27 咳をしてもひとり(ひとりとは言っていない)
久々に有無ちゃん登場です
「ヒロ君、風邪ひいたんだって? 大丈夫?」
翌日。月曜日。放課後。寛の部屋の玄関。スーパーの袋を片手に訪れた有無は、開口一番そう尋ねた。
「ああ。うん。まぁ、そんなに重症じゃないし、大丈夫だよ。多分。きっと。おそらく」
「なんかもう返事からしてあんまり大丈夫じゃなさそうだよ」
顔色は結構普通なのにね、と、有無は苦笑した。
寛は、今日、風邪をひいた。と、いうことになっている。
いわゆる仮病だ。学校をさぼって、朝から三葉家へお邪魔していた。
「それで、玉穂さん、どうしたの? 急に」
「うん。どうせヒロ君は静かな部屋で一人寂しくセキをしているだろうと思って、看病しに来たんだよ」
「そっか。ありがとう。でも、いいよ、そんな、気を使わなくても。大した風邪じゃないし」
「まぁまぁ。そう言わずに。一度ヒロ君ちに遊びに来たかったし、ちょうど良いじゃん」
「看病しに来たんじゃなかったのかよ」
冷静にツッコミを入れるも、有無は「おじゃましまーっす」と全く遠慮する様子もなく勝手に上がり込んでいった。いや、見られて困るようなものは万が一に備えてきちんと隠してあるから良いのだが。
「すっごい綺麗!!!」
「これでも普段よりはだいぶ散らかってるんだけどね」
有無の感嘆の声に、今度は寛が苦笑いを浮かべる。
「いやいや。あたしの部屋と比べたら月とスッポンポンだよ」
「誰の裸かでだいぶ価値が変わりそうだな」
「うわ、女の子の前で下ネタ言うのはやめた方がいいよ、ヒロ君」
「玉穂が先に言ったんだろ!」
思わずいつもの調子でツッコミを入れてしまう。よくない。一応今日は、風邪をひいているという体なのだ。あまりテンションを上げてしまうと、仮病がバレてしまう。いや、別に有無にならばバレてもさして問題ないとは思うのだが、『なぜ仮病を使ったのか』という線から瞳とのつながりを疑われるのは好ましくない。寛は有無と会話する時、基本的に、瞳に繋がり得る話題を避けるよう心がけている。
「それはそうと、ヒロ君、幽霊とか神様とか好きなの?」
「え、なんで?」
「だって、そういう本がいっぱい落ちてるから」
有無の指差す先には、今朝三葉家の書斎から拝借してきた書籍たちが転がっていた。
寛が仮病を使ってまで学校をサボったのは、三葉家の書斎にお邪魔するためだった。
でんきの身体を元にもどす、ひいては彼女の元気を取り戻すためには、やはり宵闇特急や、神様という存在についてもっときちんと知らなければならないだろうと考えたのだ。
不幸なことに、寛も瞳も、これまで日常を生きることに必死過ぎて、宵闇特急について本腰を入れて情報収集をしたことがなかった。
だから、二人はとりあえず仮病を使って、おそらく最も高い精度の情報を高効率で得られるだろうと思われる書斎に浸かった。ちなみにでんきは相変わらず部屋の中にこもり、その姿を現さなかった。
ともあれ、そうして片っ端から探し、とりあえず借りてきた10冊程度の本たちを、つい先ほどまでひたすら読みふけっていたのだ。そんな折にチャイムが鳴って有無が突撃してきたものだから、きちんと整理するヒマがなかったのだ。
「こいつらは落ちてるんじゃなくて置いてあるんだよ」
「あたしの部屋と一緒だね!」
「今すぐ片づけるから、玉穂さんの部屋と一緒にしないで」
あの部屋と一緒にされるのはたまったものじゃない。
「じゃああたしはその間にご飯作ってあげるね」
「3分もあれば片付くんだけど、カップラーメンの買い置きはないよ?」
「そうだろうと思ってちゃんと緑のたぬき買ってきたよ。ちょうど特売日で76円(税込)だったんだ」
「ご飯作るんじゃなかったのかよ!」
寛のツッコミに、けらけらと笑う。
「じょーだんじょーだん。ちゃんと卵とか買ってきたから。雑炊作ってあげるよ」
中身がぎっしり詰まったスーパーの袋を持ち上げて得意げに言う。
「玉穂、不器用だからお湯沸かす以外できないんじゃなかったのか?」
「ふっふっふ、あのころのあたしと同じと思っちゃいかんよ。あたしは日々成長しているのさ」
不敵な笑みを浮かべ、「まぁ、見てなって」と卵を右手に言う。
「心配だなぁ……」
とはいえ、一応寛は風邪をひいているという設定なのだ。あまり自分から動くわけにもいかないし、彼女のやさしさを拒むのも好ましくない。まぁ、卵雑炊など、失敗のしようのない料理だ。どんな下手な人が作ったって、それなりのものはできるはず。フラグにしか見えない思考だが、実際、卵雑炊で失敗するなど、普通に考えてありえない。
そう考え、とりあえず彼女の料理の行く末を見守ることにした。
正直この話はつなぎでしかないので続きと一緒に投稿したかったんですが、それをするとちょっと字数が多くなりそうだったので断念しました。




