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6 アクセラレーターは日本語で加速器という意味

明らかに前のお話、切るタイミングミスった。気づくのが遅かった。悲しい。仕方ない。人生だもの。いろいろあるさ。

「……『片病』って、聞いたことある?」

 二人の間に降りた長い沈黙を最初に破ったのは、寛だった。恐怖の目を向けられていたのならば何も言わずに逃げ帰るところだったが、不思議と彼女の瞳からはマイナスの感情を見つけられない。だから、勇気を振り絞って、声を出した。

「へんびょう?」

「そう。片病。一方通行の病気の、総称」

「?」

 頭上に疑問符を浮かべる彼女から視線を外して、寛は言う。

「玉穂、ちょっと目をつむってもらっていい?」

 有無は言われるままに目をつむった。

「僕の姿が見える?」

「……見えないよ?」

「そう。その通り。でも僕からは、玉穂が見える。つまり、玉穂は見ることはできないけれど、見られることはできている。これが、『見る』っていう行為の一方通行。そして、まぶたを閉じなくてもこの一方通行が成り立ってしまう病のことを『片病』と呼ぶんだ」

 寛の説明に、有無は難しそうな顔で首を傾げ、言った。

「でもそれって、ただの視覚障害の人じゃない?」

「その通り。視覚障害も、聴覚障害も、『片病』なんだ」

 寛はそこで言葉を切って、一瞬のためを作った。

「僕は、触覚の『片病』なんだ」

 触覚の、一方通行。

 有無が息をのむのが分かった。

 寛は掌を広げ、言った。

「触ってみて」

 有無の指は促されるままに寛の掌をつつく。普通に触れられる。続けざまに握ってみると、やはり普通に握れる。

「触れられるよな? じゃあ、失礼」

 寛は、彼女に握られている手を押した。

「えっ」

 するりと。水の中へ手を入れたときと同じ感覚を残して、寛の手が、有無の手、腕の中へもぐりこんだ。

「うわっ、わっ」

 そのまま寛は手を、彼女の腕の方へ移動させ、肩を超え、首を昇らせた。

 寛はもぐりこませた手を最終的に頭まで移動させ、ちょうど頭のてっぺんから引き抜いた。

「僕は、他人から触れられることはできるけれど、他人に触れることができないんだ」

 きちんと五本指揃った手をぐーぱーしてみせ、言った。


 視覚、聴覚以外の『片病』は極めて希少であり、かつ一般的に知られていないため、差別も多い。ゆえに昔からこの病にかかった人は迫害を受けていたし、それは寛も例外ではなかった。だから高校進学の際は実家からうんと遠くの高校を選んだ。そして現在は、他人との関わりを完全に断った一人暮らしをしてい る。寛は有無から視線を外して、そういったことを説明した。

 もちろん、全部嘘である。片病なんて聞いたこともないし、多分実在しない。ただ、神様によって触覚を片方奪われただなんて言っても信じてもらえないだろうから、それっぽい理屈をつけただけだ。これも、中学二年生のころに説明できればまだマシな生活が送れたかもしれないが、残念ながら思いついたのは卒業間近のころだった。

「動物以外、たとえば花や土、衣服とかは触れても大丈夫なんだけどね」

 寛はそう言いながら、彼女の制服へ触れる。貫通せず、きちんと彼女の柔肌を感じることができた。温かかった。

「でも、さっきヒロ君の手、あたしの制服の袖も貫通してたよね」

「そう。それが一番の問題なんだよ。理由はよくわからないんだけど、最初に触れた地点が人の身体の一部であるならば、その人の身に着けている物もその人として認識されるみたいなんだ」

「……それが一番の問題なの?」

「服で止まってくれるなら、たとえばこけて他人の身体に倒れてしまっても、バレる前に沈んでいる部分を離せば、いくらでも誤魔化しようがあるだろ」

 身体が完全に通り抜けてしまえば、もはや勘違いだと言い張ることはできない。

 もっとも、仮に服を通り抜けなかったとしても、いきなり手を握られたり、大きく貫通してしまったりすると一瞬でバレてしまうのだが。

「それじゃあ、ヒロ君の潔癖症だっていう普段の完全防備は」

「僕の素肌が誰かの素肌と触れないようにするための、カモフラージュだよ」

「そっか。そうなんだ」

 どんな反応をされるか。寛の心臓がきゅっと絞まる。

 しかし、

「って、あれ、それじゃあヒロ君家行けるじゃん。潔癖症じゃないんだから」

 彼女は哀れむでも恐れるでもなく、あっけらかんと言った。

 寛にはそれが驚きであり、少し嬉しかった。

「あー、しまった。潔癖症は嘘じゃないって言っておけばよかった」

「ええー、なにそれひどい」

 けらけらと笑う有無に、寛もつられて笑った。

次から新キャラ出ます。やったねたえちゃん。

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