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こんにちはロボット。

作者: 時短編無

こんにちはロボット。序


 窓から外の景色を見る。空から次から次へと雨粒が降り注ぐ。夜かと思うほどに雲が空を覆い暗くなっていた。雨に逆らって進む車の窓にその粒が当たっては、流れ落ちていく。普通の人なら気が滅入るだろう。実際、私もいつもならそうだ。だが、今日は違う。とうとう時が来たのだ。長かった。この日のために苦労して準備してきた自分を褒めたい。

彼の研究を調査することは彼の生活を脅かすことになるだろう。しかし、彼を助けられるのだ。やらないという選択肢はない。

私のこの行いは彼の自由を守り、私たち人間への脅威を失くすことができる。このまま、何もせずに黙ってみておけとはいかない。私がやらなければならないのだ。




 私は、裕福な家庭に生まれた。親からの愛情に包まれて、何不自由ない幼児期を過ごした。小学生になると、教育熱心な母親に従って勉学に励んだ。初めは、流されるままに勉強していたが、徐々に物事を知ることに楽しさを見出し、進んで机に向かうようになった。それをよく思った父親は、中学校は中高一貫の私立の女子校に通ってはどうかと勧めてきたので、自分も特に地元の学校に行くことに未練がなかったので私立に行くことにした。そうなると、これまでの家の中で、母親に勉強を見てもらうだけではいけなくなった。学校の授業だけではなく、受験勉強というものが必要になった。そこで、実績のある塾というものに通うことになった。通っていた小学校とは違い多くの優秀な同年代の子供が集まり、切磋琢磨できるよい環境であったと思う。ただ、テストの成績がすべてであり、勉学の楽しさというものを周りの子供たちはあまり認識していないように感じた。

 

 そんな中でも、私はトップの成績を常に維持し続けた。一部の生徒には恨まれもしたが、そんなことは気にしないのが私の性格というものであり、勉学に集中し続けていた。このころから、自分の将来のことについて考えるようになった。このまま勉強を続けて、高校、大学と進学し、会社に勤め、結婚し、子供を産み、普通の生活を送るのは面白くないと考えていたと思う。それなら、何かを研究し、成長を実感していける環境に身を期待と子供ながら考えていた。

 

 そのまま何事もなく時が過ぎ、第一志望の私立中学校に合格することができた。入学式の新入生代表になり、私が首席入学であることを両親は喜んでいた。順調に中学生活はスタートしたはいいが、ここで人生の壁にぶつかる。友人ができなかった。一人もである。小学校の時は、家や塾で勉強漬けだったが、学校の方では、大人びた言動と率先して人の前に立つ性格で女子生徒の中では、慕われる存在であった。

 それが、女子生徒だけの中学校では話しかけても、無視されるのは不可解であった。さらに、自分の持ち物が消えることも出てきたのだ。当時の私は首を傾げ、ことの原因を考えた。すると、思い当たる節が一つあったのだ。陰で噂されていて耳に入ったことだが、同じクラスのこの学園の理事長の娘が、入学式の代表になるのが確実と前から言われていて、それを私が奪い取ったと思われているようだった。この女子校には、系列の小学校がありそこからのつながりを駆使し、私をのけ者にしていたのだ。

 そんな役目を願ってもみなかった私としては、たまったものじゃなかった。とりあえず、理事長の娘を下校前の教室で呼び止め途中に話かけてみた。

 母親が外国人で、髪の色が透き通るような金色の彼女は、こちらを見るとおびえているように見えた。後で彼女に聞くと、私の身長は当時、平均的な同学年の生徒よりは高く、綺麗だがすこし目つきが悪いと言われる目のせいで威圧的な印象を抱かれていたそうだ。

事の真相が知りたいと単刀直入に聞くと、無視をするように、小学校からの仲良しのグループや知り合いに言っていないそうで、勝手に彼女らが生徒たちに言ったそうだ。辞めるように伝えるように言ったが、辞めなかったというのが彼女の主張であった。

 本当かどうかわからないが、私と友達にならないかと伝えた。歯切れが悪いが、彼女は了承した。その後、彼女が他の中のいい生徒といるところに押し入ったりして、私との時間を増やしていくと、段々と彼女との距離が縮み、高校へと進学するときには親友と呼べるものとなっていた。もともと彼女は、新入生代表と目されることがあっただけあって、勉強の方は私と同様に得意であったため、二人で勉強に励むということも増えたのだ。

 

 彼女や他の学友に恵まれた高校生活も三年となり、慌ただしく大学受験という一つの人生の岐路に直面する。

 小学生のころから考えていた自分の将来のビジョンを実現するため、世界最高峰の教育環境が整う双葉大学を受験することにした。親友となった彼女も私と同じ大学が好いと言って、同じ大学を第一志望とした。双葉大学はここ100年間で成長した企業『双葉グループ』が設立した大学である。創設者の双葉肇をはじめ、双葉一族の数多くの歴史的発明で地球の文明を大きく前進させた。多言語翻訳機、医薬品の開発、病気を治すナノマシン、各種移動手段、月への旅行を可能にする宇宙船の開発、そしてロボット関連の技術などの功績を積んだ彼らの一族は、世界の最先端技術を独占しているといっても過言ではない。また、開発、研究だけでなく幅広い分野の事業を行っている。そんな、世界一の企業『双葉グループ』が出資する双葉大学は、その研究設備や人材の豊かさは、日本国内の国立大学、世界の歴史がある名だたる大学よりも優れており、世界からの入学希望者が後を絶たないのである。

 中学生のころからロボットの開発に興味があった。いまだ人工知能の開発まで人類は到達しておらず、プログラムとしてインプットされた行動パターンに沿って、ロボットは行動するというものであった。そこで、最高の環境の大学で、私はその研究をしてみたいと思っていたのである。

ただ、入学試験を合格するまで至るのは、茨の道であった。私と彼女は日本国内で、双葉大学の次に難しいとされる日本東京大学に三年生になった時に、余裕で入る学力があった。しかし、双葉大学となるとその程度の学力では足りないのであった。

