TASさん、倒れる。
2017/1/19 改稿
"血液を作る事を活発にさせる魔法"を"血液を作る事を活発にさせる薬"に変更しました
2017/1/21 改稿
単語の一部を変更しました
木の妖精→木の精霊
2017/3/10 改稿
"あんな速さで走れる種族なんて魔族くらいしか知らない"といった趣旨の文章を削除しました
私が飛び込んだ木の幹の向こう。
そこは、前に女神様に呼ばれた部屋と同じように、白い空間だった。
ただ、雰囲気は少し違った。
女神様のいた空間は、何も無くただ広い空間が延々と続いているような空間だったが、この空間には木製の椅子と机などの家具が置いてあり、それを囲うように本棚が設置してあった。
私は入り口に入るまでにスピードを出し過ぎたせいで、家具などを吹き飛ばしながらも勢いを止めずに走り続け、最終的に何やら柔らかくて透明な壁にぶよん、とぶつかり、ようやく止まる事が出来た。
どうやら、白い空間の広さには制限があるようだ。女神様の空間がどうなっているかは知らないが、この空間には、どうやら壁があるらしい。壁が硬くなくてよかった。もし硬い壁だったなら、私の頭がかち割れている所だ。
あのオーク(仮)はもう追いかけて来ないのだろうか。
少し心配になり、私は突っ込んできた謎空間の入り口の方を見る。
……オークと目が合った。
オーク(仮)は、その巨体が入るには些か小さすぎる入り口の中を、覗いているらしかった。
その四秒後、カチリ、と、何やらスイッチを押したような音が鳴ったかと思うと、亀裂はゆっくりと閉じていった。
「間に合いましたねぇ」
声がする方を見て見ると、そこには若いお姉さんが立っていた。
葉っぱの冠を被った髪は緑色で、目も緑色、服も緑色で、服からは小さい木の枝や葉っぱなどが生えている。なかなかエキセントリックな服があったものだ。枝とか、手に刺さったりしないのだろうか。
目の前の命の恩人らしき人を、じろじろと見つめるのは失礼かと思い視線を外した私だったが、その女性は私の方を振り返り視界に収めると、私の方をじっと見始める。
見つめ始めたと思いきや、その女性はいきなり蕩けるような笑顔で
「かわいいいいい!!」
とか叫んだ後、物凄い勢いで飛びかかってきた。
余りの勢いに驚き、私はそれを回避しようとするが……身体が動かないので、避けられなかった。
為す術なし。
ばふん、と、私の頭はその豊満な胸に思い切りめり込む。
苦しい……息が出来ない。
その六秒後。
思考加速の反動で、鼻血が少し垂れ始め、その後に頭を殴りつけられるような頭痛が思い出したかのように私を襲う。それに加え、全身に酷い痛みが走っている。特に脚の痛みが激しい。痛覚遮断が切れたらしい。もう一度痛覚を遮断しようとしたが、普通に失敗するどころか、頭痛がより酷いものへと変わる。鼻血の出方も尋常ではなくなった。
「———!!」
私の異変に気付いたのだろう。女性は慌てているらしい。
すぐに私に抱きつく事を止め、いつの間にかそこにあったベッドの上に私を寝かせる。
そして、女性が私の手を握る。身体の痛みがゆっくりと楽になっていく感覚があったので、推測だが、”魔法”を使っていたのだろう。
ただ、頭の痛みは変わらずに続いている。女性はより一層慌てたように、全身の彼方此方から透明な瓶をポイポイと投げ出しまくっていた。
それはどこかの青い猫型ロボットを私に連想させたが、そんな呑気な事を考え続けるには辛すぎる痛みが私を襲う。
ああ。女性の服に付着した血の量を見る限り、今回の出血量は前の時より幾分か多い様だ。
これは、死んでしまうかもしれないな。
ああ、死にたくないなぁ。
私は痛みに耐え切れず、意識を手放した。
◆◆◆◆◆
精霊。
