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若葉の時間

ここは可笑しなお菓子屋、風韻堂ふういんどう

私たちの住処のような、職場のような、まあそんな場所だ。


そして私はこの店を見守る熊のぬいぐるみだ。テディベアとも呼ばれている。


誰が私を作ったのか、いつから私はここにいるのか

全く覚えていないがそれは別にいい。名前は恐らくない。

名づけられた記憶がないからだ。しかし少し前から店の奴らから

「グレッド」と呼ばれるようになった。

グレーの毛とレッドのリボンだからというらしい。実に安直だ。


とはいえ名前がないのも不便なので、とりあえず「グレッド」と呼ばれたら

「何だ?」くらいは答えてやっている。

断じて気に入っているわけではない。断じて。

・・・コホン、まあ私の話はここまでにしようか。




「ふわーぁぁぁぁ・・・あー・・・今日も実に平和だねー」




「平和」?「暇」の間違いだろう。なんて今更いうつもりはない。

このやりとりには飽き飽きだ。・・・おっと、また話が逸れてしまったな。

私のすぐ隣で大欠伸をしている赤いシャツに黒エプロンのコイツは

この店の店長だ。・・・一応な。


寝癖そのままの赤茶色の髪をものぐさに掻きながら眠そうな青い目で

店のドアが開かないかなとぼんやり眺めてる。それがこの男のお決まり行動。

他の仕事をやれなんていってた時期が私にもあった。今はただ懐かしい。




カランカラン・・・コロンコロン・・・




「!」


おやおや、この可笑しな店の扉が軽快に歌い出したではないか。


「これはこれは、いらっしゃい!」


さてさて、本日のお客様はどんな味をご所望だろうね?

