TASさん、逃げる。
2017/1/18 タイトルに"。"を追加しました
2017/6/13 謎の声の口調を修正
私はボロボロのブーツ(初期装備)で地面を思い切り蹴って走る。
”ヤツ”に追いつかれないよう、木と木の間を通り、その先に群生していた背の高い草をかき分けながら、走り続けた。
◆◆◆◆◆
…私にはどこか”推測する力”という物が抜けているのだろうか。
自分で言っていたではないか。『油断してはならない』と。
にも関わらず、こんな簡単なミスを犯してしまうとは。間抜けか。
私は頂上から地面に到着するまでの空中で”思考加速”を行い、その直ぐ後に、鼻血塗れになったり酷い頭痛に襲われたりした。
ここまではいい。
“思考加速”のデメリットの早期発見が出来た。
ミスではない。結果が得られた。
だが、その後が問題だった。
私は地面に盛大に垂らした鼻血を処理する事をせず、血の匂いをその周囲に、思い切りばら撒き続けていたのだ。
その結果、”化け物”が寄って来てしまった。
今、そいつから逃げている最中だ。
服にも血は結構付いていた。血のついていた部分は走りながら破り捨てた。ただのボロ布を巻きつけただけの服とも言えないような服(?)だったが、長さがあって助かった。まだ着る事が出来る程の長さがあったので、私は裸で逃げ出す羽目にならずに済んだ。
あの化け物に匂いを嗅がれて居場所がバレバレになる心配をする必要はないだろう…いや、あるかもしれない。無いと思いたいが。
頭部は、前の世界で言う”豚”に似ている。
———いや、私は前世で、”豚”を見た事はなく、それどころか生き物すら実際に見た事が無かったのだが。
しかし、どうやらある程度の前世の知識は記憶の中に入っているらしい。有難い。
我儘を言うなら、この世界の知識が欲しかったのだが。
まあ、今の状況で我儘なんて言っていられない。
というか、私の前世に当たる人物がいた訳でもない。”TAS”という概念を具現化した存在らしき、私こと”TASさん”に前世など無いのかもしれない。
まあ、便宜上は前の世界を前世と呼ぶ事にしておこう。
…思考が逸れた。閑話休題。
ヤツの頭は豚のような見てくれをしている。
だが、首から下は人間のような体だった。
想像してみよう。
筋肉ダルマなボディビルダーの画像を五倍くらい拡大し、現実に貼り付けた後、頭の部分だけ豚の画像と合成して、体の色を深緑にする。
すると、あら不思議。私の86m後ろで目を充血させながらこちらに向かって走って来る、豚の化け物の完成である。
簡単に言うと、奴は所謂オークのような見た目をしている。というか多分オークだ。
オーク。ゲームとかラノベとかで出て来るお馴染みのアイツ。
よくある設定だと、体は筋肉質で人間より大きい体を持ち、平凡な村の食料庫から食料を盗んだりして村を滅ぼしたり、人間の女を捕まえて巣穴に閉じ込め、ひたすら子供を産ませ続ける苗床にしたりと、本能のままに生きる理性の無い”害悪”として描写されている事が多いのだが…まあ、血走った目で私を追いかけているところを見ると、恐らくこのオーク(仮)も例に外れないようだ。
やはり、筋骨隆々な見た目は伊達ではなく、走る速度はその巨体から想像するスピードより幾分かレベルが上の速さで私を追いかけて来る。
対する私は貧弱な少女。選択肢は ▶逃げる しかない。なので、私は奴からどうやって逃げ果せるかのみを思考する。
まあ、小回りでは私の方に分がある。
それだけでは奴から逃げ切ることは出来ないかもしれないが、私はTASの権化である”TASさん”なのだ。自分の今の体で無理なく、それでいて最適な走り方を常に実行している。なるべく木の密集している場所を選んで通っていけば、私が走り続ける限り、追いつかれることは無いだろう。
だが、私は繰り返し言うように、貧弱な少女である。
幾ら最適な走り方ををしているからと言って、体力はもう限界に近い。すぐに底をついてしまうだろう。止まってしまえば奴の餌になる。なので、策を練らねばならない。
そう考えているうちに、私は円を描くように開けた場所に出た。
その開けた場所の中心の辺りにそびえ立つ、大きな木。
…あの木に登ればどうかと一瞬考えたが、奴は人型だ。普通に登って来る可能性があるので却下。
私はその木を無視して通り過ぎた。
その時だった。
『こっち!こっち!大きな木の方を向いて!』
と、私の頭の中に直接、若い女性の声が響く。
私は(こいつ…直接脳内に…?!)などと巫山戯た事を考えながらも、走りを止め、声が指す大きな木の方向を見た。
その数秒後。
バキバキバキバキ、と、大きな音を立てながら木の幹に光る亀裂が入り始めた。
『飛び込んで!早く!!』
叫ぶように、謎の声は急き立てた。
…あの亀裂に飛び込んで、私が助かる保証はない。が、このままオークの餌になるよりかは生き残る確率が上がるだろう。ここは、声を信じて飛び込んでみることにする。
だが。
対面にはオークがいる。確認すると、オークも開けた場所にたった今出てきた所だ。
目算してみたが、これだと私が木の幹の亀裂に飛び込む6秒前にオークに捕まる。
なので、私は賭けに出る事にした。
肉体の出力制限を意図的に外すのだ。
人間というものは普段、筋肉などの酷使で自分の肉体が必要以上に傷付かないように、肉体に制限を掛けている。それを外せば、余裕で木の幹に辿り着くのは間に合うだろう。
ただ、代償はあるだろう。恐らく使用した筋肉が断裂したりして、物凄い筋肉痛が私を襲うだろう。暫く動けなくなるかもしれない。
制限解除をしている状態の肉体の操作には、高い処理能力が必要かもしれない。なので、一応念には念を押そう。自分の体を制御出来ずに自滅なんていう馬鹿な死に方はしたくない。
私は思考を加速させた。
思考を加速したのだし、自滅はしないだろう。多分。
というか、もう下準備である”思考加速”をしたのだから、鼻血ブー&酷い頭痛は確定である。それに筋肉痛が加わるだけで命が買えるなら安いものである。
では、始めるとしようか。
…。
…。
…。
制限解除完了。
…。
…。
脳の電気信号送信パターンを読み取り中…成功。
試験中…正しい動作を確認。
肉体の強制操作…成功。ALL GREEN.
私は足を思い切り踏み締め、弾丸の如く前に駆け出す。
今までのスピードの2.7倍の速さ。十分過ぎるほど間に合う。
ただ。脚に激痛が走る。集中が乱れかかったので、対策をする。
痛覚遮断を実行…成功。
痛みはなくなった。邪魔するものは何もない。
私はスローに見える周りの風景を置き去りにし、大樹の亀裂へと飛び込む事に成功した。
なんとか一日一投間に合いました(´・ω・`)
不定期連載?何の話だかさっぱり(´・ω・`)
1/17 改稿 文章の一部を変更しました。