7.幼少期 立志編7
母ロシュは作った草鞋をいつもこの商会に持ち込んでいるらしい。
ということはこのレイルズ商会は母ロシュが困っているときに融資してくれた恩人でもあるのだ。
母ロシュに恥をかかせないように失礼の無いようにしないと……。
レイルズ商会の前についた。
レイルズ商会は結構立派な建物の一階部分だった。
ほわー、ちょっとしたコンビニ位の広さはありそうだ。
母ロシュが商店の人を呼ぶと若い男の子が出てきた。
若いといっても前世の自分から見て高校生くらいなので、この世界では立派な成人男子のはず――。
「――今日は納品に来たんじゃなくて――」
あれ、あれは確かご近所の村の雑貨屋の息子さんのハレマお兄ちゃんじゃないですか?
確かこの世界の成人年齢15才を迎えたばっかりの。
そういえば、町の商会に就職したんだっけな。
5才のぼくでも知ってるくらい、雑貨屋のおじさんが「息子が町の商会に就職した!」と村中を自慢して回っていたのだ。
「――会長も番頭も留守なんですよね――」
聞こえてきたのは、どうやら番頭のレイズさん、会長のノイルさん、どちらも居ないという事だった。
「今日は町へは何しに?」
「昨日来られなかった、ロアンの5才の判定の儀にさ」
「ロアン君もう5才ですか。そうですよね、俺が10才の時に生まれたんでした」
ハレマお兄ちゃん、何か頬が赤いけど、うちの母ロシュにまさか惚れてないよね?
◆ ◇ ◆
これは自分を売り込むチャンスだろう。
母ロシュが培ってきたレイルズ商会との信頼関係をさりげなく利用させてもらう。
迷惑にならない範囲で、母ロシュの立場を悪くしないように。
また、あんまり賢いアピールをして怪しまれてもこまる。
最初はどうする?
――やっぱり最初は子どもらしく、元気に挨拶だ。
「こんにちは、お久しぶりですっ!」
第一印象、ビジネスの世界ではとても大事である。
学校の友人関係とかなら最初の挨拶でスベっても、長い学校生活で挽回の機会があるかもしれない。
でも、ビジネスの世界では、その一回キリで2度と挽回のチャンスは訪れないだろう。
「っ……! ひ、久しぶりだね。驚いたよ。5才の挨拶とは思えないね」
し、しまった!
今の自分は5才の子どもなのだ。
なのに、こんなしっかりした挨拶をしてしまった。
もちろん、さっきの判定の儀で知り合った2人ならこれくらいこなす予感がする。
しかし、ぼくはただの村の子ども(5さい)なのだ。
これでは空気が読めなくて失敗ばっかりしていた前世と同じ結果になってしまう……。
「さっき、判定の儀で商人の子たちと知りあいになりました」
これで、どうでしょう。
うまく誤魔化されてください。
ぼくはちょっと背伸びしたいだけのどこにでもいる5才ですよー。
「そ、そうかい。凄い立派だね。ぼくが5才の頃は、こんな立派な挨拶はできてなかったと思うよ」
ちょっとハレマお兄ちゃんの空気が落ち着いた。
よかった、誤魔化されてくれたようです……。
では、母ロシュはこれ以上は何も動いてくれなさそうなのでさっそく。
「いつも母がお世話になっています。それから草鞋のお仕事を何時もくださってありがとうございます。あの草鞋、ぼくも手伝っているんです」
「お、そうなんだ。あ、もしかして時々、子ども用の小さな草鞋、あれロアン君が?」
そう、ぼくが作ってました。
前世の記憶を思い出す前のぼくのアイデアですよ。
「あれ、いいね! 子どものいる商隊に結構有り難がられてるよ。子ども用の数はそんなに出ないんだけど、子ども用を置いてる店って中々無いからさ。大人用の草鞋がそのおかげて売れている感じだよ」
お、他の商会との差別化が出来たってことか。
それは、すみません、考えていませんでした。
純粋に「子ども用も置いているなんてスゴくね」みたいな甘っちょろいアイディアでした。
偶然にございます……!
「ありがとうございます。ところで、ぼくに何かてつだえるしごとはないですか? お金はいらないです。商人のしゅぎょうをさせてほしいんです」
先ずは商人の世界に入り込む事に集中する!
給料なんてものは後から付いてくるものだ。
この考えは前世では実行出来た事はない。
生活が掛かっていない子どもの今だからこそ言えるセリフだ。
まあ、僅かながら家計にお金を入れてる身ではありますが。
「え? 5才で……?」
おっと、また怪訝な顔をされてしまった。
ここは畳み込むぞ。
「お店にお客さんがきたらあいさつして、お客さんが来たことをおくに知らせるしごととかどうですか?」
一番簡単な雑用からお願いします。
ハレマお兄ちゃんは顎に手をあてて少し考える。
「確かに、それだけでも助かるかもしれないね。明日もこの時間頃にお店に来れるかい? それまでに会長と番頭に聞いてみるから、その結果を聞きにおいでよ」
お、おおっ!
「あ、ありがとうございます!」
これは、凄い嬉しい!
