ショコラの時間ー3
「若くしての才能と実力は伸ばして然るべきですねー。
変と否定するとは折角出た芽を摘むようで勿体無いような気も」
ほかほかと湯気を立てるウィンナ・コーヒーと
一回り小さいチョコレートボックス(食べ過ぎるのは毒だかららしい)を
テーブルに置きながらいう店主に
「そう!そうでしょう!?」と、思い切り食いつくお客。
「定規があってもへなへな線を描いてしまうような私でも
パソコンなら一発で直線でも曲線でも綺麗に描ける。
絵の具だとぐしゃぐしゃになってしまう色塗りも
パソコンならぼかしたり影をつけたり好きな色を作ることも自由自在!」
よほどいい意味で刺さったのか、そのまま饒舌に喋る喋る。
「字が下手過ぎて習字教室に通っても一向に上達しなかったのが
パソコンなら達筆どころか自分じゃ絶対書けない書体まで選ぶことができる!
数式に四苦八苦していてもパソコンなら一発で答えを教えてくれる!
読めない漢字も誰も知らない情報もネットの世界で一瞬で手に入れられるのに!」
どうやら話を聞く限り、お客はパソコン関係には長けているようだが
それ以外は正直・・・というところのようだ。
「足が速いから何よ!料理裁縫が上手だからって何よ!楽器が弾けるから何よ!
だからってプログラミングやデータ処理はからきしなくせに見下さないでほしいわ!」
・・・これは大分拗れているぞ。
「使いこなせないからって、こんなの出来るのは変だ!って私を標的にしてさぁ。
私だって頑張ったのよ?現実では何をやってもドジばかりだった私が
今や天才プログラマーといわれるまでに至った・・・
ふふ、私が変とかいってた奴らはむしろ何で出来ないのかしら?笑っちゃうわ・・・」
温泉の如く煮え滾った言葉が溢れてくるではないか。
これでよく悩みがないとかいえたな。
おまけに、足が遅くても今は文明が発達しているから
そもそも速く走る必要なんてない。
料理裁縫が出来なくても今はネットで何でも注文できるから問題ない。
音楽ソフトを使えばマウス操作でどんな音色も奏でられるから
楽器スキルもいらない。ときたもんだ。
開いた口が塞がらないなぁ・・・私の口は縫われているが。
「芸は身を助ける・・・といったら失礼ですかねぇ?」
このタイミングでそれは褒めているのか?店主よ。
「いいえ、全くその通りですよ」
お客もお客で認めるのか・・・。
「だって私、パソコンに触れる前までは陰で『不器用大臣』とかって
いわれてしまうほどとにかくダメダメだったんです」
授業で工作や裁縫をしようものなら、作業はクラスで一番遅く
しかも見栄えも最悪で誰よりも早く壊れる。それ故に周囲から
「何でそうなるんだ」と笑い者にされるのがお決まりのパターンらしい。
「でもそんな失敗ばかりの私とはもうサヨナラしたの。だって私にはパソコンが・・・
コンピューターの世界があるんですもの。今まで知らなかったことも
出来なかったことも、欲しいものは凡てキーボードとマウスの操作で手に入るの!」
気持ち良さそうに喋るお客。
まさかとは思うが次弥、あのチョコレートボックス
酒入りチョコとか入っていないよな?相手は未成年だぞ。
・・・あ、思いきり睨んでいる。疑ってすまなかった。
「もうね、やいやいいう周りには耳を貸さないことにしているの!
