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05章:決戦



05章/A01*玄武


 遺跡の出入り口はひとつ。山の下に作ったのか、後に山ができたのか。出入り口だけが見える今の状況ではその全容は掴めない。事前の作戦会議で聞いていたように、巡礼騎士団が既に待ち構えている。四体。魔獣となって、その巨大な体で出入り口を護っていた。

 月国府より北側に位置するシジンがひとつ。そこの攻略を任されたのは、帝国を3、連合を1とする混成部隊だった。率いるのはガオウ他、歴戦の兵士。いや、もはや騎士でもなく、屈強な戦士と呼ぶほうが適当な者達だった。

 門番の内、二匹は上半身が異常に発達したような猿を模している。残る方は犀のような、角を生やし、鬣がまるで甲羅のような形だ。正面を捉えている限り、攻撃は通りそうにない。猿の方は攻撃に特化しているのだろう。犀を後ろに残し、猿が前に出てきた。完全に役割分担が出来ている。

 ガオウの他、魔獣に対抗できそうなのは二十人ほど。内、ガオウと同等の力を持つと分かっているのは、ただのひとり。コニー・アルフレッドソン。帝国の仲間なら多少の実力は知れるものの、連合から派遣された騎士らの実力は分からない。部隊としての連携は今までの戦闘から取れるようになっていた。

 戦力は温存したい。かと言って勝ち目が薄い兵力を残し、挙句、戦力を減らし、結果、自分達が出張る事になっては本末転倒だ。巡礼騎士団は攻めてこない。守りに徹する方が楽なのだろう。遺跡の入り口の形から、犀が前に立ち塞がるだけで十分な優位性が保たれてる。仮に作戦を実施するなら、前衛の猿を遠ざけ、犀を物量で押す。幾ら防御主体でも犀の方も護ってばかりではいられない筈だ。若し、それでも護りに徹するならば、術式を無防備な側面に当てられる。先のリオネラ戦で空間的な座標で術式が展開されれば、内蔵を直接破壊出来る実例が確認できているからだ。但し、個人ではなかなか展開し難い、鏖殺級以上の威力が必要だった。

 睨み合いが続く。と思われた。敵は命も捨てる覚悟ができている。にも関わらず攻めてこない。敵は時間を稼ぎ、月国府が完全に機能するまで待てばいい。護ればいい。それだけだ。全てが敵に都合よく展開している。悩んでいる時さえもったいない。と考えたガオウが突撃の命令を下し、有機的に立ち回り、臨機応変に行動しようか。だが、先手は敵に奪われた。

 猿が大木ほどに太い腕を支えに飛び上がり、防衛線を張る混成部隊の中へと飛び込んだ。中心と言うほどではないが、十分な、だが、敵からの攻撃に対応出来るだけの距離を取っていたつもりの前衛は飛び越えられていた。しまった。と思う暇も無く、振り返る前衛の向こうで、もう一匹の猿が突進して来る。

 「迎え撃てっ!!」

 後手に回った。戦力が削れる事、死者がまた出る事に躊躇いがあったようだ。ガオウはマテリアル・イーターを展開する。だが、好機でもあった。目的でもあった猿と犀の分断が出来た。

 「詠唱者は術式のアワセ!」

 「ガオウ大隊長は前へっ!」

 術式で犀の討伐を命令したガオウに部下からの願いが託された。ここは自分達が引き受ける。先に遺跡の中へ向かって下さいと。だが、ガオウは馬鹿な話だと思った。そして青臭く、未熟で、愚かな考えだと。内部の状況、敵の戦力が分からない以上、少数精鋭とは言え、戦力を減らすのは得策ではない。斥候兵も必要だ。単純に考えて内部の構造は複雑、敵の魔獣も多いだろう。どんな状況であれ、いや、人として死人を減らす事に最大限の努力はしたい。戦略的にも意味はある。

 「仕方ないっ!」

 短期決戦。先に戦ったアレスの時と同様にマテリアル・イーターを限界の一歩手前で展開させようとした。直後、猿の攻撃が混成部隊を薙ぎ払った。上半身が潰され、消えてなくなる兵士ら。怒りと自身への失望など、複雑な想いに頭に血が上る。

 が、状況はガオウの予想を超えていた。いや、事前の会議でも候補にさえ挙がらなかった状況にあった。頭上からの攻撃。側面からの攻撃。巡礼騎士団は既に回りに配置していたようだった。最悪だったのはその数だ。全部で27匹。隊長クラスを除いた残る巡礼騎士団の兵力が全て導入されている。

 「どういう事だ?」

 敵は戦力を分散させなかったのか。と疑問が浮かぶも、今はこの数に太刀打ち出来ないだろう自軍の戦力をどう活用するかが問題だった。とは言え、逆を考えれば、ここがシジンの中でも何か重要な位置付けにある可能性も考えられた。少しばかり無茶をするに足る、希望が見えてきたかもしれない。と思えば、混成部隊も士気も上がった。



05章B/01*朱雀


 月国府より南に位置するシジンの遺跡。出入り口に敵の姿は見受けられなかった。活火山の横、溶岩に固められたそこは、単純に侵入するのも難しかった。出入り口が自然の力で埋められていた以上、敵がいない事は想像に容易かった。だが、遺跡には厄介な害獣が待ち構えていた。

 神話級の害獣だ。強さで言えば魔獣には劣る。相対した感触で言えば、実質的な強さは損失級か災害級だ。神話級や伝説級の害獣が厄介なのは、生態の情報がない上、大概、特殊な能力を備えている事が多い点にあった。

 遺跡の最初に現れた神話でも目にした事のある、いわゆるゴーレムと呼んで然るべき害獣だった。その表面は瓦礫を積層構造にし、全身を覆っている。身の丈は小さな家ほどにあり、体は壁となって立ち塞がれるほどに広かった。

 「術者は下がれッ!!」

 一階はこのゴーレムばかりだった。装甲は硬いと言っても、マテリアル・イーターで剥ぐ事は容易い。通常の武器類でも削る事は可能だった。だが、共通して術式が効かない。無効化するタイプ、吸収するタイプ、反射するタイプ。それらが多一直線の通路上に無数と立ち塞がっている。

 「ME持ちを中心に、それ以外は遊撃的に立ち回れッ!」

 物理攻撃で削るしかない。幾つかに差別化された連隊のひとつを率いるトールが先陣を切った。術者は牽制に努め、間接的に足止めを仕掛けさせる。足場を穿ち、ゴーレムを躓かせた。人型とは言え、ゴーレムは鎧のような間接部に隙間がある訳ではない。だが、生物上の習性か生態か、背中の方はやや装甲が薄い傾向にあった。

 混成部隊と言ってもトールの部隊はほぼ連合のみで構成されている。帝国の戦力がない分、連携は取り易く、指示も通り易い。マテリアル・イーターの所有者を先導し、トールは立ち塞がるゴーレムを倒していく。予め編成の内容を所属する国家で分けたのは正解だった。逆に帝国兵ばかりで構成した他の部隊も連携が取れているようだ。敵が強くないとは言え、被害は最小限に抑えられている。

 順調に通路を進み、今度は広い柱廊に差し掛かった。柱の所為で、進み難い。死角も多い。だが、敵との接触はない。只管、突き進む。だが、不意に、何処からともなく仲間達の悲鳴が上がる。

 「報告ッ!」と促したトールら隊長に聞こえてきたのは、柱から敵が現れたと言う状況だった。柱廊の柱に擬態していたのか、或いは同化出来るのか、または透過する能力を持っているのか。何れにせよ騎士に扮装した小柄なゴーレムらしき害獣が柱から現れたとの事だった。まさか、と不安に思った矢先、トールらの前でも柱から害獣が現れる。全ての柱に、その前兆が滲み出る。

 「警戒しろ! 敵は全ての柱だ!!」

 潜んでいると言う前提の下、柱を先駆けて破壊しようとしたが、もし、これが本当に構造物を支える柱廊だったら天井が崩れる場所があるかもしれない。そんな考えが柱を片っ端から破壊しろ。と言う命令を躊躇させる。

 害獣は強くない。先のゴーレムよりも弱い。だが、柱のみならず、壁から出入りできるらしい害獣は神出鬼没。指揮系統は混乱した。伝達は正確でも、状況が兵士らを混乱させている。仕方ない、こんな所で足止めされるより、こんな敵にとって有利であろう場所で戦う必要はない。幸いにも敵の数は多くても弱い。強行突破し、早々にここから脱出すべきだった。

 突撃を命令する。自ずと先頭の進軍速度が速くなると、後続も倣い、どうやら強行突破するらしい旨を理解したのか、柱廊の中の全員が歩を早めていった。柱廊を進み、次に出たのは吹き抜けの巨大な螺旋階段が地下へと続くホールだった。明るさが弱くなっている。いや、灯りに使う炎が揺れている。風がなく、原因不明の息苦しさもあった事から、この辺は十分な酸素がないのかも知れない。巡礼騎士団は侵入を諦めたのではない。自然に閉ざされている事から酸素が不足している可能性を考えたのだろう。更に地下へと行くとなれば酸素が薄くなる。自然の要害、障害だった。

 「柱廊の敵を倒し、術者を配置しよう。風を送り、空気を供給するしかない」

 同混成部隊でひとつの部隊を率いる帝国のモデスト・サマニエゴからの提案に誰しもが納得した。だが、柱廊の敵などを警戒し、術者の護衛に部隊を分けなければいけない。加えて、活動できるだけの酸素を送り込むのにも多少の時間が必要だった。巡礼騎士団の方に都合の良い事態ばかりに出くわす。だが、巡礼騎士団が居なかった事を幸いとしよう。と思う隊長らは、シジンの遺跡攻略で予想外の足止めをポジティブに捉えようと考えた。



05章C/01*白虎


 月国府よりも西。帝国領により近い森林地帯にシジンの遺跡はあった。帝国の領土内と言う事もあり、亡くなった先王のときに十分な調査がなされていたのか、恐らく他の遺跡よりも攻略は楽だろうとの考えがあった。戦力はやや減らした上での攻略。だが、門番である巡礼騎士団の二人に混成部隊の一団は手古摺っていた。

 巡礼騎士団に残る隊長クラスの二人。ヒルダ・ヘルトラウダと、ルートヴィヒ・ヴァルターだ。門の前には最強の闘士とも言われたエマヌエルが仁王立ちしている。ヒルダとルートヴィヒだけでも強い。共に魔獣……いや、人型を止めたまま、魔獣化している三人は、先の戦闘でアーロンが見せたものと酷似している。

 他の巡礼騎士団のような動物を模したそれと違い、力任せではない技を使ってくる。最も厄介なのは、彼らは誰も殺さない点だろう。殺されない。死ねない。生かされる。そんな現実が恐怖を生む。兵法に於いて三割の損耗率は実質上作戦活動の維持を困難にさせると言われている。若し、仲間が死ねば、部隊としての分母が減り、損耗率の三割は流動的に下がっていき、絶対数の三割よりも多くを減らしても尚作戦を可能とさせるだろう。死が重なれば、決死の特攻も在り得る。損耗率を無視して必死になる事もある。

 だが、エマヌエルらは殺さない。恐怖を植え付け、生存と言う期待を抱かせる。負傷兵が増えれば損耗率が高ければ、それを護るため、後退させるため、また別の兵力を導入しなければいけなくなる。恐怖か。いや、正確を記せば絶望だ。負傷兵から、敗残兵から士気が下がっていく。もはや前線の維持は困難だった。

