8.幼少期 見習い編1
心地よい微睡みの中、昨日の出来事を思い出していた。
今日は、もう一度商会に行く日だ。
それから、使えない先天スキルの事も思い出した。
こっちは忘れよう。
まだ、完全には目が覚めている訳ではない。
身体はポカポカとして、気持ちよさに包まれている感じだ。
我が家ではゴザのような藁で作った自作の敷布団を敷いて、藁を編んで作った掛布団を掛けて眠っている。
前世からは考えられない質素な寝具だが、割りと気持ちよく眠れる。
ちなみに、ぼくは母ロシュと同じ寝具に並んで寝ている。
気持ちよく目が覚めた。
この身体はとても目覚めが良いようだ。
「ロアン、起きたのかい? ご飯食べな」
「お母さんお早う」
外から現れた母ロシュが声を掛けてくる。
母親とは子どもが起きるとすぐ気付くもんなんですかね。
母ロシュはおかゆをよそう前にたらいのようなものに張った水で手をゆすいでいる。
「お母さん、手をきれいにしてくれてありがとう」
母ロシュにきちんとお礼をいう。
子どもの言うことを聞くなんて、この世界ではきっと珍しい事だろう。
母ロシュの人間の器の大きさにきちんとお礼を言うべきだと思ったので、自然と感謝の言葉が出た。
母ロシュはぼくに何て事ないという風に肩をすくめて見せた。
「さあ、ごはんをお食べ」
いつもと変わらない、灰色の雑穀のおかゆ。
うん、意外とうまい。
思わず昨日と同じ感想を抱いた。
今日はゆっくりと味わおう。
「もうなくなった」
ゆっくり味わうつもりが、もう空っぽである。
「ロアンは昨日の夕ごはん食べてないから、もう一杯おたべ。アンタは2日続けて夕ごはんを抜いちゃってるよ。ごはんをちゃんと食べないと大きくなれないよ」
空っぽになった木の皿をさっと母ロシュが取り上げ、さっとお代わりがよそわれた。
「そういえば、サクラ姉はもう畑?」
「そうだね。もう1の鐘が鳴る前にはクレイさんところに行ったよ」
クレイさんというのはこの村の割りと大きめの畑を持っている人だ。
サクラ姉はこのクレイさんを含めて常に5軒くらいの農家を手伝っている。
それと、1の鐘というのは日の出と同時に鳴らす鐘だ。
この世界の1日が前世と同じ24時間かは分からないが、仮に同じだとすると朝6時頃だろうか。
「ぼく、サクラ姉にすこし聞きたい事あったんだけど」
「なら、もっと早く起きないとね」
「サクラ姉が帰るまで待っていようかな」
「ロアンが起きていられるならね」
「じゃあ今日は起きてるよ」
そんな会話をしながら木のスプーンでおかゆを口に運ぶ。
ぼくは昨日、いや2日前に頭に石が当たった事で、前世の記憶が甦った。
甦った自分としては、真っ先に違和感を覚えたのが実はサクラ姉の名前である。
サクラ、という名前は、前世でよく聞いた日本の女性につける名前だ。
……うーん。
「サクラ姉の名前って誰が付けたの」
「サクラの母親、ロアンの叔母さんだよ。私の実の姉さん」
「ふーん。叔母さんの名前はなんていう名前?」
「ラシュ。ついでに叔父さんはロート義兄さん」
確かに、サクラ姉は母ロシュ似である。
「ふたりは亡くなったんだっけ?」
「そうだね。ふたりは冒険者だった。迷宮から戻ってこなかったのさ。ロアンが生まれる2年ほど前だったかね……」
母ロシュは遠くを見遣って、わずかの時間、目を閉じた。
また皿が空っぽになった。
もうお代わりは終わりだ。
◆ ◇ ◆
「レイルズ商会に行くんだから、正午の鐘(5の鐘)が聞こえたら帰ってくるんだよ」
「はーい」
ぼくは、今日のノルマ分の草鞋を編んだ後、いつもの遊び場に向かった。
今日は遊びに誘う子どもが来なかった。
こういう日は自ら遊びに行かなければならない。
前世で子どもの遊びは卒業したつもりだったが、身体の方が遊びたがっている感じがする。
世の中がキラキラ輝いているように見える。
村の外れにある遊び場につくと、果たして子どもたちの歓声が遊び場に響き渡っていた。
地面に向かって子どもが二人向かい合って、地面でマルバツをして遊んでいた。
そして、その周りをさらに子どもたちが取り囲んでいる。
「あ、ロアン!」
「やっと仕事終わったのか」
「ロアン、スネーが必勝法を生み出したの! すごいんだよ!」
「うへへ……ミルルちゃん」
マルバツをだいぶやり込んでくれているようだ。
スネイはミルルに褒められて、顔をだらしなくさせている。
「へー、必勝法! じゃあ、スネイ。ぼくとやってみる?」
