担任をしている女子小学生から「男と女のことが知りたい」と告白された
子供ってやつはどうしてこうもいたずらが大好きなのだろうか。
朝、教室の前にくると引き戸にスキマができている。
ちょうど黒板消しの厚さと同じで、上を見上げると案の定である。
扉をあけて落ちてきた黒板けしをキャッチしながら、所詮は子供だな肩をすくめる。
「まったく、昭和かよ」
足を前にふみだすとジャボンという水音のあと、左足に冷たさを感じた。視線をおろした先には水を張ったバケツが置かれていた。
「先生、だっさーい!」
指を差して大声で笑うのは、このクラスのガキ大将新貝七海であった。
ちょっときなさいとキツめな声で新貝を呼び出すと、「はーい」と軽い返事でついてくる。
クラスの子たちもそんな新貝を笑って見送る。
子供の頃、大人にさからうクラスメイトはヒーローだった。子供たちの中心にはいつも新貝の存在があった。
ただ、問題児かというと単純にそうでもない。
好き勝手しているかと思えば、遊びの輪に入りたそうにしている子をさりげなく誘ったりもしている。
放課後、遠足のしおりを一ページずつ机の上に並べていた。いまからこれをホッチキスで綴じていくのだが、30人分となると結構な厚さになっている。
クラスでも手伝ってくれるひとは放課後残ってくれといってみたが、案の定教室にいるのはオレ一人であった。
子供なら遊びにいきたいよなとため息をついて、黙々とプリントを重ねてはホッチキスで綴じていく作業を続けていく。
パチンパチンというホッチキスの音に混じって、こつんと何かがぶつかる音が窓の方から聞こえた。
ここは校舎の二階で、窓の外には無人のベランダが続いている。西に沈み始めた太陽の光は弱く、教室の中はうすぐらい。
なんだろうかと思いながら窓際に近づくと、下から唐突に顔が飛び出た。ゾンビ映画のように窓にびたっと張り付く。
「うおっ!?」
驚いて腰を引く姿を指差して、けらけらと笑っている新貝がいた。
窓を開けると、まだ笑いをこらえるように口元に手を当てている。
「先生ってやっぱりおもしろいね!」
「……おまえは何してるんだ」
驚かせたことに満足した様子の新貝は軽い足取りで、プリントの山に近づく。
「ほら、はやくホッチキス貸してよ。これを綴じていけばいいんでしょ?」
きびきびと手を動かしながら、新貝は楽しげに話しかけてくる。
「先生ってさ、彼女とかいるの?」
「いないぞ」
「へぇ~。先生、もしかしてどーてー?」
まさか小学生の口からそんな言葉がでるとは思わず、口の端がひきつる。
「はいはい、どうせもてないよ。いいから続きやるぞ」
プリントの山が低くなり作業の終わりが見えた頃、新貝が声のトーンを下げて真面目な口調で話しかけてきた。
「ねぇ、先生に教えてほしいことがあるんだけど」
「なんだ、勉強か?」
こいつは勉強に関しても問題児であった。地頭はいいのだから、ちゃんとやればいい点はとれるはずなのだが。
「……男と……女のことを」
「っ!? いってぇ!」
思わずホッチキスで自分の指を挟んでしまった。
指先にささったホチキス針をみて、新貝は慌てながら「大丈夫?」と心配そうな顔をする。
ぷくりと血球が指に浮かんできたので、このままだとプリントに垂れると慌ててふくものを探した。
「かして、抜いてあげるから」
そういって針を抜くと、彼女はおもむろに指先を口に含む。子供の高い体温に包まれ、指先がなめとられるぬるりとした感触に頬が熱くなるのを感じた。
「ほら、血とまったよ。前にばあちゃんに教えてもらったんだ。こういうときは舐めればいいって」
ちろりと赤い舌で唇を舐め取る所作は意識してものだったのかわからないが、ひどく蠱惑的に映った。
そのとき突然ガタリと音がして、ビクリと肩が飛び跳ねる。もしかして、誰かに見られていたのかと肝を冷やす。