 「少数精鋭で行くしかないか」

 役立たずと謗るのは間違っているが、無駄死が無い事はありがたい。遺跡の奥にまだ別の敵がいるかは分からない。エマヌエルが最前線に出ている以上、奥に厄介な敵がいる可能性は低いとも考えられた。逆転の発想だ。門前の彼らを倒せば、遺跡の攻略はスピーディに進む筈だ。

 マテリアル・イーターを使いこなせ、且つ魔獣を相手に戦えるだけの実力を持ち、そして士気をなくさない者は合わせても数十人。これだけで攻略するとなると、やはりいまだ実力の底が知れないエマヌエルの完全魔獣化が気になる。だが、人であった頃の彼を知らない者はいない。その技の冴えや癖も、ある意味で知られているとも言えた。

 「あぁ、まさか王様のご登場なんて」

 連合の中でも小国だ。最近になって漸く外交に寛容になった。それまでは閉鎖的で、独裁国のひとつにも数えられていた。だが知られている事もあった。王が最強の剣士であり、その直属の部下は何れも兵である事。また、鎖国政策を取る過去の政権を打ち倒し、今の新政権を確立したその立役者である彼らは、かつての伝説に描かれる騎士団に准え、円卓の騎士と呼ばれている事だ。

 ヴァン・ヴェンティミリーヤと8人の騎士。その国には他国にはない業物が受け継がれており、その鎖国と独自の技術から磨かれた壱拾七本の霊剣には、それぞれが特別な力を宿しているらしい。恐らく大いなる世界からの技術が残っていたのだろうと言われる霊剣達は、英霊を宿すものでもあった。

 「騎士王とは随分な異名だな。要はクーデタだろ。社会主義から民主主義の為の戦争。それが現実だ」

 エマヌエルは挑発する一方で、警戒もしていた。英霊を宿す霊剣は、マテリアル・イーターとは別の技術だ。広く普及しつつあるマテリアル・イーターとは違い、その能力は未知数だからだ。

 「そうだな。否定はしない。所詮は信念が正義になり、勝利が蛮行を歴史にしたけだ」

 ヴァンは二本の霊剣を構えると、出し惜しみすることなく、その剣に宿す英霊を呼び出した。ひとつはクトネシリカ、ひとつはスタルカテルス。背後にぼんやりと蜃気楼が立ち昇り、肌を刺すようなプレッシャーを放ち始める。

 「ヒルダ、ルートヴィヒ。―――死に場所はここかも知れないぞ?」

 冗談とも本気とも取れない、だが、確信めいた忠告を呟いたエマヌエルは、先ずは人型でいられる限りでマテリアル・イーターを開放した。



05章D/01*青龍


 月国府より東。太陽が頭上に差し掛かる前、連合と帝国の混成部隊はシジンの遺跡に到着した。東の遺跡は南と同様に帝国の先王の時代に調査が行われたかどうか分からない場所のひとつである。

 到着した遺跡に巡礼騎士団らしき敵の影はない。それは遺跡を見れば一目瞭然だった。恐らく以前は塔を抱える教会のような建造物だったのだろう。だが、今は斜めに傾いた塔が横たわり、瓦解した遺跡の残骸が転がっているだけだ。山肌の岸壁も使った奥に続く入り口や道があり、そこに目標とする証明書があるのかも知れない。最悪、既に巡礼騎士団が調べ、証明書を奪っている可能性もあった。とは言え、破壊されたのではなく、壊れた、風化したように見える遺跡の様子から、その可能性は五分五分と考えられた。

 クガや何人かの顔見知り……町から出たときから何度か行動を共にした事のあるメンバーの何人かは同混成部隊に配属されていた。指揮を執るのはユウキ・ユルキライネン。連合でも割と大きな国で、対帝国戦に於いてその知恵と辣腕を振るう、聖女とも呼ばれる若き智将だ。

 「陣形は孔雀A翼型にて警戒!」

 馬上から周囲を見渡しつつ、遺跡の奥への侵入を促したユウキ連隊長。先ずは騎士が先行し、次に歩兵のマテリアル・イーターの所有者が続く。中衛に術者の他、衛生兵などのサポート役を置き、後衛にまたマテリアル・イーターの歩兵。周囲に騎馬兵を並べる。遺跡に侵入するのは中衛まで。後衛と周囲の騎馬兵はそのまま入り口の警護に残すつもりのようだ。

 「前衛から中衛までは遺跡に侵入。巡礼騎士団ほか、害獣にも警戒!」

 ユウキの指示に従い、前衛が瓦礫などを退かし、騎馬が通れる十分な道を確保して行く。瓦礫に半ば埋もれていた、半壊した扉が姿を見せる。風化してもなお伺える瀟洒なデザイン。僅かな凹凸で描かれた、どうやら神々の戦いか何か、その一遍が彫刻されていた。歴史的な価値もあろう扉を破壊し、一団は遺跡の中へと侵入する。

 遺跡の中も天井が崩れ、騎馬で奥へ進む事は難しそうだ。時間的に切羽詰っている中、機動性や戦略的優位性の為に、時間を犠牲にする事は出来ない。中の様子を確認したユウキは、早々に馬を下りるように指示すると、部隊の隊列を数本の直列に改め、瓦礫の上を進軍させる。

 以前は柱廊だったらしい道を抜け、一団は大きなホールに到着する。見れば何本か通路があり、ユウキは部隊を適当に分け、同時に攻略させた。クガは見知った一部の面子……ギレット、クジャタ、マリア、ゼレノフ、ユージンなどと一本の道に入っていった。術者が灯りを焚き、仄暗い中を進むと、また大きなホールに出くわした。

 「これは……」

 ホールには壊れた物を含め、彫像が何体か配置されていた。ウラカン戦後に調査に訪れた遺跡で見かけた物に似ている。マテリアル・イーターを使い、魔獣へと人が変態する様を目の当たりにした今では、獣人を模したそれが神や大いなる世界からやって来た人かもしれないと言う仮設も頷ける。だが、以前の遺跡とは違い、十二柱はひとつの柱を囲うように配置されている。壊れている事もあり、また前回のそれを仔細に覚えている訳ではない為、形状までも同じかは分からない。ただ、ひとつだけ多いのは確かだった。

 「まだ奥に続く道がある。行くぞ」

 幸いにもホールから次の道は一本だった。広さは十分にあり、隊列を崩さずに済みそうだ。隊列はそのままに奥へ進んだ。瓦礫があり、進むのは相変わらず難しい。トラップもなければ、敵の待ち伏せもない。害獣もいない。状況は安心に進めるが、警戒を解くわけにもいかず、精神的に疲労がたまる。嵐の静けさ。と言うわけではないが、嫌な予感が常に胸中に渦巻いていた。

 暫く進み、一団はまたホールに着いた。今度は道が三つに分かれている。もはや迷路だ。真っ直ぐに進んでいるつもりでも、違うのかもしれない。斜めに伸びる通路は、若しかしたら別のルートを辿ったホールの方へと続くような気さえする。

 チームを四つに分け、ひとチームをホールに残し、他が分かれ道へそれぞれ進んだ。連携なども考慮し、チームは帝国と連合で分けられた。クガは見知った面々と共にひとつの通路を奥へと進んで行った。



05章:01*進撃


 シジン攻略組の編隊を鑑みつつも、月国府攻略組には最強と呼ぶに適当な面々が集められた。筆頭はアーロンが不在の中、帝国の最強を頂いたソフィーのほか、連合や帝国で名を馳せた人物も多い。恐らく時間的に各シジンでの攻略は始まった頃だろう。月国府の上にテロリストのシュルヴェステルが鎮座し、世界を見下しているのかと思うと、腹立たしくなる。

 古代に建造された灯台とは言え、見上げるほどに巨大、且つ聳え立つ姿の月国府。それに見合うだけの巨大な扉がある。既にその前には伝説級だろう害獣が待ち構えていた。共和国の東洋部に見られる鬼に似た彫像――ニオウそのものが立っていた。全長は三メートル以上か。手には巨大な槌が握られている。

 「出し惜しみはしないッ!!」

 とは言っても、特級戦力であろうソフィーらを温存するのは戦略上必要な事だった。他の兵士らが先陣を切り、ニオウに向かっていく。ニオウの一撃はまさに破城槌に匹敵する。地面に穿たれれば、その強力な衝撃に地鳴りを響かせ、巨石が空から落ちてきたかのような砂塵を巻き上げた。加えてスピードも速い。巨体が故にその動きは読み易く、隙もある。だが、屈強な筋肉を鎧に代えたその体は鋼のように硬いばかりでなく、弾力も兼ね備えていた。

 マテリアル・イーターを持つ歩兵が飛び掛る。術者は主に援護だけだ。能力の強化と回復をメインとし、攻撃は牽制に止めている。火球が飛び交い、突風がニオウの視界を汚す。迸る雷光がニオウの動きを僅かに鈍らせ、そこへ歩兵が切りかかる。連合と帝国の混成部隊だが、熟練者は敵も味方も選ばない、優れた連携を見せた。

 凡そ一割の戦力を、全力を出させる事なく、連携の冴だけで月国府の門番を打ち倒した一団。と同時に硬く閉ざされた扉に鏖殺級の術式がぶつけられる。攻撃だけでなく、次を見越した上での詠唱待機。殲滅と同時に鏖殺級の術式を畳み掛けられた扉は破壊され、一団は間もなく月国府へと乗り込んだ。

 月国府の中は吹き抜けだった。とは言え、見上げるしか出来ない頭上に天井を確認することは出来ない。ホールの周りに別の部屋に続くだろう扉や通路もある。三箇所に奇妙な柱が上へと伸びていた。どうやら昇降機のようだ。敵が罠を仕掛けている可能性もあるが、中隊規模が余裕で乗り込めるほどの大きさがある。

 だが、本丸である月国府を攻め入る本隊だった。あらゆる障害に対して策を用意していた。アーロンをはじめとする遊撃隊や隊長らは、本隊を幾つかに分け、それぞれに侵攻させる。ひとつは昇降機に乗り、ひとつは手懐けた害獣や風の術式で吹き抜けを上昇し、ひとつはマテリアル・イーターを使い壁をよじ登る。残りは別のルートの探索や入り口の死守の為、続く他の扉へ順次入って行った。

 漸く天井が見えてこようか。と言う時だった。先行して上へと登っていた、害獣の上の騎兵や、風の術式で舞い上がっていた先遣隊の一部に雷光が襲い掛かる。赤熱を上げたそれら部隊が黒焦げとなり、数十人が炭となって舞い落ちる中、誰も士気を失う事無く、それを成した敵の姿を捉えていた。

 「エレベータで上がってくれば良いものを」

 労した策が無為に終わった事の皮肉でもなく、況してや親切心でもない。ただ、敵側の混成部隊が戦力を割いても、なお戦略を講じる姿勢に呆れるような……いや、寧ろ正々堂々と登って来いと言いたげな挑発に聞こえる。

 「罠などない。起動して間もないんだぞ? 

