第二問 出会い
運命とは、他者と共有する複雑に絡まった糸のようなものである。
その糸は、自分のふとした選択で解けてしまったり、更に深く絡まったりするようなそんなものなのだろう。
それが実質的に良い付き合いになるのか、それとも悪い結果へと終着するのかは、神のみぞ知る、というやつであろう。
「あぁっ!!!」
それは、階段を登っていた最中の出来事であった。
足が見えていなかったこともあり、段差で転んでしまったのだ。
俺が運んでいた学食のうどんは、見事に目の前を通っていた男子生徒にかかった。
「本当にごめん!!」
完全なる不注意だった。
まだ湯気が昇るつゆをそのままかけてしまったのだ。
当然無事ではないだろう。
だが、そんな状況にもかかわらず、当人は平然とした顔で具を払いのけている。
「ごめん...。」
目の前の男子生徒は、むっつり顔でこちらを一瞥した。
やべえ、怒ってるよな...。
「別に良いけど...。」
とてもそんな顔ではない。
「火傷とか大丈夫?」
「今から冷やしに行くよ」
「そうだね、邪魔してごめんね。」
道を開ける。
そのまま、ついてくるな、といった雰囲気を漂わせながら、彼は去っていった。
今日の昼飯の代金は五百円きっかり。
二杯目のうどんを買う金はなかった。
お腹をすかせたまま席に着こうとしたが、女子が席をくっつけ使用していた。
仕方なく、ごめんね、と言いながら問題集とノートと筆箱を掴むと、そのまま自習室へと向かった。
今さっきの生徒は大丈夫だっただろうか。
とりあえず、制服のクリーニング代くらいはださないとだよな...。
しかも、火傷とかしてないかな...。
下手したら結構すごい傷とかになってるんじゃないだろうか。
そんなことを考えながら、彼を探しに行くため荷物を自習室に置いていこうと思ったその時、
自習室の中で、三年の先輩に混じってジャージ姿で勉強している生徒が一人。
彼だ。
「あの...さ...。怪我...大丈夫だった?」
「...。ああ。心配ないよ。火傷とかはしてなかった。」
よかった。
胸を撫で下ろす。
「制服洗って返すよ。」
「いや、いい。別に家で洗えるし。」
「でも...。」
「大丈夫だって。」
彼は多分信念を曲げないだろう。
そう確信できた。
実は、全校集会などでこいつには見覚えがあった。
名前は確か...。
「君って、2年6組の...。」
「青峰 奏。...君は、京野くんだよね。」
「うん。本当、今日はごめんね。」
「良いって。本当に大したことないから。」
彼は、本当に気にしていない様子だったし、これ以上謝ろうがどうしようもないことを悟った俺は、もう謝るのはやめようと決めた。
「これは...物理?」
青峰の席には、物理の参考書や問題集が広げられていた。
「ああ、うん。電子と光の分野でわからないところがあったから、そこの確認って感じかな。」
電子と光...。
化学、生物選択の俺からすれば、電池で豆電球を発光させているようなイメージしか湧かなかった。
「え?君ってもしかして...」
「うん。俺は生物選択だよ。」
知らない人のために説明すると、理系で生物選択というのが軽くレアで、さらに男子というのが激レア度を倍増させるので、理系生物選択男子は、今絶滅危惧種に指定されているのだ。
「へえー。じゃあ、物理なんて全然って感じなんだね。」
「まあね。高一の時に物理基礎で全くやる気起きなかったからさ。生物が好きってのもあって、生物選択になったんだ。」
それに、物理がこれから更にしんどくなりそうだったのが直感で分かったというのもある。
「あーね。...生物ってどうなの?暗記とかめんどくさいんじゃないの?」
なるほど、物理選択はそんな風に感じているのか。
「いや、俺が生物好きだからかもしれないけど、覚えるのはそんなにしんどくないんだ。
物理選択と違って、計算とかそうそう要らないから、意外と楽だよ。」
「そっか...。」
ちょうどこのタイミングでチャイムが鳴る。
「それじゃあ、またね。」
「あ、うん。じゃあね。」
次の教室へとそれぞれ別れる。
この時は、こいつとこれから更に深い仲になるとは、想像できなかった。