6.幼少期 立志編6
幼女サネイサ・ロドーと天使ボイス男子のジョアン・モゾーに片腕ずつ持ってかれて引きずられるように、神殿の片隅に連行される。
母ロシュの方を振り返ると、片目をつぶってニヤリとされたが、何か勘違いしていないか。
結局そのまま隅っこまで連れてかれて、幼女サネイサと天使ボイスに説教くらった。
どうやら、名字というか家名呼びがマズかったようだ。
「ロアン、街の方では、15さいの成人になるまえ同士が家名を呼びあうというのは『おまえとは親しくなりたくない』という意味になって、とても、とーっても失礼なことです」と幼女サネイサ。
「ロアン、キミのことも『ノンの村』と呼んでやろうか」と天使ボイス男子ことジョアン。
「ご、ご、ごめん。えーと、サ、サネイサと天、じゃなかった、ジョアン。これでよい?」
もう許してくれる?
「よいですわ」「許す」
許された。
この世界では、子どもはファーストネームで呼び合うのが普通なのね。
そういえば、日本でも小学校以下はそうだったかな?
だいぶ昔すぎて覚えてないな。
20年以上前か……。
「ロアンもしっかりはんせいしたようですのでていあんしますが、ここで出会ったのは何かの"えん"です。『友誼の誓い』を立ててみませんか」
「おおっ、いいんじゃん!? そういうのあこがれる!」
何か二人が盛り上がり始めた。
友誼? 友情のことかな。
――ここはぼくが大人らしく落ち着かせるか。
「え、えっと、ぼくたちまだ出会ったばっかりでしょ? 相手がどんな人物かよく知ってからそういう事した方がいいんじゃないかな。あと、ぼくんち極貧の貧民だよ。この身なりで分かると思うけど。それに、先天スキルがゴミだし」
そう。
残念だけど、彼・彼女らとは住む世界がちがうのだ。
しかし、幼女サネイサと天使ボイス男子ジョアンは簡単には引き下がらなかった。
「ロアン。わたくしはこれでも人を見る目はあるつもりです。そして、今日、それぞれの理由でぐうぜん1日おくれて出会った3人。きっと"えん"ですわ。それからスキルだけでその人をはんだんしてはならないとおとうさまが教えてくれましたわ」
「ボクもそう思う。あと、キミのしゃべり方はとても貧民とは思えないよ。商人の生まれと言っても信じるよ。どんなにボロ切れをまとっていても」
ぐむっ、なかなか君たち見る目があるじゃないか……。
「それに、ロアンはたしかに服は質素ですが、どこか清潔感がありますわ」
「たしかに。肌とか髪とか清潔感あるね。背中だけやたら汚れてるけど」
今朝、水で顔とか体のあちこちを拭いていたのが効果でてるのかな。
背中はさっき街中で転げ回ったからですかね……。
「ロアン。わたくしたちが幼いからこそ、何の色めがねもつけずにお互いを知れるとおもうのです。友誼の誓いを立てていただけますね?」
「ボクもそうすべきと思うよ。それにロアン、将来は商人を目指すんだろう? 商人のことならボクだって力になれるかもだよ。そんでキミが商隊を持ったら、ボクを護衛としてやとってくれ!」
サネイサ、おじさんはもう色めがねかかっちゃってるんだけどね……。
天使ボイス、おまえなんかいいな……。
「ロアン、いいといってくれますね!」「ロアン、もちろんいいよなっ!」
ま、まあ、そこまで請われたらね。
悪い気はしませんし?
トモダチになってあげてもよくってよ? おほほ。
こっちに損になることは何も無いしな。
それに、前世ではかなりのボッチだった気がするし。
とりあえず友人2名様確保しておきますか。
特に一人は友達にいたら自慢できそうなくらいの美人に育ちそうだし、もう一人もおこぼれがもらえそうなイケメンに育ちそうな予感。
ミルル、ジョシュ、スネイの3名を合わせたら友人5名ゲットだぜ!
――というか『それぞれの理由でぐうぜん1日おくれた3人』ってなに?
君たち二人は今日が誕生日なんだろう?
天使ボイス男子ジョアンが呆れた顔をした。
「ロアンは知らなかったのか。6月生まれはぜんいん、昨日が"はんていのぎ"の日だよ。今日はじじょうがあって1日おくれた子どもだけの日さ」
幼女サネイサもジト目でこちらを見ながら補足する。
「しかも、今日は朝の部がべつにあったはずですし、明日いこうしか来れない子どももいますからね。この3人が出会ったのは"とくべつ"なことですわ」
なるほど、聞いてないし。
というか、こちとら今日が6月だってのも知らなかったし。
1年は何日で何ヵ月なのかな?
あとで母ロシュに聞こう。
まあ、そう。
じゃあ、いいや。
特別な3人でその何かとやらを結んじゃおうじゃないか。
将来何かあったらこの二人にお世話になりましょうかね!
