17 告白するときにタメ語でする人と丁寧語でする人と、どっちが多いんでしょうか。これってトリビアになりませんか?
ぜんかいまでのあらすじ
有無「ヒロ君、付き合おう」
寛「ファッ!?」
有無の身長は寛より大分低い。一般的な女子と比べても小柄と言って良いだろう。顔立ちは中性的だが、笑った顔の可愛らしさが印象的な、女の子という呼称がよく似合う女子生徒だ。
寛は、玉穂有無という少女について、それ以上のことをほとんど何も知らない。
彼女の出身中学も、得意科目も、寛との出会いの理由も。
何故男子トイレに忍び込み、寛の入っている個室を上から覗いていたのか。なぜ戸惑う寛の写真を撮ったのか。にも関わらず、なぜあっさりと写真を消したのか。なぜその後寛に付きまとうようになったのか。なぜ寛の触角の一方通行を目の当たりにしても平然としていられたのか。なぜそれを誰にも言おうとしないのか。なぜ寛を瞳から遠ざけようとするのか。昨日も一昨日も尋ねたが、彼女は茶化すばかりでまともに答えようとはしなかった。
まぁ、少なくともマイナスの感情は持っていないようだし、別にいいか。もうよっぽど、変なイベントも起こらないだろう。今日の授業中、そんな風に結論づけた。
完全にフラグだった。
「ヒロ君。あたしの恋人になってよ」
走馬灯のように過去の思考を思いだす寛の目の前で、有無はやはり真剣な、いっそ怖いくらいの目で寛をまっすぐに見つめて、言った。
寛は、とっさに声が出なかった。彼女の言葉は完全に思考の外側のもので、彼女の言葉を理解するのに時間がかかったからだ。
恋人。恋人と言ったか。買い物に付き合うとか、そういう意味ではなく。ああ、つまり、これはあれか。俗に言う、告白というやつか。愛の告白とかいう漫画の世界にしか存在しないものか。その割に有無の表情は真剣だ。やや紅潮した頬はおそらく、足早に歩いた故か、あるいは怒りに似た感情故か。少なくとも、告白の場にふさわしい恥じらいや照れといった感情でないことだけは、ハッキリとわかった。
ぐるぐるとまとまりのない思考が寛の頭の中を駆け巡る。一年以上もの間、女子どころか家族以外の人間ともほとんど会話をしたことのなかった寛には、女子からの告白というのは刺激が強すぎた。
沈黙。有無は相変わらず、寛をまっすぐに見つめる。告白をするときにこれほどまで堂々としていられる人が、日本にいったいどれほどいると言うのか。恥じらいや、おそれや、照れといった感情が彼女には欠如しているのか。あるいは、何か別の意図があるのか。
わからない。寛はただ彼女の歪みない視線から目をそらし、言葉を考える。
「……玉穂は、さ」
「うん」
「なんで、僕なの」
「……知らないよ。誰を好きになるかなんて、選べないもん」
寛の問いに、有無はやや不機嫌そうに言う。その感情が、答えを先延ばしにする寛に向けられたものか、寛に恋慕してしまった自身に向けられているのか、判断がつかない。
そもそも、有無が本当に寛に好意を持っているのか否かすら、寛には判断することができない。
ただ、それでも、思った。彼女の「誰を好きになるかなんて選べない」という言葉だけは、きっと本心なのだろうと。有無の真意は相変わらずつかめないが、嘘でこの言葉は言えまい、と。
だから寛は、最初から決まっていた言葉を口にした。
「……ごめん」
地面を見つめたまま、寛は短い言葉で拒絶する。
「……そう」
有無はたった二文字の言葉を口にして、寛に背を向けた。
そして、そのまま寛を置いて歩き出した。
寛は彼女の足音が聞こえなくなるまでずっと地面を見つめることしかできなかった。
彼女の声は、思いのほか平常通りだった。震えてもいなければ、語気も変わらなかった。
ただ、彼女はその表情を見せることを、拒んだ。
それが寛の心臓に引っかかって、痛かった。




