うすら恐い 旅人の風景1
【 一 峠の茶屋にて 】
富士見峠の茶屋で、長椅子に腰を下ろす。
店の娘に団子を頼めば、茶を二つ置かれた。一人旅なのだが。
【 二 渚にて 】
薄曇りの天を、トンビが舞っている。
渚を歩く。鉛色の海に白波が立つ。波がうねる。風が強い。波間から無数の青い手が「おいでおいで」をしている。
【 三 立て札 】
「この先、極楽」と書かれた木の札が、崖の上に立っている。
【 四 樺根 】
「若造が、よう識っとるのう」
樺の木の根を掘り起こしていたら、老爺の声が聞こえた。
「爛れ薬の材料じゃ」
「あんたにも必要かい?」
カカカ、と声が嗤う。
「今更。もう手遅れじゃて」
樺の木の横に、腐りかけた死体がある。
【 五 逢瀬の約束 】
星空の下、乱立する石塔の中に女が立っていた。
白い着物がハタハタと夜風に揺れている。長い黒髪がユラユラと揺れている。
「百の夜を越えて、夫が会いに来てくださるのです」
うっとりとした様子で、女は手を顔に添えた。その手には肉はない。
「今夜は何日目だい?」
白く美しい骨は答えなかった。
【 六 から鳴り 】
蒼天に、轟音が鳴り響いた。
思わず手で耳を塞ぐ。しかし、空は晴れている。驚くのでやめてほしい。
【 七 目 】
「鴉、蟇蛙、鯉、猪、蝸牛。注文の品だ」
「おうおう、確かに。お前さんに頼めば間違いないね。そうだ。追加注文だが……」
「俺の目は非売品だ」
一つ目店主が悔しそうな顔をした。
【 八 城堀にて 】
「おいていけ」
水がある堀から男の声がした。
「おいていけ」
夜中なので、もちろん誰もいない。
「おいていけ」
提灯一つ手に、堀沿いの道を歩く。声は追いかけて来る。
「おいていけ」
「釣りなんかしてないぜ」
「おいていけ」
「何を」
「おいていけ」
「魚か?」
「おいていけ」
「金子か?」
「おいていけ」
「商い物か?」
「おいていけ」
「何なんだよ」
「おいていけ」
鬱陶しいこと、この上ない。
【 九 蓑 】
「ちちよ、ちちよ」と木に吊るされた鬼子が鳴いている。
【 十 背中 】
「アンタ偉いわねぇ。年寄った母さん背負って山越えたの?」
「俺が背負っているのは、商い箱ですが」
宿の女将の顔が引き攣った。




