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シトラスの時間ー2

「パンもマーマレードも自家製・・・ふむ、一応手は込んでいるようだな」


上から目線の言葉が少し癪だが、店主はニコニコと笑ったまま

「恐れ入ります」と返し「あ、そうそう!」と次の言葉を零す。


「お飲み物は当店特製ブレンドティーです。ジャムを舐めつつそのまま飲むのも良し

 隣にありますライムのマーマレードを溶かして飲むも良し

 ミルクを入れるも良しご自由にお楽しみ下さいませませ!」


店主の紹介にお客はふぅんと顎に手を当てて思案顔。

何をそんなに考え込んでいるんだと思ったら

腹の底から大きな大きな溜息を吐き出し


「拘りがあるのはわかった。だが、いかんせん華々しさに欠ける・・・

 もう少し工夫を凝らしたというか・・・

 一目見て、おお!と思う斬新さが欲しいところだ」


といってのける。パンの焼き具合がどうの、紅茶の香りがこうの

マーマレードのとろみがどうたら、食器のセンスがこうたら・・・

見ただけでよくもまあ指摘出来るものだ。・・・厨房から作った張本人が

不愉快だとばかりにテーブルを睨み付けてるとも知らずに。


店主も「ええ、そうですね」「なるほど」と相槌を打っているが、絶対に適当だ。


それに気を良くしてんだか何なんだかわからないが

「それにこれも・・・」と未だに四の五のいい続けている。

紅茶が冷めるぞ?猫舌か?


「あと一ついえるのは・・・もごぉ!!」


「おお?」


痺れを切らした厨房担当、気づいたらお客の目の前に立ち

偉そうに開いた大口にマーマレードサンドを突っ込んだ。

わざとらしく驚いているが店主は近づいているのを知っていながら止めなかったな。


「肝心の味は・・・如何なものか?」


ああそうそう、今目の前に立っている厨房担当は実弦じゃないぞ。

アイツは和菓子担当。この店にはもう一人、洋菓子の担当がいるんだ。

こうして表に出ることは稀だがな。


「批評は味わってからしても遅くはないはずだ」


食べてもいないのにああだこうだいわれれば作り手としては面白くないだろう。

とはいえ、強引に食べさせるのはアリなのか?と思ってしまうが。


「普段大人しい分、時々大胆なことするよねー次弥つぎやは」


「兄貴にいわれたくはない」


客を前にしているのに不機嫌そうに腕組みをしている

青のラインが入ったコックコートに水色の腰エプロンがトレードマークの

店主と瓜二つの顔をしているこの男。

店主もいったが名前は次弥。この店の副店長で店主の弟だ。


小さな双子姉妹は前回紹介したから知っているだろうが、実はこっちも双子なのだ。

対照的ながらも仲良しでいつもくっ付いている姉妹とは逆で

この兄弟は顔はそっくりだが性格はまるで反対だ。

飄々とした笑顔と目つきの鋭い仏頂面という表情からもわかる。


「じゃあ・・・俺は戻る」


「あんれぇ?感想聞かないの?」


「必要ない」


「さいですか」


そんな短い会話を交わしながら兄はお決まりのレジ横へ、弟は厨房へと戻っていった。

・・・ここまでお客ほったらかしだがいいのか?

