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天使のレプリカ  作者: 涼佳
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憎悪の隨に

 夕日は地平線に隠れようとしていた。

 藍色の空の下を十数機のレプリカント中隊が滑るように進む。オフィーリアの乗るオデットは、隊列のしんがりを務めるクロード機の前にいた。

 ローゼンクランツのレプリカントが数機、国境を越えた。国境に最も近いベルモンド基地は破壊されているため、オフィーリアたちが出撃する運びとなった。

 選ばれたパイロットは全員実力者だ。


 ただし、オフィーリアを除いて。


 エベールはまだ、オフィーリアを殺すことをあきらめていないのだろう。ハンスはもういないから、今度こそ、と考えているに違いない。

 殺意のこもった視線を向けるエベールの顔を思い出しながら、オフィーリアはからからと笑った。

 不思議と以前のような緊張はなかった。手の震えや呼吸の乱れはもうない。

 むしろリラックスさえしている。これが特訓の成果だろうか。

 戦闘シミュレーション訓練の記憶は、今も網膜に焼き付いている。

 凄まじいスピードで移動し、物陰から攻撃を繰り返してこちらを撹乱するレプリカント。だが混乱してはいけない。耳をすまし、狙いを定め、ひとつひとつ撃ち抜いて――

「オフィーリア!」

 はっとしてモニターに視線を移すと、心配そうに眉を下げたクロードがこちらを見ていた。

「やっと気づいた」

 クロードはほっとして口元を緩めた。

「あっ、すみません。また大事なときにぼんやりしてしまって」

 オフィーリアはモニターに向かって頭を下げた。だが、クロードは心配そうな表情を崩さない。

「怖い?」

 どうやらクロードは、今までのようにオフィーリアが怯えていると思っているらしかった。

「そんなに気負うことないよ。おれがフォローするから⋯⋯ウェーバー大尉の分も」

 オフィーリアは頷いた。

 クロードの心遣いは嬉しかったし、その気持ちに水を差すような真似はしたくなかった。

「ありがとうございます」と言った直後、クロードの表情が急変した。

「どうしたんですか、クロードさん?」

「前方、ローゼンクランツのレプリカントだ!」

 クロードが声を張り上げると同時にモニターが切り替わる――ちかちかと点滅する赤い光の数に目を見張った。

 事前聞かされていた情報よりも敵機の数が何倍も多い。

 錯綜とした通信が次々に入る。

 上官の指示に従い、オフィーリアはオデットの操縦桿を握り直し、散開して迎撃体勢に入った。

 ブースターを吹かせながら飛び交う攻撃を回避する。前回より敵の動きを捉えられるようになったためか落ち着いて動けた。

 だが、右斜めからブレードを構えたレプリカントが素早く迫り、オフィーリアはびくりと震えた。

(接近戦⋯⋯!)

 狙いを定めてライフルを撃つが当たらず、みるみる縮まる距離に慌ててブレードに切り替えた直後、互いの刃が交わった。

 金属音とともに火花が散り、オフィーリアは唇を真一文字に引き結ぶ。

 近距離で戦うのはどうしても苦手だった。ブレードから衝撃が伝わってきて、殺し合いをしているのだと嫌でも実感させられるからだった。

 いくらシミュレーションで訓練を重ねたとはいえ、敵パイロットはなかなかの技量らしく思うように攻撃できない。

 それどころか相手の斬撃を防ぐので手一杯といった状態だった。次第にじりじりと焦燥感が募る。

 鍔迫り合いを続けていると、突然相手のレプリカントが後ろに引いた。

 とっさにオフィーリアも下がると、赤い閃光が元いた場所を貫いた。

「なっ、何?」

 光線の道筋に視線を向け、オフィーリアは息を呑んだ。

「クロードさん!」

 4機のレプリカントに取り囲まれたクロードの機体に向かって叫んだ。

 クロード機の周囲には既に2機のレプリカントが撃墜している。

 クロードが優秀であることはよく知っているが、連携のとれた4倍の数を相手にしての攻撃に苦戦を強いられている。

「このっ⋯⋯! どいてください!」

 クロードを援護しようと方向転換するが、相手のレプリカントがそれを許さない。

 オフィーリアは交戦中の敵レプリカントを無視してクロードの元へ急ぐ。

 スピードを上げて追随する敵機にオフィーリアは舌打ちをした。

「邪魔しないで!」

 オフィーリアはオデットのブレードを地表に突き立てた。

 ブースターを吹かしながらそれを軸に180度方向転換し、すれ違いざまに斬り返す。

 手応えはあったが、完全に沈黙させるには至らなかった。なおオフィーリアの行く手を阻もうと攻撃を仕掛けてくる。

「だから! 邪魔だって! 言ってるでしょ! このままじゃクロードさんが⋯⋯クロードさんが⋯⋯!」

 無残に手足をもがれ、レーザーによって融かされたハンスのレプリカントがフラッシュバックした。

 破損したモジュールがバチバチと火花を散らすコクピットの中、血を流しぐったりとするハンスの姿が、クロードと重なる。

 映像が切り替わるように、次は瓦礫の下から伸びる、白く細い腕が見える。

 オーボエを奏でるその手には、数え切れないほど救われてきた。

(それを、あんなふうに踏みにじって⋯⋯!)