元々ある物以外に何かを仕掛けるよりも、この月国府のシステムを掌握するのが精一杯だと、気付く程度に頭の回る奴はいなかったのか……」

 大きな翼らしきモノへ変えたマテリアル・イーターを展開させ、次の階層を護るように立ち塞がるのは、最強の術者の銘を冠するカジミールだった。

 「出し惜しみはしない。さぁ、目を覚ませ――ラハム!」

 カジミールの体をマテリアル・イーターが覆い、魔人のような姿へと変わり、そして魔獣へと変態する。その羽撃きは吹き抜けを飛び上がろうとした一団を叩き落し、壁をよじ登る別働隊を足止めさせた。

 「さぁ、楽しませてくれよ?」

 大木ほどに太い腕から無数の触手が飛び出すと、それらが花を開くように手の平を広げた。空気が焦げるような独特な異臭が鼻を突いたかと思った瞬間、月国府の第一階層にいっぱいの青白い雷が迸った。



05章/A02*玄武


 過去に目撃された巡礼騎士団の魔獣で最も厄介だったのは、飛翔する事が可能なタイプだった。今、ガオウら混成部隊の前に立ち塞がる巡礼騎士団の数は27。隊長クラスを除く、推定された全ての兵が導入されているようだ。意外な作戦だと言える。確かに一騎当千のアーロン、カジミール、エマヌエルが魔獣化したのならば、ただの巡礼騎士団の魔獣など足元にも及ばない。ひとつの遺跡にひとりでも足りる可能性もあった。だからと言って、大胆が過ぎる作戦だ。

 「そうか、そう言えば、智将で知られたマンダールがそちらに与していたな……」

 単純な戦力差……いや、力量で測れば五分五分だ。作戦次第では混成部隊が不利と思われる。魔獣に対して常に複数の兵で相手しなければ徐々にこちらの兵が削られていくのは明らかだ。多少の犠牲も覚悟の上で、何匹かの魔獣に集中させるべきか。問題は飛行タイプの魔獣だ。仮に遠距離から、且つ空中からの攻撃を仕掛けられては、対抗策がない。いや、27匹の魔獣が確認出来たと言う事は僥倖かも知れない。無策と言った、強行突破に活路が見出せる。27匹の魔獣がいた。逆を言えば、遺跡の中に巡礼騎士団が展開していない事を示している。

 「出し惜しみする必要もないかッ」

 ガオウは決心した。今、混成部隊に帝国の精鋭がいる。まだ量産化の目処はないが、部分的に魔獣化するような機能を持つ新型のマテリアル・イーターの所有者も多い。調整が十分ではない場合、不可逆的な変形となるものの、能力は相当に底上げされる。

 「ゾディアック部隊はマテリアル・イーターを解放ッ!!忠を帝国に示せッ!!」

 ガオウは言った。つまり、化け物になっても、この戦闘に勝利しろと。それは自分も同じだった。ディヴィクがもたらしたマテリアル・イーターの完全オリジナルからの生まれた無二のコピー。通称ティアマトと呼ばれるシリーズも巡礼騎士団のような魔獣化の力がある。恐らく巡礼騎士団のように全てがコントロールできる訳ではないが、その力は巡礼騎士団のそれよりも強力である事に自信もあった。

 「目覚めろ、ウガルルム。巨大な獅子たるその姿を、見せろッ!!」

 他のマテリアル・イーターと一線を画すティアマトシリーズは、その中に嗜好性と呼ぶには特異な意識的傾向が存在する。研究者は無意識の形而下的人格などと称しているが、その詳細は分からない。ただ、この姿になったときに自覚できるのは、抑えがたい衝動だった。殺意と餓えだ。

 内側に呼びかけたガオウの体が膨れ上がり、髪が鬣のように伸び、風に靡いた。銘である獅子に相当する、四速歩行の獣へと変貌したガオウは、辛うじて聞き取れる程度の呻き声で、強行突破を命令した。

 「ここは俺達が食い止める! 全員、遺跡へと侵入し、施設を掌握しろ!!」

 だが、ガオウの思いもよらぬ事態が発生した。何処からとも無く上がる叫び声と、仲間内に巡礼騎士団が紛れている!などと告げる声だった。ガオウが魔獣化したとは知らず、連合の兵が攻撃してくる。ガオウは違うと否定するも、その声帯は獣じみた声しか出ない。そこへ本当の巡礼騎士団も襲い掛かってきた……かと思いきや、連合の兵を攻撃し、ガオウを援護した。

 「愚かだな、ガオウ」

 上空から戦況を見渡していたマンダールは、自身の作戦が順調に進んでいる事を確かめていた。マテリアル・イーターが多く配備されている帝国でさえ、魔獣化の秘儀は殆ど知られていない。実験兵か、ガオウのように特別な人材だけにその技術は使われている。況してやそれらの情報を共有していない、マテリアル・イーターが普及の途上にある連合にとっては、ガオウが敵側に落ちたと思うだろう。いや、その呼び水となった指摘は、人に戻った巡礼騎士団の一人だったわけだが、ティアマトのひとつを持つガオウが早々に前線から離脱となれば、随分と戦力を減らせる筈だった。

 「さぁ、反撃だ」

 反撃や打開策を講じる隙さえ与えまいと、マンダールは自らもその渦中へと文字通り飛び込んで行った。ガオウと対峙するマンダール。元となった宿主の実力は相当なものだが、実力はアーロンやエマヌエル、カジミールが上だろう。勿論、相性云々もあり、一概に見下す事は出来ない。自身と比較すれば格上だ。ティアマトシリーズはアーロンら持つのと同じ特別な無二のコピである。その潜在能力は計り知れない。とは言え、一匹で戦局を大きく変えるほどの力はない。と言うのが、マンダールの評価だった。

 術式が飛び交い、その中でマンダールの爪が襲い掛かる。一方で適宜に連合の兵を排除し、恰も共闘しているように見せかける。時には人型に戻り、隙を突く。さすがにティアマトシリーズだ。なかなか致命傷には至らない。だが、混成部隊を排除する事のできないガオウは徐々にダメージを、いやそれよりも心身ともに疲労を蓄積させていった。他の精鋭は通常の巡礼騎士団の魔獣で対応出来る。頃合を見計らい、一気にガオウを倒せば後は雑魚ばかりと言えた。

 「愚かだな、ガオウ」

 鍔迫り合いの中、人型に戻ったマンダールはガオウの背中に乗ると、挑発するように呟いた。シジンは四つ揃って初めて十分な機能を果たす。ひとつでも動かなければ、月国府はその力を発揮できる。四つの内、ひとつを死守する。それだけでこちら側が戦況を優位に運べる。敵が四つ全てを護る為に、戦力を分散させる事よりも、一極に集中させた方が負けたときはそれで終わりになってしまうが、こと戦闘に於いては圧倒的にリスクが少ない。大胆な作戦だと思っているのだろう。違う。これは目的に適う最もベターな作戦なのだ。

 マンダールを振り解くガオウ。そこ側面に連合のマテリアル・イーターの兵が攻撃する。徐々に剥がれていく、ガオウの装甲。空間的に座標を定めた術式も適宜にガオウの中を破壊しているようだ。口元は血で汚れ、硬いとは言ってもむき出しの肉の下には無数の内出血も見受けられる。そろそろ頃合か。と判断したマンダールは、巡礼騎士団の仲間を口笛で呼ぶと、ガオウに攻撃させた。

 引き千切られる腕。切断される足。剥がれる外皮。拉げる体。潰れる首。毟られる鬣。燃える肉。焦げる骨。爛れる爪。膝を突き、地面に突っ伏すガオウの巨躯。そこへ混成部隊の術式が畳み掛けて飛来する。火焔が燃え上がり、雷光が迸る。颶風が真空を巻きつた。体内の水が沸騰し、皮膚を、肉を、ぶくぶくと内部から沸騰させる。目が内圧に耐えかね、破裂した。と同時にガオウの口から大量の、肉片交じりの吐血が溢れ出た。

 「ガオウは死んだッ! 後は雑魚を倒すだけだッ!!」

 マンダールは万が一の復活する可能性さえ取り除くため、ガオウからティアマトシリーズの核となる部分を取り出すと、自らのマテリアル・イーターに取り込もうとした。

 「大体長ッ!!」

 戦況と、敵側の作戦に気付きながらも手が出せなかったコニーは、最後の力を振り絞り、マンダールがガオウのマテリアル・イーターの持つコアを代わって奪取した。

 「渡さない、渡してなるものか!!」

 それをコアと呼べるのかは分からない。だが、見た目にはガオウの首だ。幾ら特別なティアマトと言えども、ここからの再生は望むべくもない……。ならば、いっそ。ガオウの遺志を継ぎ、賭けをしてみようと、コニーは思った。

 「喜べ、バシュム。ここにもうひとつのティアマトがある。食らえ、朋友たるウガルルムを」

 口のように開いた手の平がガオウの首を握り潰した。



05章C/02*白虎


 クトネシリカの特徴は術式に特定の形を付与し、それに見合う嗜好性を与える事ができた。術式の継続的な現象の維持、及びその性能の具現化であるが、つまり、術式を単純な動物状に変身させ、それに見合う簡単な命令を与える事ができた。今は鳥の姿をした炎が中空で舞い、地上の上には豹のような細身の四足獣らしき岩の塊が佇んでいる。

 「騎士王か」

 エマヌエルは遺跡への侵入を許していた。ヴァンとその配下を相手に他の兵の相手は出来なかった。最強の闘士と言われたが、時代は変わっていたようだ。今のままでは倒す事は出来ないだろう。闘士としての誇りを捨て、魔獣として戦わざるを得ない。まだ、遺跡の中には元々ある警備機構が働き、侵入者を足止めしている筈だ。中枢を制圧する前にヴァンら倒したいが、なかなか思い通りにはいかなさそうである。

 「あぁ、俺はな。人として、最強になりたかったんだ」

 空を仰ぎ見たエマヌエルは、その身に宿したマテリアル・イーターを解放した。その名前はギルタブリル。体を硬い表皮が覆い、関節部を含む各所に鎌のような突起物が迫り出している。

 「獣王を目指して、最強となるのも致し方なしか。行くぞ、ギルタブリル!」

 エマヌエルに呼応し、ヒルダ、ルートヴィヒもマテリアル・イーターを解放し、魔獣へと変態する。ヒルダは美しい鳥のような羽を持つモノへ変わり、ルートヴィヒは巨大な腕と尻尾を持つモノへと変わった。

 「お前達は我々を敵だと思っているのか?」

 エマヌエルはヴァンらに言った。それは違う。今の帝国を暫定的に治める日子達が悪なのだと。月国府はかつての古代で用いられた灯台。侵略者の横暴を撃退する力も持っていたが、その機能は交易を目的としている。国を豊かにするもの。帝国の先王はそれを独占しようとし、今の日子は秘匿した。先王の罪を隠す為に。それが許されるのか。いや、許される筈がない。確かに正義と悪事が入り混じり、真実は知れないだろう。だが、帝国の横暴を弾劾し、政府を刷新する事で、国は新たに生まれ変わり、繁栄をもたらすのだと、理解できないのか。とエマヌエルは訴えた。

 「所詮は帝国の繁栄だろ。関係ないな」

 霊剣をまるで指揮棒のように振ると、炎の鳥がエマヌエルらに襲い掛かり、岩の豹が飛び掛る。同様に風を竜のように操り、雷を獅子のように呻らせた騎士王配下の剣士達。ヒルダとルートヴィヒでは手に余る。単騎では圧倒出来る。だが、複数での連携では圧倒される。勝敗は微妙な所だ。とは言え、マンダールの作戦が順調なら勝っても負けても問題はない。月国府の機能の完全掌握までの時間稼ぎは成功するものと思われた。

 「一対一を希望か」

 時間稼ぎと言う意味でも、生存率を高めると言う意味でも、エマヌエルは一対一の決闘を騎士王のヴァンに申し込んだ。

 「まぁ、その変な精霊を連れて一対一とはアレだがな」

 「構わんよ。騎士ではなく、戦士としてお相手しよう」

 英霊を消したヴァンが二刀流を構える。気負いはない。寧ろ絶対の自信だけが伺えた。

 「最強の闘士か。無手が得意か?」

 身構えるエマヌエル。まだ、マテリアル・イーターのギルタブリルに完全に意識を譲っていない。力は強いが、技術のないギルタブリルにヴァンの相手は荷が重い。かと言って、今の自分に勝ちの目があるのかも疑わしかった。いや、挑戦者だ。それだけで十分ではないか。アーロンに勝てず、カジミールにも勝てず。その間で最強の闘士と言われた。こと組合に於いては二人に負ける気がしない。限定的な最強なのだ。間合いが命。それはこのギルタブリルをまとっても尚同じだ。人を捨てるのは簡単でも、魂や矜持を捨てる事は難しかった。

