1.幼少期 立志編1
ぼくは父ユアンと母ロシュの間に生を受けたロアン、4さい。
ぼくが生まれて貧乏小作農の父と母は大層喜んだらしい。
父方の従姉妹の姉が1人同居していて、サクラ。8さい。
将来は母とはまた違ったタイプの美人に育ちそう。
貧乏3人暮らしが母が妊娠した事で今まで通りに働けなくなり、貧乏4人暮らし(一人はおなかの中)になった。
その内ぼくが生まれて、すぐさま母は父と近くの畑にまた行くようになった。
生活は大変だけど、希望に満ちた4人生活が始まった。
しかし、ぼくが生まれて1年たたないある日、畑仕事中の父と母を犬頭の魔獣が襲った。
父は母を魔獣から庇って大ケガを負って、1週間も持たずに死んでしまった。
父の記憶は、何かしかめっつらしたり変な顔をしてきたり面白い顔をしてきたり、何か口をぱくぱくさせて何かをしゃべりかけてきた事くらいだ。
父に抱かれるとぼくはなにかむずかってしまい、悲しい顔をさせてしまった。
それがとても心残りだ。
彼に悪いことをしてしまった。
父は体ががっしりして頼りがいがありそうな、ニカっと大きく笑う男だった。
父に母は隣の集落から嫁いできた。
見合い結婚だったが、母は父にちゃんと惚れていたように思う。
母も魔獣に襲われてしまった時に左手と右足を大ケガして不自由な体になってしまい、生業の農作業ができなくなった。
父が死んでしまって2日は大泣きしていたが、3日目には気持ちをなんとか立て直していたように見える。
まだ言葉がわからないぼくにむかって何かの決意表明みたいな事をしていた。
そして、ケガが直りきらない内から働き始めた。
蓄えなど無いウチのような下層民には悲しみに暮れている暇など無いということだ。
うちは庄屋さんに結構大きい借金があるらしく、庄屋さんの心持ち次第では奴隷落ちする可能性まであったらしいのだが、温情をいただけたようだ。
借金の返済を迫られるどころか、追加で融資をしてもらった母は、余裕を手に入れた。
そして、母は庄屋さんに街の商会(零細)を紹介してもらう事ができた。
それから母は女手1人で姉とぼくを育てるために他人の2、3倍の勢いで仕事をしている。
イトコ姉のサクラも幼いけども、よその家の畑仕事の手伝いをするようになった。
母は貧しい生活の中でもぼく達の食事を優先してくれていて、最低1日1食はちゃんとご飯を食べさせてもらえている。
実は母はぼくだけに食べさせて、自分の分のご飯がない事があったこともあるようだ。
でも、もうそんなことはしばらく無いけどね!
最近は貧しいながらもうちの家計は調子良い感じです。
最近は1日2食余裕です。
ぼくは3さいくらいから、母の仕事を手伝っている。
(どうやら他の子よりも成長が早いみたいだ。他の子よりも早く歩けるようになり、しゃべれるようになり、手伝ったりするようになれた。)
商会が母に紹介した仕事は草鞋作りで、最初は素人だった母がどんどん上達してくのを隣でみながら大きくなったぼくは自然と草鞋作りに興味を持ったようだ。
ぼくの最初の仕事はワラの選別だ。
草鞋作りに向いた良いワラと向かない悪いワラを分けまくった。
その内、ワラで草鞋用の細い縄を綯えるようになり、そして草鞋を自分で編めるようになった。
今は普通の農家が3個草鞋を編む間に、母は7、8個。
ぼくは1個編めるようになった。
それに伴い、うちの食卓事情も良くなってきている。
(それでもヨソ様よりきびしいのは変わらない。なんといっても農作業ができないのだ! あとは借金返済もある――。)
要するに、ぼくは一般の農家の半人前くらいには草鞋作りで家計を助ける事が出来ている4さいと言える。
なかなか優秀な息子と言えるのではないだろうか。
母もぼくの事を自慢の息子だと、草鞋を卸している商会のおじさんに話していた。
えへへ。
そして明日、ぼくは無事に5さいの誕生日を迎える。
そのはずだったが――。
◆ ◇ ◆
「うぅっっ……つ、うぅ」
なぜか頭がずきんずきん痛い。
目を開けてみると、地面が真っ赤だった。
頭を触るととても痛い。
指先がドロッとして、見てみると手に付いたのは赤い液体である。
さっきまでのぼくだったら、きっと今ごろギャン泣きしていたはずである。
今のぼくはオレも混じっているので『死ぬほどではないな』と少し落ち着いて考える事ができた。
でも、気を抜くとホント泣きそうである。
いたいよー。
あ、涙けっこう出てきた。
こうなっているそもそもの原因は、近所の子どもの遊びが原因だ。
この村の遊びは種類が少ない。
同じ遊びに飽きた子どもは時に自分たちで遊びを発明する事がある。
今日は【石合戦】を庄屋の息子(10さい)が発明し、敵と味方に分かれて戦争ごっこをしていた。
石が当たったら痛いという事は分かっていたろうが、実際当たった時には、どのくらいのケガになるのか想像力を働かせることができた子はいなかったのだろうか。
いや、結局は庄屋の息子には逆らえないから、どちらにしろ結果は同じであろう。
ぼくは4さいだから、直接の参加はしていなかったのだが、流れ弾に当たってしまったようだ。
