕をオフィーリアの方へ向けた。

「!」

 オフィーリアは絶句した。

 向けられた腕がばらばらに解けた。白い破片のようなものが飛び出し腕を再構成するパーツの一部になる。

 ほんの1秒もしない間に、バニラの右腕は白い筒のようなものに変わっていた。それはオデットが装備しているライフルの砲身に似ていた。

 バニラは自身の身長よりも長いそれを、オフィーリアへと向けた。

――砲身の中に光が収束し始める。

 オフィーリアは愕然と立ち尽くしたまま、逃げようともしなかった。

 まさか、基地を破壊したのも、あの街でアリアたちを殺したのもバニラなのか、と疑問が浮かぶが、そんなはずない、とオフィーリアは即座に否定した。

(だって⋯⋯繋いだ手の感触は温かくてやわらかくて、わたしと同じだった。それに⋯⋯そう! そうだよ! 食べ物も⋯⋯アイスクリームだって食べていたじゃない!)

 しかし目の前の現実はそれを否定する。オフィーリアは足が震えて立っていられず膝をついた。

 そんな様子のオフィーリアを見ても、バニラは表情を変えず、ゆっくりと唇を動かした。


「⋯⋯さよなら」


 光線が放たれる。

 反射的に目を瞑った。きっとあの光が当たれば痛みを感じる間もなく消えてしまうのだろう。そう思った。

 だが、光線はオフィーリアの横をすり抜け、オデットの背後にいたレプリカントを貫いた。

 ずうんと低い音を立てて倒れたそれは、オフィーリアが追っていたローゼンクランツのレプリカントだった。

(助けて、くれた?)

 バニラに気をとられてオフィーリアは本来の目的を忘れていた。もし、あのまま気づかないでいたらオフィーリアは倒されていただろう。

 オフィーリアはバニラの言を思い出した。

 今すぐ退役すべきだと。そのままレプリカントに乗り続ければ命はないと。それはこれから起きることを知っていたから、警告してくれたのではないか? 

 あの日、自分だけが生き延びられたのも、バニラが何らかのかたちで守ってくれたからではないか?


「ま、待って! 待ってください!」


 レプリカントが倒れたのを見届けると、バニラは踵を返そうとする。オフィーリアは引き止めるため、喉が裂けんばかりに死に物狂いで叫んだ。

「お願い! ねえ、行かないで! バニラさん!」

 バニラは何も答えてくれなかった。

 その華奢な背中に手を伸ばすが、凄まじい突風が吹きつけ、反射的に目をつむってしまう。


 風が収まったときにはバニラの姿はなかった。

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