 「さぁ、来いッ!!」

 と言ったが、先に動き出したのはエマヌエルの方だった。魔獣化に伴い、その動きは常人に捉える事は難しいほどの速さに達していた。だが、所詮は人を捨てても、自らの技を捨てきれない人型故か、ヴァンはその動きに反応した。

 突き出したエマヌエルの拳を剣の柄で突き、往なし、その勢いのまま振り下ろす。が、それを他方の手で弾いたエマヌエルは、腕に付いた鎌でヴァンの視界に僅かな死角を意図して作ると、先ほど往なされた腕を捻り、手刀をヴァンの脇腹に当てる。僅かな差。魔獣化によって得たのは、この僅かばかりの間合いの延長だった。届かなかったところへ、届かせる。その一心のみで、この暴走するギルタブリルを制御している。

 ミシリと薄めの甲冑が拉げ、鈍い感触を返す。肋骨を折れないまでも、罅は入ったか。ただの人と魔獣の違いは、やはり一撃の重さだ。初手さえ成功すれば、後は削っていくだけ。それだけの意味がある。エマヌエルは続け、肘を突き出す。だが、ヴァンに回避される。一瞬とは言え、先の一撃で呼吸も儘ならないだろう中、その機敏な動きに陰りは無かった。加え、反撃にも余念がない。体を衝撃に曲げながらも、片方の手で斬り返してきた。

 「やるじゃないか」

 ダメージはある。にも関わらず、ヴァンの言葉に不調は感じられない。余裕。寧ろ覚悟か。王としてか、騎士としてか、兵としてか。エマヌエルが思うに、連合に所属する途上国にとって、この戦争で功績は大きい。その発言権も大きくなるだろう。活躍すれば他国からの援助や何かを得る事も簡単になる。だから、王の冠を頂いた状況でも戦地に赴いていると推測出来た。いや、同情出来た。

 「だが、所詮は高尚な奴だ」

 そのとき、エマヌエルの膝が崩れ落ちる。後ろから不意に攻撃を受けた。人型故に関節の動きは限定される。その後ろは剥き出しとなっている。魔獣となっている為、ダメージは少ない。だが、膝を折り、バランスを崩した事は頂けなかった。

 「死ね」

 ヴァンの剣が振り下ろされる。反射的に交差した腕で首の動脈を護るエマヌエル。いや、ただの剣先が首を刺したところで致命傷にはならない。ただ、予感があった。防ぐべきだと。直後、無数の火花が迸り、そこに数え切れないほどの剣が弾かれた。

 「剣ッ?!」

 エマヌエルの前に、ヴァンのもう一振りの剣が降ろされる。鈍い金属の音を立てたが、エマヌエルに傷は殆ど付かなかった。

 「逃げるなよ、これからが本気だ」

 ヴァンの周囲に無数の剣が舞っている。英霊のスタルカテルスの能力だ。

 「一対一だろ?」

 挑発と共に相手を下卑たエマヌエルにヴァンが言った。

 「騎士なら誇りも大義もある。だが、戦士は勝利こそが至上だ。言っただろ、騎士ではなく、戦士として戦うと」

 「騎士王が聞いて呆れる」

 「そんな姿になった奴に正々堂々と決闘を申し込まれたときは……反吐が出たよ」

 失笑するヴァンに、最もだ、と頷くエマヌエル。そこへ三度の剣が襲い掛かる。

 「さぁ、削っていくぞ。どこまで人のままでいられるかな?」

 何時まで人としての矜持を貫き、人の姿でいられるのか。と言う意味ではなく、その体を文字通り削っていくぞ、とヴァンは宣言していた。



05章B/02*朱雀


 空気の循環も終わり、地下へと続くルートを確保した。その頃には入り口から柱廊、ホールに至るまでの伝説級のゴーレムを掃討出来ていた。地下へと梯子を下ろす。暗闇で分からなかったが、次は斜めに上へ登っているようだった。崩れており、進むのも難しい。ただ、巡礼騎士団も害獣の姿は無かった。

 奥へと進む。暗闇を照らし、上へと登る。再び下がり、曲がり、左、右へと。一本道だが、複雑な道を進んだ先に、再び大きなホールが広がっていた。奥へと来た所為か、或いは地下故か。息苦しさはないが、地下故に外の世界の影響を受けなかったのかも知れない。思ったよりも綺麗に残るホールの奥に強固に閉じられた扉があり、その前に大きな塊があった。

 「冗談だろ」

 先頭を行く部隊のどこからと呟く声が聞こえてきた。灯りに照らし出され浮かび上がる巨大な塊。ドラゴンだ。伝説級か、神話級か。これがただの石像である事を祈りつつ、一団が扉の開放、いや破壊の準備に取り掛かる。先のゴーレムの例を見れば、この石像も遺跡を護る何らかの機構の可能性は残る。何が刺激となるのか分からないまま、扉の破壊を急いだ。

 硬い。用意した破城槌や爆薬では僅かな傷が付くくらいだ。術式を放っても大差ない。恐らくこの扉自体が術式などに関わる仮想空間装置と考えられた。また、時間が掛かる。急いでいるこの状況では苛立ちも募った。

 「地震――か?」

 埃が落ちてきた。無理に扉をこじ開けようとしている影響か。遺跡の強度も多少考慮しなければ生き埋めと言う事もありそうだった。

 早く、早くと祈りながら少しずつ扉を削っていく。破壊していく。大胆に、それでも繊細に、慎重に。漸く向こう側を覗けるくらいの穴が開いた。そこを基点に向こう側で大きな爆発でも起こせば、扉を破壊出来るかもしれない。そう思ったときだ。

 扉が開いた。そこから伸びる巨大な手。爪があり、鱗もある。暗闇の向こうにはギラリと輝く、炎のような暗闇。いや、赤い虹彩に閉じられた目だ。流れ込んでくる空気は生臭く、閉じられていたが故の黴臭さではない。これはゴーレムではない。確かな生を宿す、獣の吐息だった。

 「嘘だろ」

 「ど、ドラゴンだ!!」

 呻るような声が遺跡を震わせ、破壊する事も困難だった扉を捻じ曲げ、それを支える壁さえも壊して向こう側から現れたのは、ドラゴンだった。見た目には巨大なトカゲと言うほかないが、角があり、全体的に太い体付きだ。地下に長らく閉じ込められていた所為か、羽は退化している。饐えた臭いが広がり、火花が迸った。

 一瞬にしてホールが火の海と化す。破壊され、弾かれた扉に潰された仲間もいる。ドラゴンの石像は警告だったようだ。この先にドラゴンが眠っている。封印されていると。恐らく神話級の上、単純な強さも災害級に及ぶと推測された。抗えない、本能的な恐怖がそう訴えていた。

 長らく閉じ込められていただろう遺跡の中で、恐らく生物だろうドラゴンがどう生き長らえていたのか分からない。だが、餌に餓えていたであろう様子はそのギラついた視線と、饐えた吐息からも想像できる。何よりも燃え盛る兵士らの臭いを嗅ぎ、興奮した声を上げている事からもそれは間違いなさそうだった。

 「か、てるのか。ドラゴンを相手に」

 ドラゴンの先制攻撃に既に数十人が死亡した。その様子を目の当たりにし、ドラゴンを目にした者の殆どは戦意を失っていた。

 「ドラゴンか。最悪だな」

 トールは籤運の悪さを呪いながらも、まるで戦意を損なわず、凛として立ち塞がると、その体に宿したマテリアル・イーターに祈った。勝利と、無事の生還を。



05章D/02*青龍


 「あぁ、意外な顔が見えたな」

 アーロンは少しばかりがっかりした様子で侵入者を迎え入れた。

 「魔獣化したカジミールを相手じゃ、仕方ないか」

 悠然と立ち上がるアーロンは僅かながらの怒気を孕んでいる。雑魚を相手にするのか。と言いたげな苛立ちが伺える。

 「だが、おめでとう。君達は秘密の抜け道から、ここまで来た。ボーナスステージみたいなものだ。私を倒せのなら、この上のシュルヴェステルを倒すのは簡単だろうさ。そう、私を倒せればな」

 予想外の会敵だ。迷路のような分かれ道を抜けた先、不思議な図面の描くそれが転送用の術式のゲートだった。今では殆ど復元されず、その存在だけが確認されていた古代の術式である。それ故にトラップだと分からず、かといってその機能も分からないまま、月国府の中層へと飛ばされた東のシジン攻略の隊は、期せずしてアーロンとの戦闘に突入しようとしてた。

 「見るに連合を主として編成された部隊のようだな」

 特異な長さを持つ薙刀に、偃月刀のような幅広の刀剣を持っている。今までに見た事のない形だ。中隊規模とは言え、数十人の兵を前にしてもアーロンには余裕がある。マテリアル・イーターを展開してもいない。だが、圧倒されるその佇まいに、クガらは戦いを前に既に戦意を喪失しつつあった。

 「ソフィーとの決着を付けたくもあったが、まぁ――簡単に死んでくれるなよ?」

 その踏み込みと同時に繰り出される突きがひとりの兵士を穿ち、振り上げられると、いとも簡単に人が破壊された。腹に穴が空き、上半身が真っ二つに両断される。

 「さぁ、全部で……47人か。ひとり、何秒持つか」

 もはや徒歩ではない。況してや縮地や摺足などの武芸に特有な歩行でもない。これがアーロンの強さのひとつか。と圧倒されながらも、五人目の騎士を両断するアーロンの偃月刀を弾いたギレットとユージンのコンビは、巧みな連携で反撃する。

 ユージンが先行し、ギレットが側面から術式を併用した牽制で隙を作る。マテリアル・イーターを広げ、アーロンに向かっていくギレットに触発され、他の騎士達も士気を取り戻す。果敢に、だが、互いの連携も忘れずに向かっていった。

 ひとりの首が刎ねる。だが、誰も止まらない。ひとりは腕が切り落とされる。だが、振り上げた剣は降ろさない。ひとりの足が潰される。だが、その歩みは止まらない。ひとり、ひとりと数を減らしていくも、アーロンには息切れひとつない。況してや彼はマテリアル・イーターを使っていない。ただの剣技だけで圧倒していた。

 「半分くらいか」

 剣での殺害と言う有り触れた行為は、それ故に多くが人の形を半端に止めたまま、殺されてしまった。内臓がぶちまけられ、腹の中の内容物の腐臭が広がる。腕や足がそこかしこに転がり、血が部屋を真っ赤に染め上げていた。

 「ゼレノフッ!!」

 次の標的はゼレノフだった。傍らにはクガ。クガは足手まといの自覚があった。もはや何のためにここに立っているのか分からない。行方不明のディーノを見付けたいと思い立ち、しかしながら連合と帝国のいざこざに巻き込まれ、疑惑を掛けられ、剰え死に掛けた。自分の人生の主役は自分以外にいない。だが、ここに自分の価値はない。誰もがクガの名前なんて呼ばない中、ゼレノフだけの声が響いた。

