9.幼少期 見習い編2
ダキアから這々の体で逃げ帰ってきた。
あの子なんかヤバい。
母ロシュと街のレイルズ商会に向かう。
先輩ハレマとの約束は「明日もこの時間頃」なので、少し早めに向かっている事になる。
やはり、だいぶ早めに街に着いてしまった。
母ロシュに「もう向かっちゃって良いんじゃない?」と聞いてみたが、「まだ早い」という事で、かなり時間が余ってしまった。
そこで、母ロシュとファースの街を少し散策する事にする。
母ロシュにファースの街、その他について色々聞いてみて分かったのはこんな感じだ。
(ファースの街について)
・迷宮を中心に作られた街。
・迷宮の名称は「クロイチュ」
・南北に細長い。
・迷宮の中から地下水が湧き出ていて、その水量は豊富。
・東にハイモン平原、西にミドトマ丘に囲まれる。
・東と西には長い壁があり、防壁の役目を持っている。
・街の中央を1本の太い道が走っており、この道の向こう(北)にこの国の国都があるらしい。
・この道の逆方向(南)にノンの村など、複数の村がある。
街の人口についても聞いてみた。
「この街、何人くらい住んでいるのかな?」
「うーん、分からないけど300人くらいじゃないかな」
「へえー、結構少ないんだね」
この時、ぼくはこういう数字に弱いため(前世から苦手でした)、母ロシュの出した数字をスルーしてしまった。
もちろん母ロシュの出した人口の数字は後で間違いと判明する。
正しい人口は他の地域から来ている冒険者達まで含めると約2万人から3万人の間くらいで変動しているとの事なので訂正しておきます。
ちなみに、母ロシュと先輩ハレマに教えてもらった街の位置情報を図で説明するとこんな感じだった。
――とはいえ、そんなに重要でもないので、地図とか興味のない人は読み飛ばして欲しい……。
(国都方向)
北
山
↑
道
丘 壁 ロ 壁 平地 ロ→ロドー商会
丘 壁 壁 平地
丘 壁 冒 壁 平地 商→商人ギルド
丘 壁 庁 壁 平地 庁→庁舎
丘 壁 中 壁 平地 中→街の中心(迷宮入口)
丘 壁 噴 壁 平地 噴→噴水、公園
丘 壁 冒 壁 平地 冒→冒険者ギルド
丘 壁 モ 壁 平地 モ→モゾー商会
丘 壁 神 壁 平地 神→トルアキ神殿
丘 壁 レ 壁 平地 レ→レイルズ商会
道
↓
南
(ノンの村、その他)
※あくまで単純化した図なので、距離感や位置などは正確ではないです。
まだ時間が余っているので、母ロシュに、サネイサとジョアンの二人との待ち合わせ場所に指定した噴水の場所まで連れていってもらう事にした。
噴水の方に向かっていくという事は街の中心に向かっていく事になるが、段々と道が綺麗になっていくことに気づいた。
そして、土と砂の道が、ある地点から石畳に変わった。
これは、なかなか素晴らしい石畳だ。
母ロシュが旅行の添乗員宜しく、ぼくを案内してくれた。
「あれが昨日の神殿だね」
「あ、あそこがジョアン君のお家のモゾー商会だね」
「あそこは一度だけ食べたけど、絶品のスープが出てくるよ」
「あの立派な建物は冒険者ギルドだね」
「ここが公園だね。あ、噴水はあそこだよ。噴き出している水が見えるかい」
なかなか立派な公園の中にその噴水はあった。
噴水は直径15mはあるだろうか。
美しい西洋風の等身大の半裸像が噴水の中央に1体、その1体を取り囲むように4体、水の中に立っている。
あー、水の側は涼しいな。
中々、いいところじゃないか。
木も何本か植えられていて、その下の木陰に入るところにベンチまである。
待ち合わせ場所にいいんじゃないかな。
よろしくてよ。ほほほ。
噴水の向こう、さらに公園の向こう側に何やらコロシアムのような円形の建物が見える。
「お母さん、あの建物は何?」
「あれがさっき教えた『クロイチュ迷宮』さ。思ったより大きいだろ」
「そ、そう? そんなに大きくないような……」
前世の建物で例えると、小学校の体育館くらいの大きさであろうか。
「あの中に、迷宮の地下に入っていく入り口があるのさ」
「この街で使う水があそこから湧き出しているんだよ」
「この噴水の水も住人の飲み水もぜーんぶ迷宮産さ」
なるほど、迷宮は水だけみても住民の生活に密接に繋がっているようだ。
◆ ◇ ◆
しばらく噴水近くのベンチで涼んだ後、レイルズ商会に向かった。
時間もちょうど良かったのか、先輩ハレマがお店の前で手を振って出迎えてくれた。
「こんにちは!」
ここは元気に挨拶する。
「来たな、ロアン君! 会長と番頭が君を待っている。中に入ってくれ」
先輩ハレマに誘導されて、お店の商談用のカウンターに案内される。
ハレマの雰囲気がかなりウェルカムな雰囲気だ。
少し期待しちゃいますよ?