店主、何があっても私は知らないぞ。


「へーきへーき!ほら、あれ!」


確信を持った店主がお客を指差すのでそちらを向いたら

さっきのふんぞり返った態度はどこへやら。

小声で「ほぉ・・・ふむ」とか漏らしながらパンを頬張っている。

何だ、ごちゃごちゃ文句つけている割には受け入れているんじゃないか。


「次弥も食べたお客の反応で手ごたえを掴んだんだろうねー」


ふむ、なるほど。だから感想は必要ないといって持ち場に戻ったのか。


さっきもいったがこの兄弟が似ているのは容姿の造りだけ。

喋り方や態度、表情なんかは全然違う。

が、決して不仲というわけではないんだなこれが。


兄の方は笑顔を絶やさず人懐っこいが、だからこそ腹の底が見えない。

逆に弟は口数が少なくクールだとよくいわれる。だが、意外と思っていることが

表情や声色に出るのだ。じっと見ているのと兄よりも弟の方がわかりやすい。


あと、顔つきはそっくりといったがそれでも双子姉妹のように微妙な違いもある。

兄が赤茶色の髪に青い瞳、弟が黒に近い暗いこげ茶色の髪に緑色の瞳なのだ。

本人たち曰く、子供の頃からそうで

染めたりカラコンを入れたりしたことはないそうだ。


「いやー、まさか俺がやろうとしたことを先に次弥にやられるとは思わなかったなー」


・・・そうそう、たまにこうして言葉なく通じ合っているようなところも目撃するな。

双子故の何かとでもいうのだろうか。不思議な共鳴だ。

私には見えないだけで頭か背中にアンテナのようなものでもついているのだろうか?

うーん、それだとぬいぐるみの私より玩具っぽくて少し複雑ではあるが・・・。


「で、お客さーん!」


お?おお、思わず考えこんでしまった。だが、余計な時間だったか。

私に人体のメカニズムなどわかるわけがないしな。

何せ私は人でなく愛くるしいただのテディベアだ。


「味の方も採点が必要ですかな?」


次はこの味を、その次はお隣をと

オレンジ色、黄色、赤色の三種類を味わっているお客。合間合間で瓶を開け

緑色のも紅茶に入れスプーンでかき混ぜて啜っている。


「ふぅー・・・」


さっきの溜息とは違う安堵の息だ。

いいたい放題だったさっきよりはまあいい顔だろう。

案の定、少しの沈黙の末にお客がいった一言は


「・・・味は・・・その・・・上々だ」


少し皮肉めいた褒め言葉で、店主の笑みが若干にんまりに変わった気がした。


「それはそれはありがとうございます」


「いや、それは違うな。上々どころか、正直驚いた・・・パンは齧っただけで

 小麦の風味がふわっと広がるし、特に中のマーマレードが素晴らしい。

 色だけでなく凡て味が違うんだ。その意外性に驚いたよ」


おやおや、少し前と違って褒める褒める。

ここまで華麗な掌返しは早々見られるものではないな。

視界の端にいる青色のパティシエはまだ少し不服そうではあるが。


「オレンジは甘く、グレープフルーツは食べやすいように甘みと苦味のバランスに注意

 柚子はあえて苦味を残しつつあの香り高さを楽しめる大人の味に・・・

 という感じで当店自慢の職人が創意工夫を凝らした代物ですから!」


まるで自分が作ったように説明するな店主。

確かに新作開発にはお前も携わっているが

その台詞は次弥本人にいわせるべきではないのか?


「・・・俺にあんな長々と喋れと?」


うむ、その一言で理解した。

手先が器用なのにそういう面では不器用な弟よりは

あの兄の方が向いているな確かに。


「それで、お客さん・・・お悩みはわかりましたか?」


はい、今日もいただきましたー!・・・なんて冗談はさておき

紅茶を飲んでいたお客は「悩み・・・?」と不思議そうな顔でこちらを見る。


「はい、当店は『悩めし人』の為の店ですから!」


こっからは前回同様の説明だ。繰り返すことも面倒なので私からは語らん。

悩みがこの店に引き寄せた、これだけで充分なはずだ。


うん?雑過ぎやしないかだって?


さっきもいったが、私は店のマスコット的存在ではあるが従業員ではない。

生憎、懇切丁寧という概念はないのでな。悪く思わないでほしい。


「悩みか」


お客はそういうと、来店時に放り投げた茶色の封筒に目を向けると

徐にそれに手を伸ばし、封を切り、中に手を突っ込んだ。


「・・・これ」


「はい?」


取り出しては何やら紙の束のようだ。

それも結構な枚数でパンパンだった封筒は今はペラペラの状態で

テーブル横に寝そべっている。


「読んでみてくれないか?」


少し沈んだ声で、その紙を受け取ってもらおうと手を伸ばすお客に

店主は歩み寄り「では、失礼して」とそれを抱えてこちらに戻ってきた。

バサバサという音が五月蝿い。


・・・インクの匂い、これは万年筆か?ということは手書きのものか。


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