 「逃げろ、クガッ!」

 アーロンはゼレノフを含め、辺りを一掃しようとしていた。そのひとつがクガへと降りかかろうとしている。ゼレノフが身を挺し、クガを間合いの外へと押し出したお陰で致命傷には至らなかった。だが、ゼレノフの頭に刀剣が引っかかった。仮面が割れるも、何とか重症は負わず、クガと共に地面へ転がるゼレノフ。薄らと血を引くその顔を、クガは初めて見た。

 「は、まさか。そうか、なるほど。これで合点が行く」

 振り上げた剣をそのままに止まったアーロンに今までにない笑顔が浮かぶ。僥倖か、狂喜か。娘であるソフィーの不在を憂うときとは全く違う感情のふり幅にアーロンの顔が引き攣る。

 「マリステラ日女」

 クガを庇い、その上に馬乗りとなったゼレノフ。頭を持ち上げると、長い金髪が零れ落ちた。やや逆光となり、その顔に濃い影が落ちているものの、その頬を横切る古い傷は目に入った。凛々しくも愛らしい顔が台無しだ。

 「マリステラ日女。まさか、本当に帝国を滅ぼそうとお考えでしたか」

 アーロンの顔付きが変わる。

 「まさか、シュルヴェステルよりも大それた方法で帝国を滅ぼそうとお考えとは。これは本気を出すしか、ありませんな」

 アーロンのマテリアル・イーターが膨張し、羽を広げるように肋骨らしき骨を伸ばし、それを体へと巻きつけていく。徐々にその数は増え、巨大な繭のような形になる。何故かその異様な姿への変身、その後の変態まで、連合の兵士らは呆然と立ち尽くしていた。近づくのが見た目にも危険だった事も大きい。が、それ以上に恐ろしかった。

 「行くぞ、ムシュフシュ」

 まるで息を吐くように、そう自らのマテリアル・イーターを呼び起こしたアーロンは、魔獣化した姿をさらした。

 「娘のソフィーも私と同じ発想だったとはね。だが、そのベクトルは違う」

 魔獣化したアーロンの下半身に六つの脚があった。いや、正確を記すならば、本来ある足とは別に一組の脚があり、肩甲骨の辺りから腕のように伸びたものが脚のように地面に付いている。

 「早いぞ」

 と言う声を置き去りにするように、その姿が消えた直後、魔獣ムシュフシュの爪がクガを貫いていた。

 「先ずはひとり」



05章:02*暴威


 月国府の第一層の天井に罅が広がったのも一瞬、まるで雨を降らすように瓦解する天井が降り注いだ。カジミールを含め、その場で決闘していた誰しもが驚いた。瓦礫と共に落ちてきたのは二匹の魔獣。ひとりは先の侵攻でアーロンが見せた武器を持っていた為、アーロンが魔獣化した姿だろうと推測されたが、一方は分からない。だが、魔獣化したアーロンと対等に渡り合っているらしい事が見て取れる。

 瓦礫と共に第一階層のホールへと落着する二匹の魔獣。アーロンは脚を六本も持つ虫のような姿だった。対するは、獅子のような鬣を靡かせるが、獅子よりは細身の、強いて例えるならば、狼に寄せた獅子と言った感じだ。

 「何?」

 最も戸惑ったのはソフィーだった。カジミールの術式を主とした間合いを外した中長距離からの攻撃はなかなか反撃に出れなかった。恐らく父のアーロンがいるであろう月国府で、先の戦いの決着を付けたい彼女にとって、カジミールは兎に角邪魔だった。

 そんな中で再会したアーロン。しかも先の戦いではその片鱗さえ殆ど見せなかったマテリアル・イーターの力を顕現させている。その姿からアーロンの戦術に凡その検討は付く。もし先の戦いでアーロンがその力を使っていたら、自分は負けていた可能性が高い。仮に奥の手を使っても、重症を負わせるのが限界だった。

 「なのに、何だ、――何よ、あれ」

 魔獣の二匹の戦いは周りなど見えていなかった。敵の敵は味方、と言う事もなく、その暴威に巻き込まれた混成部隊は薙ぎ払われ、壁や床に叩き付けられては赤い臓物をその口から吐き出していた。人間がこうも簡単に飛ばされるものかと。こうもあっさりと死ぬものかと。柔らかいと錯覚させるほどに潰れるとは思ってもみなかった。

 どこからと叫び声が聞こえたかと思えば、瓦礫の中から凛々しい女性が立ち上がっていた。顔は土埃に汚れていたが、端正に整った作りである。長い金髪の女性だ。どうやら事故に巻き込まれた人物を探しているのか。だが、どこから現れたのだろうと言う疑問が起こる。

 獅子と狼を合わせた獣……仮に獅子狼と呼ぶ魔獣と、アーロンの戦いは激しさを増している。アーロンの腕に噛み付く獅子狼。もしカジミールや他の巡礼騎士団と同じくらいに頑丈な、いや、アーロンが魔獣化したのならその辺の魔獣よりも強いだろう。だが、獅子狼の牙は深くアーロンの腕に突き刺さっている。

 アーロンは悲痛な叫び声を上げながら自由な方の手で握る刀剣を獅子狼に突き立てる。何度も、何度も。獅子狼も負傷している。何度も貫かれた外皮からは血が溢れている。だが、特別な剣とは言え何度も魔獣を攻撃すれば折れてしまうのも当然だった。突き刺さったままの剣が、しかしながらまるで角のように見え、獅子狼の雰囲気をより一層と醜悪なものへと変えている。

 暴れるアーロンに獅子狼が喰らい付く。離れては強烈な技を放ち、獅子狼を迎え撃つアーロンだったが、傷付いてもなお獅子狼の歩みは止まらない。一体、誰が。と言う困惑に支配される中、カジミールは冷静だった。アーロンが劣勢。誰が相手か知らないが、援護しなければあのアーロンでさえ負けてしまうかも知れない。と思えるだけの予感があった。

 カジミールは羽を広げ、鏖殺級の術式を展開する。無数の火球が瞬いたのも束の間、それらがまるで流星のように獅子狼に襲い掛かる。やはりどんな魔獣でも一定レベルを超えた術式ならば充分なダメージを与えられるようだ。獅子狼に当たった火球はその脚を焼き切り、鬣に火を付けた。だが、獅子狼は止まらない。焼き切られた足は即座に再生、また別の足が生えてくる。アーロンの突き立てた剣がいまだ刺さったままを見るに、継続的な、物理的効果の強い攻撃が有効だろうとの推測が立った。

 カジミールが再び術式を展開した。直後、地鳴りを上げた床から無数の角が突如として飛び出し、獅子狼の腹を抉り、何本かはその体を貫くほどに達していた。今までにない呻き声が獅子狼から聞こえてきた。そこへアーロンが一太刀を浴びせる。混成部隊も加わり、乱戦の装いを強くしていった。混成部隊は獅子狼への攻撃をメインとするアーロンとカジミールの隙を見ては、小さな傷を負わせていく。アーロンやカジミールはそれらを迎撃するも、獅子狼を相手にしつつ、全てを捌く事は難しかった。対して獅子狼はアーロンをメインに攻撃する傍ら、ある程度近付いた者を機械的に薙ぎ払うような傾向があり、早々にそれを見極めた混成部隊は卑怯なやり方ながら、ヒット&アウェイを繰り返し、着実にアーロンらにダメージを蓄積させていった。

 「アーロンとカジミールを叩け! あの暴走する魔獣は捨て置け!!」

 ソフィーはマテリアル・イーターを展開し、仇敵のアーロンに向かっていった。やはり親子だと思い知る。父のアーロンはあらゆる剣技を極めたからこそ、肉体の不備を補おうと魔獣化し、脚を増やし、速さを追求した。一方、ソフィーは女であるが故に劣る肉体の不備を言い訳にしまいと、剣技を究極にまで追求した。その結果が腕を四本も使いこなす独自の流派。勿論、奥の手はアーロンと同じ発想の、マテリアル・イーターを使った速さの追求だった。究極の剣技と、極限の速さ。それを以ってしてアーロンを倒せると思ったのに、この獅子狼の圧倒的な暴力は何だろうか。今まで誰に負けるわけでもなく、飄々としていたアーロンが、魔獣化し、全力を出してもなお押されている状況が、ソフィーは信じられなかった。

 「調子に乗るなぁッ!!!」

 もはや言葉にさえ聞こえない怒号を上げたカジミールが、穿たれた第一階層の天井の向こうまで支えるように両腕を持ち上げた。直後からその頭上に光と炎が収束し始め、分厚い氷が割れるような音が聞こえてくる。バキバキ、パリパリ。徐々にそれが大きくなるに連れて、カジミールの頭上に輝く光球がまるで太陽を髣髴とさせる大きさと輝きに達する。放たれる熱量に肌が焦げるほど、光球はすさまじい勢いで燃えていた。

 「kvsng;airnv izm;anf!!」

 カジミールが頭上の光球を獅子狼に向けて投げつけた。頭上から降り注ぐ恰もな太陽に気付いた者は一様に目を瞠る。

 「撤退!!!」

 と、誰かが命令を下したが、どこに逃げればいい。と誰もが思う。乱戦と混戦が、混乱の中に落ちていった。右往左往する。パニックに走る。いや、そんな暇さえないまま、恐らく殲滅級と思われるカジミールの術式が月国府の第一階層に屯する騎士達の頭上に落下、そして爆発した。



05章C/03*白虎


 遠くからでもそれが見て取れた。そもそも月国府は嵩に雲を被るほど高く、この帝国の大陸のどこからでも見える。空を穿つほどに高い、かつての灯台の足元で巨大な光が瞬いた直後、数秒ほど遅れて地鳴りが伝わってきた。

 「何だ、今のは?」

 ヴァンはエマヌエルの喉元に霊剣を突きつけたまま、口を衝いて出た疑問の答えを敗者であるエマヌエルらに要求した。

 「月国府が本格的に動いたか。あそこに残った、カジミールかアーロンがとんでもねぇ攻撃をしたか……、或いはって、ところだろうな」

 「月国府は未だ止められずか」

 「止める?」

 その希望がエマヌエルには可笑しくてならなかった。

 「何が可笑しい?」

 「お前達の作戦が成功したとしても、月国府は止まらなかったんだよ、最初から」

 全てが動き出した以上、エマヌエルが計画や作戦について黙る必要性はなくなっていた。そもそも月国府を止めるには二つの方法があった。ひとつは月国府の迎撃能力を閉じ込めるシジンの結界。これは四つの遺跡が全て機能しなければ意味がない。だが、巡礼騎士団のマンダールの計略により、四つある遺跡の内、帝国の先王のときも未開拓だったひとつは捨て、残る三つの内、二つだけに絞り、その防衛にあたる事にした。

 「二つも、いや、正確にはひとつの遺跡を放棄したと言うのか?」

 四つが揃わなければ充分な機能を果たさない。ならばリスクの計り知れない未開の遺跡は捨て、ある程度調査済みの遺跡の中から守るものを絞った方が良い。敵、つまるところ連合や帝国は、巡礼騎士団の作戦もその内情も知らない上、四つの遺跡を制圧しなければいけない都合、戦力を分散させる必要があった。月国府への侵略も考えれば、五つに戦力が分散するだろう事は容易に推測出来た。

 つまり、ひとつの場所に戦力を集中させれば、五分の一以下になったであろう帝国と連合の部隊を相手にするだけ済む。力では勝るが、数では圧倒的に少ない巡礼騎士団が地の利を活かすには、大胆な作戦が必要だった。一見、他の遺跡を制圧されるリスクが高いように見えるが、ひとつを死守できれば巡礼騎士団の目的は果たせる為、勝率はかなり高い作戦だった。