 筆記試験は他分野に渡る独自の問題が科せられ、面接試験もあった。筆記試験では、学力が足りないものをふるいにかける高難度の択一試験と基準点を満たしたものにいくつもの論文試験が科せられた。世界各地から集まった有望な若者たちはほとんどが筆記試験で落ちる。論文試験の内容が合格を大きく左右するのである。試験は四日間にわたり行われ、一日目に択一試験、二日目三日目に論文試験、四日目に面接試験が行われる。


 試験当日私たちは、自動車運転ロボットが運転する自動車で試験会場である双葉大学へと向かった。彼女は緊張しているのか、両手をぎゅっと握りしめていた。私は、日頃の力を出せば筆記試験は合格するだろうと安心させるため伝える。事実、私たちはこの一年それだけの努力をしてきたのだ。

 双葉大学近くで車からおり徒歩で向かう。私たちと同じ受験者達が大学へ近づくにつれて、多くなってくる。横では、緊張で彼女の呼吸が少しおかしくなっていた。それを微笑ましくも思い。自分も緊張しているのを感じた。手に汗が出てくる。

 すると、双葉大学の巨大な正門が見えてきた。アーチ形のその門は約100年と言う他の大学に比べれば浅い歴史ではあるが、勝るとも劣らない威厳を放っていた。多くの受験者とその門をくぐると巨大な広場が見える。そこに受験生が集まり今日発表された試験室の情報を携帯端末に受信していた。

 私たちもそうしようと歩いていると、周りの受験生たちがざわめきだした。何だろうと思って、横にいる彼女と話していると、中庭の一角を歩いている10歳ぐらいの男の子が見えた。

 これが、私と彼の出会いでもあった。彼は私を認識していないが、ある意味で衝撃的な出会いだった。

 この世界最難関の双葉大学に10歳のまだ小さな男の子が受験しに来るなど、誰が予想できようか。自分の受験会場となる教室のデータを受け取っている彼に呆然としていると、横から早く教室の情報をもらおうといっしょに来た彼女に急かされる。そうして、場所のデータを受け取り、違う教室となった彼女と別れ、指定された場所へと向かった。


 教室のドアが自動で開く。通常、大学の授業の講義が行われるその場所には、多くの受験生たちがいた。椅子に座り最終確認を行うもの、顔見知りなのか、近くのものと話しをするものもいた。私は、携帯端末が示す椅子に歩いていく。彼がいた。自分の前の席にだ。この時点で運命とかそんなものを感じたりするようなバカな女ではないことは重々承知しているのだが、彼について興味が沸いてきたのだ。


 受験生となるとその試験前の時間は浮足立ち、今までに暗記した参考書をもう一度見たりするのだろうか。私は、試験前は、トイレに行きその後は、周りの様子を観察する。それぞれの人間の性格というものが表情や風貌からこの緊張する環境ではより伝わってくるような、そんな気がする。

 同じ長机の一つ席を飛ばした反対の生徒が、後ろの者と会話しているのが聞こえる。その会話によると、自分の前に座る少年がこの双葉大学を運営する『双葉グループ』の一族のもので、合格は必至、それも縁故による合格ではなく、実力で合格が確実だという。

 私は、自分の前の少年が、『あの少年』だったのかと思い、全身が興奮で熱くなった。双葉一族の誰もが偉業を成し遂げてきた中で、その全員を上回るだろうといわれている彼で、事実、10歳にも満たないうちに、それまでのロボット工学で限界とされていたタスク限界の範囲を大幅に上回るロボットを作り上げた。

 自分の将来のビジョンも彼の影響が大きい。彼の発明は、大きく報道され、私自身それに関心を持ち、ロボット関連の論文を読むようになったのだ。

 そんなことを考えていると、いきなり彼が振り向いて話しかけてきた。あまりに急のことに頭が追い付かず、しどろもどろな返答になってしまった。今もその会話の内容を覚えている。彼も緊張しているらしく話し相手がほしかったので、軽い世間話のようなものだった。その時の自分の会話を思い出すだけで赤面ものだが、彼との貴重なひと時だった。

 その後、彼は話を止め、前を向いて机に頭を伏せた。私は彼との会話をもう少し続けたかった。その後、前の背中を観察する。彼の後ろ姿からは緊張というものが感じられない。相当自信があるのか、上半身を丸くし、眠っているようだ。彼との大学生活を思うと、ますます進学したいと思った。

着席の鐘がなった。ドアを開け、試験監督を務める教授と、監視用のロボットが入ってきた。


 試験の結果はというと不合格だった。私は一次試験の択一、論文試験は上位で通過した。一緒に受けた彼女は論文試験中に緊張のせいか、体調を崩してしまい途中退室となり、私はそのことを帰ってから知った。彼女の分まで頑張ろうと迎えた最終日、面接試験でそれは起こった。    

 幾分かの待ち時間を経て、面接に臨んだ私は、すべての質問に的確に答え、三人いた面接官から合格を伝えられた。

 しかし、それと同時に、若い女性が扉を開け入ってきたのだ。20歳中ごろに見えた。面接官たちは、石のように固まり動かなくなっていた。時間が止まったような感覚に陥った。

 その女は面接官の後ろまで行き、私の方を見た。何か値踏みするような、こちらを見透かすようなその眼に、私は彼女に対する疑問を口に出せなかった。その女の口から不合格と言う言葉が出てきた。女はそのまま部屋を出ていく。すると、面接官たちはさっき合格と言ったことが嘘のように私が不合閣であると告げた。これまでの目標が崩れを落ちた瞬間でもあった。私は何も考えることができずそのまま帰宅した。 


 今思えばあの理不尽な女と現象に対する怒りが大学時代の私のロボット工学に対する思いをより強くしたのだと思う。

 あの出来事のあと、滑り止めとして日本東京大学に親友と合格し、ロボット関連の研究に没頭した。ある意味病気と言ってもいいほどだ。親友の彼女との交流と彼女といっしょにスカウトされて始めたモデルの仕事以外は、大学や家で研究に費やした。着実と自分の成長を実感し、いつかあの女を後悔させられるだろうと思っていた

 私の大学生活とは異なり、彼の活躍はめまぐるしかった。

 同年代の飛び級で双葉大学に入った二人と、三人で人工知能を搭載したアンドロイドの開発に成功した。そのアンドロイドとされるロボットはメディアに取り上げられ、大々的に報じられた。あらゆる科学誌がその研究の成果を褒めたたえ、その構造の情報を引き出そうとしたが、彼はその構造の公開はしなかった。徐々に、世界のメディアや一般の人々はその開発に懐疑的になったが、あれのこれまでの研究と、今なお出される目新たらしい論文に私も研究者たちは彼を信じていた。人工知能の開発に成功したのだと。