「先生ってけっこうビビリなんだね。いいこと知った」
そうじゃなくて、社会的な意味でやばいとは言えなかった。
廊下をのぞくと、見覚えのある小さい背中が慌てたように遠ざかっていくところだった。
たしか、あれはうちのクラスの子だったはず。
「ササちゃんじゃん、どうしたんだろ?」
他の教員に見られていたらやばかったが、子供ならいいかと胸を撫で下ろす。
かわいいクマがプリントされている絆創膏をオレの指に巻きつけられ、作業を再開するが、しかし、さきほどいわれた質問が気になってしょうがない。
「なあ、さっきのことってさ……」
「うん、うちのクラスってさ男子と女子であんま仲良くないじゃん。それでどうすればいいかなって思ってさ。いい子ぶって注意してもいうこと聞いてくれないからさ」
「なんだ、そういう意味か……」
ため息をはくオレに首をかしげる新貝だったが、さきほどのいい子ぶるという言葉がひっかかった。
もしかして、こいつがオレにちょっかいかけてくる理由って……。
「おまえすごいな。そんなことまで考えていたんだな」
「え、なにが?」
「いや、いたずらばかりしてくる悪ガキかと思ったけど、全部演技だったんだろ」
すごいなと素直に感心していたが、本人はきょとんとこちらを見返している。
「え? ちがうけど。先生って反応がすごくいいからさ。ついかまいたくなっちゃうの」
「……オレはフラワーロックかよ」
「なにそれ?」
声や手をたたいた音に反応する花の玩具なのだが、小首をかしげる新貝を見て世代差を感じたのであった。
作業が終わるとできあがった紙の束を机の上で叩いて整える。
「遅くまでありがとな。助かったよ」
「うん、それじゃあ、先生さよなら~」
手を振ってガチャガチャとランドセルを揺らしながら帰っていった。
「はわわわわっ!?」
わたしは佐々木笹子、さっき大変な場面に遭遇してしまいました。
忘れ物があったので教室に取りにいったのですが、先生が手伝ってほしいことがあるといっていたのを思い出しました。
もしかしてまだ残っていたら気まずいと思い足音を忍ばせて教室の中の様子をのぞきました。
すると、先生のほかにもうひとり女子の姿が―――新貝さんです。
新貝さんはいつも元気で明るくて、教室でも目立たないわたしにも気軽に声をかけてくれます。
いつもいたずらばかりしている彼女が、先生を手伝っていることのはあまり違和感がありませんでした。
体育の後残って先生を手伝ってしているところを見たこともありましたから。
なんとなくですが、新貝さんは先生のことが好きなんじゃないかって思っています。先生と一緒にいるときの新貝さんは、教室では見せないようなはにかんだ顔をしていることがあります。
夕暮れの教室で二人っきりの雰囲気にどきどきして、もうちょっと見ておこうとしたときでした。
先生が急に大きな声をだしたと思ったら、新貝さんが先生に近づきました。
一体二人はなにをしているのか、先生の背中で隠れてよくみえません。新貝さんが何かをくわえているようです。
先生は耳まで真っ赤になって、変な表情をしています。
これ以上見てはいけないような気がして、家に急いで帰りました。
あれは何をしていたのか、気になってしかたがありません。
リビングにおいてあるパソコンで調べてみることにしました。
『男 女 くわえる』
検索ワードに打ち込むと、そこにはえっちな画像がたくさん。
「はわわわわっ!?」
画面から目を離せずにいると、ガチャリと扉の開く音が聞こえました。
帰ってきた母がわたしを見た後、パソコンの画面に視線をずらしました。ただいまといいかけた形のままその表情が固まっています。
「ち、ちがうの! これは、その、……男と女のことが知りたかっただけなの!!」