私は此の場で見物させてもらうとするよ。






「お好きな席へどうぞー」


こちらを観ることなく携帯電話を弄りながら奥の席にどっかり座るお客。


長い髪色も化粧も装飾品も荷物も全部キラキラで、貰い物なんかを少し飾り

あとは育てている植物の鉢が並んでいるだけのこの店には実に珍しいいでたちだ。

まあ、愛らしさなら私が一番だがな。何といってもテディベアだし。


「つーかさぁ・・・」


凄い速さで携帯を叩きながらお客が口を開く。

お客が来たのにレジから出ずそのまま「はい、何でしょう?」と尋ねる店主。

営業スマイルは完璧だが頬杖はやめなさい。


「あたしぃ、これから友達と遊びに行くはずだったんだけどぉ?ここ何処なわけぇ?」


魔女のように黒く縁取られた目がジロッと此方を向く。正直、迫力がある。

あと関係ないかもしれないが、首から上と下が微妙に色が違うのが

個人的には気になった。


「こちらは『可笑しなお菓子屋』という店ですよ」


「は?何それダジャレ?ウケるー!」


馬鹿にしたようにケラケラと笑うお客。

「何だそれ?」という反応は見慣れたものだが大笑いとは珍しい。

だが、何がそんなに面白いのか私にはわからない。


「ここはとある条件に該当した方のみが来店できる店です。お客様がこの店に

 いらっしゃったということは、その条件に当てはまったということですかね」


「ハァ?条件って何?意味わかんないんですけど」


お客はさっきまで笑っていたのに今度は怪訝顔。

よくもまあコロコロと表情が変わる人だ。

まあ私の表情が変わらないだけなのかもしれないけれど。ぬいぐるみですから。


「我々に聞かなくとも、その条件はお客様の中に答えがあるはずですよ」


店主はニコッと笑うと、厨房の方を向いて


「おーい、お客さんだよー!お水持ってきてー」と声を張り上げると

「はーい!」という高くて可愛い声と

「お前も働け!」という低めの怒号が返って来る。

お客は目を丸くしているけれど、店主は変わらずニコニコ顔。


「んっだよここ・・・変な店」


惜しいなお客。変な店も不正解ではないが、ここは『可笑しな』お菓子屋なのだ。


「まあいいや・・・とりあえずぅ、喉乾いたしメニューちょうだーい」


ようやく握り締めていた携帯をテーブルに置き、ふぅ・・・と一息つくお客。


しかし・・・この店は・・・


「申し訳ありません。当店にメニューはないんですよ」


そう、お客のリクエストを聞くというのはやっているがメニュー選択はないのだ。

初来店するお客には店主自らその人に見合うお菓子とドリンクを考えて厨房が提供する。

「面白いね」というお客もいるが、大抵は・・・


「何なのそれ!?こっちはお客だよ!?好きなもの注文させてよ。マジナイわー」


こうなる。もう慣れたもんだ。

どんなにお客が凄んでも「それで何年もやっているので」と店主は表情も態度も崩さない。

でもやっぱり頬杖は崩しなさいな。失礼だから。


でも怒りは一時だけ。店主が「その代わり代金は必要ありませんので」というと

「まあそれなら・・・」と大人しく座り直すのが毎度のお約束。今回もまた然りだ。


「じゃあいいけどぉ、友達待たせてんだからさっさと作ってとっとと出してよね」


そういうとさっきから通知音が五月蝿い携帯に再び向き合い、急いで返事を打つお客。

さっき話している時もチラチラと横目で携帯を確認しながらこっちを見ていた。

まるで主人のご機嫌を伺う飼い犬のようで、一体どっちが操作される側なんだか。


「さてと・・・」


ここでようやく私の隣から動く気配がなかった店主が重い腰を上げて歩き出す。

三歩で着いたそこはレジの横にあるカウンター。店主専用の作業場だ。

数限られたこの男の仕事は、この場所でコーヒーを淹れたりドリンクを作ること。


起きているのに寝ているのではないかというくらい普段はぼんやりしているが

あそこに立つ時だけは別。真剣な目で作業するというレアな光景が拝めたりする。

フルーツを軽快にカットしたりラテアートを描いてみたりと

案外器用なのが少し嫌味だが。


「「いらっしゃいませー」」


「ようこそ。こんな店ですがどうぞごゆっくり」


そんなことをぼんやり思っていると

今度は厨房からワラワラと従業員が顔を出してきた。

それぞれおしぼり、お水、お菓子をお盆に乗せてお客の席へ近づき

順番にテーブルに並べていく。さっき店主が作った飲み物も勿論、一緒だ。


「お姉さん髪の毛すっごいねー!紫とピンク!絵本で読んだ魔女みたい!」


大きく澄んだ瞳に物珍しそうに見つめられ、少し気まずそうなお客に


「こらこら梓雪しぶき。そういうこというもんじゃないよー」


すかさず定位置に戻った店主が助け舟。


おしぼりを渡し、店主から梓雪と呼ばれた黄色いエプロンのおこちゃまも

この店の従業員の一人だ。といっても子供だから簡単な仕事しか任せられないけれど。


「もー、お姉ちゃんったらそんなこといったら駄目でしょう?」