「よし、ロアン。昨日のせつじょくせんですよ! ボクに、ボクに先手をください」
「いいよ」
さて、マルバツゲームとは、ご存じだと思うが必勝法がない。
先手は有利だが、後手が必ず引き分けに持ち込む事が出来るゲームだ。
「な、なんでー!?」
「きゃーっ、ロアンすごーい!」
「も、もう一度おねがいします!」
スネイが先手で計5回やって、1回だけ負けた。
スネイの名誉の為に言っておくと、わざと負けた訳じゃなく久々なので、対応を間違えてしまったのだ。
それに、ぼくはかなり気楽に打ったこともある。
必ず引き分けに出来るゲームという事がみんなにバレてしまったら、せっかくのマルバツ熱が冷めてしまいかねない。
「やったぞー! やっとロアンに勝ったぞー! 見てくれた? ミルルちゃん」
「もう。スネーはロアンに先手で1回勝っただけじゃない。ロアンに先手やらせてみなさいよ!」
「そんな……!? ミルルちゃん……」
スネイもミルルに良いところを見せることが出来たので、満足しているだろう。
スネイの父親に今度紹介してもらわないといけないからね。
うむうむ。
と、ぼくが自己満足に浸っていると「むにゅ」――背中に何か柔らかい感触が。
「ロアンくん、また何か始めたの?」
ぼくの背後に……背中に……柔らかい感触を感じで振り向くと、色っぽい女子が抱きついている。
この子の名前はダキア。
色気が、フェロモンが凄い。
信じられないことに、まだ6才だったはずだ。
は!? まだダキアは6才だから、まだ何も付いていないはず……よね!?
さっきの「むにゅ」は、いったいどこが当たってたんだろう(汗々)
「だ、ダキア。そんなガキなんかにかまわないでオレとデートしようぜ」
見ての通り、ガキ大将のジョシュはかなり分かりやすくダキアにホの字だ。
「こりゃー! ダキアはロアンからはにゃれにゃしゃい! ロアンはアタチのだんにゃしゃんにゃのよ!」
ぷんすかと頬を膨らませて、ぼくからダキアを引き剥がそうとしているのは、クルシュ。
確か、今は3才のジョシュの妹だ。
将来、ぼくのお嫁さんに立候補してくれている。
ただし、今のぼくは前世の美醜の基準が備わってしまった。
その基準に当てはめると、彼女は「ブサイク」の部類だ。
ジャ◯アンの妹はジャ◯子だった。
クルシュはブサイクなので、ぼくも強気に出れる。
さらっさらの幼女ヘアをめちゃくちゃなでなでしてやった。
クルシュは顔を真っ赤にさせながらもご満悦のご様子だ。
ぼくの右手も気持ちいいのでWin×Winの関係になった。
念の為もう一度言っておくが、彼女はブサイクである。
ちなみに、この場にいる子どもたちはこの村でヒエラルキーが上の家庭の子達だ。
簡単に紹介してみよう。
ミルル:村長の娘。4才。確か、もう少しで5才のはず。薄ピンク茶髪。可愛い。正統派ヒロインの雰囲気。確か家名持ちだった気がする。
ダキア:村長の補佐の娘。6才。薄紫茶髪。目付きが少し鋭い。可愛さよりも色気。フェロモンが凄い。
ジョシュ:豪農の息子。8才。ガキ大将。身体がデカい。態度もデカい。
クルシュ:ジョシュの妹。3才。薄白金茶髪。前世の基準に当てはめると少々ブサイク。
スネイ:豪農の補佐の息子。7才。ひょろい。上品。
とまあ、こんな感じでぼくだけ存在が浮いてます。
ロアン:貧民の母子家庭の息子。5才。中身が前世持ちのおっさん。
「ロアンくんって何かいつも面白いよね。何か、雰囲気変わった? やっぱりスキル、良いもの引いたのかな……?」
ダキアが抱きついたまま、ぼくだけに聞こえるように囁いてくる。
ちょ、ちょっと、息が耳穴を責めてくる。
このフェロモン、6才と思えないんですけど。
5才でもヤバいんですけど。
中身はおっさんだから反応しちゃう。
いやいや、中身おっさんだからこそ、こんなロリフェロモンに反応する訳にはいかんのですよ!
……あ、5才の身体は反応しないようです。
心から、良かった――と思いました。
「ねえ? ロアンくん、わたしだけに教えて?」
あー、まだピンチは続いていました。
教えそう。いや、教えよう。
どうせ、ゴミスキルだし。
いやいや、ゴミスキルも知られていなければこそブラフくらいには使えるんじゃないか……?
――もう、今にもジョシュのげんこつが落ちてきそう……と思ったとき、街の方から正午の鐘(5の鐘)が聞こえてきた。
「だ、ダキア、ぼく今日は大事なようじがあるんだ。またね!」
ぼくは、強い意思を発揮してダキアの身体を引き剥がして、母ロシュの待つ我が家に逃げ帰った。