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由と花  作者: かっぱまき
3/10

続く旅



「ただいまっ! 辺りの観察ついでに、食べ物も確保してきた……けど、どうかしたのことさん?」


 元気いっぱいで戻ってきたよつゆは、私の様子に首を傾げた。


「ん? 特に無いけど、何か変?」

「……いや、何だか考え事をしているみたいだったからさ」

「うん。まあ、考えなければいけないことは沢山あるよね。……全てが解決した後、よつゆを引き取ってくれる施設とか」

「なるほどねー。……って、ちょっと納得しかけたけど、僕はペットじゃないからね!?」

「一応働き者だけど、年齢がなぁ……。やっぱり里親を探すなら早い方が良いよね」

「そのネタ、まだ続くの!?」


 冗談めかして言うと、よつゆは憤慨しながらもいつもの様に返してくれた。


 ……うん、やっぱりよつゆはこうでなくちゃ。よつゆに心配されたら逆に不安になるよね。……空から、何が降ってくるのか的な意味で。


 彼が聞いたらまたもや憤慨しそうなことを考えながら、私は何気なく言った。


「あ、そうだ! ちょっと進路変更するね」

「……どこに?」


 何かを察したのか、嫌そうな表情ながらも尋ねるよつゆ。


「……んー、底無し沼に? 少し散歩と洒落込みません?」


 私が言い終えると同時に、よつゆは顔を顰めた。もし、よつゆの体に感情を文字として表す機能があったならば、彼には恐らく「否」の一字が刻まれていたことだろう。

 底無し沼というのは、ここから程近い所にある有名なホラースポットだ。曰く、行ったら最後二度と帰ってこられないとか。


 まあ、これはホラースポットでは結構ありがちな謳い文句だけど。


 勿論、散歩に行くような場所ではない。私だって、用が無ければ行きたいどころか近寄りたくすらないが、仕方がない。


 ――何といっても、先ほどの光が見えたのがその方向なのだから。


 ……自慢ではないが、私は目が良い。あの光は、沼の更に向こうから出ていた。恐らく、今更行っても何の痕跡も見付けられずに無駄足になる可能性のほうが断然高い。

 ……だけど、あそこに光が見えたのは偶然ではない気がするのだ。もしかしたら、動いている人が居るかもしれない。


 ……よつゆには、「最終目的」と言っていたけど、本当のところはあまり真剣に捜す気が無かったんだよね。

 だって、実際に見付けたところで良くて迷子が一人増えて、悪ければお荷物が追加されるわけでしょう。


 にもかかわらず、私は人が居るかもしれないという手がかりにこんなにも動揺している。

 自分では淡白な方だと思っていたのだが、生者に対する意外にも強い執着に、私は小さく苦笑を零した。


 さあて、よつゆの説得をどうしようかな?


 私は目の前で「山の方に行こうよ」と訴える相棒を、「沼と言っても今は石だよ」と「そもそも、河童の癖に沼が怖いのか」のどちらの言葉で論破しようか考えることから始めるのだった。


。⁑~⁂⊰⊱.☪.⊰⊱⁂~⁑。


 その場所には、この世界で唯一の命を持つ石像があった。

 その石像は、ある朝人々が発見したものだった。昨日までは無かった筈なのに突然現れたそれに、人々は驚きはしたものの動かしたりましてや危害を加えようとはしなかった。なんとなく、それをしてはいけない気がしたのだ。

 町の中心部に程近い所に在る像は、今日も佇むばかり。

 何かを待っているのか、それとも……。


 その少女の像は、少し眠そうな目を細めて微笑むだけだった。


。⁑~⁂⊰⊱.☪.⊰⊱⁂~⁑。


「うーん、全くと言って良いほど生物の気配が無いね。……想定内だけど」

「……」

「何? まだ、不満なの?」

「…………」


 どうやら、この沼に来る前の会話がよつゆの自尊心を傷つけてしまったらしい。


 ……やっぱり、「河童の癖に水が怖いなら、お皿を返上するか干乾びてしまえ」というのは言い過ぎだったかな?


 私は、下を見ないように意識しながら沼の上を歩いていた。

 これまたあまり出来る体験ではないと思うが、私はもしまたチャンスがあったとしても謹んで辞退しようと思う。正直、今回でお腹いっぱいというやつだ。


 石になっているくせに、御丁寧に沼の中が丸見えというね。

 変な生物の石像やらが見えてあまり気持ちの良いものではない。

 ……というか、噂の原因はこれなのではないだろうか?


「うー、何でことさんは平然と歩いているのさ!?」


 よつゆには、私も我慢していることは伝わっていなかったらしい。……まあ、別に、どっちでも良いけど。


「あ、でも、魔獣が出てこないのは不幸ちゅ……」

「ちょっと待ったー!」


 私は、内心で冷や汗を大量にかきながら言った。


 どうか。どうか、セーフであってくれ……! もう、フラグはごめんだよ。


 恐る恐る辺りを見回すが、取り敢えず変化は無く静寂は保たれている。辺りに響くのは、私の足音とよつゆの羽ばたき音だけである。


「ふぅ、何とか切り抜けたみたいだね。……それにしても、本当に何も無いね」

「そりゃあね。……というか、それは進路変更する前に何度も言ったんだけど。だから、僕は山に行こうとあれほど……」


 よつゆの文句を聞いているうちに、光が見えた場所まで着いたらしい。

 少し開けていて見晴らしは良いが、本当にそれだけだ。

 光を反射しそうな物は何一つ見当たらない。


「ふむ、ハズレみたいだね。まあ、気長にやるしかないか」


 予想出来ていた事だったので、私は何の感慨もなく呟いた。

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