気づくと、母ロシュは何も口を開かなくなった。
昨日と同じく、一歩引いたポジションを取る。
はいはい。
自分で相手しますよ。
会長と番頭がやってきた。
「やあ! ロアン。ようこそ。いつも君のお母さんにはお世話になっている」
「そして、もちろん君にもお世話になっている。いつもありがとう。会えて嬉しいよ」
握手を求められたので、ぼくの小さな手を差し出す。
こちらの握手は両手を使ってするタイプの握手みたいだ。
「私が会長のノイル、そしてこっちが番頭のレイズ」
会長が番頭を紹介する。
しかし、2人とも思ったより全然若いですね。
話を聞いていて漠然と親子を想像していたのですが……?
それに、少し雰囲気と顔も似てますね……?
「ああ、顔が似てるって? それはそうかも知れない。腹違いの兄弟なんだよ。私が兄だけど、優秀なのは弟さ。だから商会の名前にも弟の方が3つも音が入っているだろ」
「兄貴、なに言ってるんだ。ロアンは信じるなよ。レイルズは家名だ。ノイル・レイルズとレイズ・レイルズだ。宜しくなロアン」
なるほど、了解です。
しかし、この兄弟かなり暖かく砕けた雰囲気だ。
ちょっと好感を持った。
後は、兄の会長ノイルは少しお茶目寄り、弟の番頭レイズは少し真面目寄りって所かな。
「ロアンです。いつも母がおせわになっています」
しっかり挨拶するぞ。
第一印象、大事。
一歩下がって、昨日教えてもらった商人式挨拶で応える。
「おお。もう覚えたのか。ハレマから昨日商人式挨拶を教えたとは聞いていたが、完璧だな。物覚えがいい」
「俺もそう思った」
よし、うまくいったぞ。
ここで、抑えめに「にこっ」と微笑んでおく。
「う、ロアンの笑顔が眩しい……」
「俺の汚れた心が浄化される……」
なんだこの兄弟は。
少しジト目で睨む。
「それで、ロアンはウチの商会で修業したいって本当かい?」
お、真面目モードに戻りましょう。
「はい。しばらくは」
「それで、ロアンは何をして手伝ってくれるんだって?」
それは、えっと……昨日ハレマに言ったことをそのまま伝える。
「あ、はい。お店にお客さんがきたらあいさつして、お客さんが来たことをおくに知らせるしごととかどうですか、と、きのうハレマにていあんしました」
「それは凄いな……」
「ハレマからは聞いていたが、本当だったか……」
ん? 何か微妙に話が噛み合っていない気がするな。
「働いた分のお金は要らないというのも本気かい?」
「あ、はい。お金はいらないです。ハレマにも言ったのですが、商人のしゅぎょうをさせてほしいんです」
そして、商人ギルドになるべく早く入りたいんです。
ギルド証が欲しいんす。
「そうか。なら、住み込みするといい。食事は商会から1日2食出そう」
おお。
これは最初っから良い条件じゃないか。
しかし、最初っから飛び付いてはいけない。
ぼくははやる気持ちを抑えて、条件を尋ねた。
「あ、あの、お休みの日はどうなっていますか?」
「休み? 何だいその休みってのは」
あれ。
「えっと、商会にはお店を開けないお休みの日ってありますか?」
「決まった日、というのは無いな。基本、毎日開けている」
おいおいおい、異世界、超ブラックじゃん。
ちゃんと聞いておいて良かった!
「えっと、ぼくに何日かに数日、しごとをしない日を作ってほしいのです。ほかにやりたい事だったり、家にもどったりしたいので」
「ああ、そういうことか」
「あと、1日のしゅうぎょうじかんはどうなっていますか――」
という訳で、ぼくは自分の労働条件を話し合った結果、次の様に決まった。
(ロアンのレイルズ商会での労働条件)
・7日働いて3日休み。休みの日は実家に戻る。
・朝と夜のご飯1日2食付き。
・就業時間は3の鐘(おおよそ午前9時)~6の鐘(おおよそ午後1時半)の1日4時間半労働。
・6の鐘以降は自由時間。その時間で武術と読み書きを習いたい。
「武術と読み書きを習う月謝はどうするんだい」
「あっ、そういえば……」
月謝をどうするか、まだ考えていなかった……。
「ちなみに、月謝ってどれくらいかかるものなんですか?」
「この街では、『塾』の相場は銀貨2枚だな。月に何回通ってもいい」
なるほど……。
習い事をするところは塾というのか。
武術と読み書きの塾は別だろうから、月に銀貨4枚が必要という事だな。
大きな金額だ。
判定の儀と同額だ。
レイルズ商会では無給だから、別で月謝を用意しないといけない。
どうしようかな。
午後の休みの時間で草鞋を作るか。
「塾の月謝くらいは、ウチで出そう。2箇所なら銀貨4枚か」
えっ?
