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同じ夜空と花火を見上げて  作者: 堀切政人
13/18

平成二年七月二八日(土)夕方《3》

 ※

 その頃、由美子を探している拓也は、誠が想起することと同じように、水門のことが思い浮かんで河川敷に向かっている途中、とぼとぼと歩いている里美の姿を見つけた。

「里美!」

 呼び掛けられた里美は立ち止まると、振り返って拓也に気がつく。

「タク坊……あれ、みんなは一緒じゃないの?」

「あ、うん。それよりも、由美子と会わなかったか?」

 由美子が来ているのを知らない里美は、そのことを聞くと目を見開いて驚いた。

「えっ、由美子こっちに来ているの?」

 里美の反応を見て会っていないことを認識すると、 拓也は落胆して溜め息をつく。

「やっぱり、会っていないかぁ……あ、それと里美……今日の花火ってマコトと観るのか」

 拓也の心情からすると白々しい質問に聞こえるが、本当のことを知りたい気持ちと、ひょっとして芳子たちが勝手にけしかけているだけで、意外と自分が誘えば快く同意してくれる可能性もあるのではないかと、期待する心もある。しかし、里美が頷いているのを見ると、その妄想は砂に書いた文字のように空しく掻き消された。

「よせよ……どうせマコトは来ないよ」

 期待も可能性も消えてしまった拓也の心は失望感に見舞われると、誠に対する妬み嫉みから生まれた皮肉を声に漏らす。

 しかし、拓也の気持ちなど分からぬ里美には、そんな言葉が男子特有の悪たれにしか聞こえず、「何でそんなことを言うの!」と、大きな声で異を唱えた。

「だって、由美子が来てるんだぞ。そんな時に、里美の所なんて来るわけないだろ」

 誠と里美が二人きりになることを嫉妬する気持ちはあっても、『君のことが好きだ』とは、この世界に終わりが来る日でも言えないことだと拓也は思う。

 それは、今まで『母ちゃん』と呼んでいた母を、突然『ママ』と呼ぶことくらい恥ずかしいことに思うから、たとえ気持ちとは裏腹な態度でも、里美にはそれが意地悪に伝わってしまう。

「マコトは由美子のことが好きなことくらい、分かってるよ……」

 拓也の言うことは、心の傷に貼っていた絆創膏を無理やり剥がすように慈悲のない言葉であり、どうすることもできない悔しさから、里美の目には涙が零れる。

 それを見て感情まかせになっていた拓也は、「ごめん、悪かったよ」と、自らの言動を省みて謝るが、その言葉によって心を痛めた里美は、涙を手で拭いながら泣き顔を隠すように走り去った。

「だから、違うんだよ……」

 誤解を与えたまま遠ざかる里美の姿が見えなくなると、やり場のない苛立ちによって誠への怒りが膨れ上がり、胸の中を憎悪が渦巻いた。

『そもそも、マコトのあやふやな態度がいけないんだ……』

 それはまるで、拓也の中でもののけとなった憎悪の念が理性を食い殺してしまい、怒りと憎しみによって心を支配されると、里美を泣かせたのも誠が原因であるように思わせて敵愾心を抱かせた。


