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天使のレプリカ  作者: 涼佳
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オデット姫

「もー! どういうことよ! いったい何を考えているの!?」

 ムゼッタは憤慨した。自分に対して怒っているわけではないのに、オフィーリアは怯えるように身を縮めた。

 どうしてこんなことになってしまったんだろう、と考えながらオフィーリアがこっそりあくびをすると同時に、ムゼッタが耳を覆いたくなるような罵詈雑言を喚き散らす。オフィーリアは聞き流しながら眠い目を擦った。

 ムゼッタが怒り心頭で周りが見えていないのをいいことに、オフィーリアは再度大きなあくびをする。

 真夜中に出会ったあの少女に関することばかり考えてしまっていて、ようやく寝つけたのは東の空が白む頃だった。

――それにしても彼女はいったいなんだったのだろう?

 オフィーリアはオカルトの類はあまり信じていないのだが、一瞬で姿を消すなんて幽霊の類としか思えない。

 ⋯⋯そういえば国音時代、オフィーリアのドッペルゲンガーがしばしば現れる、という噂をアリアたちからたびたび聞かされていた。

 親友のアリアたちが言うには、それはドッペルゲンガーの特徴にすべて当てはまるらしい。会話をしないとか、オフィーリアの周囲に出現するとか。

 ドッペルゲンガーがいるのなら幽霊がいてもおかしくない⋯⋯かも知れない。

(すごくきれいな声だったし、見た目も幽霊より、天使とか妖精とか、そっちのほうがしっくりするような気がするなあ。――それにしても、わたしはあの声をいつ、どこで聞いたんだろう?)


 昨夜、ムゼッタの言った通り、午後からパイロットそれぞれにレプリカントが割り当てられることになった。そのためか今朝から基地の空気が高揚していて、食堂でもレプリカントの話題一色だった。

 ムゼッタもどこか浮かれているように見えて、オフィーリアは居心地悪かった。平然としているのはクロードくらいだ。完璧なテーブルマナーでマイペースに食事をするクロードがほんの少し恨めしかった

 昼食後、指定された場所へ向かう。とにかく気が重くてしょうがなかった。

「そんなに不安がることないよ」

 クロードは元気づけるように明るく言った。

「今日は機体の受け取り。そしてしばらくはパイロット個人に合わせたカスタマイズとシミュレーションをするだけなんだから。今すぐ戦闘しろと命じられる訳じゃない」

「で、でも、いつかはしなくちゃいけないんですよね⋯⋯」そう言って肩を落とすと、クロードが優しい手つきで頭を撫でた。

「大丈夫。オフィーリアはおれが⋯⋯」

「クロードさん?」

 困ったような、悩んでいるような、何とも言えない表情をしているクロードに、オフィーリアは首を傾げる。クロードの様子が少し変だ。

「そろそろ時間だから! また後で!」

 クロードは続きを言うことなく、逃げるように立ち去ってしまった。

 オフィーリアは唖然としてその背中を見送っていたが、時間が間近に迫っていることに気づくと、慌てて指定された場所へ向かって駆け出した。

――そして今、オフィーリアとムゼッタは人気のない通路を歩いている。同じかたちの扉がいくつも並んでいて、ひどいことに番号も振られていないものだから、どれがどれだか見分けがつかない。

 ぷりぷりと怒りながら地団駄を踏むムゼッタを横目に、オフィーリアは何度目かのため息を吐いた。

 あの後、時間ギリギリに到着したオフィーリアに告げられたことは、ムゼッタにとって許しがたいことだったらしい。

「こんなのってないわ! どうしてフーだけレプリカントがないの!」

 正確に言えばムゼッタの言葉は少し間違っている。

 レプリカントが配備されていないわけではない。ただ、皆と同じ機体じゃないというだけだった。

 一機足りないからと格納庫に眠る古いレプリカントを割り当てられたときも、オフィーリアはまったく動揺しなかった。

 もともと自分はイレギュラーな存在なのだし、最新鋭の機体よりも放置されていた旧型に乗るほうがずっと気楽だ。

 それに、もし見つからなければレプリカントになんか搭乗せずにすむかもしれない、なんて甘い希望を持っていた。

 そして、その旧型レプリカントの格納庫を探すため、紙の地図を片手にのんびり歩いているところをムゼッタに捕まったのだった。

「もう! うちがどれだけ広いと思ってるのよ! 使っていない旧格納庫なんてとんでもなく多いのに。それにこの雑なアナログ地図! 紙とかありえない! どっからどう見ても嫌がらせだわ」

「まあ、そのうち見つかりますよ」

「フーは吞気ねえ」ムゼッタは呆れたようにこめかみに指を押し当てた。

「あたしも直接見たことがあるわけじゃないけど、先輩に話を聞いたことがあるわ。あのレプリカントはね、普通じゃないらしいのよ」

「普通じゃない、ですか?」

 オフィーリアは首を傾げた。

「そう。まともに動かないみたいなの。故障もないのにうんともすんともいわないし、そもそも誰が作ったのか、どこから持ってきたのかさえわからない。だから長いこと放置されてたのよ。そんな得体の知れないレプリカントにフーを乗せようとするなんて!」