「先行投資だ。ロアンならすぐ元はとれるだろう」
「!! ありがとうございます!」
(ロアンのレイルズ商会での労働条件、追加)
・武術と読み書きの塾の月謝、銀貨4枚が支給される。
「どうする、今日から住み込みを初めてもいいが」
な、何と。
話が早いですね。
あ、そういえば、アレどうしよう――。
「ん? 何か問題があるのか?」
「あ、ぼく、服がこれ1着しかなくって……」
「ああ。なるほど。その服はダメだな。服もウチから子ども用の服を2着貸そう。服は自分で洗えるかい?」
「はい、もちろんです」
「なら問題は解決か」
(ロアンのレイルズ商会での労働条件、追加)
・服が2着貸与される。
「もう、問題は無いかな?」
「あ、はい……」
ここで、母ロシュの事を思い出した。
後ろを振り返る。
勝手に話が進んでいったので、怒っていたりする?
住み込みなんて反対する?
恐る恐る見た母ロシュの顔はいつも通りの、頼もしい、少し微笑みを浮かべた表情だった。
その母ロシュと目があったら、自然とぼくは、母ロシュに抱きついていた。
自然と涙が溢れた。
「ロアン、しっかり頑張ってくるんだよ。会長さん、私は7日後の6の鐘に迎えに来たらいいかい?」
「そうですね。ロシュさん。大事な息子さん、お預かりしますね」
「はい。息子を宜しくお願いします」
母ロシュのゴツゴツとして、でもしなやかで暖かい手が、お母さんの手がぼくの頭を優しく撫でてくれている。
いつまでも離れたくないと思った。
でも、しばらくすると母ロシュの手が止まる。
そしてしゃがみこみ、ぼくに目線を合わせ、ゆっくりこう語りかけた。
「さあ、ロアン。自分で決めたんだ。ちょっと他の子より早いけど、仮成人だと思って頑張るんだよ。お母さんも応援しているからね。あと、さっき決まった休み――っていうのかい? ……には、迎えにくるからね。他所に遊びに行ったりせずに、ちゃんとここで待っているんだよ」
「ひぐっ、う"ん」
ぼくは、ぐちゃぐちゃの涙まじりの声で返事をした。
前世で得ることが叶わなかった母親の愛情を感じて、涙が止まらなかった。
「ああ、よかった。普通の子どもな部分はあるみたいだな」
「ロアンを手懐けたほうがアタックチャンスだぞ」
何か横で兄弟が話していることも耳に入らないぐらい、母ロシュ――お母さんに抱きついて、ぼくは泣きまくった。
――中身はおっさんだけど。
◆ ◇ ◆
「ここが、住み込みの商会員の宿舎、兼、倉庫だ」
「なかなか立派ですね……」
母ロシュを見送ったぼくは、ハレマに宿舎を案内してもらった。
宿舎は商会の倉庫でもあるらしい。
一応褒めておいたが、かなりボロい建物だ。
埃っぽいし、外から見たら分からないが内側に張っている板がかなりミシミシ言っている。
「そして、ここがロアンの部屋だ。本当は3人部屋なんだけどね……」
そこは、小さな窓のある3階の3人部屋。
でも、半分以上、荷物で占められている。
そして、ベッドがあった……!
「ロアン、ベッドって見たことあるか? ……っておい」
ぼくはハレマが何か言っているのも聞かず、ベッドにダイブしてみる。
がつっ!
「ぐあっ、このベッド、固いっ!?」
「おいっ、壊したら弁償だぞ? 大事に扱えよ……」
この日は、そのままハレマに宿舎の使い方の説明を受け、明日から着る(ぼくからしたら)上等な服を2着支給され、夕ごはんを食べて眠って終わった。
レイルズ商会の夕ごはんは、スープと堅パン――穀物を練って焼いたもの(?)、薄味の野菜シチューみたいなものだった。
正直、めちゃめちゃうまかった。
これ、母ロシュとサクラ姉に食べさせてあげたいなぁ。
ああ、そういや、サクラ姉と今日も話せなかったや。
◆ ◇ ◆
1人、ベッドに横になる。
ぼくの横にいつもいた母ロシュ――お母さんがいない。
少し……声に出してみた。
「お、おがあさんっ、う、うっ、おがさん、おがあさん、ぎょうからさみじいよっ、う、っ、ひどりでっ」
恥ずかしい位に、めちゃめちゃ泣いた。
肉体が5才だからかな。
しょうがないよね。
明日から頑張るぞ。
「ずでーだず」
今日も特に何も起こらなかった。