 私は彼の研究論文を全て読んだ。何回も繰り返して。

 彼の洗練された研究内容に目を通すと小学生の時を思い出す。新たな物事を分からないのだが徐々に学んでいるという感覚を常に持つ。彼が私を導いてくれているのだ。

 彼に対しての憧れが増す。

 彼の研究の全部は論文として世に出ていないが、世に出ている彼と、その仲間たちの研究成果から、自分も人工知能の開発に挑んだ。大学と大学院の八年間では到底完成には及ばないかもしれない。だが、完成には近づいていた。


 そんなこんなで大学生活も終わりに近づいた。一般企業に就職するか、大学に残り研究を続けるかの選択に迫られた。

 親友の彼女はロボットのプログラムの研究をしていて、そのつながりで双葉グループのイーストインテリジェンス社を志望していた。ロボットなど最先端技術について研究し、人々の生活を豊かにすることを目標とする、双葉グループ創始者双葉肇が作った会社である。彼も今この会社で研究をしていた。彼女はその研究成果に関する発表で、彼と共同研究している人から、うちに来ないかと言われていたのだ。

それを知った私は表では祝福したが、裏では羨み、嫉妬していた。大学時代の私の研究も彼女の研究以上の成果を残していたが、私にはEI社からの接触、ましてや双葉グループからの連絡すらないのである。自分の非力に悩みもした。しかし、やはりあの女が関係しているのか、エントリーする時点で不採用という通知が決まって帰ってきた。


 結局、私は大学で研究を続けることになった。肩書は准教授であり、研究成果が評価されたのだろう。この若さでこの地位になることはあまりない。

 大学で研究を続ける日々の中で、ある時、EI社に就職した彼女からパーティーの誘いがあった。EI社主催のもので、多くの著名人が集まるものだそうだ。滅多に人前に姿を現さない彼も出席するということで、すぐに承諾の旨を伝えた。

 このころから彼に対する思いが胸の内で変化したような気がする。それまで、彼の研究に憧れを抱き、日々その地点まで近づき、あわよくば共同で研究したいと思っていたが、このまま大学での研究をしていても彼が私と時を過ごすことはないのではと。彼に会いたいと感じるようになったのだ。


 パーティーとなるとそれ相応の身だしなみをしなければならない。幸運なことに、私の容姿は両親の遺伝から人並み以上だと思う。

 問題はドレスだ。大学時代は、彼女に言われるがまま服装を着ていたので、大学にこもり、研究一筋の私はその辺のことに疎かった。さらに彼女も就職してから忙しいようで久しく会っていなかった。そのようなことを考えていると、彼女からの連絡があり、私のドレスは発注済みということで、二、三日もせずに自宅の方に届いた。頼れる親友を持ったことに感謝した。


 パーティー当日になってある意味で先にした感謝に後悔した。彼女の美的感覚は抜群なのだが私の嗜好とは異なっていることを忘れていた。紺色のドレスで色合いには異論はない。だが、肩口が大きく、背中は大胆にカットされ、肩から肘ぐらいまで花の装飾が施されて肌が薄く見える。また、膝丈も短く肌の露出があまりにも多い。彼女曰く、私に合った最高のドレスだそうだ。このような格好は好きではないし、できれば着たくはないが、彼と会える機会なのだからこれぐらい羽目を外してもいいのかもしれない。このドレスが褒められることを祈りながら身支度を整えた。


 送迎用の自動運転の車を降りた私は、そのそびえ立つビルを見上げた。都内にあるEI社の本社ビルは世界一の最先端技術を保有する企業に相応しく、他の高層ビルにない異彩を放っていた。黒色の巨塔は他のビルと比べてあまりにも高く、先が見えない気さえした。

 ロータリーには、多くの招待された客たちが車から降り、会場となるビル内部に移動していた。私は先に来ている親友の姿を探した。

 すると、ロータリーからビルの入り口までの階段の途中に彼女がいた。彼女は着て来ると言っていた赤のドレスは彼女の美貌と相まって、目立っていた。

 私は彼女の方に歩を進めた。彼女も私に気が付き手を振ってきた。それに、反応し私も手を振り返す。軽く挨拶を交わし、私たちは久しぶりの再会に話を弾ませた。パーティー会場となる場所までの間、互いの近況を語り合った。彼女は仕事が楽しいし、上司も優しいので最高の職場だと言った。

 そこで、私は前から気になっていたあることについて聞いてみることにした。彼とは合うのか、どんな方なのか聞いてみると、彼女もほとんど合わないそうだが、優しく研究一筋な人だそうだ。最近は、研究以外の仕事の方が忙しくそれを嘆いていると上司に聞いたらしい。

 彼のことを人づてでも知れたことにうれしく思った。この胸中の気持ちの高ぶりが表情に出ていたのか、彼女は怪訝な様子でこちらを見た。何故にやけているのかと問われたが、会場の入り口についたことで話を切り上げた。

 入り口には、人型のロボットが数体配備されていた。ビルの入り口付近にもロボットが招待客かどうかを判別するために立っていた。よく見ると全てEI社の最新バージョンだった。人工知能を持つものもように自ら考えて行動するのではないが、何万通りものプログラムに基づき状況に応じて臨機応変に行動するEI社の人型ロボットは他の企業の追随を許さない。

会場内へと私たちは入った。


 会場内はきらびやかな雰囲気だった。天井には、人工の照明が浮遊し、暖かな光を放つ。テーブルには、豪華な料理が並び、一流シェフ顔負けの料理を作るロボットがその場で料理しているのも目に入った。