ぼくに当たった小石の大きさは、ぼくの小さな右手でこぶしを作ったよりも少し小さいくらいのサイズだった。
「おいロアン、大丈夫か?」
「ロアン死んでないよな?」
「ロアン! ロアン! 血が出てる!?」
石合戦をしていた子どもたちと見学組の子どもたちがぼくの周りをとりかこんでいる。
血が怖いのか、少し離れた位置から声を掛けるだけで近寄ってこようとしない。
『死にはしないと思うけど、殺菌消毒して止血した方がよさそうだな』
その結論に至り、母親に治療してもらうために自分の家に帰ることにした。
そこで自分の本能から湧き出てくる感情は泣きたい気持ちでいっぱいな事に気づいた。
『ここは本能に任せて、泣いてしまった方が自然かな』
ここは泣いてしまおう。
「ふぁ、ふ、ひぐ、ぶぇえぇええええん」
泣いてしまうと、止まらなくなった。
泣きながら歩いて家に帰る。
「ロアン、ロアン、いったいどうしたの、そのケガ!?」
母ロシュは驚きながらも、古い布を取り出してきて、細く割いて包帯にして、ぼくの頭をぐるぐる巻きにしようとしてきた。
これでは駄目だ。
衛生環境が悪いこの家では、下手したらここで命を落としかねない。
ぼくは泣き止んで、母に指示を出すことにした。
「おかあさん、お願いだから水をいっぱい持ってきて」
「水でキズのところきれいにして」
「古い布の包帯は一回お湯を沸かして煮て洗って」
そんなまどろっこしい事しているうちに、自然に血はとまったようだった。
血は止まったが、せっかくだから水で傷口を流して包帯は巻いておく。
だいぶ、血を失って気分が悪い。
ぼくはそのまま寝てしまうことにした。
◆ ◇ ◆
生まれ変わったという事なのだろうか。
それとも頭がおかしくなってしまったのかもしれない。
目が覚めたぼくは、キズの痛みにうめきながら、別の意味で頭をかかえていた。
とりあえず、箇条書き的に整理してみよう。
前世(?)の事。
・自分の名前が思い出せない。
・28歳くらいまで生きていた。
・日本という地方の生まれ。
・性別は男だった。
・職業はサラリーマン。
・独身、彼女はいた事は無い。
・1ルーム月6万のアパートでひとり暮らし。
・最後は人を助けて代わりにトラックに轢かれた。
・特に良いことは無い人生だった……。
今生(?)の事。
・名前はロアン。
・4さい。日が変わっていたら5さい。
・どこか分からないが日本ではない。
・性別は今回も男。
・職業は無職。家事手伝い。母親の仕事の手伝い。
・独身、まだ彼女はいない。彼女居ない歴更新中。
・ボロい家で母親とイトコ姉の3人暮らし。父親は亡くなった。
・まだ生きている。
・未来があるだけでも素晴らしい。
・この世界は魔物がいる……?
家の床に枝を使って書いてみる。
ちなみに、家の床は直接地べたの土だ。
土の上に、乾いた細い葉っぱを敷いて、その上に座ったり寝たりしている。
6畳ぐらいの広さで、壁は土、屋根は草藁だ。
前世の文化的な生活の記憶がよみがえった今、改めて見回してみると、なかなか不衛生な環境だ。
「ロアン、起きたのかい? ご飯食べな」
外から帰ってきた母ロシュが、部屋の隅の鍋から、手も洗わずにおかゆをよそおうとしている。
この家には水道もないのだ。
「お母さん、外から帰ってきたら、手を洗って」
「ん? なんだい。急に変なことを言うね。頭を打ったのかい?」
「たしかに、昨日打ったばかりだけど……庄屋さんとこの出入りの人に教えてもらったんだよ。目に見えない汚れがあって、それが元で結構人が死ぬらしいよ。ぼくもこのおかゆを食べたら死ぬかも……水ならぼくがもっと汲んでくるから」
~母ロシュは、自分の息子が何かおかしい事に気づいたが、”いつもおかしい”息子の新たな一面と片付けた。
子育てをしていると毎日が新しい発見なのだから、これくらいの”おかしさ”は、受け止めなくてはならないと、数少ないご近所さんから助言をもらっていた。
息子ロアンのいう通り、貴重な水を使って手を洗った。
まるで貴族に仕えているような気分になる。
昨日は血を頭から流して帰ってきて驚かされたが、今日は手を洗う事と”変な模様”を発明したようである。~
地べたに書いていた文字を手と足でさっと消し、母の次に自分の手も水で流し(水は家の中の隅っこで垂れ流すシステム)、食卓である床に座る。
おかゆの色は、灰色な見た目だ。
おそらく麦とか名前も分からない雑穀のおかゆ。
うん、意外とうまい。
毎日食べているから飽きていると思ったが、やはり空腹は最高の調味料であるらしい。
前世だと発展途上国の方々がこういうご飯を食べているのをテレビとかで見たような気がするが、こんな味だったのね。
全体的にかなり薄い。
ほんの少しだけ塩味っぽい風味も感じる。
ぼくはすぐに皿を空にして、おかわりを欲し鍋のふたを取り、中を見る。
からっぽだった。
「お母さん、もっと食べたい」
「おかゆは今日はこれだけだよ。あ、そうだ、これでも食べな」
母ロシュは納品先の商店からもらってきた、ミカンのような果物の皮を手早く剥き、ぼくに渡してくれた。
「おいしい、このくだもの、なんていう名前?」
「ミカラ、だよ。夏だねぇ」