次に水を置いた見た目の割りに大人びた口ぶりでいう少しおませなおこちゃま。

ピンクのエプロンが似合うこの子の顔は乙季いつき

彼女も簡単作業担当の従業員だ。

梓雪の双子の妹で顔は見分けがつかないほど瓜二つ。


ただ、髪型と目の色が違うのでそこで普通に見分けることは出来る。

姉の梓雪は長いツインテールにピンクの目で

妹の乙季はふわふわなポニーテールに赤い目。

服装も姉はカジュアルで活発系、妹はふわふわなお嬢様系と仲良しだけど正反対。


「こら、二人とも。お客さんが困っているから置いたらすぐ下がるんだ」


おっと、話題が逸れてしまったな。失敬失敬。


ちなみに今、双子に声をかけた抹茶色の作務衣を纏う金目の少年の名前は実弦みつる

この店の菓子職人であり双子姉妹の兄でもある。あ、でも三つ子ではない。

愛用のノンフレーム眼鏡をカチャリとあげ

「騒々しくてすいません」とお菓子を置き妹たちの手を引いて早々と厨房に引っ込む。

いつもよりせかせかしているのは何故だろう。


「はぁ!?ちょっとなぁにこれぇ!?」


それにしても今回のお客の声はやけに甲高いな。語尾なんか超音波のようだ。

っと、それは置いておいて・・・今回の店主は何をチョイスしたのだろう。

私もお客のテーブルに目を向ける。

まあ、運んできたのが実弦という時点で検討はつくが・・・


「これがあたしに合うスイーツだってのぉ!?マジありえない!」


ほほう、なるほど。


「何これ激ダサなんですけどぉ?パンケーキとかマカロンとかないのぉ!?」


今回のお菓子は「蓬餅」というものだったか。

店主、隣で湯気を躍らせている湯のみには何が入っている?


「煎茶だよ」


なるほど、煎茶というそうだ。ぬいぐるみの私には

全部同じ緑の液体だろと思ってしまうのだが、それは大きな間違いで

種類によって微妙に違うらしい。不思議なものだ。


「もっとさぁ、フルーツとかクリームとかどっさり使ったキラキラっていうか

 盛り盛りなさぁ、マジかわで思わず写メっちゃうような感じってないわけぇ!?

 あたしこんな地味じゃないし!マジ超失礼じゃね!?」


おお、ここぞとばかりに喋る喋る。息継ぎなしで、しかも噛まずによくいえるもんだ。


いわんとしてることはわからんでもないが。ピンクのメッシュが入った紫の長い髪

何十分かかるかわからない盛りに盛ったメイク、凶器になりそうな長く丈夫そうな色爪

筋肉痛にならないか心配になってしまうゴツくて大きなアクセサリーの数々。


その人物の目の前には漆のお皿に盛られた緑色の餅と

花柄の湯のみに注がれた緑のお茶。

はっきりいってミスマッチ。だがそれも無理はない。


何故なら、店主がその人に見合う菓子や飲み物を考えるのに

相手の見た目や性格など人物イメージは一切考慮していないからだ。


「まぁまぁ、そんな目くじらたてないで一口だけでも召し上がってみて下さいよ」


店主が選ぶのはその人に似合うお菓子ではなく、その人に見合うお菓子なのだから。


「ハァー・・・今日何なわけ?いつもの道歩いてたのに変な店に入っちゃうし

 こんな古臭いお菓子があたしにピッタリとかいわれちゃうし、マジ最悪だし」


ピッタリなんて誰もいっていないんだが・・・まあいいか。


お客はぶつぶつ文句をいいながらも

黒文字を餅のど真ん中にズブリと突き刺して一口で頬張る。

元々小さめに作ってあるが、にしても豪快だ。喉の奥まで見えた。


「・・・・・・・!」


するとどうだろう、さっきまで文句が止まなかった口がきっちりと閉じられて

むぐむぐと動いている。一個、また一個、途中から量を考慮したのか

慣れない手つきで一口サイズにして口に運んでいく。


「・・・どうやらお気に召したご様子かな?」


私に聞くな。あといくらこの耳がふかふかだからといって勝手に触るな。

それと疑問を抱いているようで確信を持っているいい方も何度聞いても鼻につくぞ。


「ねぇ、ちょっと辛辣過ぎなぁい?見た目こんなに可愛いテディちゃんなのにさー」


そんなことよりいいのか?お客の様子、徐々に変わってきているぞ?


「ん?おや、ホントだ」


餅を噛み締める度にポタポタとテーブルに涙を零すのを店主が放っておくのか?

私に構うより他にいうことがあるだろう。ほら、さっさとしないか。



「はいはい・・・どうだい?お客さん、お悩みを思い出すお味だったかな?」



はい、出ました。これはお菓子を食べて反応を示すお客に必ずいう台詞だ。

別にいらないだろとも思うのだが

店主曰く「決め台詞はロマンでしょ!」・・・らしい。


「・・・悩み?」


「ええ、それがうちの店の入場券ですから」


いつも思うが、店主のこの完璧な笑顔は

一体どうやったら崩れてくれるのだろう・・・

私も私で、こんなことを思っては諦めるのは

かれこれ何年目になるっけなぁ・・・?



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