 一目で高級品だとわかる服装に包まれた男女が立ち乱れ、思い思いの人と談笑を楽しんでいた。

今日のパーティーはEI社の幹部が主催した交流会というもので、財界や学会の者、政治家など数多くの著名人が出席していた。私たちも軽くあいさつ回りというものを行った。

 その際、私は彼の姿を探したがなかなか見つからなかった。

 あったときのことを考えて、どのように話すのかシミュレーションを何回も繰り返したので早く会いたかった。

 親友の彼女はパーティーに参加している上司に挨拶に行くということで、別れて後でまた会うことになった。

 トレイにカクテルを乗せたロボットからそれをもらう。グラスを傾け、飲みながら周りの人を見ているとふとある女性が目に入った。確か、双葉家出身のEI社の幹部の女性だ。まだ20代後半若さで、重要なポストについており、彼の研究以外の会社でのサポートもこなしていた。その女性の横を見ると彼がいた。

あの時以来の再開であり、胸が高鳴った。興奮で体が高揚する。まるで、アルコールと摂取した時のような浮遊感が私を襲った。彼に話しかけようと近づいていく。

 すると、横に立っていた女性がこちらを見ていた。私は彼女の視線に気が付き、歩みを止めた。ゆっくりとこちらに近づいてくる。

 彼女の立ち振る舞いは綺麗だった。派手すぎない黒色のドレスから、そのすらりとした足が伸びていた。黒髪だが、日本人離れした顔の造形が地味なドレスにより一層美しく輝いていた。同性だが人間離れしたその美貌に目を奪われた。

 彼女が立ち止まり、私に挨拶してきた。彼女は私のことを知っているようで、私の最近の研究にも触れて話しだした。お世辞を受け流しながら彼に挨拶に行こうと思うと告げた。すると、彼女は先ほどまでの笑みを浮かべた顔から打って変わり、表情を失くした。

 そして、こちらの心を見透かすかの如く、私が彼とは釣り合わないと言った。EI社の入社希望の者で初めから優秀そうな者は身辺調査が念入りに行っており、私のような彼に色目を使いそうなものは初めからはじいていると彼女は告げた。あなたは、能力の面でEI社の研究者になることができるだろう。そして、彼の研究の助手になることもできるだろう。だが、私がそうはさせない。彼に塵が付くのは許さない。彼には私たちがいると彼女の口から淡々と述べられた。

 私は今までに感じたことのない怒りが体に湧き起こった。どうしてそんなことが言えるのか。彼女は一体彼の何なのか。詰め寄って、彼女に問い詰めようとした。

 だが、彼女は近くに立っていたロボットからカクテルの入ったグラスを取ると、私に中身をかけたのだ。短い悲鳴が出た。

 頭にかかったカクテルは、重力に従いながらドレスを濡らしていく。

 周りの人たちは、会場に流れる音楽と人の声でこちらには気が付いていなかった。

 私は呆然と立つ。とうの昔に成人していたが、その時は何故か子供のように涙が出てきた。

 先ほどの悲鳴を聞いたのか彼がこちらに来た。彼は持っていたハンカチで濡れた私の顔を拭き大丈夫かと聞いた。まだ濡れているためハンカチが渡された。

 彼の顔は、前にあった時とは大きく変わっていた。あどけない子供だった前の彼とは違い、成長して凛々しく異性を引き付ける魅力がいっぱいだった。その宝石のように澄んだ瞳。高く形の整った鼻。異性の引き付ける唇。私は彼のことが好きなのだと再認識する。そして、彼が私に好意を持っているのではないかと思った。ただの女にここまで優しく接するのか。否。絶対にしないだろう。

 彼はなぜこうなったのか聞いた。彼女はつまずいて、グラスの中身がかかったと言い、こちらにその非礼をわびた。どの顔でそう言うのかと、彼女の方を見た。彼女は片目を瞬きさせる。すると、その眼が人間のものとは思えないように怪しく光っていた。

 私は確信した。彼女はアンドロイドなのだ。彼が開発し、発表した個体とは違った個体がいたのか。彼のことをあきらめさせるため、自分の存在を私に見せつけたのだ。

 彼女は私を着替えさせると彼に言い、私の手を取った。彼女は私を引き連れ、会場を出た。彼女は今後彼に近づかないように言い、会場に戻っていく。

 彼から渡されたハンカチを右手に握り、その背中を見送った。


 その後のことは、あまり覚えていない。気が付いたら家のベッドの上に座っていた。周りには、整頓されていた本棚の本が散らばり、机の上に置かれていたものは床に散乱していた。

 あのアンドロイドの女の言葉を考えた。大学入試の際に現れた女性に対する怒りより、激しい怒りが沸き起こる。アンドロイドの分際で、私と彼の中を引き裂こうとし、敵意をむき出しにしてきたのだ。私は彼と出会うべくしてであったのだ。ただの機械に邪魔していいわけがない。それが彼によって生み出されたアンドロイドであってもだ。

 もしも、あのアンドロイドが暴走すると彼の身に危険が生じる。彼を助けねばならない。さらに、あの他人を排除しようとする行動から、アンドロイドにより彼が自由を制限されているのではないかと推察した。彼はほとんど表舞台に出ないことにも合点が行く。

 彼は持つ私への思いを殺そうとしている。そんなことは許さない。

 私だけしかこの事実を知らない。助けられるのは私以外にいないのだ。


 私は、すぐに親友の彼女に連絡し、あのアンドロイドの女についての情報を入手してくれるように頼んだ。初め、彼女は知らないと答えていた。本当に知らない様子だったが、探ってくれるように頼み込んだ。

 それと同時に、テレビなどのマスメディアにも出始めた。ニュース番組などでアンドロイドの危険について話す。ロボットが人の労働を肩代わりしだした時代、機械に対する不満を持つ人が多い。その思いを代弁することを意識することで、瞬く間に有名となった。持ち前の美貌と知識を武器に、今までにいたロボット評論家を蹴散らした。

 この活動で少しでも彼がアンドロイドの危険に気が付いてくれたらそんな思いだった。

 しばらくすると彼女から連絡があった。あのアンドロイドの女は、最近、月の研究施設に頻繁に足を運び、そこで何かしているということだった。月の研究施設は彼女が研究主任となり実験を行っていた。

衛星や宇宙ステーションの開発は宇宙飛行士でもあった双葉家の二代目が精力的に行い、双葉グループの主力事業である。今では、月に研究施設や双葉グループの所有するテーマパーク兼リゾート『ムーン』が作られていた。年間何千万人もが『ムーン』にやってきては、今までに感じたことのない宇宙の魅力を体験する。

