表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/40

糖花の時間

ここは可笑しなお菓子屋、風韻堂ふういんどう

私たちの住処のような、職場のような、まあそんな場所だ。


私はこの店を見守る熊のぬいぐるみだ。テディベアとも呼ばれている。


誰が私を作ったのか、いつから私はここにいるのか

それらは全く覚えていないが別にいい。

名前は恐らくない。名づけられた記憶がないからだ。

しかし少し前から店の奴らから「グレッド」と呼ばれるようになった。

グレーの毛とレッドのリボンだからというらしい。実に安直だ。


とはいえ名前がないのも不便なので、とりあえず「グレッド」と呼ばれたら

「何だ?」くらいは答えてやっている。

断じて気に入っているわけではない。断じて。


・・・コホン、まあ私の話はここまでにしようか。






「ふわーぁぁぁぁ・・・あー・・・今日も実に平和だねー」





・・・ああ、そうだな。平和だな。


「およ?今回はノってくれんのね?」


実際平和だろう?・・・少なくとも、この店の中だけは。


私のすぐ隣で大欠伸をしている赤いシャツに黒エプロンのコイツは

この店の店長だ。・・・一応な。

寝癖そのままの赤茶色の髪をものぐさに掻きながら眠そうな青い目で

店のドアが開かないかなとぼんやり眺めてる。それがこの男のお決まり行動。


ちなみに今回は珍しくお客もいないのにティーカップを磨くという仕事をしている。

どういう風の吹き回しなのやら。明日は槍でも降ってくるかもしれないな。


「たまに手を動かしてみればすぐそういうこというねこの熊は・・・」


いやいや、やれば出来るんだなと感心しただけで・・・






カランカラン・・・コロンコロン・・・






「!」


おっと、この可笑しな店の扉が歌い出したということは

一先ずお喋りはお預けだな。


「さてさて、今日はどんなお客さんかねぇ?」


さてね?本日のお客様はどんな味をご所望だろうな。

私は此の場で見物させてもらうとするよ。













「こんにちは!」


「はい、いらっしゃー・・・あら?」


立っていたのは襟がフリルになっている白いブラウスと

真っ赤なサスペンダー付きスカートがよく似合う小学校高学年くらいの女の子。

今時いるか?というおかっぱ頭はまるで某国民的アニメの主人公だ。

(色々な事情があるので深くはいわんが)


「兄貴、例の発注なんだが・・・あ」


厨房から顔を出した次弥も兄と全く同じ顔で目を丸くする。

子供だけのお客がそんなに珍しいのか?と最初は思ったが・・・


「二人とも変わらないままなのね!約束の忘れ物、やっと届けに来たのよ!」


ふふっと笑うお客の言葉で「ああ、なるほど」と思った。

一度来店したお客が久しぶりにやって来たからびっくりしたと。

ふぅん、意外と面白くなかったな。

リピート客なんて数年に一度か二度、来店しているだろうに。


「ホント久しぶりだねーれっちゃん!」


「忘れずに持ってきてくれたのか。律儀だな」


「えへへー!」


店主に頭を撫でられ、無愛想な次弥に微笑まれて

ご満悦な「れっちゃん」というお客。

梓雪と乙季より少し上くらいか?

しかし、子供は身長や顔つきだけでは判断しにくいな。


「あ、そうそう!はい、例の忘れ物!!」


お客が背負っていたピンクのリュックから出したのは


「ほいほい、わざわざご苦労様!」


古びたオルゴールボックスだった。


お客の小さな手だと収まりきらないが

店主は片手でひょいと持ち上げられる大きさで

木に塗られた艶出しの塗装と金の縁取りがところどころ少し剥げている。


「いい品だな」


次弥のいう通り、その擦れがアンティークレトロな雰囲気を醸し出している。

古さを感じさせない、むしろ永い年月を奏で続けた貫禄と優美さを表しているようだ。


おっと、たかがテディベアである私が語るべきないようではなかったな。失礼。

だがそれくらい、あのオルゴールは魅力的だ。蓋が閉じられた姿身だけで

こんなに心惹かれるのだから、開かれた音色はさぞや美しい旋律だろう。


「それじゃ、渡し終わったし帰るわね!」


「あ、ちょっと待って!」


「え?」


くるりと踵を返すお客を店主が引き止める。


「もしまだ時間があったらさ、これから休憩だからお茶一杯いかがかな?」


「え?でも・・・わたしは従業員じゃないし・・・」


悪いんじゃないかと子供とは思えぬ遠慮をするお客だが店主はニコッと笑い


「ただのティータイムだから支払いはいらないよ」


といって促す。隣にいた次弥はというと

あとは兄貴に任せるかという顔で厨房に戻って実弦とおやつの準備をしている。


「うーん、じゃあ一杯だけ」


「そうこなくっちゃ!」





まるでこの流れがわかっていたかのように、お皿とティーカップを1つずつ増やしてな。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