 「実行したのか。そしてここは外れか」

 ヴァンが苦い顔をする。

 「外れ? 俺にっては当たりだ。帝国以外で最強の一角とも呼ばれる騎士王と戦えたんだ。卑怯な作戦で一方を蹂躙するよりは、はるかに清々しいよ」

 そこへ遺跡に先んじて突入した部隊が状況を報せに戻ってきた。中に多少の伝説級の害獣がいたものの、遺跡の攻略は順調に進み、恐らくほぼ全域を制圧したそうだ。

 「月国府のライセンス(操作権限妨碍証明書)はなかっただろ?」

 そう呟くエマヌエルに驚きつつも、先遣隊は既に中が荒らされていた事を報告する。

 「先王の時代、既に遺跡は半ばまで踏破されていた。俺達、巡礼騎士団が待ち構えていただんぞ。そんなリスキーな物を、先王らが何時までも置いとくかよ」

 つまり、帝国と連合の作戦は限られた条件下で仕方なく選ばざるを得なかったものに過ぎなかった。容易にその対応は想像出来た。だから、先手を打った。結界にしろ、ライセンスにしろ、全てが揃わなければ意味がない。もはやその選択肢を取る理由がこちらにもなかったのだと、エマヌエルは白状した。

 「そうか」

 ヴァンは呆れた様子でそう頷くと、エマヌエルに突き付けていた剣を鞘へ戻した。

 「殺さないのか?」

 「月国府はどうすれば止まる?」

 「……止まらない。後は月国府そのものを掌握し、止めるしかない。時間さえあれば良かったんだ。若し、止めるとするなら物理的にアレを破壊するしかない」

 「お前、亡命するつもりはないか?」

 その予想外の提案にエマヌエルは驚いた。

 「お前をここで殺した事にして、亡命しろ。聞くに、お前はこんな戦争、本望じゃないんだろ。従いたくもないトップにこき使われて、死ぬつもりか?」

 「お前のメリットは?」

 「月国府が何をもたらすのかは分からない。だが、世界は変わるだろう。いや、仮に止められたとしてもだ。そのとき、国土の小さい国は、国力のそれを人材で補う必要がある。捨てる命なら拾わせろ」

 有無を言わせないヴァンのそれは、まさしく騎士の二つ名が付いているとは言え、やはり王に等しい威厳に満ちていた。

 「は、……アンタもシュルヴェステル様と同じような人格者だな」



05章B/03*朱雀


 純粋なドラゴンなら勝てる見込みは無かった。限りなくドラゴンに近い、突然変異種の爬虫類と言ったところだ。学術的な定義で言えば、トカゲ、キャクリュウやヨクリュウ、ワイバーンと段階を経て、ドラゴンほどの脅威になるものの、件の敵は地下の封印生活で羽を退化させ、独自の生態を得るにまで変態したヨクリュウの亜種と考えられた。とは言え、その強さは災害級に匹敵した。狭い場所という不利も重なり、結構な被害にもなった。犠牲者も出、三割近い数が戦死した。

 だが、以降は強力な害獣は出ず、遺跡の攻略は順調に進んだ。ただ自然の驚異によって閉じられていた事もあり、その道程は簡単なものではなかった。漸く辿り着いた最奥らしき部屋には、見知らぬ品が飾られており、高度に発達していると思しき機械が並んでいた。

 「どうすれば、これは動くんだ?」

 見た事もない機械の操作に誰もが及び腰の中、適当に触ったひとつを皮切りに部屋にポツポツと灯りが点りだした。中央には一際と輝く、光る額縁が飾ってあり、そこに不思議な、蜃気楼のような風景がぼんやりと浮かび上がる。

 『新世界へ、開拓の船出を。我らが灯台を道標に、新たな土地を、まだ見ぬ資源を。過去最大の規模で行われた新世界開拓事業も佳境を迎えようとしています。既に多くの希望者を乗せた箱舟は準備も終え、まさに出航を待つのみとなっています。増え過ぎた人口を放逐する、などと喧伝する揶揄や皮肉も聞こえてきますが、これは純粋な冒険であり、単純な投資であり、実りある未来への開拓であると、我々は考えています』

 映像には粗が見え、精細さに欠けている。いわゆる動画と呼ばれるものだが、彼らが知る技術よりも圧倒的に高い水準にある。内容はどうやら港に寄港する船を空から撮っているものらしい。大きさまでは分からないものの、耳に聞こえてきた馴染まないアクセントを要するアナウンスの通りなら、かなりの大きさを誇り、人数を擁すると思われた。

 映像は見入るほどのものではなかった。彼らが手にしている現在の情報と比較すれば、月国府が建てられた当時に起きた大いなる世界での出来事を報じているだけだろう。考古学的には大いに貴重な遺産でもあるが、今は悠長に分析する暇も無かった。映像も徐々に精細さを欠き、粗いばかりのモザイク画へと変わっている。音声も途切れ途切れで、話している内容も分からなかった。やや赤みが増え、黒も多い。アナウンスも気持ち緊張したものへと変わっているように感じられた。

 「証明書は?」

 遺跡の操作に苦心する一方、月国府の操作権限を妨碍する証明書の所在が気になる。墓荒らし宜しく部屋と言う部屋を探した。だが、見付からない。漸く機械の操作に慣れてきたとき、遺跡の見取り図が発見される。そこには倉庫らしき隠し部屋の存在が記されていた。部隊を分け、一方をそこへ向かわせる。

 倉庫の扉はセキュリティの都合か、或いは単に劣化しただけか。一見すると一枚の壁のようだった。苔なども生えており、扉があるとは思えなかった。再びヨクリュウに出会うのも避けたい思いから、慎重に開いたものの、中は資料室のようだ。ダンジョンならば宝物庫と例えられようとその部屋には堆く本やなどが積まれていた。対侵入者用の用意か、武器などもある。証明者がどのようなものか分からないまま、部屋を物色していたときだった。遺跡を揺らす地震が発生した。

 「何だ?」

 制御室らしき遺跡の最奥で機械を操作していた一団の前で、大小様々な額縁内に真っ赤な線が迸る。やや擦れていながらも、とても耳障りな音が響き渡った。

 『月国府への攻撃が確認されました』

 「月国府への攻撃?」

 本隊が月国府で何らかの攻撃を成功させたのだろうか。ならばこちらの攻略も急がなければならない。どうやら額縁に遠くの月国府がうつしだされてりいるようだが、粗い画像では何も伝わってこない。だが、塔の下部で爆発が起きたらしい事は見て取れた。

 『月国府への攻撃が確認されました』

 「状況を確認しろッ!」

 命令が怒号となって飛び交った。すると、それに呼応するようにタイミングよく額縁の映像が変化した。だが、詳細は相変わらず見えてこない。音声もない。続け、聞こえてきたアナウンスが途切れながらも言っている。

 『脅威が取り除かれない場合、箱舟はエクリプス・オーダーを承認します。繰り返します。脅威が取り除かれない場合、箱舟はエクリプス・オーダーを承認します。繰りk』

 聞き慣れない単語が辺りに響き渡る。エクリプス・オーダー。少なくとも迎撃に用いる、月国府に関わる大いなる世界の技術となれば、ただ事ではないのは確かだった。



05章A/03*玄武


 予想外の決着を迎えようとしていた。誰よりもそれを身に染みて実感していたのはマンダールだった。下半身は引き千切られ、腕は潰れていた。内臓が零れ、もはや血さえ出ない。むしろこの状態で意識を保っているのが不思議だった。

 「はは、まさか、生きているとはな」

 巡礼騎士団としての目的は果たしたと言える。月国府の掌握、及びその起動までの時間稼ぎ。若しシュルヴェステルがエクリプス・オーダーを発動すれば……、いや、発動してしまえば、自分はどのような形であれ、僅かながら生存の可能性も残るだろう。が、そんな希望さえ踏み躙る脅威が今も戦場を闊歩している。

 もはや生存者も残り少ない戦場には、ひとつの巨大な獣が君臨していた。連合や帝国の部隊を一蹴し、巡礼騎士団が束でも敵わなかった獣は、敵味方など無関係に殺害し、戦場を蹂躙し尽くそうとしていた。幸い、獣には充分な知性がない為、遺跡への侵略や攻略はなかったものの、これが外へと進出する事は脅威以外の何ものでもなく、むしろ、危険だと言えた。

 恐らく前代未聞の殃禍級を超える害獣。正しくは魔獣と言う呼称を宛がった方がいいその獣は、ガオウが持つウガルルムを喰らい、暴走したコニーが持つ同ティアマトシリーズのバシュムだ。オリジナルからの無二のコピーである為、ティアマトシリーズは量産型とは違い、独特の仕様や機能、未だ解明されない特徴があった。

 そもそも魔獣化はティアマトシリーズのひとつを細分化し、ブルトンとしてマテリアル・イーターを取り込んだ結果に備わる機能だ。故に単純な量が限られる。蜂起に賛同した巡礼騎士団全員にそれらを配分できたのは僥倖だった。お陰で無謀な作戦も成功したと言える。シュルヴェステルが目指す、この虚飾に満ちた世界の独立が叶うかどうかは、月国府の起動状況にもよるだろう。願わくは生まれ変わりつつある世界を見たいと思うが、それが叶わない事は百も承知だった。

 狂喜の沙汰か。妄信の凶行か。巡礼騎士団の真の目的を理解していない人々は、これまでの行いをそう評価、断罪するだろう。だが、シュルヴェステルは帝国がディヴィクより得た情報の独占や悪用を防ごうとした。とは言え、やり方の全てが正しかった訳ではないのも事実。大いなる世界に対し、狼煙を上げるには、相応の力と犠牲は止むを得なかった。

 「後は…、月国府が世界を照らせば、輝ける未来が手に入る」

 マンダールは覚悟を決めた。もう、生き残る事は出来ない。目の前にまで迫った魔獣化したコニーの巨大な脚を止める手立ては、今のマンダールにはなかった。踏み潰される頭。途切れる意識。コニーの雄叫びが戦場に響き渡る。

 その時だった。遠くの方で、ちょうど月国府の聳え立つ方に閃光が瞬いた。遅れる事、数十秒。僅かに生温い突風が追いかけてくる。コニーはまるで誘蛾灯を見つけたかのように、しばしその方角へ首を伸ばしていたが、ふと何かを思い立ったかのように歩き始めた。



05章:04*歴史


 月国府の第一階層の壁にいくつもの穴が穿たれた。荒れ狂う、途方もないエネルギーの奔流にむしろよく耐えたと言える。カジミールの殲滅級の術式は、月国府と言う閉じられた中で発動された所為か、その威力は凄まじいものとなっていた。内部に侵入した者だけでも数千以上はいたであろう混成部隊は、もはや見る影もなく消え去った。マテリアル・イーターを持つ者が僅かに、しかしながら瀕死の重症で生き残っている。外に待機している者もいたが、この術式の余波は計り知れない。今は確認する術はないが、実は併せて数万もいたであろう兵の半数以上が、たった一発の術式で葬り去られていた。

 瓦礫の中からカジミールが起き上がる。まさか自身の放った術式でこれほどの被害が出るとは思わなかった。月国府のシステムがどこまで無事であるかも気になるが、あの獅子狼にどれほどのダメージを与えているのかが気がかりだった。

 「ダメージ?」

 自分で言って驚愕した。あれだけの攻撃を仕掛けてたにも関わらず、自分は倒せたとは思っていないのだ。アーロンはどうなった。あの術式の渦中にあった彼の無事の方が疑わしかった。周囲を見るに、月国府内部に侵入した混成部隊の大半は死んだようだ。