 他の国、企業がこぞってその技術力を欲したがいまだ双葉グループレベルの開発力を持つライバル企業はいなかった。


 重力制御装置を開発したEI 社は月での長期的活動を可能とし、地球ではできない研究をそこで行っていると噂があった。それも、人道に背くような研究ともっぱら噂である。

あのアンドロイドの女が関わっているということはその噂にも真実味が増す。


 私は、アンドロイドの女がやっていることの確固たる証拠を探してほしいと頼んだ。彼女はこれ以上のことは分からないといったが、それを知っている女社員がいるという。元月の研究施設の研究員で今は窓際に追いやられているそうだ。直接、電話で連絡を取り後日合うことになった。


 私はその研究員と会った。名前は睦だそうだ。変わった苗字だと率直に伝えた。よく言われるそうだ。

会う前に持っていた印象とは異なり、快活な若い女性だ。服装もスーツ姿の私と違い、今どきの若者がきるようなおしゃれなものだ。

 睦曰く、確かに人の遺伝子を使ったクローンの研究を行っているという。この件は、彼は知らずあのアンドロイドの女が行っているという。日本政府に告発し、調査団を派遣するのはどうかと言ったが、睦は政府内にも双葉グループの息のかかった者がおり、それは厳しいと答えた。私が直接月に行き、研究施設の実態を記録し、それを世界に発信するのはどうかと睦は言った。リスクはあるが、メリットもある。確実に世間に公開し、アンドロイドの危険を知らせ、彼をアンドロイド達から守れる。

だが、問題はどのように研究施設に入るかだ。しかし、その点は、昔なじみがどうにかしてくれると伝えられた。睦に少しの違和感を抱いたが、そんなことはどうでもよかった。私はやらなければいけないのだ。




 空港に着いた。隣に座っていたアンドロイドが先に車から出た。どうぞと言って、折りたたまれて手のひらサイズになっていた傘を私のために差した。私は傘の中に入って、空港の入口へ歩き出す。

 今日の調査は、私が作ったアンドロイド『サク』も同行していた。研究助手であり、私の人格データを基に作った人工知能を有しているのでいわば分身だ。人との会話、自律した行動をとる。内部のコアに目で見た情報を記録することができ、研究施設内の様子を証拠として残すこともできる。また、非力な私を守るために、オーソドックスな武術や、射撃能力のデータを与えているので、万が一の場合にも対応できる。

 そして、私の研究分野外だが検査に引っかからないように細工した小型の銃を持たせている。私自身も持っており、威力も申し分ない。

 空港内に入り、これからの予定を頭で確認する。まずは、この空港で待ち合わせをしている睦と合流し、観光の目的で宇宙船『スペースファスト400』に乗り、月まで行く。そして問題がなければ月の地中に整備されているシャトルに乗って、そのまま研究施設に向かい、睦に従い研究所内部を見て回る。その際、私はEI社の社員ということで通すらしい。無理があるようだが、睦を信じるしかない。

 私たちは宇宙行きのカウンターで搭乗の手続きを済ませた。サクはロボットとして、政府から許可を受けて、所有しているので手続きを踏めば、宇宙船にも搭乗が可能である。

 係りのロボットに荷物を預ける。ゲートをくぐりセキュリティチェックを行う。危険のある持ち物を機械が選別し、アラートが鳴る仕組みだが、銃には機械に映らないようにしているので、アラートはならなかった。ロボットであるサクも私が通ったゲート審査以外にも、体内部に危険物が所持されていないか、検査ロボットが入念にチェックしている。そんな検査で引っかからないと思っていると、全ての検査が終わり、宇宙船の到着を待つロビーへと向かう。

 平日にも関わらず、月へと向かう人は多い。子供が親に出発時間を聞いている。ロビーで待ち合わせしている睦を探す。

「咲。睦を見つけた。あそこ」

 私より先にサクが睦を見つけた。何列も椅子が並んでいる中に、睦らしき後ろ姿が見える。睦が座る椅子の列の横に歩いて近づく。横から見るとサングラスを付け小型のデバイスの画面を見ているようだ。今日も服装は黒のジャケット、ベージュのトップスにタイトスカートと女子力が高い。研究所に行くのだがその服装はいかがなものか。スーツ出来た私とは大違いだ。

 睦の横に立つが彼女は気が付かない。

「こんにちは。睦さん」

 ぎょっとして、睦が手に持ったデバイスから目を離しこちらを見る。

「あれ、西教授?気が付かなかった。いきなり横に立っているからびっくりしましたよ」

 私はまだ准教授で、前に会った時も訂正したが、睦は忘れているようだ。いちいち訂正するのは面倒なので、スルーする。

「横に立っている方はどなたですか?」

 睦はサクの方をちらりと見た

「私が作ったロボット兼助手のサクです」

 サクが軽く会釈する。人間と変わらない容姿のサクを見て、目を少し開き睦は驚いた。いろいろ聞かれるのが、目に見えていたので、そのまま話を続ける。

「で、向こうのことは問題ないですか?」

「えっと……はい!もう、それはばっちりです。西さんが研究所内を見て回れるように手配していますので、ドンと構えておいてください」

 自信ありげに話す睦に少し安心した。

「そうですか。月でのことは頼みました。いろいろ無理言って申し訳ないです」

 私は睦に頭を下げた。

「いえいえ。これで、EI社が少しでもクリーンになると思うし、私のためでもあります。西教授が私に頭を下げる必要はないです!」

 笑顔を浮かべながら睦はそう言った。睦が私に手を貸すことは、彼女の社内の立場を危めるだろう。世間に公にされれば十中八九解雇を免れ得ない。それなのに、進んで協力してくれる彼女には感謝していた。

 出発時効が近づいたことを知らせるアナウンスが鳴る。人の列が短くなったところで、私たちも席を立ち、搭乗ゲートへと向かった。携帯端末を翳し、客室乗務員に確認してもらう。続いて搭乗橋を渡る。