会長と番頭にダメと言われるかもしれないけど、ハレマお兄ちゃんには感謝の意を伝えないとね。
しっかり45度のお辞儀をした。
「ははっ。さっそくちゃんと商人式のお辞儀を教えよう。こうだよ」
こ、こうか。
右手を胸に置いて、気持ち頭を傾げる商人式挨拶を教えてもらった。
ひとつ成長したぞ。
◆ ◇ ◆
さて、有意義な商談が出来たところで、無駄話や世間話に花を咲かせてみますか。
優秀なビジネスマンは商談のメインの話だけでなく、もう次の商談まで考えて、最後に場を和ませたり、商談の場が楽しかったと記憶に残すようなとりとめの無い会話が出来るものだ。
もちろん、自分は前世では客対応など滅多にさせてもらえない底辺末端のサラリーマンだったので、そんな気の利いた会話なぞした事はない。
あくまで、知識として知っているだけだ。
それに、この世界の情報を集めたいしね……。
簡単にハレマお兄ちゃんとの無駄話と世間話をまとめてみた。
まとめずに報告したら日が暮れるからね!
(スキルって何?)
・おおっぴらに自分のスキルは他の人に言わないこと。
・商人になるなら「文字スキル」「計算スキル」があると良いと言われた。何でも、商人の家系は「文字スキル」「計算スキル」が生まれ安いそう。
・商人の仕事をしていると、後からでも「文字スキル」「計算スキル」が手にはいることがあるらしい。
・ちなみにハレマお兄ちゃんは「計算スキル」を持っているとの事。
・スキルを手に入れた瞬間、ハレマお兄ちゃんは何かを手に入れた感覚があった(ような気がする)
・スキルを手に入れた時の感覚というのは、人により違うらしい。
(文字スキルって何?)
・文字を書くときの補助スキル。文字を書くときに、紙の上に文字を書くガイド線や文字そのものが表示されて、とてもキレイな文字が書けるらしい。
(計算スキルって何?)
・計算するときの補助スキル。計算をするときに頭のなかに計算用の白紙が出たり、算盤が出たり、答えが出たりするらしい。
・ハレマお兄ちゃんの場合は最初は白紙だったが、今では算盤が出るらしい。
・算盤の形状を教えてもらったが、日本の昔にあった7つ玉のタイプの様だ。
(レイルズ商会の仕事の内容)
・ここレイルズ商会は卸し問屋のようなイメージ。
・卸し問屋は商品をまとめて仕入れて、訪問商売や旅商人や旅の商隊に商品を卸すなどする業態。
・レイルズ商会は数少ないが、貴族や大商人も商売相手である。
(商人の仕事の危険性)
・それなりにある。商人も武術は最低限身に付けた方が良いらしい。冒険者などの護衛がいたとしても、助けられるまでは自分の身を守るくらいは出来た方が良いとの事。
(武術習えるところある?)
・こんどハレマお兄ちゃんが通っているところに紹介してもらう約束をした。ちょっとした月謝はかかるとの事。
・その道場は今度話を通しておくとの事。
(読み書きを習えるところある?)
・母ロシュが反対してきたが、逆にハレマお兄ちゃんが「商人には有利になる」と説得してくれた。ちょっとした月謝はかかるとの事。
・こっちもハレマお兄ちゃんが紹介してくれるとの事。大変有難い。
(本屋さん知ってる?)
・知っているが今は紹介できないと断られる。
ハレマお兄ちゃんの『計算スキル』について、少し詳しく教えてもらった。
もちろん、これは後天スキルとのこと。
ちなみにハレマお兄ちゃんの先天スキルについては教えてもらえなかった。
「えっと俺は実は10才から丁稚見習いとしてレイルズ商会に入った。それで1年たった頃に『(技能スキル)計算』が使えるようになってな」
「最初のうちは頭に紙とペンが浮かんできてな。それから更に2年後、頭の中に算盤が浮かぶ様になった。かなり便利だ」
「計算スキル持ち以外は実際の算盤を使ったりするな」
ハレマお兄ちゃんに、そんな事を教えてもらいながら更に気づいたことがある。
それは「数字が前世式であること」、「中途半端に算盤が日本式である事」
"もしかしたら、かつて日本出身か、他の国の転生者がいたのかな……"
「ハレマお兄ちゃん、色々教えてくれてありがとうございます!」
「いや、どうって事無いよ。でも、いっしょに働くことになったら、名前は呼び捨てにしてくれよ。お客さんに格好がつかないからね」
◆ ◇ ◆
職場の先輩予定のハレマ(さっそく呼び捨て)に礼を告げ、家に帰りながら母ロシュに色々話を聞いてみた。
今日なら色々教えてくれそうな雰囲気だし。
母ロシュのスキルについて聞いてみると、手先が器用なのでおそらくそういったスキルの気がするとの事。
亡くなった父ユアンのスキルについて聞いてみると、はっきりとは分からないが農民関係のスキルだったのではないか、との事。
「お父さんの畑からは良く作物が取れたよ――」
おっと、もう話題を変えよう。
と思ったら、母ロシュの反応が悪くなった。
父ユアンの想い出に浸っているんだろう。
もうすっかり夕方になっていて、その日も落ちそうである。
ふたりして少し早足になった。
今日は色々あった長い1日だった。
とても疲れたな。
急に眠くなってきた。
子どもの体力だからな。
今にも電池が切れそうだ。
村について、村の入り口辺りで遊んでいた子どもたちが出迎えてくれた。
ミルルたちに「スキルなんだった?」と聞かれた。
でも、本当に疲れているんです……。
「はずれスキルだったから聞かないで」
と、ちょっと冷たくあしらう。
先輩ハレマも「おおっぴらに自分のスキルは他の人に言わないこと」と言ってたしな。
とにかく、眠たい。
夕ごはんも食べずに寝たい。
明日はさっそく商会に行ってみるぞ!
思い付いて、ほとんど意識が無くなる前に「ステータス」と呟いてみる。
何も起こらない。
そうか、そう簡単には何かは起こらないか。
おやすみなさい。
こうして、ぼくの長い1日が終わった――。