0.プロローグ
目の前を高校生ぐらいの女性が犬を連れて、散歩セット(?)の袋をぶら下げて、こちらに向かって歩いてきている。
その後ろを同じ年頃くらいの少年が電柱やビル陰に隠れながら、女性に気づかれないようについてきている。
仕事帰りの疲れた(主に精神的な方)体をひきづって帰宅中、オレはそんな光景を目にしていた。
今日も仕事はサイテーだった。
少し前に転属された部署の上司が女性なのだが、何かにつけミスの粗探しをしてくるのがホントーにウザくてツラい。
しかも年下上司である。
上司の気持ちも理解る。
オレだって、もし自分より出来ない年上のおっさんが部下にいたら虐める自信がある。
しかし、自分が虐める方か逆かではまったく別の感情になるに違いない。
近頃は転職サイトに登録して、そこから送られてくるメールを見て自分を癒やす毎日だ。
それはさておき、目の前で事故が起きようとしていた。
暴走した大型トラックが信号を無視して、横断歩道を渡っていた犬を散歩中の女性に突っ込んできている。
女性は体が硬直してしまっているようで、目を大きく開けて、口に左手をあてたまま動けない。
犬は主人を守ろうとしてリードで引っ張ろうとするが、小型犬だからかビクともしていない。
そしてもうひとりの登場人物である少年がすぐ近くまで来ていた。
こうなる事をあらかじめ予測していたかのような素早さで女性に近付いていく。
そして、女性を突き飛ばそうとしていた。
自分は仕事が出来ない底辺の社会人だが、それでも最低限の身に付けさせられた先読みスキルで、このまま事態が進めば、女性は助かり少年は命を落とす事を予測可能である。
敬虔な仏教徒ではないが、自然と「南無……」と唱えている自分がいる。
と同時に、少年と女性と大型トラックが交差するポイントに向かって、自分の体が無意識の内に走り出している事にも気づいていた。
「何故だ……」自分自身が理解できない。
しかしもう遅い。今更止めてもオレは死ぬ。
今思い返せば何のイベントもない無駄な人生だった。
このまま無駄死にするくらいなら最後にこの若い命を助けよう。
一瞬の内にそう決めた。
少年はミッション達成(女性を大型トラックのコースから突き出す事に成功)し、どこか満足げな表情をしていた。
大型トラックの運転手は必死な顔でハンドルを切っているようだ。
ブレーキが壊れていたのかもしれない。どちらにしろ間に合わない。
慣性の法則である。
今度はオレが少年に全身でぶちかましをした。
運動したことなどほぼ無いので、ただただぶつかるだけだった。
両手で少年を路肩の方に押し出すように体当たりする。
少年は振り返り、驚いたようにな顔を見せる。
そして、生まれてきたことを後悔するくらいの激痛と衝撃と轟音がオレの体と頭を押しつぶして、一瞬にしてオレの周りの光とオレの意識は消えた。