機内に入ると、CAが並んで挨拶してきた。私より先を歩いていた睦が振り返った。

「あ、西教授。私、窓際の席でいいですか?」

 子供かと頭の中で突っ込みを入れ、了承する。

 指定された席を見つけた私たちは窓際から睦、私、サクの順で並んで座った。

「今日は人が多いですね」

 私は、ロビーでも思ったことを口に出した。昔、月に家族で行ったときはこんなにも人がいなかった気がする。

「ええっと、『ムーン』の方で20周年記念のパレードが来週からあって、それに合わせて行く人で混んでいるのだと思いますよ」

そういえばそんなことをテレビのニュースで聞いていたなと思った。最近は、この調査のことばっかりで忘れていた。

「新しいアトラクションが出来たりするので、西教授もどうです?」

「遠慮しておきます。私はそういったキャラじゃないし、もうそんな年齢でもないので」

「そんなことはないと思うけどなぁ。綺麗だし、まだ20代じゃないですが。たまには息抜きしないと。研究ばっかりだと彼氏もできませんよ」

 デリカシーの欠片もない言葉にイラッとした。実際、今まで異性と付き合ってこなかった。言い寄ってくる男性は今までに何人もいたが、どこかで彼と比較してしまい、彼の足元にも及ばない者たちと同じ時間を過ごすのは、苦痛でしかないと思ったのだ。

「考えておきます。けど、今回の目的はあくまで調査です。睦さんも少しは緊張感を持って欲しいです」

「はいはい。分かっていますよ。これでもいつもよりは、しっかりしていますよ」

 本当なのか甚だ疑問だ。もしかすると、睦が月の研究所から左遷されたのは、この適当な性格なのかと思った。

「ところで、先ほどから読んでいるそれは何ですか?」

 ロビーにいる時も読んでいたが、睦は機内に入ってからずっと手元のデバイスで何かを読んでいるようだ。

 「これですか?少女漫画です。友人に勧められて最近読んでいるんですよ。今読んでいるのは、人間の形をしたロボットが転校してきた地味な男の子に恋をするというものでめちゃくちゃ面白いです。ロボットの主人公が、自分がロボットなことにコンプレックスを抱いて、男の子との関係をなかなか進展できずにもじもじするところとかの描写が上手で。ライバルの人間の女のことの対決とかもリアルですよ。あとあと……」

「もういいです。分かりましたから」

「そうですかぁ。もう少しこの本の面白さを伝えたかったんですけど、特に今読んでいるところとか。仕方ないです。」

 開けてはいけないパンドラの箱だったか。睦は、またデバイスに目を向け、続きを読んでいた。横に先ほどから座って、話さないサクの方は耳に豆粒ぐらいのミュージックプレイヤーを入れ、寝ている。自分の人格をベースにして作ったアンドロイドだが、あまりにも自由すぎる立ち振る舞いが目立つ。

「先が思いやられる」

「何か言いました?」

 私は睦の言葉を無視し、目頭を押さえて、ため息をついた。



 『スペースファスト400』からの地球と宇宙、月の景色を見終え、私たちは月に着いた。道中、通路側の席から宇宙の景色を食い入るように見つめる『サク』や、また漫画の話をしだした睦に嫌気がさしたが何とか持ちこたえた。

 シャトルトレインに乗り、EI社月面研究所へと向かった。月にはいくつもの企業が進出しているが大半は双葉グループの会社だ。その中でも、EI社は研究施設を多く持ち、今日はその中のクローン実験が行われている第四研究所に行く。月の地中に網のように巡らされたシャトルトレイン内は私たちだけだ。テーマパークなどが隣接している区域とは違い、研究所がある区域にはこの時間帯に行く者はいない。

 研究施設や生産工場、テーマパークがある区域以外にも、月には、宇宙探索のための宇宙港がある区域や地球から移住してきたものが住むための居住区もあるが、いまだ住むのにはお金がかかるので、月で働く者や一部の金持ちが住んでいるに過ぎない。

 シャトルトレイン内に、EI社第四研究所に着いたことを知らせる声が聞こえた。

「西教授。着きましたよ。忘れ物はないように。サクさんも大丈夫ですか」

 月に着いてからも、少女漫画を読んでいた睦は顔こちらに向けた。

「大丈夫」

 サクが頷く。

「それじゃあ、入館の時に必要な識別データを送っておきますね」

 そう言うと、睦はデバイスを操作し、私たちに識別データを送った。

「話しかけられることはないと思いますが、EI社の研究者であるということで通してくださいね。もしもの時はフォローします」

「分かりました。」

 話しかけられないことを祈りながら、私はそう答えた。

 睦はデバイスを上着のポケットにしまった。そして、先に席を立ち外に向かった。サクも耳にはめていたミュージックプレイヤーを外し、席を立つ。私は一呼吸置き、気合を入れて立ち上がった。


 入り口のセキュリティチェックのゲートにデバイスを翳すと、青色の光を放ち、中への通行が許された。クローン実験がされているのはかなり下の階だということでエレベーターに乗ることにした。エレベーター前に着く。私たちが来たことを感知して、この階に止まっているエレベーターの扉が開いた。

「さぁ先にどうぞ」

 睦に促され、私とサクが中に入った。睦も入ってくる。

「地下35階でお願いしますね」

 睦の声を認識して、エレベーターが動き出した。

「ところで、サクさんはただのロボットじゃないですよね」

 エレベーター内に睦の声が響いた。

「人工知能によって、自分で選択して行動している感じ。人工知能の研究が西教授の専門分野でしたよね」

 さすが、EI社の研究員と言ったところか。言動からはそのように見えなかったがサクの行動プロセスが、既存のロボットの人間が設定した行動パターンから選んで動いていないことに気が付いた。

「隠していても、仕方がないですね。試作段階ですがヒューマノイドです」

「凄い!西教授、ご自分で作られたんですか?人間に近い思考可能なアンドロイドは、うちのところしかまだ完成していなかったのに」

 睦はこちらを驚いた顔で見て、称賛する。

「本当にすごいですね。まさかここまでとは予想外でした」

「称賛ととっておきましょう」

「是非とも、サクさんの構造を隅々まで調べてみたいですね。いいですか?」

「ダメです」

 私の否定の言葉を聞き、目に見えて落胆した睦。サクも自分の内部を調べられるのが、いやなのか睦から距離をとった。

 目的の地下35階に着いた。エレベーターの扉が開く。まっすぐに白い廊下が見え、その先に扉があった。

「あそこが例の研究室です。着いてきてください」

 私たちは睦の後についていった。扉の前に着き、睦は横に取り付けられていた画面をタッチし暗証コードを入力した。

「睦」

 睦は声によるコードも解除し、指先も画面に押し付けた。最後に眼を壁に取り付けられたディスプレイに近づけた。画面から光が出てきて、確認を行った。両側に扉が開き中に入れるようになる。