魔法を使用する際に消費する”魔素”との親和性が高く、また、その身に宿す魔素の量も、他の生物とは一線を画す存在。そして、長命。
その精霊の一種である、風の精霊。文字通り、風を司ると言われる精霊。
そこから派生した種族、木の精霊。
その中でも、上位に位置する種族である、神木の妖精。
その強大な力は遠い昔に他の種族から危険視され、やがて戦争へと発展。流石の神木の妖精も数の暴力には敵わず、絶滅させられた。そう、一般的な古文書には記されている。
けど、神木の妖精は、完全に滅んだ訳では無い。
少数が生き残り、人が全く来ない様な魔境の木々に、身を潜めている。
……力を恐れられて滅ぼされそうになった種族だけど、性格はとても温厚な人が多い。神木の精霊は一方的に恐れられ、何もしていないのに滅ぼされた。
しかし、そんな事はもう過ぎた事だ。
いつまでも他人を恨む事なんて、馬鹿げているーーーそんな風に、神木の精霊の生き残りである私は、そう考えた。
だから。
私はあの、オークに追われている子供を助ける。
私は追われている子に思念を飛ばす。
幸運にも、その子のそばには私の家の入り口の一つがあった。
私は入り口を開き、そこに飛び込む様に促す。
……不味い。オークが追い付いてきた。
もう、私が力を使うしかなさそうね。
あまりあの子を怖がらせたくないのだけれど……仕方ない。
私は、あの子を助けるために入り口に向かおうとする。
その時だった。
———その子が、物凄いスピードで家の入り口目掛けて、走り出した。
今までの速度とは比べものにならないスピードだった。
まるで矢の様に入り口までの一直線を走り抜けたその子は、私の部屋に突っ込んできた。
ああ、その子が家具に思いっきりぶつかってしまった。大丈夫だろうか。怪我などはしていないだろうか。
あ、部屋の中がぐちゃぐちゃに……まあ、仕方ないか。
私が助けた子供は、柔らかい壁にぶつかってようやく止まった。
少女が起き上がる。入り口を気にしているらしい。
あ、オークが入ってくるかどうか、心配しているのね。
私は机に付いているスイッチを押して、扉を閉じる。
そして子供に話しかけた。
「間に合いましたねぇ」
すると、その子はこちらを向く。
———そこには、天使がいた。
とてもあんな速度で走れるとは思えないほど華奢な身体。
こちらをまじまじと見つめるその目。
小さくて可愛らしい顔。
「かわいいいいい!!」
私は気付けば、その少女を抱き締めていた。
はっ!いけない、いけない。
この子はずっとオークに追いかけられていたのだ。
疲れているに決まっている。休ませてあげなければ……
そう思い、私は少女を抱き締める事を辞めようと、手を離してあげる。
私の背筋は凍り付いた。
「え……?」
私の服には、夥しい量の血が。
べっとりと、付着していた。
私は焦る。そんなに強く抱き締めてしまったのだろうか。
いや。違う。私にそんな腕力はない。なら。
オークにやられた、そう考えるのが正しいのだろう。
けど、その子に目立った外傷は無かった。
その子のどこから血が出ているのか。
それは、鼻からだった。
何故こんなに鼻血が出ているのか。私の胸に興奮したからとか、そんな馬鹿な理由ではないだろう。そもそも同性だ。
いや、この子がそういう趣味なのかもしれないが。
今そんな事はどうでもいい。
この出血量は、危ない。毒か何かを摂取してしまったのだろうか?
私は慌てながら、空間魔法で異空間からベッドを呼び出し、そこに少女を寝かせる。
そして回復魔法を手を通して掛ける。
ヒール。
ポイズンクリア。
……少しは楽になった様だけれど、鼻血が止まらない。
毒じゃなかった?なら、一体———
……取り敢えず、血を作る事を活発にさせる薬を探し出し、少女になんとか飲ませた。
後は、この子の生命力次第だろう。
お願い、助かってーーー