31 『良い人』は世界で一番優しい褒め言葉
大学? 知らない子ですねぇ……
県内ではそこそこ栄えている街の駅前。待ち合わせ場所に指定した銅像の前に立っていたのは、有無だった。他には誰もいない。
とはいえ、寛の待ち人が有無であるはずがない。彼女はつい先日宵闇特急の名を知ったばかりなのだ。有用な情報を持っているとは思えない。ましてや、仮に彼女が寛以上に何か情報を握っていたとして、わざわざインターネット上で繋がり、電車で三十分かかる場所を待ち合わせ場所にするなど、回りくどいことをする理由がない。寛に言いたことがあるならばラインを送っても良いし、学校で校舎裏にでも呼び寄せれば良いのだ。
寛はちらりと時計を確認した。現在時刻は、待ち合わせ時間の10分前だ。おそらく今日の目的人物はまだ到着していないのだろう。
「玉穂。こんなところで奇遇だな。何しに来たんだ?」
無視するわけにもいかない。とりあえず声をかけた。かけた瞬間に、思い出した。今、瞳と一緒にいることを。
理由はわからないが、有無は瞳を毛嫌いしている。嫌悪と言って差し支えないレベルだ。
放課後、電車で三十分かけてそこそこ栄えた街へ二人でやってきたとなれば、誰が見てもデートだと思うだろう。有無がその光景を目にしたとき、果たして何を言うのか。
嫌な汗をかく寛に、有無が口を開いた。
「何って、ヒロ君がこんなに遠い場所を待ち合わせ場所にしたんじゃん」
至極当然といった風に言うものだから、寛は一瞬納得してしまった。そしてその一瞬後、おかしいことに気付く。
「……玉穂、だったのか」
「うん。そうだよ。宵闇特急について、お話しよう?」
「……それで、何を聞きたいんだ?」
脱力して尋ねる。期待をしてはいけないと分かりつつ、やはり期待をしてしまっていたのだと気付かされる。宵闇特急について新たな情報は、得られなさそうだ。
「ううん、そうだね。聞きたいっていうか、私の予想を聞いてほしいんだけど」
口元に人差し指をやり、思案するように空を見上げる。
「……ヒロ君が今、宵闇特急を探してるのって、自分のためじゃないでしょ。誰か、身近な人が、宵闇特急にやられたんじゃない?」
「――」
あまりに核心を突いてくる言葉に、声がでなかった。
「たとえばそこにいる三葉先輩とか? 最近結構無理している感じだし、わざわざ一緒に宵闇特急の情報を求めに来たってことは、わりと遠くないんじゃない?」
敵意も嫌悪感もなく、ただ瞳を指さす。
「……玉穂は。なんなんだ。何を知っているんだ。宵闇特急と、どういう関係なんだ」
「忠告しに来たの。宵闇特急をこれ以上探さないで。絶対に、状況は良くならない」
冗談や嘘の類ではない。そう信じさせられるほどに、有無の目は真剣な色をたたえていた。
「……詳しく、聞かせてもらってもいいか?」
「ええ~、それはなぁ……」
「宵闇特急を探すなっていう理由を教えてもらわなきゃ、説得力がなくて従おうとは思えないんだけど」
「そこは、ほら。なんていうか、普段のあたしとのギャップ? 不良が子犬にエサをやってる的なアレで信じてほしいなって」
「一瞬で普段通りに戻ったぞ」
冷静にツッコミながら、寛は妙な既視感を覚えた。
初めて宵闇特急と会ったときに、同じようなやり取りをした記憶がある。
「……もしかして、玉穂、宵闇特急に会ったのか?」
「うん。だから、最初からそう言ってるじゃん」
いや一度も言ってねえよ。そんなツッコミをする余裕は、なかった。
「あたしも、ヒロ君と同じ。……ううん、ヒロ君より一段階上の、宵闇特急の被害者だよ」
「……何があったのかは」
「話したら宵闇特急を探すの、やめてくれる?」
「……話を聞いてみないと、判断できないな」
寛の答えに、有無は数瞬沈黙。
やがて呆れたように両手を広げ、ため息をついた。
「……ヒロ君は相変わらず、底なしの良い人だよね。とりあえず嘘をついて情報だけ抜き取って行けば良いのに」
「やめろよそんなに褒められると照れるだろ」
「ヒロ君の誠実さに免じて、無償でお話をしてあげるよ」
とりあえずどこかで腰を落ち着けて話そうか、と、有無の先導に従って近くの喫茶店へ入った。
次の話がこの作品で一番書きたかった部分というか、一番最初に書くことを決めた所です。それ書いたら満足して完結しなくなりそうだな……書くけど。