 中は、何かを制御しているディスプレイが備わった機械が無数にあった。そして 、入ってきた扉以外の壁には窓があるが、その外には、無数の人の姿をした何かが列をなしていた。

「これは……」

 思わず息をのんだ。髪には違いがあるが全て同じ顔をしているように見えた。睦が機械を操作し、窓の外の空間に明かりを付けた。

 見える範囲には数百体が確認できたが、その奥にもまだまだいる。動いてはおらず、すべて停止している。

「睦さん。これって……」

「はい。クローンです。と言いたいところですが、違います。私の姉妹たちです。どうです?これだけの数を見ると壮観でしょ?」

「え?」

「だから!姉妹、シスターですって!」

 今までの睦とは違い声に強い口調だ。

「西教授ならわかるでしょ?まさかわからないとか言わないですよね?ア・ン・ド・ロ・イ・ド!」

 彼女がアンドロイドだったことに驚愕する。確かに外にいる個体と顔のつくりが似ている。

 「はぁ。まさか本当にクローン実験の研究所に行けるとでも?それもただの研究員と言うことになっている私が、偶然、西さんの親友と知り合いで、西さんを案内するとか普通あり得ないですよね?人間にしては頭がいいけれどこんなこともわからなかったんですか?」

睦は散々私を煽り、口を手で押さえて笑った。

「はぁ。笑った笑った。で、どうします?これ、世界に公開しますか?」

 私はこうなることを見越してサクに、常に周りのことの録画・録音させ、何かあった時にインターネット上に公開する用意はしていた。

「それも無駄ですけどね。ここでは全ての外部との連絡手段は絶たれていますよ」

向こうの方が、上手だったようだ。この研究所に入る前に、シャトルトレインに置いてきた中継機となる独自の通信装置との通信が途絶えた。こうなれば相手次第では、強硬手段に出るしかない。

「アンドロイドなのは分からなかったけど、一体私をここに呼んで何がしたい」

 睦の顔を睨み付ける。

「いやいや。そんな、警戒しなくてもいいですよ。後は、ニコル様から聞いてください。もうすぐ来られるので、しばしお待ちを」

 そう言って、睦は黙ってこちらを見ている。ニコル。その名前に覚えがあった。彼に着き従い、彼の自由を奪い、危険な状態にしている張本人だ。ここにあるアンドロイドも彼女が命令して作らせたのではないか。

 しばらくすると、ドアが開いた。

「お前は……」

 ニコルが中に入ってきた。

「こんにちは。西さん、そしてサク。このような形でお招きして申し訳ありません。西さんに私が直接コンタクトをとればよかったのですが前の一件があり、それは控えさしていただきました。さて、本題に入りましょうか。なぜ、こんな形でお越しいただいたのか」

ニコルがドアの方から、部屋の中央にある機械の方に歩きながら話し出した。パーティーの時とは違って、私を睨んではいなかった。睦は入り口の脇に移動する。横にいるサクを目で確認する。私がニコルをやり、同時にサクが睦を片付ければいい。

「単刀直入に聞きます。あなたはマスター、双葉シュウを崇拝し、好意を持っている。それも、ものすごく重く、そして狂気的。どうです?」

「な、何?」

 ニコルの発言に、汗が流れた。

「反応から見ると、事実みたいですね。あなたのことは調べさせていただいたとパーティーの際に伝えましたね。大学受験の際に、マスターに合われ、その後、双葉大学には成績十分のはずが何故か不合格となった。この点は気がかりでしたが、結果、私たちとしてはマスターの大学生活に余計な異分子がさらに混ざらなくってよかったです。その代わりに、日本東京大学に入学。そこで、マスターの論文などに触れ、思いを強めっていったと報告を受けていました。そして、パーティーでマスターのお優しい性格ゆえの厚意を受け、変に勘違いして、自分に好意を持っていると思い込みメディアを通して、私たちの危険性を訴えている。違いないですね?」

 ニコルは、淡々と話す。

 「ご自宅も拝見させていただきました。マスターの論文の方も全て紙媒体で揃えられているようで何回も読んだ跡があり、さすが西さんと言ったところです。ですが、パーティーの時、マスターのことを盗撮していたとは思いもしませんでした。それから加工して作った写真を寝室の天井や、家中のいたるところに張るのはどうかと。あとは、マスターから戴いたハンカチをあんなことに使うとは……」

 「それ以上言うな…」

 自分の醜態をこのニコルの口から聞ききたくなかった。確かに、彼は私に好意をもっているが、私の隠された秘密が暴露されるとどうなるか分からない。彼が私を軽蔑する可能性の方が高い。

「そうですよね。それぐらいわかりますよね。いくら寛大なマスターでも、仮に好意を持っている相手でもそのような行為をしていたら怒るかもしれません」

 ニコルは少し笑みを浮かべた。

「ここに呼んだのは、一つは、これ以上私たちのことを人間にとって危険と吹聴することを止めて戴きたいということです。マスターも迷惑しています。あなたが出ている番組を見ると他の番組に変えるほどです。止めて戴けなければ、西さんの家の内部の映像と音声をマスターに提出します」

 それは困る。だが、目の前にいるこのアンドロイドが何を企んでいるのかいまだわからない。彼に自由を奪っているのはお前たちではないのか。近いうちにこのアンドロイドたちが、人間に対して危害を加えるだろう。

 だから今しかない。私は、サクに合図を出した。

 私は、服の中に隠していた小型の銃を取り出しニコルへと向け撃ち放った。それと前後して、サクも扉の近くに待機していた睦へと弾を放つ。しかし、ニコルの胸に着弾し、後ろに一歩仰け反ったが、立ったままで動かなくなるような致命的な一打とはならなかった。睦の方も同様である。

「その程度の威力では私たちのボディに傷はつきませんよ。西さん。私たちはあなたに危害を加えようという気はありません。もう一つの呼んだ理由を聞いてください」

 ニコルの顔からは、特に怒った様子は見られない。むしろ、私が銃を撃つと知っていたかのようだ。

「分かった。話して」

 私は拳銃をしまい、サクにもそうさせた。ニコルはそれを見ると、安心したように胸を撫で下ろした。

 「西さんが話の分かる人でよかったです。いきなり撃ってこられたので、私たちも話し合い以外の方法を採らなければいけなくなりそうで、安心しました。それはできればしたくなかったんですよ」