 かっと瞳孔が開き、顔が真っ赤に染まる。噛みしめた唇から血が滲むが気にも留めなかった。

 オフィーリアは激怒していた。もともと優しげな雰囲気ゆえに迫力はなかったが、まちがいなく怒り狂っていた。

 この人たちさえいなければ、とオフィーリアは何度も繰り返し呟く。

 その怒りに呼応するように、コクピット内部のいたる箇所が発光し始めた。

「――これ、あのときと同じ」

 ひとりで戦い、危うく死にかけたとき。

 そしてハンスのもとへ移動したときと同じことが起きようとしている。

 迷う暇も考える暇はなかった。操縦桿を強く握り直すと、オフィーリアはオデットの名前を絶叫した。


 まばゆい光に視界が覆われたが、それは刹那のことですぐにクリアになる。

 モニターには先ほどまで対峙していたレプリカントの後ろ姿が映っている。

 オフィーリアの瞳が一瞬揺らぐが、すぐに激高の色に塗りつぶされた。

「あああああああああああああ!」

 絶叫しながら白いブレードを振りかぶり、躊躇うことなく胸部を狙って薙ぎ立てた。

 真っ二つにされたレプリカントは地表へ倒れ、機体の一部が軽い爆発を起こした。凄まじい音とともに土煙が舞い上がる。

「無事か、オフィーリア!」

 動揺したクロードから通信が入るが、今のオフィーリアにとってそれは集中力を妨げる要因にしかならない。

 モニターを殴るように通信を遮断すると、すぐさまクロード機を取り囲む4機のレプリカントに狙いを移した。

「オデット! もう一度!」

 鋭く指示を飛ばすと、オデットはオフィーリアの意思を読んだように思い通りの位置、敵機の死角へと空間を跳躍した。

 相手は何が起きたのかさえ理解できていないようで、反撃はなかった。

 オフィーリアは無我夢中でブレードを振るい、四肢を切断した。残った胴体を掴んでもう一機のレプリカントへと投げつけ、ライフルで撃つ。

 爆散に巻き込まれ、地に伏したのを見届けると、オフィーリアはすぐさま装備を失ったクロード機にオデットのライフルを押し付けた。

 オデットは再び跳んだ。

 相手もさすがに状況を飲み込んだのか、残りの2機は連携をとり、互いの死角をカバーするように攻撃を浴びせてくる。

 その抵抗にオフィーリアはますます怒りを煽られる。

 突如、オデットの斜めへ光芒が走り、片方のレプリカントが倒れる。その向こうにはクロード機がライフルを携えている。

「やれ、オフィーリア!」

 クロードが叫ぶ。

 オフィーリアはすぐさま撤退しようとしていた残りの一機のところへ跳躍した。

 ジグザグに現れては消えるを繰り返して撹乱させながら接近し、頭部を掴んで上昇し、地面に叩きつけた。

 オフィーリアはもはや不要になったブレードをパージし、倒れた機体にのしかかり、コクピットのある胸部を執拗に殴った。

 時折、狙いが逸れて頭部や肩部などにも当たってしまった。


――クロードの戸惑う声が遠くに聴こえる。


 機体のリミッターを無視した動きを続けたため、マニピュレーターが数本犠牲になったが気にもとめなかった。

 敵機は四肢を使い必死に抵抗するが、構わず殴り続けた。破損した箇所から漏れる黒いオイルが人間の血のように見えた。


 やがて完全に動きを止めたのを確認したと同時に、疲労感が濁流のように押し寄せてきた。

 オフィーリアは背中を丸め、腹を抱えるようにしながら荒い呼吸を繰り返す。全身から汗がどっと吹き出した。

「⋯⋯やった、やったんだ⋯⋯」

 通信機能を回復させながら何度もそう呟くうちに、オフィーリアの胸中に充足感が湧き上がる。

「お疲れ様」

 モニターにクロードの顔が映る。

「すごかったよ、ひとりで4機も落とすなんて。オフィーリアの動きが凄すぎて全然捉えられなかった。おれの機体のカメラが破損していたってのもあるけど、ほんとうに凄かったよ」

「あ、ありがとうございます」

 そう返すと、クロードは眉を下げて苦笑した。

「それに比べておれは情けないな⋯⋯あんなに偉そうなこと言っておきながら、助けられてばかりで」

「そんなことありません!」

 オフィーリアは強く否定した。

「クロードさんがいてくれたから、わたしは戦えたんですよ」


 電子音がしてモニターが切り替わる。帰投命令が下った。

「帰ろう、オフィーリア」

「はい」

 踵を返すクロード機の後に続こうとして、オフィーリアはふと手を止めた。

 ⋯⋯何か聴こえたような気がした。

 耳を澄ます――吹き荒れる風にも似た音、それから金属が軽く擦れるような音。そういった様々な音が混ざり合っている。これは――


(レプリカントの駆動音だ!)


 それもギルデンスターンのものではなく、ローゼンクランツのレプリカントのもの。

 生き残りがいるのだ、とオフィーリアだけが気づいていた。

「⋯⋯わたし、行かなきゃ」

 音はどんどん遠ざかる。はやく追いかけて倒さなくては。

 充足感は消え去り、また腹の奥底が煮えたぎるような感情がこみ上げてきた。

「すみません、クロードさん。あとから追いかけますから先に戻っててください」

「はあ!? おい、オフィーリア!?」


 止めようとクロードはレプリカントの腕を伸ばしたが、目も開けていられないほどのまばゆい閃光に両腕で顔を覆う。

 視界が回復したとき、既にオデットの姿はなかった。

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