フリーホラーゲーム転生
生前プレイしていたゲームの中に転生する。最近ネットでよく聞く話だ。
だが……だがまさか、それが自分の身に起こるとは思わなかった。それも……
「まさか、フリーホラーゲームの中に転生するとは……」
目の前に立つ洋館を見上げ、俺はどうしたものかとガリガリ頭を掻いた。
いや、どうするも何も、入るしかないのだ。
館を囲む鬱蒼とした森。屋根の上でギャーギャーとやかましい鳴き声を上げるカラス。
激しく帰りたいというかこんな見るからに怪しい館に入るなど正気の沙汰ではないが、入らないことには先に進めない。敷地から出るための背後の門は完全に閉ざされ、開けることは──
「いや、待てよ?」
開けることは出来ない。だが、門をよじ登って逃げることは出来るのではないか?
見たところ、鉄柵のように鉄の棒が縦に連なっているだけの門だ。よじ登ることは十分可能に思えた。
「試して、みるか……」
運動は決して苦手な方ではない。高さ5m程度の鉄棒ならなんとかなるだろう。
そう思い、門に近付いてとりあえず靴を脱ごうと……?
「え? なんで?」
靴が、脱げない。
まさか、初期装備は外せないのか? いや、たしかに作中で主人公が靴や服を脱いだりするシーンはなかったし、それを可能とする操作もなかったが……。
「……まあいい。裸足じゃなくても、このくらいなんとかするさ」
やむなく、俺は靴を履いたまま目の前の鉄棒を掴むと、パッと飛び付いてしがみつこう、と……
「オイ、マジかよ!?」
まさかの、ジャンプが出来なかった。歩くことも走ることも出来るのに、飛び跳ねることが出来ない。くそっ、これだから2Dのフリーホラーゲームは!!
「しゃーない……行くか」
しばらくその場で粘ってから、俺は観念して洋館に足を向けた。
ギギィッと音を立てる扉を開け、中に入る。途端、目の前の壁にビシャッと血糊が付く。
(あ~はいはい、知ってる知ってる。特に意味のない脅かし演出ね)
フリーホラーゲームでは、演出で結構こういった意味のない怪現象が起きる。
物が動いたり落ちたり、謎の悲鳴やノック音が聞こえたり、血痕が出現したり。
それらは意味がない故に前触れがなく、突然発動してプレイヤーをビクッとさせるが、知っていればどうということはない。うそ、ちょっと怖い。リアルで見るとやっぱ怖い。
「メニューは……開けないのか?」
さっきからいろいろ試しているのだが、メニュー画面が開く気配はない。
メニューにはステータス画面もあったのだが、あれはまあいい。無駄に体力ゲージやレベル表記などもあったが、あれらに特に意味はない。なぜならこのゲームにレベルが上がる要素なんてないし、罠も敵の攻撃も全部即死だから、体力もクソもない。
問題はただ1つ、セーブだ。
ゲームでは、敵に襲われていない状況ならメニューからセーブが出来たのだが、この様子ではセーブは出来ないと考えた方がいいだろう。
まあ、縛りプレイだと思えばいいか。このゲームを徹底的にやり込み、ハードモードをノーミスクリアした場合にのみ見ることが出来るトゥルーエンドにすら辿り着いた俺に死角はない。
いきなりナイフが飛んで来たり、壁が迫ってきたり天井が落ちてきたりといった初見殺しの罠も、事前に知っていれば避けることは可能だ。まあ流石に、実際に我が身で体験するとかなり怖いが。特に……
「うわぁぁグロイ! キモイ! ドット絵じゃないとすんげぇグロイ!!」
これまた前触れなく突然現れ、こちらを追い掛けてくる謎の怪物。
設定上、走る速度はこっちの方が微妙に上なので、遮蔽物を利用して最短距離で走り続けていれば捕まることはない。のだが、分かっていても怖いものは怖い。
「いくら走っても疲れないから、そこは助かるけどなぁぁーー!!」
叫びながら、机の周りをぐるぐると走り続ける。
机の高さは腰の辺りまでしかないので、やろうと思えば机の上を乗り越えてショートカットできそうなものだが、怪物はそうしない。こいつも2Dの悲しき世界法則に縛られているのだろう。
そもそもこんな机くらい軽く蹴散らせよと思うが、この世界では一部のギミックを除いて設置されているオブジェクトは基本的に動かせない。机の周りには椅子もあるが、こちらも本棚の上にあるメモを取るための1個を除いて、他は動かせなかったりする。
故に、机の周りを走っている限り、敵も律儀に俺の後を追ってぐるぐる机の周りを回るのだ。
一見なんの意味もない堂々巡りをしているように見えるが、この行為には当然意味がある。
(18、19、20! よし!)