「そうですよぉ。西教授。せっかく仲良くなれたのに、お別れしたくないです!」

 睦も声をあげ、ニコルに同調する。声のトーンではこちらに好意的に聞こえたが、言っている内容によると私たちを殺して問題がなかったということだ。

「それで、私をここに呼んだもう一つの理由は?」

「パーティーの時とは状況が変わりまして、西さんの力を貸してほしいのです。西さんは、人工知能やロボット工学など幅広く精通していると存じ上げております。アンドロイドも私たちに劣りますが、作り上げているとは驚きでした。そこで、あるものを作ってほしいのです」

 その願いに、疑問を持った。彼女らの主人である彼に頼めば良くないか?彼に作れないものなどない。

「彼に頼めば良くない?私なんて足元にも及ばない」

「いえ。これは西さんにお願いしたいのです。マスターには知られないようにしなければいけないのです。マスターに知られた場合、マスターに危険が及ぶ恐れがあります」 

「どうゆうこと?あなたたちの存在が彼を苦しめているのでは?」

「まず、私たちがマスターの身を危険さらすことは絶対にありません。これは揺ぎ無い信念、共通認識です。それで、あるものというのは、私たちの情報共有ネットワークでもある『マザー』の改良版です。現在、マスターが作成したもので私たちは、他の個体とのコミュニケーションをとったり、地球上のインターネットに繋がるものすべてに干渉することができます。双葉グループの研究データなどの流出を未然に止めているのもこのネットワークのおかげでもあります。しかし、何者かがそのシステムに侵入し、私たちのネットワークを勝手に使いマスターを害しようとしている者がいるのです。私たちの調べでは、その者は、マスターに親しいものということは分かっています。私たちが、マスターにこの件を依頼すると、その者が知った時に、『マザー』が破壊される恐れがあるのです。また、マスターも巻き込んだ場合、マスター本人にも危険が及びます。そこで、西さんの出番と言うことです。『マザー』の設計図はありますので、それをもとに私たち以外の者が侵入できないようにしていただきたいのです」

 ニコルの言った『マザー』が現代に存在するとは考えられなかったが、彼の並外れた知力があれば可能なのだろう。そうなると彼によって、世界が監視、操作されているのではないか。途方もなく、偉大な発明に体が熱くなる。

 だが、ニコルのいった『マザー』への干渉する存在については、本当のことを話しているのかは分からなかった。本当の可能性もあるが、彼が作った『マザー』に干渉できるものはいるのだろうか。となると嘘を言っている可能性もある。彼を除きアンドロイドだけがアクセスできるようにしようとしているとも考えられる。しかし、それ以上に彼の身を守りたいと思った。

「なるほど。私が協力することで、彼を助けることにもなるということね」

 ニコルの話を聞かなければ命の保障はなく、彼を守ることに繋がる以上、とりあえず『マザー』の作成に協力し、その過程で真相を明かし、私にできることをするしかない。

「そうです。マスターには伝えることはできませんが、マスターを陰で助けることになります。どうです協力していただけますか?」

「有無は言わせないのでしょ?」

「ええ。そうですけど、西さんの意向を確認したいのです」

 ニコルはその作られた瞳でこちらを窺う。

「彼の助けになるなら協力する」

「ありがとうございます」

 ニコルは頬を緩めた。

「ところで、下の名前で呼んでもいいですか?西さんとお呼びするのは少し距離が感じられて」

 私にすり寄るニコルを怪訝に見る。いきなり何を言っているのか。

「別にいいけど…」

「それでは、咲。改めてよろしくお願いしますね。それで、今後のことなのですが、この第四研究所で改良版『マザー』の作成に当たっていただきます。ですが、大学の方にも用事があると思うので、私たちで咲が地球にいるときは作業を行います。なので、休日だけ月に来ていただければ」

 私の返事を聞き、ニコルは安堵してそう話した。

「わかった」

「あと一応なのですが、睦を傍に置かしていただきます」

「よろしくねー西教授」

 後方のドアの近くから睦の声が聞こえてきた。振り返ると睦は手を振った。

「まだ、咲を完全に信用しているわけではないので、地球でも行動を共にしていただきます。もし何か私たちに不利益な行動をとった場合は、分かりますので、そのようなことは考えないようにお願いします」

「もしかして、私の家の中にも入ってくるの?」

今日一日行動を共にしたが睦といるのは疲れる。私個人の領域に入れるのは気が進まなかった。

「ええ。そうですね。基本、睦とともに改良型『マザー』の作成も行っていただきたいので、行動を共にした方が効率的かと」

「西教授!頑張って作り上げましょう!」

断れそうにないので、しょうがなく了承した。

「では、最後に注意事項だけ。咲、あなたがマスターに接触することは何があっても禁止ですので、悪しからず。あとは睦に任せますので、質問があれば彼女にお願いします」

 そういうと私とサクの横を歩いて入ってきた扉から出て行った。彼に私が合わないようにするのは確定しているのか、私が話す間を与えなかった。やはり、ニコルは信用ならない。どうにかして彼に私が直接コンタクトをとり、彼の気持ちを聞くことが今後必要になるだろう。だが、まずは彼の身に迫る危険を振り払わなければならない。

 今後のことを考えていると、サクが私の服の袖を引っ張っているのに気が付く。

「咲。睦が呼んでいる」

「そうですよー。西教授、聞いていました?この後、ここの下の階にある改良型の製作室に案内します」

私は考えごとに集中し過ぎて睦の話を全く聞いていなかったようだ。睦に軽い謝罪をした。


 睦の後ろを歩きながら考える。  

 私がとったニコルに協力するという選択肢が本当に良かったのかわからなかった。一見人間にしか見えず、人間に勝る知能を持ったアンドロイドたちが私たち人間にどのような感情を持ち、行動するのか。彼ならわかるかもしれないが私には理解できないだろう。自ら作ったサクも私に従っているが、心情までは読み取れない。

 だが、この選択の先に何が待ち受けていようとも私はこの道を行くしかないのだ。




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