糖花の時間ー4
それは次弥に頼まれた材料の買い足しに出かけた時だった。
ちなみにメンツは実弦、双子姉妹、そして私だ。
たまに出掛ける時には必ず「グレッドもいこー!」と
双子は私も外に連れ出してくれる。レジ横の景色だけは飽きるので
本人たちにはいわないが、私もこの時間は楽しみだったりする。
今回は乙季に抱っこされ、梓雪は実弦と一緒にスーパー袋を持っている。
「お兄ちゃん、あとはないー?」
「ああ、牛乳もバターも買ったしシナモンパウダーやチョコチップも買った・・・
僕がほしかった鹿の子と寒天も手に入れたし・・・
うん、メモに書かれてるのは揃ったから帰ろうか」
「はーい!・・・あれぇ?」
突然左を向いて立ち止まる梓雪。どうした?と思いその方向を見ると
大きな大きな葬儀場があった。白黒の幕や真っ白な花々
そして多くの人々が数珠やハンカチ片手に黒尽くめで立っているのが
正に、という感じだ。こんないい方は失礼だろうけどな。
「105歳で老衰ですって・・・大往生ね」
「12歳の時に大病を患って余命まで宣告されていたのが嘘のような人生よね」
「ええ、そこから奇跡的に回復して・・・それから色々ありながらも十分に生きて
最期は苦しむことなく眠るように息を引き取ってくれて本当によかったわ・・・」
「でもだからこそ寂しくなるな。いなくなるのは・・・
苦労を重ねたからこそあの人は誰に対しても優しく
慈愛に満ちていたからな・・・ああいう人は今の世の中、そうそういない・・・」
どうやら故人は誰からも愛されていた人らしい。
皆、とても寂しそうに涙を零している。
何時までも見ているのは失礼だと実弦が双子に「帰ろう」と促す。
双子も「うん」と頷いてゆっくりとその場を後にしようとすると
「うわっ!!」
「わっ!!」
反対側の駐車場からいきなり男の子が飛び出して来て
危うく実弦とぶつかりそうになる。
咄嗟に避けたからいいものの、今の勢いは危なかったぞ。
「ああ、すいません!こら!走るなっていってるでしょ!」
男の子の母親が申し訳なさそうに実弦に頭を下げ
男の子も「ごめんなさい」と同じように頭を下げる。
わざとではないようだな。だが危険は危険だ、今後はよくないぞ。
「いえ、大丈夫ですよ!・・・あれ?」
実弦は男の子手元に目を向けた。両手でがっちり掴んでいる小さな小瓶。
ピンク、白、黄色、緑とカラフルな粒がカラカラ揺れるそれは
「「あ!!金平糖だー!!」」
所謂、駄菓子屋などで見かける実に馴染み深い金平糖だった。
双子がまた声を揃えて「「それ君のおやつ?」」と聞くと
男の子は首を横に振って否定し
「俺のじゃないよ!レイコ祖母ちゃんにあげるの!!」といって笑った。
実弦と双子がどの人?という顔で周囲を見回すと
男の子は葬儀場を指差して「あそこにいるの!」と訴え
「実は今日、私の祖母でありこの子の曾祖母の葬儀なんです。この子ったら
『レイコ祖母ちゃんは金平糖が大好きだからプレゼントする』って聞かなくて
あんまり駄々をこねるので、さっき急いで買って来たんです」
「すいません」という母親がご丁寧に補足説明をしてくれた。
「レイコ祖母ちゃん金平糖大好きでいつも食べてたの!だからあげるの!
そうすれば天国でも食べられるかなぁと思って!」
男の子の無垢な笑顔に「そっか、優しいね」と微笑み
いつも双子にしているようにその子の頭を撫でる実弦。
男の子は照れ臭そうにふにゃっと笑い、お兄ちゃんっ子な双子姉妹は
ちょっと拗ねたように実弦のコートを掴んでいる。
その後すぐ親子とは別れ、そろそろ店に戻らねばとまた歩き出す。
そんな間も参列者の会話がこちらにも聞こえてくる。
「そういえば、生前ずっと大事にしていたアレが無くなってたって本当なの?」
「ええ、親族で遺品整理をしたんだけど
何故かそれだけは見つからなかったんだそうよ?
いつも目に届くところに置いていたし、本人以外触らないからおかしいって」
「物盗りってわけでもないっていってたし不思議ねー」
「ご遺族は棺に入れてあげたかったって残念そうだったわ」
「子供の頃から大切にしていたそうだものね、あのオルゴール・・・」
・・・ああ、そういう。
「だね」
それから少し時間はかかったが無事に店に帰り、また何となしのいつもの時間に戻る。
そして暫くの間、各テーブルにあるシュガーポットの中身は角砂糖ではなく
期間限定であの金平糖に変わり、お客は大層喜んだ。
更にその期間中はBGMにあのオルゴールが使われ
絶えず鳴り響くその音色にお客も私たちもうっとりと
夢見心地のひと時を味わった。
音楽が一番盛り上がるパートが流れる度に
『それじゃ、そろそろいかなきゃ!』
満足げに店を出て行くあの後ろ姿を思い出す。
もう二度と来店することはないだろう、「れっちゃん」のあの笑顔と共に。