頭の中で20秒数えた俺は、一気に扉に向かって走った。
部屋の外に出て、少し進んでから背後を振り返る。
「……」
耳を澄ますが、もう物音はしない。
ゆっくりと戻って扉を開けると、そこにはもう先程までいた怪物は影も形もなくなっていた。
これが、怪物を撒く一番手っ取り早い方法だ。
このゲームの仕様上、怪物は部屋を出ようが容赦なく追い掛けてくるが、一定時間逃げ続けた後に部屋を移動すると、それ以上追い掛けて来なくなるのだ。そして、どこかへ姿を消す。
どこへ行ったかは知らん。この扉以外に出口はないはずだが、消えるものは消えるのだ。そういうものだと納得するしかない。
「で、ここにメモが……あったあった。……なんで椅子には上れるんだ?」
本当に世界法則が謎だ。机には上れないのに椅子には上れるとはどういうことなのか。まあ、ツッコんじゃいけないところなんだろうけど。
「で、次は……ああ、ここか」
本棚を探り、一カ所だけ本が抜けている場所を発見する。
そこに道中見付けておいた1冊の本を差し込むと、ゴゴゴッと音を立てて本棚が動き、隠し扉が出現した。
ちなみに本棚を調べれば、この館の謎や怪物の正体に関する思わせ振りな記述を見付けられるが、俺は当然知っているのでスルーだ。どうせ肝心な部分は汚れて読めなくなってるしな。というか、こんなに分厚い本なのに書いてある内容は1ページに満たないとかどうなってんだ。
「で、こいつらがいる、と……」
隠し部屋には、植木鉢に植えられた赤青黄白の4色の大きな花がいた。
その右から2番目、黄色い花に近付くと、その花が独りでに揺れて甲高い声を上げた。
「赤色の花は嘘吐きなのよ! あの子いつも──」
「ああ、そういうのいいから。はいブチィー」
「ギャアアァァァァーーー!!!」
俺が黄色い花の茎を引き千切ると、耳障りな声と共に植木鉢が割れ、隠し扉が出現する。
「で、この隠し扉にロープを垂らしてっと……」
隠し扉を持ち上げると、ロープを垂らして階下に降りる。
……ロープは上り下りできるのに、なんで門はよじ登れなかったのかという点は……やはりツッコんではいけないのだろう。なんでずっと使われていないはずの暖炉に、ライターで簡単に火か点くのかも。
「謎だ……」
暖炉の火に人形を放り込むという暴挙を息するようにしながら、俺はボソッと呟く。
何やら火の中から悲鳴が聞こえるが、気にせず転がり出て来た宝石を手に取る。
こんな程度でいちいち反応していられない。フリーホラーゲームの人形や像とは、傷付ければ血が出るし破壊すれば悲鳴を上げるものなのだ。
用は済んだのでさっさと部屋を出て……一気にダッシュ!!
直後、巨大化した黒焦げの人形が部屋から飛び出してきて、こちらを追い掛けてくる。
(破壊した人形がモンスター化して追い掛けてくる。これもお約束だよねぇぇーー!)
内心そう叫びながら全力で走ると、近くの部屋に飛び込んでクローゼットの中に隠れる。
しばらくするとバタンという扉を閉める音がするが、そのまま息を潜めて待ってると、もう一度扉が閉める音がするので、そこでようやくクローゼットから出る。
「ふぅ……来ないと分かっていてもこれは怖いな……」
それにしても、なんで机には上れないのにクローゼットには以下略
隣の部屋に移動し、石像の片方無くなっている目の部分に、先程手に入れた宝石を嵌める。
すると、壁の一部がパカッと外れて、中から金庫が出現した。
パスワードとして4桁の数字を入力するタイプの金庫であり、正解すれば鍵が手に入るが、間違えれば怪物に襲われる。
「そんで、ここに別館の鍵が入ってるから、さっきのメモ、を……」
そこで、俺は大変なことに気付いた。
メモには「やわうあ」と書かれている。これが、金庫のパスワード4桁を表しているのだ。
それは覚えている。これがどういう暗号なのかも。覚えているからこそ、俺は絶望した。なぜなら、これは……
「キーボードの、数字の部分を見なきゃいけないやつじゃん」
ヤバい、これ詰んだかもしれん。
ここに来ての思わぬ落とし穴に、俺はその場で棒立ちになってしまった。
そんな俺を嘲笑うかのように、特に意味のない悲鳴が室内に響き渡った。うるせぇ。