 瓦礫を押しのけ、体をそこから抜け出したカジミールは損傷具合を確かめる。翼は砕け、脚は潰れていた。体の至る所は折れ、表面は焼け爛れていた。マテリアル・イーターの回復力を以ってすれば大した傷ではないものの、殲滅級の術式を放った上、その被害でここまで負傷したのでは、体力が足りなさそうだった。

 「アーロンは?」

 カジミールが辺りを探したときだった。瓦礫の下からアーロンが現れた。腕は引き千切られ、足も一本しか残っていない。体を覆うマテリアル・イーターの外皮は剥がれ、生身の肉は焼け爛れていた。天井を仰ぎ、息も絶え絶えだった。

 「無事、だったか」

 いや、無事ではなかった。今にも倒れそうなアーロンに獅子狼が噛み付いた。同じように負傷している。だが、その勢いに陰りはない。むしろ負傷したが故に殺意は増したように見える。アーロンの悲痛な声がカジミールの耳を劈いた。

 「アーロンッ!!」

 負傷した体を引き摺って駆け出すカジミール。瓦礫に躓き、滑り、脚が縺れる。なけなしの体力を削って術式を唱える。あの獅子狼を相手では牽制がいいところ。その隙にアーロンが急所を衝いてくれる事を祈りつつ、カジミールが術式を発動した瞬間、その喉が切り裂かれた。発動に必要な最後の詠唱が足らず、霧散するエネルギー。回復さえ儘ならない状況での急所への攻撃は致命的だった。

 血が溢れ、膝を突く。地面に頭から倒れこんだカジミールの上にはソフィーが立っていた。カジミールの喉に衝きたてた剣を抜き、その切っ先を頭に刺す。次は胸に。兎に角、急所へ立て続けに刺し、カジミールを絶命させる。

 「はぁ、はぁ……」

 事切れるカジミールに剣を衝き立てたまま、項垂れるソフィー。もはや体力の限界。体を立てることさえできなかった。

 敵の敵は味方。とは言えないが、アーロンを確実に殺すにはあの獅子狼の力が必要だった。アーロンを倒した後、その牙がこちらに向く可能性はあったが、任務を遂行するには私情も、命も投げ打つだけの覚悟はあった。恐らくそれがアーロンをソフィーを分かつ、最大の違いである。ソフィーは戦士でも騎士でもなく、帝国に所属する軍人でだった。

 「g+OUvnw.liEHvn;aurk.shgvn;!!」

 アーロンの体を食い千切り、二つに裂いた獅子狼。不幸にも特別なマテリアル・イーターの再生力がアーロンの即死を防いでいた。千切られた上半身からは内臓がここぼれ、夥しい血が溢れてもなおアーロンは死ねなかった。

 獅子狼が喰らい付く。引き裂く。引き千切る。踏み拉き、噛み砕く獅子狼。アーロンの体が少しずつ小さくなっていく。頭が半分になったとき、そこに卑屈な笑みが浮かぶ。自分より強い者に打ち倒される。そんな強者の我が儘が叶ったからか。いや、強者と言うよりは捕食者や天敵と呼ぶべき蹂躙の末、殺されるのが本望だったのかは、ソフィーには分からない。だが、アーロンは負け、惨めに、無残にも殺されたのだけは確かだった。

 「くる、か」

 もはや首を持ち上げるだけの体力もない。獅子狼と視線が合う。殺される。そんな予感とは裏腹に、ソフィーは清々しい気持ちだった。惨めな父親の死に様を見たお陰か、積年の鬱憤が晴れたのかもしれなかった。

 勝利の雄叫びでも上げるかのように、徐に口を開いた獅子狼から空さえも割るほどに強力な術式の一閃が迸ると、月国府の壁を駆け、そのまま天井へと向かっていった。



05章E/01*真実


 月国府を隠す結界が破られた直後、アーロンを陽動にした作戦の成功から数刻の後、シュルヴェステルをはじめとする巡礼騎士団は、漸くその中層に到着しようとしていた。第一から第二までは用途の不明な巨大な空間だったが、第三から第四は倉庫らしきものと、中央を穿つ月国府の機構が聳え立つ空間だった。幸いにも防衛システムや害獣などはおらず、その攻略は順調に進んでいた。

 第五階層は些か趣を変えていた。小さいながら街並みのような景観があった。どうやら月国府と言う巨大な灯台、兼要塞を運営する為に必要な人材が住まう、巨大な宿舎と言った施設と思われる。それでも何十年、何百年と使われていなかったにも関わらず、かなり綺麗な装いを残していた。当時、どのような生活が行われていたかが想像できる。

 「見て下さい」

 巡礼騎士団のひとりがとある宿舎を物色した末、資料になりそうなものを持ってきた。だが、古代の文字が連ねてあり、読む事は出来ない。中には写真らしきものも印刷されている。その色褪せた像から、この月国府が灯台としての役割も果たす一方で、外からの侵略者を迎撃する要塞の一端としても機能している事が読み取れた。

 「やはり、ディヴィクの話は真実のようだな」

 この大陸は月国府が建てられていたように、偉大なる海を跨ぐ交易の為の中継地としても発展した。いや、する予定だった。箱舟と呼ばれる巨大な交易船が出航する前、大いなる世界の間で紛争が起きたらしい。たかが数国の戦争でも、この大陸以上に巨大な国家が戦うのだ。その被害はとてつもないものだったに違いない。開拓などを目的に、新たに別の大陸を目指そうとしていた多くの者は箱舟に乗り、戦争から逃げ出したと言われている。彼らは箱舟のほか、この月国府を要塞に改良した上で大いなる世界の戦争とは無縁の生活を築き上げようとしていた。

 だが、この大陸にも先住民がいた。月国府を建てる当初から少なくない衝突はあったが、移民が多く流入してきた事でその衝突は規模を大きくしていき、戦争と呼ぶに足るものへと変わっていった。彼ら先住民は今で言うところの鉄の森……北の独裁国家、東の帝国、南の共和国、西の連合の中央に広がる原生林を聖地とする、独自の精神文化や宗教観を持つ民族だった。その中には原始的な術式があり、移民が持つ魔法とは原理を異にする独自の効果を持っていた。

 「次の階層への道は?」

 先を急ぐ都合、資料を斜めに読むだけに止め、最低限の事実確認に終えたシュルヴェステルらは、遂に上層へ足を踏み入れた。その装いは再び雰囲気を変えていた。小部屋が多く、敷居や隔離の為と思しき扉も多い。潔癖なまでに装飾を欠いた、病院のような趣は、予め情報を仕入れていた一同でも圧倒されるものがあった。

 「この辺りの、その……モノは使えないんでしょうか?」

 戦力の増強が望ましい一団にとって、この階層に並ぶ資源は魅力的なものだった。だが、シュルヴェステルをはじめとする、団員よりも詳細を知る、先王のときに組織された巡礼騎士団の中でも古参に入る隊長クラスにとって、それらは危険な代物にしか見えない。例えるなら都市を吹き飛ばすほどの爆弾が並べられているか、毒などの兵器が蓋もせずに安っぽいガラス瓶で飾られているような感じだ。

 「既に腐敗したような代物だ。何よりも実験的な試みの末、使えなかったマテリアル・イーターの元型だ。取り込めば死ぬだろうよ、きっと」

 カジミールが忠告する横で、エマヌエルが興味深そう眺めているそれらは、マテリアル・イーターを開発する過程で生まれた歪なモノだった。それらが並ぶ第六階層は、マテリアル・イーターの開発研究施設である。移民が先住民の持つ術式を使う為に必要とした彼らの特異な器官を模倣し、且つ未開の土地に適応する為にも強靭な体を持つ必要性から、今で言うマテリアル・イーターの開発は進められたと言われている。とはディヴィクがもたらした情報や歴史的な資料によるものだが、それを疑う余地はなさそうだ。

 次への階層に進む一団。要塞として機能していたにも関わらず、侵入者防止の為の機構が備わっていない事が気になった。だが、その疑問は最上階へと続くこの第七階層で氷解する。第七階層の壁は蜂の巣のような穴が空いていた。そこには朽ちた物が殆どではあったものの、数え切れないほどの人型が収まっている。恐らくこの大陸の人類史上、初めて目撃される神話級の害獣だろう。ディヴィクの話では箱舟に搭載されていた艦載兵器のひとつらしいアカモートと呼ばれる人型の兵器群は、別の用途もあったらしいが、そこまでは語り継がれていないそうだ。とは言え、それらひとつひとつが持つ戦力は相当なものだと聞かされている。

 結局、アカモートが微動だにしないだけの、奇妙な第七階層を抜け、最上層の直前にある第八階層に到着した一団は、漸く辿り着いた月国府の制御盤を前に各々が起動の為の解析を始めていった。古代の文字は読めないが、記号として複合化する。勿論、暗号ではない分、そこには文法がある。移民達が自分達の祖先である以上、過去の文法とは言え、今に通じる共通事項は多かった。加えて術式の専門家であるカジミールの存在も大きかった。

 シュルヴェステルの手段は強行にして、暴力に訴えたものが殆どだったが、その目的は月国府の開放、及び東西南北を含む多国間で経済圏を作り、大いなる世界に対等なコミュニティを作る事にあった。ディヴィクの話では既に大いなる世界間での戦争は終結しており、今は安定した市場経済が広がっているらしい。代わりにテロのような思想犯による紛争はあるものの、国家としては恒常的な和平条約の下、資本主義が発達している事から、貿易による発展・繁栄には大きな期待が持てた。

 だが、この大陸は偉大なる海の中でも特殊な位置にあり、高価、且つ稀少な資源などが眠る宝島ではある一方で、そこに辿り着くのは難しかったらしい。それは先住民の独自の文化でもあった、魔法とは異なる術式の影響も大きいらしいが、その為に目印となる月国府を何十年とかけて建て、何十万という移民を駆り立てるほどだったように、この大陸には計り知れない価値があった。にも関わらず、帝国の先王は、大いなる世界の技術にばかり注目し、マテリアル・イーターの開発を独占、そして戦場へと導入する事で、この大陸の統一を企てた。この偉大なる海の向こうに広がる、果てしない世界には目もくれず、また、将来、困窮するかもしれない、飽和するかもしれない未来を無視し、一時の支配欲に駆られていた。

 「愚かな王――」

 それは第一日子、第二日子も同じだった。第一日女もややそれに迎合するところはあったが、その真意までは分からない。将来を見越していたのは、第四日子である自分と、第三日女のマリステラくらいだった。自分は外に、マリステラは内政に目を向け、将来への投資の為、様々な政策を心がけていた。だが、情報操作により自分は悪辣な王子に仕立て上げられ、マリステラは暗殺された。第一、第二日子が先王の暗殺に関わっていたのが、暗黙の事実だったように、マリステラなどの日女や日子の暗殺や継承者からの除名、亡命と言うカバーストーリーを被せた流刑の数々は、裏で密約を結ぶ独裁国以外は知らない事だった。

 時間がかかろうとも、出来れば平和的な解決が望ましかったが、和平条約の締結を前提とする交渉の場が設けられる事をしったとき、その時間が少ない事をシュルヴェステルは悟った。帝国は連合との和平に伴い、マテリアル・イーターの兵器利用を限定し、開拓をはじめとする様々な産業への普及、技術供与を提案するつもりだった。独占していたマテリアル・イーター技術の公開による産業革命と言えるだろう。だが、マテリアル・イーターには、ディヴィクより聞かされたエクリプス・オーダーと言う至上命令が組み込まれている。これはアカモートも同様だが、有事の際、それら兵器群のリミッターを外し、一元管理する機能だ。つまり、元型を除く、量産型のマテリアル・イーターの全てがその指揮下に隷属を余儀なくされるのだ。