「す、すみません。わたしのことにムゼッタさんを付き合わせてしまって⋯⋯」

「いいの、いいの。フーは少しも悪くないんだから。――たぶん、このあたりのはずなんだけど」

 ムゼッタはしばらく周囲と地図を見比べた後、「見つけた!」と声を上げた。

「こっちよ!」

 ムゼッタはほとんど走るような歩調で歩き出す。オフィーリアも慌てて追随した。通路をいくつか曲がり、突き当たりにたどり着く。

「ここよ、ここ! はあー、見つかってよかったわあ。フー、ロックの解除を」

「は、はい」

 入り口脇のパネルを操作し、ロックを解除する。

 扉の向こう側で何かが崩れる気配があり、間も無くして扉がスライドした。

 開くと同時にぶわっと白い煙が噴き出して、オフィーリアは口元を覆った。ムゼッタは扉の前で直にくらったらしく激しく咳き込んでいる。

 オフィーリアはおそるおそる倉庫に足を踏み入れる。ブーツの底にじゃりじゃりとした感触。歩くたびほこりが宙を舞う。光源は天窓から差し込む淡い光だけだ。

「あれが⋯⋯」

 それは格納庫の奥にもたれかかるように立っていた。ほこりがこれでもかというくらい積もっていたが、かじろうて人型だとわかった。

 引き寄せられるように、そっとレプリカントへ歩み寄る。

 上に積もった汚れの分厚さが、放置されていた年月の長さを示していた。黒手袋をはめたまま擦ってみると、機体の本来の色が少しずつ浮かび上がる。

(わっ! このレプリカントのボディの色、真っ白なんだ)

 姉の特徴に「白鳥のよう」と挙げていた赤い髪の少女の言葉を思い出す。

今は汚れているが、きれいに洗浄すれば本来の色――純白の機体が現れるに違いない。

 まるで、白鳥のように真っ白なレプリカント。まさに彼女が言っていた特徴に一致する、なんてありえない事を考えて少し笑ってしまった。

(白鳥、白鳥かあ。白鳥と言えば⋯⋯)

「――オデット」オフィーリアはつぶやいた。

 一瞬後、レプリカントの頭部の目にあたる部分に金色の光が灯る。そして地鳴りのような響きが格納庫を振動させた。

 オフィーリアが後ずさると同時に凄まじい量のほこりが舞いあがり、両腕で顔を覆った。

「信じられない」

 すっかり静まり返ったころ、ムゼッタは咳き込みながら言った。

「どうして動いたの? 触れてもないのに。⋯⋯あ、そうよ!」

 ムゼッタはオフィーリアの肩を掴むと、キラキラしたまなざしを向ける。

「フー、さっき何て言ったの?」

「えっ。あの、お、オデット、って言いましたけど」

 そう答えると、またふたつの目が発光する。まるでわたしの言葉に呼応しているみたいだ、とオフィーリアは感じた。

「オデット? なあにそれ?」

「このレプリカント、機体の色が真っ白みたいなので、白鳥――オデットみたいだと思って声に出しただけなんですけど」

「なるほど。白鳥の湖のオデット姫ってことね。んー? でも、どうして動いたのかはわからないわね。オデットって単語が起動するためのキーだったのかしら?」

 ムゼッタは顎に手を当てて考え込むが、気を取り直したのか、これ以上ないほど機嫌良さげに「まあ、いいわ」と言った。

「これからいくらでも調べられるもの。それより、夕食の時間だからいったん戻ったほうがいいわね。ゆっくり食事しながらこれからのこと話し合いましょう」

「えっ、えっ、ムゼッタさん!」

 浮かれきった足取りで出入り口に向かうムゼッタに自分の声は届いていないようだ。

 オフィーリアはため息を吐くと、レプリカントに向き合った。

「⋯⋯オデットって名前を気に入ってくれたんですか? それとも、もともとオデットって名前だったんですか?」

 オデットは喋らない。しかし、チカチカと点滅する金色の光は、前者か後者かはわからないが、肯定してくれているような気がした。

「あ、あの、ついでにもうひとつお聞きしたいんですが⋯⋯妹さんがいたりしますか? なーんて⋯⋯」

 オデットはまた目に当たる部分を明滅させた。これはどういう意味なんだろう。

 オフィーリアは気合を入れるように両頬を叩くと、再びオデットへ近づいた。

「わ、わたしはオフィーリア・フローベルといいます。あのっ、あのっ、レプリカントに関して、申し訳ないくらいど素人で、たくさんご迷惑をおかけするとおもいますが、精一杯がんばりますので、よろしくお願いします!」

 オフィーリアは深々と頭を下げた。レプリカントに話しかけるなんて馬鹿げている。でも、根拠があるわけではないが、この声はオデットに届いている気がした。

「フー! 何してるの、はやく戻るわよ」

「は、はーい! ――それじゃあ、オデット。また明日来ますね」

 オフィーリアはもう一度オデットに微笑みかけると、慌ててムゼッタの元へ駆け寄った。

「何してたの?」と訊かれ「挨拶をしていたんです。あと妹さんはいますかって訊いてみました」と答えると、ムゼッタはぱちぱちと目を瞬かせる。一呼吸置いた後、堪えきれず腹を抱えて哄笑した。

「わっ、笑わないでくださいよ」

「ごめんごめん。別にバカにしてるわけじゃないのよ。フーのそういうところ、いいなと思ったの」

 ムゼッタは目尻に浮かんだ涙を拭いながら言った。

「機械だって愛情をかけてやれば応えてくれるんだものね。あたしも挨拶しとかなきゃ。これから整備を担当するんだし。何よりオデットにはフーのこと、しっかり守ってもらわないとね。⋯⋯フーのこと、大切に想っている人のために」

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