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シトラスの時間ー4

「誰の・・・為」


「うん」


「そんなこと、最後に考えたのは・・・何時だっただろう・・・

 もう何年も考えたことが・・・なかったかもしれないな・・・」


ヒステリーっぽくなっていたお客も乙季の一言で何かに気づいたのか

再び神妙な顔に戻った。本人たちは何も考えていないのかもしれないが

この双子姉妹の言動には毎度毎度少し驚かされる。


「お嬢ちゃん・・・」


「なーに?」


「お嬢ちゃんは、どうして私にそんな質問をしたんだい?」


今度はお客が乙季に質問をした。

乙季は「えっとねー」と少し考えた顔になりながら


「お兄ちゃんも次君もね、「食べてくれる人」の為にお菓子作ってるの!

 お客さんのもあたしたちのおやつも全部!だから凄くおいしいの。

 壱君も「お悩みの人」の為にねこのお店作ったっていってたの!だからね!」


「あたしたちの周りの大人はみーんな、誰かの為に何かを作るから

 お兄さんは誰の為に物語を作っているのか気になったんだよねー?」


梓雪が横からちょっかいを出すようにいうと

「もぉ、お姉ちゃんいわないでよー」と頬をぷくーっと膨らます。 


実弦はどう考えてもまだ未成年こどもだろうが

二人にとっては大人並みに大きな存在なのかもしれないな。

というわけでアイツが大人?というツッコミはあえていれないでおこう。

何と気が利くテディベアであろうか私は。こんな熊他にいないぞ。


あ、いい忘れていた。乙季が壱君と呼んだのは店主だ。

名前が壱夜いちやなのでな。私もいつも店主と呼んでいたから

ついはしょってしまった。失礼。


「大人は・・・誰かの為に・・・何かを作る・・・」


「僭越ながら、これを機に考え直してみてはいかがかと・・・」


さっき合図しておいたマーマレードサンドのお替りを運んで来た次弥もそういった。

・・・すぐに厨房に帰ったけどな。所謂、いい逃げというやつだ。


だが、お客は気にすることなくむしろそうなのかもしれないという顔で

焼きたてのそれを再び口に運んだ。


狐色の焼き目がついたパンがサクッといい音をさせて、隙間からじんわりと

マーマレードが滲んでいく。ここからでも実にいい香りだ。


「私は、誰の為に・・・私の物語は、私以外の・・・誰に・・・」


もしかしたら、今までの自分は

ただの自己満足だったんじゃないかと考え出すお客は

また一口、マーマレードサンドを頬張りながらぶつぶつと何かいっている。


オレンジの甘さも柚子の芳香も、グレープフルーツの甘苦さも

紅茶に使ったライムの苦さと爽やかさも・・・

どれも「マーマレード」だけど凡て違う味。

けれど、どれもとっても安らぐ味がお客の思考に寄り添っていく。


そして・・・


「そうだ・・・!そうだったんだ・・・!」


どうやら何かに気づいたようだ。

って、こらこら梓雪、羨ましそうに見るんじゃない。

涎も拭きなさい。次弥、二人にも作ってやれないか?

可哀相に思えるほどがっつりと見ているぞ?


「・・・だな。おい二人とも、おやつが欲しければ来るんだ」


よし、双子姉妹は厨房二人に任せ、私と店主はお客の動向を見守るとしようか。

まあ見守るとは名ばかりで、どうなっても私は手も口も出さないけどな。


「そうだ、私はそもそも子供たちが楽しめるような夢いっぱいの話を書くつもりで

 作家になったんだ・・・だけど、周囲の作家の斬新な話が評価されて

 自分も負けないものを作らないとと焦って・・・それで・・・ああ、そうか」


そろそろかな・・・?


「思い出した・・・私は、ずっと探してたんだ・・・「私らしい作品」を。

 子供たちに喜んでほしいという願いがこもった「私の為の」作品を・・・」


それからはもう早いもんで、あんなに他人を責めていたのを忘れたかのように


「よし!これからはそうするぞ!子供たちに夢を与えるような

 とても甘くてほっこりとして、でも少し苦しいことがあって

 でもそれを乗り越えて再び甘い世界になるような物語を!書いてみせる!」


と、何だか意気揚々と原点回帰した作家。ついさっきあれだけ

「この素晴らしさを理解しない人間が愚かなんだ」とか

声張り上げていたとは思えんな。


こういう人間の変わりようはテディベアである私にはよくわからん。

乙季の一言が凄かったのか、ただ単にお客がそういう人間なのか・・・どう思う?

