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シトラスの時間ー3

「ほうほう、なるほど」


読んでいる間、珍しく静かだった店主。

お客はその間もマーマレードサンドを齧り紅茶を飲み

ぼんやりと店に飾っているものや窓の外を眺めていた。


私には何が書いてあったか見えなかったが、店主はにっこりと笑って

「壮大な物語ですね」といって、用紙を返した。

物語だったのか・・・じゃあこのお客は作家か何かか?


店主は移動したついでにと作業場に立ち

今度はティーポットを持って戻ってきた。紅茶のおかわりを注ぐ為だ。

コポポポと音を立ててカップがまたブラウンに染まる。


「か、感想は・・・どうだ?正直にいってくれ・・・」


「うーん、そうですねぇ。一言でいうと、とてもとても斬新・・・ですかね?」


読んだのは店主だけだから

お客が帰った後にどんな物語だったのかを皆で聞いたんだが


『地球そっくりな惑星の王子が地球に迫りくるインベーダーと戦う為地球へ。

 だが実はインベーダーはとある惑星の魔女に魔法をかけられ

 化け物の姿にされたまたとある星の住人たちだった。

 王子は彼らを元に戻すために地球のとある占い師の元へ。

 

 しかし、その占い師は王子の星の人間たちによって 

 数年前に処刑されていた。インベーダーにされた人々は怒り狂って

 地球を攻撃し始める。地球人とインベーダーにされた人々に

 激しく憎まれながら王子は一人孤独に戦い続けるのであった・・・』


・・・・・・という内容だったらしい。

いっておくが、私は何の捏造も着色もしていない。ありのままだ。


店主からそのままいわれたことを伝えている。

他の従業員たちも聞いていたんだが「はぁ?」という五人の声が

綺麗にハモっていたよ。その後の反応も


「そもそも何故、地球を守る為に別の惑星の王子が戦わないといけない?」


「あと魔女の魔法っていうけど、何で魔女は魔法をかけたの?

 で、魔女は何処の魔女?占い師のとこ辿り着いたと思ったら処刑されたとか

 怒りの矛先が主人公に向くって設定になっているけど・・・」


「「それらの説明が全くなくない(か)?」」


店主の説明不足かと思いきや、とてもいい笑顔で

「俺も何度も疑問を抱いた」といっていたから

本当に本文にそれらの説明がなかったんだろう。


ただ、ポンポンと展開だけが進む読者置いてけぼりパターンというやつか?

読書に無縁なぬいぐるみである私も

流石にどうだろうと思ってしまうぞそれは。


子供ゆえの感性的にはどうだろうと双子姉妹にも尋ねたが

「「よくわかんなかった!!」」と実に素直な返答だった。


「設定は面白いが、中身が空っぽだな・・・」


「待って次弥、俺そこまではいってないけど・・・」


「顔に出てる」


「マジかぁ」


・・・今思えば、客が帰った後でよかったな。

暴動が起こっていたやもしれん。

これは陰口というものになるのだろうか?

だとしたら反省しないといけないかもな。


「斬新。そうか・・・そうか・・・」


紅茶に目を落とすお客は今度は憂いを帯びた顔つきになっていた。

毎回毎回思うんだが、何故この店を訪れる悩めし人は

こうコロコロ顔が変わるんだ?


「それがお悩みなんですね。アタラシ先生」


「何故私の名を・・・まさか、私の!」


「さっきの原稿の最後にサインがありましたので」


「え?あ、ああ、そうか。なるほど・・・うん、そうだよな」


名前を知っていることに一瞬嬉しそうな顔をしたな。

ファンか何かだと思ったようだが店主の返しでまた意気消沈。

ふぅん、どうやら今までの流れからして


「知られているわけが・・・ないよな・・・」


名の知られぬ悩めし作家、これが今回のお客のようだ。


「実はここに来る前・・・編集部と打ち合わせだったんだ・・・

 いや、打ち合わせとは名ばかりの売り込み・・・かな。

 でも結果はいつも同じだった冒頭の数行だけ読んで

 「イマイチだね」と返される・・・いや、あれは読んでもいない・・・

 サッと目を通しただけだ。内容も入ってこない、目で追っただけの・・・」


少し冷めた紅茶を酒のようにグイッと飲み干す。

店主はまた紅茶を注ぎながら「こちらのお替りはどうします?」と籠を見る。

お客は俯いたまま「そっちもくれ」と小さく低い声で答えて続きを喋る。


「最優秀新人賞を取った時は「先生!」とかいってちやほやしてきたくせに

 暫くしたらこの手のひら返しだ!私の後に出てきた新人たちばかり気を配って

 私の作品には見向きもしない!」


・・・お客もさっき掌返しをしたと思うんだが?