 ※

 そんな事態が起きているのを知らない淳平は、恵と歩を連れて花火大会へ向かう為、町内会の集合場所へ向かっていた。

『集合場所に行けば、きっとマコトとタク坊も来ているだろう』

 淳平はそう思いながら、集合場所に辿り着くが、誠や拓也の姿は見当らない。

「あれ、タク坊とかと一緒じゃないの?」

 二人の姿を探して、キョロキョロと辺りを見回している淳平に話し掛けたのは、先に来ていた陽子だった。

「マコトもタク坊も、何処に行ったのか分からないんだよ」

「芳子もまだ来ていないのよ。迎えに行ったけど、誰も家に居ないし……何処にいったんだろう」

 陽子は首を傾げながら、悩ましげな表情を見せる。

「やっぱり俺、あいつらを探してくるよ」

「ちょっと、この子たちはどうするのよ!」

 これ幸いに二人の子守りを押し付けてしまおうとする淳平の作戦に、陽子は引っかかることなく指摘する。

「一緒に花火連れて行ってくれよ」

「嫌よ、何で私が面倒みないといけないのよ」

 二人がそんな言い合いしているうちに、芳子とあさみが集合場所にやって来ると、男子が淳平しかいないのを見て、誠と拓也が二人で行動していないかと不安を抱く。

「あれ、タク坊は来てないの?まさか、マコトと一緒にいないでしょうね」

「知らねぇよ、マコトならさっき会ったけど、タク坊なんて見かけてもねぇよ。あいつ何処に行ったんだろう……」

 芳子の計画では、万が一集合場所に誠が来ても無理やりに里美の所へ向かわせる予定であっったから、行方が分からないという状態が一番困る。

「とにかく、マコトとタク坊は一緒じゃないんだよね?あ、あと、由美子ってどうなった?」

 質問を一遍に問い掛けてくる芳子のことを、淳平は鬱陶しく思って眉を顰める。 

「だから、知らねぇよ!マコトだって何にも言ってなかったし、それに由美子のことは、おまえが探すって言っていただろ!」

 自分の不満まで当てつけるような淳平の態度に芳子は苛立ちを覚えると、里美のことまでなるようにしかならないと開き直った考えを持ち始める。

 集合場所に集まる子供の数が増えてくると、町内会からジュースと菓子の配給が行われた。

「じゅんぺい兄ちゃん、おかし食べたい」

「うるさいなぁ……並んで貰ってこいよ」

 淳平がぐずりだす歩に対して、あしらうような態度を見せると、芳子は不快な相手を自分から遠ざけるように、菓子のために並んでいる列へ促した。

「こんな小さい子だけで並ばせないで、一緒に並んであげなさいよ」

 淳平も口うるさい芳子から離れるために、恵と歩を連れて渋々と列の最後尾に立つと、前に並んでいたのは、北川軍団の三人だった。

「おまえ達、違う町内会だろ!何でここにいるんだよ」

 淳平が泥棒をみつけたように指摘すると、三人は慌てた様子を見せながら、「静かにしろ」と言ってくる。

「大きな声を出すなよ……俺たちの町内会だと、四つ葉小の奴等も一緒になっちゃうんだよ」

 淳平のせいで周囲に気付かれたのではないかと心配する裕太は、挙動不審になって辺りを見回している。

「どうせ、おまえ達から吹っ掛けた喧嘩なんだろ、それなのに何で逃げるんだよ……こんな所で、ちゃっかりお菓子まで貰って」

「別に菓子は関係ないだろ、大体、おまえ達がちゃんと来ないからいけないんだよ。だから、うちの学校はなめられるんだ」

 そもそも彼らに文句を言われる筋合いなど一つもないが、誠と拓也のことまでひっくるめて自分が悪いように言われると、今の淳平は被害者意識が強い故に良い気はしない。二人が何処にいるのか分からないし、そのおかげで面倒な子守りを押し付けられるし、敬われることがあっても、憎まれる理由はないと思う。

「ねぇ、じゅんぺい兄ちゃん、アユが……」

恵が手を引っ張ってくるので淳平は「なんだよ」と言いながら目を向けると、歩が待っている間に我慢していた小便を漏らしていた。

「あ!何やってるんだよ」

 何か拭く物がないかと探して慌てふためく淳平の所に、町内会長の小父さんが寄ってくると、歩の小便で濡れている下半身を粗品のタオルで拭った。

「あぁ、これじゃ花火観に行けないから、一度家に帰って着替えさせてから来なさい」

 町内会長が新しいタオルを歩の腰に巻きつけると、抱きかかえて帰らせるように淳平を仕向ける。

「何で俺ばっかり、こんな目に合うんだよ…」

 不運が重なって苦虫を噛み潰したような顔をする淳平を見ると、和也達はケラケラと笑っていた。


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