ショコラの時間-4
「貴方がどんな意図でさっきの質問をしたか知らないけど・・・」
「意図?何のことでしょう?」
成人男性が首を傾げても気持ち悪いぞ・・・。お客も怪訝そうな顔にそら変わるわな。
「はぁ・・・もういいです。それに、私はこの生活をやめませんから!
現実で何も出来なかった私がこんなに成長出来たんですもの!
私はこの実力でプログラマーとしてのしあがってみせます!」
入り口のドアノブに手をかけるお客はこちらを振り向かないまま訴える。
「ええ、勿論です。お客さんの人生はお客さんのものですから」
店主のこの言葉をどう受け取ったのかはわからないが
お客はキィ・・・と扉を開けて一歩、一歩と歩きだす。
そんな急かなくても誰も追いはしないのに。
「友達なんてなくても寂しくなんてないわ・・・不器用大臣に戻るくらいなら・・・
人との触れ合いなんて、アナログ世界なんて必要ない!」
ドアが閉まる直前にボソッと、私たちにいったのか自分に言い聞かせているのか
曖昧過ぎる言葉を最後に店の中は再び静寂に包まれた。
・・・あ、店主!あのお客、支払い忘れているぞ?
「ああ、いいんだよ」
何故だ?あれだけチョコレート食べていただろ。
「んー?ここにちゃんと、置いていってくれたからさ」
店主が右手に持っていたのは皮製の手帳とシャープペンシル。何時の間に?
どっちも新品同様で、材質から割りと高そうだが
使っている痕跡が一切見当たらない。
・・・とはいえ、それ支払いというより忘れ物だろう?
「ノートパソコンはあれだけ後生大事に持ってったから
こっちは愛着ないんじゃない?・・・ただ鞄に入ってただけの忘れられ物だから」
・・・忘れ物ではなく忘れられ物・・・か。
まあいいか、そういうことで。帰ってしまったから結局、返せないしな。
それからどれくらい経っただろう?
珍しく店が繁盛して少し忙しかったある日ことだ。
珍しく数人の集団でやって来た異界の者たちが次弥特製のトリュフや
試行錯誤の末作った実弦の力作、チョコ餡最中の味を楽しみながら
「ねぇねぇ奥さん聞いた?例の中学生の件」
「ええ、勿論聞いてるわ。連日、報道陣や記者が集って大変らしいわよ」
「あ、私も空から見かけましたよ。カーテン締め切って完全に隔離状態でしたわ」
「そりゃそうでしょうねー。本人もご家族も精神的に追い詰められてるとかも
書かれていたし、暫くは耐え忍ぶしかないんじゃない?」
「まだ十何年しか生きていない人間の子よ、ちょっと可哀想ね」
「でも内容が内容だけにねぇ。
バレないから大丈夫とか思っちゃったのかしらね」
とヒソヒソ話・・・の割には少しでかい声が店内BGMになっている。
その時は一体何の話だ?と思った程度だったが、客が帰った後
店の前に置いてある新聞に乙季が気づき、店主に渡した時に内容を理解した。
「あららー・・・」
新聞にはここまで面積取る必要あったのか?というくらいでかでかと
『天才中学生プログラマー。自作ゲームは盗作品!?
次から次へとパクリ疑惑が!?』という見出しが
ご丁寧にカラー印刷で掲載されていたのだ。写真もでかい。
「兄貴、内容は?」
「んーとね・・・」
データはハッキングにより某ゲーム会社から盗み
内容を訂正及び改造を加えて使用、ゲームシナリオや登場人物設定は
インターネットで人気の漫画家による
優良会員のみ閲覧可能という連載作品と非常に酷似。
その他にも参考にしたと見られる作品やデータが数多く浮上しており
現在、真相を調査中。だが中学生はパニックで泣き叫んでばかりで
会話が出来る状態ではなく聴取は難航しているとのことです。・・・だそうだ。
『友達なんてなくても寂しくなんてないわ!!不器用大臣に戻るくらいなら・・・
人との触れ合いなんて、アナログ世界なんて必要ない!』
ふと、あのお客の言葉を思い出した。勿論、テディベアとして私は
お客の人としての生き方を批判するつもりはない。どんな道を選ぶかは自由だ。
でも・・・どうしてなのだろう。
寂しくない!ときっぱりいっていたあのお客のモザイクがかった写真を見て
私たちの方が、とても寂しい気持ちになってしまうのは・・・。
「人生はチョコレートの箱のようなもの。
開けてみるまで中身はわからない・・・ってね」
うん?何だそれは?どこかの格言か?
「この間、店長が観てた映画の台詞だよ」
・・・いってみたかっただけなのか。敢えていっているのか。
「ほうっておけ」
それから少ししておやつの時間になると「在庫処理」といって
チョコレートたっぷりの巨大なザッハトルテが振舞われた。
次弥曰く、封を開けていたチョコは全部使い切ったらしい。
「うーん♪流石我が弟、これも絶品だねー!
よかったよ『混ぜるな危険』にならなくて!」
なんて一言余計な店主の後頭部に次弥が無言で放ったお盆
(フリスビーばりに回転がかかっていた)が
綺麗に直撃したのはいうまでもない。