インパクトがないといっていたマーマーレードサンドを含んだ途端に。


「まぁまぁグレちゃん。それはもういいじゃない」


誰がグレちゃんだ。馴れ馴れしい。

・・・まあ、店主がいいなら私がいう義理はないな。


ちなみに、お客が悩みを吐露している間に店主は

「追加持ってきて」と口だけ動かして知らせ厨房からこちらを見ていた次弥が

やれやれという顔で右手をあげて了承していた。


「しかも「アンタの作品はベタな展開が多いからもっと斬新な設定がほしい」というから

 頭を捻って搾り出した設定を作ってみれば「読者にわかりやすいものを書いてほしい」

 かといってわかりやすさを考慮すれば「ありがち」と、どいつもこいつもいいたい放題!」


あ、お客のことを無視しているわけではないぞ?

あくまでお客の悩みを聞きながらやっていることだ。

あの店主はお客の悩みを蔑ろにするような奴じゃないからな。


「それだけじゃない!私が最優秀新人賞を取った時にお情けで入選に入った奴が

 今や作品を出す度にドラマや映画になる超売れっ子作家になっている!

 何故だ!?アイツより凄い賞を取ったのは私だ!なのに何故アイツの方が 

 作家として優れているという評価になっているんだ!?」


お客の声が張り上げられた時、グシャッ!という何かが潰れる音も一緒に聞こえた。

籠が邪魔で見えなかったが、お客の左手が原稿を鷲づかみにしているのがチラッと見えた。

あーあ、封筒に入れて大事に持ち運んでいた原稿だろうにあんなにしていいのか?


・・・ん?いや、待てよ・・・?


「テレビや雑誌で注目されるアイツを・・・編集部で楽しそうにしている新人たちを・・・

 かつては先生と呼んだこの私を今や負け犬という目で見る担当者を・・・

 今までどんな思いで見てきたことか!!どれだけ惨めな思いを抱いたことか!!」


そもそも大事にしていたっけ?・・・来店した時、このお客・・・


「何で私がこんな思いをしなければならない!?何故誰も私の作品を・・・

 私の世界を理解してくれない!?アイツらより私の話の方が優れているのに!

 評価されるべきは・・・私のはずなのに!!」


テーブルに原稿、放り投げていたよな?

担当に突っぱねられてイライラしていたのかもしれないが

作家としてあるまじき行為のはずだ・・・


「いや、違うな・・・私の世界を理解できない世の中が低脳なんじゃないか?

 そうだ、この斬新な設定の面白さがわからないのは読み手の想像力や理解力が

 乏しいというだけじゃないか・・・ハハ、そうだ・・・そうじゃないか・・・!」


ああ、なんだそうか。このお客は・・・


「自分たちが凡人だからって、私の物語を受け入れない・・・世の中がおかしいんだ!」


本来、苦いはずの世界で甘さを知り・・・甘い世界で苦さを知ってしまったんだ。


「なぁ、君もそう思うだろう?有名な文豪たちだって

 変わり者扱いされた人ばかりだ・・・だから、きっと、私もいつか認められ・・・」


「ねぇねぇ!!」


「へ?」


気づいたらお客のテーブルの前に掃除から戻ってきた双子が立っていた。

今、声をかけたのは妹の乙季だ。姉の梓雪は羨ましそうに籠に微妙に残った

マーマレードサンドを凝視している。お腹空いたのか?・・・と、それはさておき!


「な、何だい?お嬢ちゃん・・・」


「んっとね、んっとねぇ・・・お兄さんはお話を書く人なんでしょー?」


「あ、ああ・・・」


「それって、誰の為に書いたお話なの?」


「・・・!!」


乙季の真っ直ぐ飛んでくる質問に

お客は目を見開き、二の句が継げなくなった。

荒んだ大人に無垢な子供の言葉は

これでもかというほどズドンとくるらしいからな・・・。


さてさて、これからどう転がるのかな?




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