――で、どうやって結ぶの?
「こうですわ。円を組んで右のひとの右手と、左のひとの左手をつないでこう唱えるのです『われらいかなるときも助け合い、死するときを同じくし、とわに友誼をむすびちかうものなり』」
「ほえーっ、かっちょいい!」
天使ボイス男子が天使のボイスで歓声をあげた。
「では、いきますわよ。「「『『『われらいかなるときも助け合い、死するときを同じくし、とわに友誼をむすびちかうものなり』』』」」」
神殿の前で次に会う約束を二人として別れのあいさつをした。
毎月の1日に街の広場の噴水の前で待ち合わせする事になった。
二人はどちらも商会の子どもで、二人とも、お供は親じゃなかった。
本当にお供の人(商会の従業員)とのことだった。
誓いを立てながら、ぼくはなんというか、前世で感じた事の無いような熱いものを感じていた。
この二人は、薄汚れた今のぼくともいやがらずに手を繋いでくれた。
この先この二人に何かあれば助けてやろうと決めた。
別れ際、二人から母ロシュが美人とやたら誉められた。
顔とかに泥とか埃がついちゃってるんですけどね。
そんでもって髪はボサボサ、服はボロボロだし。
――だいぶ後になって、『母親を褒めるのはそういう意味もあるんだよ』と教えられた時には『異世界、遠回し過ぎるでしょ!』と叫んだものです。
◆ ◇ ◆
二人と別れた後、その場所に立ち止まったまま、母ロシュに質問する。
「銀貨って、どれくらいの価値があるの?」
母ロシュは少し考えて答えた。
「銀貨1枚で家族3名が10日は過ごせるね」
結構な価値だな。
銀貨1枚=1日2食×3人×10日=60食分の価値があるということか。
あのお粥を仮に1杯20円くらいの日本円の価値に換算して考えると、銀貨1枚は1200円位の価値ということか。
「お母さん、銀貨1枚稼ぐのにどれくらいかかるの」
「うーん、5、6日くらいかな」
「お母さん、銀貨1枚貯めるのにどれくらいかかったの」
「どうだろ、15、6日位かかったかもしれないね」
母ロシュは辛抱強くぼくの質問攻めにも付き合ってくれている。
銀貨4枚は相当頑張って貯めてくれたんだな……。
「お母さんも子どものころスキル見てもらったの」
「お母さんはこれまで見てもらったことないよ」
そうか――この世界の厳しい現実を見た。
「どうしてぼくはスキルを見てもらうことにしたの?」
「ロアン、お前なんか賢そうだからね」
厳しい環境だけど、母親には恵まれたらしいです。
「サクラ姉は見てもらったの」
「あの娘もアタシと同じで見てもらったことはないね」
サクラ姉の分はぼくが貯めましょう。
「近所の子たちは見てもらってるの」
「さて、どうだろうね。見てもらっている子は少ないかもね」
近所の子までは面倒見切れないか……。
「さあ、ロアン、もういいだろう。そろそろ帰ろう」
母ロシュがもういいだろうと帰路へと向かおうとする。
「ねえ、お母さん、お願いがあるんだけど」
「読み書き習うのはダメだよ」
『賢そうだからね』とさっきは言ってくれたのに、読み書きに関してはこれである。
それはともかく、今後の人生について考えを巡らせてみたが、商会になんとか入り込みむべきと方針を定めた。
スキルを定期的にチェックしたくても神殿で定期チェックするには高すぎる。
商人ギルドか冒険者ギルドのギルド証が欲しい。
しかし、冒険者ギルドには近づきたくないので、商人ギルド一択だ。
本を読むための読み書きスキルとかは一旦横に置いておこう。
「お母さんはどこの商会に草鞋を卸しているの? ぼく、なれるかわからないけど将来は商人になりたいと思うんだ。紹介してもらえないかな?」
ここは母ロシュが付き合いのある商会を紹介してもらう事にしよう。
「え、ロアン。お前が商会にあいさつに行くのはまだ早いんじゃないのかい」
「早いかどうかは行ってみないと分からないよ。まずは紹介してみてよ」
「うーん、失礼にならないといいけど……ロアン、あまり変なことを言い出さないと約束出来るかい?」
「もちろんだよ、まかせてよ」
「仕方ないねぇ……お店の方によってみて、番頭さんがいなかったら今日は諦めるんだよ」
やったぞ! 母ロシュの説得ミッション成功!
比較的、母ロシュはぼくに甘い気がするな。
かわいい息子だもんな。
そういや、前世の母親はどうだったっけ……?
「分かったよ。商会の名前と番頭さんの名前はなんていうの?」
「商会の名前はレイルズ商会、番頭さんの名前はレイズさんだよ。あと、会頭さんの名前はノイルさんだね」
まずは、商会に行ってみよう。
ダメなら次の手を考えよう。