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24 たとえ中身がBBAだろうとおっさんだろうと、見た目が幼女なら幼女。逆もしかり

 それから、寛とでんきは二人で和やかに晩御飯を食べたり洗濯物をたたんだりと家事をした。

 そして夜。いざ寝る段階になって、ようやく、寛の部屋には布団が一つしかなかったことを思い出した。

「あー、しまった。僕は床で寝るから、でんきちゃん布団使って」

「いいえ、御津さんが使ってください」

「いやいや。客人を床に寝させるわけにはいかないよ」

「それを言うなら、家主に床で寝させるわけにはいきません」

「いやいや、でんきちゃんを床で寝させたら、あとで会長さんに何を言われるか分かったもんじゃないよ」

「たぶん何も言わないとは思いますけど……それなら、御津さんさえ良ければ、二人でその布団を使いましょう」

「えっ」

 小学六年生の少女のまさかの提案に、寛の思考が止まる。

「わたしの身体は小さいですし、たぶんなんとかなります」

「え、いや、それより、でんきちゃんはそれでいいの?」

「御津さんが大丈夫ならわたしも平気です。このままではどうせお互い譲らないですし、どうですか?」

 なるほど、たしかに、このまま布団を譲り合ったところで平行線だ。少しの逡巡の後、でんきの提案を受け入れることにした。

 そうして二人で床についた。

 どれくらいたっただろうか。意識がうつらうつらとしてきたところで、どこかかげりのある声が寛の耳に届いた。

「……お姉ちゃんは、ずるいです」

 天井に放ったでんきの呟きはとても小さく、きっと、同じ布団の中にいなければ聞き取れなかっただろう。

「会長さんが、ずるいの?」

「……はい。ずるいです」

 暗闇の中、数瞬の間を置いて、肯定する。

「……どうして、ずるいの?」

 何も言葉を続けないでんきに、先を促す。これで話さないならば、それはそれで良い。そう考えていると、でんきは数瞬の逡巡をはさんで言った。

「わたしよりいっぱい生きているからって、知識や経験の差をふりかざしてくるんです。……お姉ちゃんだけじゃない。大人は、みんなそう」

 悲しみか、悔しさか。感情の読み取れない声。思わず部屋を明るくして彼女の表情を確認したくなったが、それはきっと反則だ。寛はぐっとこらえ、でんきの次の言葉を待つ。

「わたしたち子どもは、いっぱい、考えているんです。いっぱい、知っているんです。でも、それを言葉にできない。納得いかないことも、不満も、おかしいことも。ちゃんと、それを、うまく言えないだけなんです」

 たどたどしく言う。きっと、彼女の言うとおり、今も、不満を明かす言葉を、思いつかないのだろう。それでも、なんとか伝えようと、必死に紡いでいるのだろう。

 言葉の、なんと不便なことか。

「ずるいです。わたしたちは、どんなにがんばってもすぐに大人になれるわけじゃないのに。大人は、平気で大人であることを使う。知識も、経験も、立場も」

「……会長さん……お姉さんと、何があったの?」

「……お姉ちゃんの聖人君子は、わたしのためなんです」

 ぽつりと、言った。

「わたしたちのおじいちゃん……祖父は、変な人でした。わたしは好きでしたが、他の人たちからしたら、おかしな人だったみたいです」

 暗闇の中。表情は窺えないが、でんきの身体がどんどん小さくなっていくような錯覚を覚えた。

「わたしは、お父さんを知りません。わたしが小さい頃に離婚したそうです。気がついたら、お母さんと、おじいちゃんと、お姉ちゃんだけでした。それで、おじいちゃんが変な人だとか、お父さんがいないだとかを、近所の人やクラスメイトによく言われました」

 寛が何も言えないでいる間に、でんきがぽつりぽつりと言葉を重ねてゆく。

「それは、やっぱり嫌でした。おじいちゃんが悪く言われるのも、お父さんがいないことを言われるのも。悲しかったです」

 ごそりと、ふとんの中で動く。仰向けにしていた身体を寛のほうへ向け、悲しげに呟く。

「そうしていたら、いつの間にか、お姉ちゃんが外で聖人君子をするようになっていました」

 そこで数秒間の沈黙をはさんで、言葉を続けた。

「お姉ちゃんは、わたしが気付いていないと思ってますけど、わたしはちゃんと知っています。お姉ちゃんの聖人君子が、わたしを守るためなんだって。周囲の人の言葉で、わたしが悲しむから。お姉ちゃんは聖人君子になって、近所の人や学校の人達から悪く言われないようになったんだって」

 三葉瞳という少女の本質に関わる話。

「でも。わたしも、お姉ちゃんの力になりたい。お姉ちゃんに守られるだけじゃなくて、お姉ちゃんを守りたい。だから、児童会長になったし、家事もいろいろ覚えたいんです」

 静かな、しかし今までとは違う、強い声だった。

 寛は一つ、納得した。

 でんきの明るくて人懐っこくて、それでいて礼儀正しい、誰もが理想とする子供の姿。それは、きっと、姉の背中を見て真似をした結果なのだろう。

「……そっか。それじゃあ、明日は部屋のお掃除について勉強しよっか」

 結局、瞳とでんきの間に起こったいさかいの内容も、でんきの推測の根拠も分からなかったが、そんなことはどうでも良い。大体推測はつく話だし、今そこを掘り下げる意味はない。

 だから、見えないとわかっていても、安心させるようんに微笑んだ。

「はいっ。……あの、話を聞いてくれて、ありがとうございました」

「うん。おやすみなさい」

「おやすみなさい」

 でんきの頭をぽんぽんと撫で、ゆっくりと眠りについた。


 深夜。明け方と言っても良い時間。寛はふと目を覚ました。

 すぐに、布団の中にでんきがいないことに気付いた。トイレか? と思ったが、トイレは暗い。あわてて部屋の明かりをつけるが、どこにもいなかった。

 まさか。嫌な予感に押されるように玄関へ向かうと、でんきの履いてきた靴がなかった。

 あわててアパートを出て、廊下、階段、アパートの前と確認するも、人っ子一人視認できない。

「えっ、いや、えっ……」

 言葉にならない声が上ずる。あわてて瞳に電話をかける。

 3コール目で瞳が出た。

「会長さん。でんきちゃん、そっちにいないですか?」

『……少し待って。確認するわ』

 寝起きとは思えないほど冷静な声で言う。あるいは、寝ていないのかもしれない。

『……こっちには来ていないわ。状況を教えて』

「でんきちゃんと一緒に寝ていたんですけど、起きたらいなくなっていました。ちょっと今から外探してきます」

『わかったわ。私も探してみる』

「了解です。お互い、見つかったら連絡しましょう」

 電話を切って、部屋を飛び出す。


 しかし、でんきは、案外あっさりと見つかった。

 ひょっとして、と、一番最初にあたりをつけた、最寄り駅のプラットホーム。そこに、三葉でんきはいた。

「……でんきちゃん……?」

 いや、寛には、彼女が三葉でんきであるという確証が、もてなかった。たぶん、そうだろう、というあいまいな考えで声をかけた。

「御津さん……」

 寛の声に、ベンチに座る彼女は顔を上げ、その泣きそうな表情をさらした。

「わたし……大人に、なった……」

 でんきは、見た目20代前半の女性となっていた。

起承転結でいう転に入った感じです。あんまり転を長くやってもぐだるので、一気にスパート掛けていきたいです。

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