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氷菓の時間ー3

「うーむ、全体的にぼんやりしているのですねぇ・・・

 そりゃもやもやするわけですわ」


「ええ・・・何かを忘れていることは確かなんです・・・

 でも、それ以外のことが全くわからないんです・・・

 ただ、脳裏に焼きついて離れないのは・・・

 ステンドグラスと、誰かの啜り泣くような声・・・かしら」


「ステンドグラス?」


「貴方がいったように全体的にぼんやりしている中、一際鮮明なんです・・・

 大きな大きな窓に飾られた、花の、そう!百合の花のステンドグラスです!

 白い花に緑の葉、花粉の部分は赤くて青い背景・・・それと黒いフレームの!」


配置や大きさ、更に五色の色まではっきりと記憶しているんだな。


「うーん、どっかにあるんですかね?そのステンドグラスが飾られた場所が」


まあ、そこまでいえるということは見たことがありそうなもんだがなぁ。


「やっぱり、そう思いますか?」


そうでしょうねぇ。お客もそんな気がしてならないらしく

日本でも海外でもコンサート出演の為に遠征したら

オフの日は必ずその場所を探して回るんだそうだ。


世界的スターが欠落した記憶を頼りにとはまるで流浪の旅人だな。

それもそれで洒落ている感じはするが。


「雰囲気的に教会かしらと思ってあちこち覗いてはいるのだけれど、成果はなし」


本当にこれだけしかわからない。わかりそうな時もあるけれど

もうあと一歩のところでという繰り返し。

なので結局、わからないままなのだというお客の声は

先ほどとは違い、少し寂しそうだった。


「何かを忘れていることはわかるのに、何を忘れているのかわからない・・・」


「手の尽くしようがないでしょう?このアイスクリームのように

 私の悩みの種もじわじわと溶けてきてくれればいいのに

 なかなかそうもいかなくて・・・」


「それでも、知りたい!という気持ちは溶けていかないんですね」


店主が微笑むと、つられてお客も「そうみたい」と

悪戯がバレた子供のように笑った。


「私はきっとこれからもこの失くしたものを探して

 此のフルートと共に旅をしていくのでしょうね・・・

 きっとそれは心のどこかで私が望んでいることだから」


ロマンチックなようで、とてつもなく途方もない旅だな・・・。


だが恐らく、お客にとってその旅は無駄なものではないんだろうと思う。

私は動けないぬいぐるみだから「旅」というものがよくわかってはいないが

それでも、お客の人柄からそんな感じがする。


旅を通じて色々吸収しているというか・・・。


「そして同時に、怖がっているのかもしれません・・・

 確かにこの胸のもやもやの正体を知りたい・・・

 でも、知ってしまったら私の旅はきっと終わってしまう・・・

 だから、知りたいけれど・・・知りたくないのかしれません・・・」


・・・ふぅん、そういう思いもあるのか。でもまあ、わからなくはない。

楽しいことこそ終わってほしくないものだしな。


さっきから見ていたが、お客は目の前にあるアイスを

チビチビとゆっくり食べている。

最初は小食なのか、それとも店主と話しているからかと思っていたが

この言葉から察するに、なくなるのが惜しいのだろう。


店主も店主で「そうですねー」なんて相槌を打ちながら

ティーカップに温め直した紅茶を注ぐ。

湯気をゆらゆらと漂わせて香りがまた流れてくる。


「きっと、今は未だお客さんは覚悟を決める時ではないんじゃないです?

 本当に答えが知りたくなり、今の旅が終わることを恐れなくなったその時が

 真実を知る時であり、また別の旅を始めることに繋がる時になると俺は思いますよ?」


まあ俺はここ何年も店から出てない引きこもりなのでいえた義理じゃないですけど。

とおちゃらける店主に「あら、それも素敵じゃないですか」と優雅に微笑むお客。


そして「折角淹れていただいたから」とポットに残った紅茶で

ティーアフォガードを作り嬉しそうに口に運ぶ。

さっきまで別々に食べていたのに、気が変わったのだろうか?


「ああ・・・これも美味しいわ・・・今までとは違う、全く新しい味・・・!」


あ、口元がふにゃりと緩んでる。どうやらこれもまた気に入ったらしい。


「ちょっと切り替えるだけでこんなに変わるものなのね・・・

 だったら私の旅も私の気持ち次第で、色々変わるのかもしれない・・・」


「そしていつか、いい方向に転換していくといいですね」


「ええ」


それからじわじわと食べる手が早くなり、溶けかけていたアイスたちは

ペロリとお客の胃袋に入っていった。ところどころでアフォガードにもなりながら。


「ご馳走様!本当に美味しかったです!おいくらかしら?」



「ああ、支払いでしたら・・・」


次弥に食器の片づけを任せ、この店の支払い方法について説明する店主。

お客はきょとんとしながら「あら、それはどうしましょう」と考える。


『悩みと共に捨ててもいいもの』・・・悩みがぼんやりしていたからこそ

捨てていいものもぼんやりしているだろうしな。

何を選んだらよいやらと困るはずだ。


暫く悩んでいたお客だが、ふと自分が持っていた荷物の方を向き


「そうだわ」


と何かを閃き、バッグへと手を伸ばす。店主は動向がわかっているのか

いつものニコニコ顔を崩さないまま私の横で頬杖をついている。


「これでは駄目かしら?」


バッグから取り出された銀色の輝きが眩しいフルート。

お客と共に旅をした相棒・・・ってちょっと待て!

いくら何でもそれを捨てるのはマズくないか!?


「構いませんよ!」


おいおい店主!さらっと了承していいのか!?いくら何でもそれは・・・


「大丈夫だって、グレちゃん♪」


私にだけ聞こえるようにボソッという店主。何が大丈夫なんだ。


・・・あと、この間もいったがグレちゃんいうな。


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