私は電子世界で有名になるって決めたんですもの。
『お前変だ』って負け惜しみに構ってられませんよ!」
馬鹿よね、こんなに楽しいことが出来もしないのに口ばっかり達者で!と笑って
「あー!何かいえてスッキリしたー!」と大きく伸びをするお客。
「最先端機器に不可能なんてない。それに愛されてものにすることが出来た
今の私に手に入らないものなんてありません!!」
「ほぉ、それは便利ですなぁ。じゃあ、試しにいくつか質問させてくれません?」
毅然というお客にと持ちかける店主。
お客も「ええ、何でもどうぞ!調べてみせますから」と何故か得意げ。
「じゃあ・・・そうだなぁ・・・『パラノイア』ってどういう意味ですかねぇ?」
「パラノイア?」
「はい、言葉は知ってんですけど恥ずかしながら意味はわかってないんですよねー」
エヘヘと笑う店主を尻目に、カタカタカタカタ・・・とお客のキーボードが叩かれる。
「あ、ありました。『英語で偏執病という精神障害の一つ』らしいです。
えっと・・・『基本的な人格や能力は常人と変わらないが
被害妄想や誇大妄想に囚われ自分は特別な存在だと信じて疑わない。
それ故に、自己中心的な性格と支配欲も強い傾向にある』・・・だそうです」
「そんな情報があっという間に!凄いですねー」
感嘆の声を漏らし、「そうか、だからあのヒロインはああいう行動を・・・」と
納得したようにぼやく店主に
「これくらい当たり前ですよ?ネットやったことないんですか?」
しれっとそういうお客。
「ハハッ、お恥ずかしながらそっち方面はからっきしなんですよー。
そういうのは触ったこともないですし」
店主が笑っていうと、「今時そんな人いるんですね」と現代的な返事が返ってきた。
確かにこの店にはパソコンを始め電子機器的なものはないな。
強いていえば厨房の機材と、私の横にあるほぼインテリア状態のレジくらいか?
ああ、あと電話があったか。こちらも観葉植物と並んで立っているだけだが。
「あ、じゃあもう一つ!『陽気な粉屋』という詩って見られますか?
子供の頃に絵本で読んだんですがどんなだったかどうも曖昧で・・・」
「えっと・・・」
カタカタカタ・・・
「『陽気な陽気な粉屋さん ディー川のほとりに住んでいた
年中歌いながら働きます ヒバリにおとらぬひょうきん者
歌にはお気に入りの文句があってこんな風に繰り返します
“ヤッホー ヤッホー ヤッホッホー おいらはひとりで生きてくだ
誰の世話にもならねえだ“』・・・ですって」
「ああ!それですそれ!懐かしいなー。スッキリしたぁー!」
・・・はぁ、薄々気づいてはいたが、店主の奴、完全に遊んでいるな・・・。
「では最後に1つだけ質問いいですか?」
「ええ、どうぞ。私とこの万能PCに答えられるものなんてありませんから」
こっちもこっちで随分な自信だな。ネットに挙げた誰かの情報を
読み上げているだけなはずなのに、リアクションはまるで自分の手柄のようだ。
「では、遠慮なく!・・・『私は今、何を考えているでしょうか?』」
「え?」
ああ、そうきたか。お客もフリーズしてしまっているな。さてさて、どうする?
しかし、やっぱり無理ですか?という空気を醸し出す店主に
ハッと我に返り「い、いえ!大丈夫です!」と果敢に挑むお客。
素直に「それはわからない」とかいってはいけなかったのか?当然、結果は・・・
「出てこない・・・どうして!?人の頭の中を覗くシステムやアプリくらい
現代社会なら出来てもいいはずでしょう?!それが何故・・・
現実には出来なくてもバーチャル世界だったらわかるはずなのに・・・!」
そのバーチャル世界を作っているのは
現実にいる人間ということを忘れてはいまいか?
人と人との交流については仮想現実も本物の現実も
手段が違うだけで同じだろうに。
お客はどんどん焦り、更に気まずそうな顔になると
「っ・・・!ごめんなさい、ゲームの打ち合わせに行かなきゃいけない時間なので!」
とパソコンを畳み、急いで飲み物を飲み干してテーブルを立った。
店主は「そうでしたか。お忙しい中引き止めてしまい失礼しました」と頭を下げる。
・・・白々しいにも程があるだろう。