 だから、シュルヴェステルは行動を起こすしかなかった。既に箱舟を押さえている第一・第二日子に対抗するには、予備の指揮系統として移築された月国府の掌握が急務だった。若しエクリプス・オーダーが発動すれば、数万以上の民兵が各地に生まれ、それが全て帝国の意向に従った攻撃をするテロ集団と化す。これは人類史上、いまだかつてない最悪の同時多発に起きる無差別な殲滅作戦と言える。だが、いざ行動を起こして見ると、シジンの遺跡の二つは踏破されており、月国府を直接掌握しなくてもエクリプス・オーダーに対抗できる操作権限は回収されていた。

 残る手段は月国府の封印を解き、その内部にあるシステムから箱舟に干渉、エクリプス・オーダーを止めるしか選択肢は残っていなかった。箱舟の所在が知れない以上、別の作戦を同時に動かす事もできない。何よりも交渉が決まれば、マテリアル・イーターの普及は加速度的に行われる。声を上げたところで、帝国の外におけるシュルヴェステルの評価は最悪だ。聞く耳を持つ者もいなかった。ならば、今は汚名を被ろうと、信じる正義を貫く事以外にシュルヴェステルが取れる行動も無かった。



05章C/04*白虎


 「それが真実か」

 ヴァンは神妙な面持ちで月国府の方へ視線を向けていた。巡礼騎士団を囲うとなれば、他の連合や帝国からの非難は避けられない。混乱に乗じ、取り合えずヴァンらは配下と共に目立たぬところへ移動していた。

 「テロリストの妄言を信じるかどうかは、アンタ次第だな」

 月国府の方で爆発が起きたことで、エマヌエルはシュルヴェステルの計画が失敗に終わった可能性を感じていた。

 「月国府を完全に起動できれば、若しかしたらどこにあるかもしれない箱舟を撃つ事も可能性だった」

 落胆の色を見せるエマヌエルにヴァンが当然の疑問を投げかける。

 「何故、正式に申し立ててこなかった?」

 「その場が、機会が少しでもあったと思うか? 政治的な駆け引きで第一と第二日子を出し抜くのは無理だ。現に、ここまでは帝国にとって望ましい方へ動いている」

 ふん、と鼻を鳴らしたヴァンは俄かに信じられずにいた。

 「辻褄は合う。だが、しっくりとこない。例えるなら幾重にも伏線を張りつつも、その実、真実とは無関係なところへミスリードされているような違和感だ」

 言いたい事は理解出来たが、共感しかねるエマヌエルは首を傾げる。これは国家レベルでの陰謀だ。ミステリー小説を読み解くのとは訳が違う。確かに相手が何枚も上手だった事に違いない為、全容を見ることも、推し量る事も出来なかった。結果、負けた。エクリプス・オーダーが発動すれば、マテリアル・イーターが全て帝国の管理下に置かれるのは必須だ。

 「騎士王!!」

 そう誰かが叫んだときだった。遺跡から不思議と抑揚の効いた、無機質な声でアナウンスが響き渡る。

 『月国府への攻撃が確認されました』

 それは知っている。とヴァンが鼻息を漏らしながら、次に取るべき行動について考えを巡らす。今から月国府に駆けつける事は可能だが、決着が付いているだろう。先を見越した、文字通りの先手となる一手を打たなければいけないと考える。

 『月国府への攻撃が確認されました。脅威が取り除かれない場合、箱舟はエクリプス・オーダーを承認します。』

 アナウンスは繰り返す。耳障りなほどに繰り返す。だが、その中でヴァンはふと閃くものがあった。

 「月国府を守るために、箱舟のエクリプス・オーダーが発動するのか?」

 「可逆的な、対の関係だろう。どちらが壊れるにしろ、都合が悪い」

 ふむ。とヴァンが考え込む。

 「お前らの話だと、エクリプス・オーダーはマテリアル・イーターが普及した頃が望ましいんだろ?」

 「その――筈、だ」

 エマヌエルも疑問が起こる。

 「このタイミングでエクリプス・オーダーの発動は望ましいのか?」

 「いや、それでは最小限の力で、最大、且つ広域での効果を得られない筈……」

 「してやられたな」

 ヴァンは空を仰ぎ見る。

 「箱舟なんて見付かっていない。自ら動かず、シュルヴェステルらをミスリードする事で、エクリプス・オーダーを発動。そして箱舟の位置を探し出そうとしたんだろ、王様もどき達は」

 「まさか」の一言を飲み込んだエマヌエルは、ヴァンの指摘した違和感が消えていくのを感じていた。

 「……帝国は箱舟を手に入れるだろうよ、きっと」

 そう嘆くように呟いたとき、月国府の方で空を裂くほどの光線が迸った。それは壁を突き破り、下から上へと曲線を描きながら回転し、月国府を上下に貫いた。

 「なんだ、アレは?!」

 だが、光線が立て続けに発射される。次は月国府の最上層からの光線だった。逆に上から下へ放たれると、今度は地上を舐めるように強烈な光線が大地を抉っていった。これが大いなる世界からの侵略を阻む、要塞として持ち合わせる迎撃能力だろうか。曖昧な分類として存在する神罰級の術式があるとすれば、あのような天災さえも凌ぐものを呼ぶのかもしれない。だが、その光線が若し、灯台としての機能を持つ月国府が見せたものだとすれば、その先に箱舟がある可能性も想像できた。港のようなもの。そんな遺跡があり、

 「あの光が、二回目の光が射した方向に向かう!」

 ヴァンは決断した。憶測や仮説が正しければ、帝国は箱舟の所在を掴めていない。あの光が道標なら、先にその果てに辿り着いた方が勝ちだ。箱舟を手に入れた者が、世界を統一するほどの力を得る。と判断したヴァンは、それが自国で管理・制御出来るかどうかは一先ず置いておき、その奪取に動く事を決意した。

 エマヌエル、ヒルダ、ルートヴィヒにとっては、ヴァンの配下としては初の出陣となる。混成部隊の役目は終わった。義務も果たしたと言える。今は状況に対し臨機応変に行動するしかない。残る混成部隊の指揮は、また別の部隊長が引き継ぐだろう。ヴァンは自らの国の騎士らと、新たに加えた巡礼騎士団の三人を引き連れ、月国府の光が穿つ場所を目指して走り始めた。



05章E/02*脅威


 月国府を基礎から揺さぶるような衝撃に振り回され、壁に叩き付けられたシュルヴェステル。危うく失いかけた意識を繋ぎ止めたのは、月国府の中から聞こえてきたアナウンスだった。

 『月国府への攻撃が確認されました。脅威が取り除かれない場合、箱舟はエクリプス・オーダーを承認します。繰り返します。月国府への攻撃が確認されました。脅威が取り除かれない場合、箱舟はエクリプス・オーダーを承認します。』

 「え、エクリプス・オーダー??」

 どうして。何故。そんな疑問がシュルヴェステルの視界から頭さえも混乱させる。帝国の第一、第二日子らは停戦、技術供与、マテリアル・イーターの普及による産業革命の後、エクリプス・オーダーを発動、そして一元化されたマテリアル・イーターを持つ兵を制御下に置き、世界規模で同時多発的な制圧作戦を展開するはずではなかったのか。今の段階でエクリプス・オーダーを動かしても最大の効果は得難い。何よりも箱舟を持つ日子らがそれを許す筈がない。いや、まさか。シュルヴェステルは思い至った。

 「アルトゥールは箱舟を見付けていないのか?」

 でなければ辻褄が合わない。情報操作されたと考えるしかない。アルトゥールらは箱舟を然も見付けたように、エクリプス・オーダーを前提とした大規模作戦を計画していた。だが、それらは全て自ら動かず、シュルヴェステルらの危機感を煽る事で、箱舟と対となる月国府の起動を促す為のものだとしたら。結果、月国府からの干渉により箱舟の所在に凡その見当が付き、且つ帝国の純産以外のマテリアル・イーターをエクリプス・オーダーにより一元管理する事で、その制御下に置くか、或いは暴走に導き、世界的な混乱を誘発する事も出来る。その混乱に乗じ、箱舟の発見、掌握、そして混乱する世界へ巨大な兵力を見せ付け、宣戦布告、支配する。仮説に過ぎないものの、確信を抱かせるに充分に周到が過ぎる策謀は、シュルヴェステルがここに至るまでに抱いた覚悟などを嘲笑うかのように、最小限の力で、最大の効果を得るものだった。

 「くそッ」

 ふら付く足で月国府の装置へ近付いて行くシュルヴェステル。いや、まだだ。帝国より先に箱舟を抑えれば、まだ勝機はある。エクリプス・オーダーの被害に遭うのは、制御系のブラックボックスの解析が進んでいない連合の兵が殆どだろう。とは言え、帝国の多くの兵が今回の作戦に参加している事から考えれば、このような作戦は上層部しか知らない可能性が高い。現にマテリアル・イーターの上位互換のものを持つ兵は帝国の警備を続けている。話ではエクリプス・オーダーの影響を受けないのも、それら上位互換のシリーズと聞いている。

 月国府の制御版に前のめりにもたれかかり、その掌握の程度を確認した。まだ八割方。せめて、あと半刻は欲しいところだ。いや、そんな暇さえないのかもしれない。まだ読み取れない文字は多いものの、制御版の画面には、どうやら月国府と箱舟の関係を示す略図や、月国府から外へと伸びる矢印が輝いていた。熟考するまでもなく、情報が外へと送信されている事を言っているのだろう。それが帝国に流れ、箱舟を奪われる事だけは避けたいシュルヴェステルは、何かしらの対策が出来ないかと考えた始めた、その時だった。

 第八階層の床が不意に赤みを増し、熱を放つ。次の瞬間には爛れ、そこから穿つように強烈な光線が迸った。そのあまりにも強力な、恐らく術式だろう一撃に呼応したのか、月国府の一部が勝手な防衛手段に打って出る。最上階に誂えられた迎撃用の砲塔が外へと向けて攻撃を放つ。まるで灯台宜しく、外から何かを呼び込むように地平線の向こうまで伸びた光線は、舐めるように地上を抉っていった。

 『月国府が脅威の戌を確認した事により、管理者に代わる統括QAは箱舟の再起動を承認しました。各区画へのエネルギーの供給が減少するに伴い、プレローマの綻びが予想されます。繰り返します。月国府が脅威の戌を確認した事により、管理者に代わる統括QAは箱舟の再起動を承認しました。各区画へのエネルギーの供給が減少するに伴い、プレローマの綻びが予想されます。また、エクリプス・オーダーに従い、Tlaelquaniは解放され、脅威の戌への攻撃、及び排除が実行されます。繰り返します。月国府が脅威の戌を確認した事により、管理者に代わる統括QAは箱舟の再起動を承認しました。各区画へのエネルギーの供給が減少するに伴い、プレローマの綻びが予想されます。また、エクリプス・オーダーに従い、Tlaelquaniの解放され、脅威の戌への攻撃、及び排除が実行されます。繰り返します』

 シュルヴェステルは何が起きたのか分からなかった。月国府から響き渡るアナウンスが何を言っているのか、聞き取る事も儘ならなかった。だが、混乱する頭と、不意の攻撃に恐怖し、震えていた体は、その穿たれた穴の先を覗き、脅威の正体を確認しろと訴えていた。とは言え、遥か下、山脈さえも飲み込むほどに高い月国府の第七階層から下を窺った所で何かが見える訳ではなかった。

ここまでで取り敢えず第一部完。どのくらいの長さになるのかは未定。凡その結末は見えているけど。

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