なんて私が考えている間に、お替りしたマーマレードサンドと紅茶をぺろりと平らげ

最初のイライラした顔はどこへやら、ニッコニコと少年のような顔で満足げ。


支払いもさっきの感じだとごねるかと思いきや

「それで儲けになるのか?」といいながら

案外、あっさりポケットから出して店主に渡した。

払ったものは「新人賞を取った時に記念品として貰った非売品万年筆」らしい。

店主は意気揚々と帰っていくお客を見送りながら

「私物にしたいな」とその万年筆を結構気に入っていた。


その数日後・・・


「こんにちは。頼んでいたものは・・・」


「あ、はいいらっしゃい!用意してますよ!どうぞ!」


お、久しぶりの来客だな。これはいい機会だ。

以前はしょった『悩めし人以外のお客』がちょうどやって来たから

折角だし説明しようとするから。


「はい、いつものね」


「やったー!!僕、これ楽しみだったんだー!!」


今回来店したのはお父さん、お母さん、息子の三人家族。

全員、茶色のふわふわの毛や大きな気持ち良さそうな尻尾がそっくりだ。


お母さんは爪が長すぎて店主が渡した袋を持てないからお父さんが代わりに持っている。

息子は愛用の壷を抱えて「早く食べようよ!」とはしゃいでいるのが久しぶりの光景だ。


・・・え?一体何が来ているのかって?『悩めし人』以外の来客、それは


「これからの季節は家族で大忙しだねー、鎌鼬の旦那!」


『異界の者』だ。私たちはそう呼んでいる。

今回の来客はここ数年常連と化している鎌鼬ファミリー。


他にも人間の世界では『妖怪』だの『モンスター』だの何だのいわれている者たちが

この店を訪れる。ちなみにこちらの支払いは悩めし人と違って色々だ。


食材をくれたり、不思議な小物を渡されたり、薬やお香なんかもあったな。

とにかく様々だ。食材は菓子になるし他のは生活用品になるから助かっているがな。


「・・・うーん、焼きたてのいい匂いだなぁ」


「色も綺麗ねー、いくつか種類があるようだけど何かしら?」


「青の包みがプレーン、赤がメープルアーモンド、黄色が抹茶、緑がチョコ」


鎌鼬母の質問に製作者である次弥が答えると

鎌鼬ジュニアが「僕チョコ味好き!」と笑う。

この家族は次弥作の焼き菓子の虜になってから

毎年冬になると必ず店にやって来る。


しかし、冬はやることが多いからと店内では食べない。

必ず、風の便りで予約を入れて持ち帰って食べている。

それもまた一興だと私も思う。


「おお、そうだそうだ。あんたらにもお届けもんだぜぃ?」

と鎌鼬父が一冊の本を店主に手渡す。

文庫本よりは結構大きく、でも中身は薄い。

表紙の色鉛筆絵からしてどうやら絵本のようだ。


「なになに?運び屋的なことも始めたの?」と店主が問うと

鎌鼬父は照れくさそうに「冬の間は働き時だからな、バイトだよバイト」と答えた。

その間、表紙の柔らかく温かみのある絵に惹かれたのか

双子姉妹がキラキラした目で店主の右手にある本を見つめている。


それに気づいた店主は「俺よりお似合いの子たちがいたね」と笑って本を渡すと

双子は「わーい!」と喜んで空いているテーブルに座ってページを開く。

少し興味ありそうな鎌鼬ジュニアがそこに近寄り「まーぜーてー」というと

双子は声を揃えて「「いーいーよ!」」と答え、二人と一匹?で本を覗き込んでいる。


タイトルは『森の中の小さなサンドイッチ屋』。

サンドイッチ屋の店主がジャムサンドをはじめ、様々なサンドイッチで

お客さんを幸せにするという物語だった。・・・少し既視感を覚えるのは何故だろう?


「これ、このお店に似てるね!この黄色いリボンをつけたリスの女の子は梓雪ちゃんに

 ピンクのワンピース着た白兎ちゃんは乙季ちゃんに似てるよー」


鎌鼬ジュニアがそういうと双子はふふっと笑って、

「こっちの青いエプロンの狼は次君!」「赤いスカーフの狐さんは壱兄かなー?」

「「緑の眼鏡の猫さんはお兄ちゃん!!」」と本に登場する動物たちを指差している。


ところで、熊はいないのか?熊は。灰色のシックな毛並みと赤いリボンがよく似合う

愛くるしいテディベアはいないのか?登場人物が動物では立つ瀬ないじゃないか。


「グレッド?グレッドはいないよー」「人間の女の子のお人形ならいるけどねー」


女の子だと!?じゃあ何か!?人間を動物に替えたから、熊のぬいぐるみは

人形に替えようということなのか!?・・・別にいいが、正直少し不満だ。


「おっと、長々と居座っちまって悪いね!支払いは・・・と」


「いいよ、この本運んできた運送費が支払い代わりってことで」


「え!?いいのかぃ?」


「今回だけ特別な!」


店主が笑うと、喜んで帰って行く鎌鼬の家族。

既にジュニアは一個食べているのが見えた。


「壱兄!グレッドー!」


「ん?どうした?梓雪」


店主が尋ねると、梓雪が「見て見てー!」と笑い、乙季が本をこちらに見せる。

ページは一番最初の後書きと作者の顔写真があった。

イラスト担当の女性と、文章担当のこの間のお客の笑った顔が。


「おお、どれどれー?」


後書きを読む店主。どんな内容だ?と聞くと

あれから小説家ではなく絵本作家に転身し

それを機に絵を勉強していた彼女と結婚。

妻が絵を描き、自分が物語を書くという夫婦二人三脚で

子供たちが楽しめる物語を生み出そうと頑張っていると書かれているそうだ。


「それにしても・・・うち、何時からサンドイッチ屋になったっけ?」


店主のすっとぼけた言葉に厨房二人は呆れているが、双子姉妹は

「「わっかんなぁーい!!」とケタケタ笑っている。


それからすぐいつものおやつの時間になり

できたてほかほかのアーモンドとオレンジのケーキが並んだ。

オレンジの爽やかな香りが私の元にも届く。


「生地がしっとりしてる。牛乳じゃなくてオレンジジュース使うって面白いね!」


実弦がなるほどという顔でいうと、マーマレードとまだ大量に残った生オレンジを

消費しないといけないからそれらをたっぷり入れたと返答した。

アーモンドもさっき焼いたマドレーヌのが残ったから入れたのか。


「要するに残り物お片づけケーキ?」


「文句があるなら食わんでいい」


「え!?違うって!文句なんて一切いってない!頼むから俺の分もとっといてー!」


ハーブティーを淹れていてテーブルに着けない店主がそう喚いているのもお構いなし。


おやつの時間は今日ものほほんとした空気の中、静かに流れていった。







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