16 みたらし団子は朝食にぴったりだがそれを続けると口内炎ができる
前回の更新はちょっと分かりづらいお知らせになってしまったので、心当たりのない方は前の話をちょっと覗いて頂けると幸いです。
「ねぇヒロ君。菓子パンってさ、実は何気に最強の食事だと思うの」
「ふむ。そのこころは」
「甘い物って、すぐにエネルギーになるでしょ? パンってお腹に溜まって長持ちするでしょ? その二つを組み合わせた最強の食べ物こそが菓子パンなんだよ!」
「よかったね」
「反応冷たい!!」
昼休み。寛と有無はどうでも良い会話を繰り広げながら校舎裏を目指した。
寛は元々、トイレで一人で細々と食べるつもりだった。しかしトイレに避難しかけたところでやってきた有無は、一緒に食べると言って聞かなかった。さすがに一緒にトイレで食べるわけにもいかないため、妥協案として先日までの昼食場所としていた校舎裏で食べることにした。
寛は弁当箱を、有無はコンビニで買ったのだろうカレーパンを持って、歩いた。菓子パンじゃないのかよというツッコミをしてほしそうに有無がチラチラと見てくるが、あえて黙殺した。
と、そうして雑談を交わしていると、職員室近くの廊下で、瞳が教師に、何やら書類の束を押し付けられているところに出くわした。
瞳は聖人君子の微笑みと明るく作った声で、教師にその書類について尋ねている。彼女の地声はもう少し低いし、彼女の真顔はもう少し近寄りがたい。それを知っているのがこの学校にどれほどいるのかと考えて、少しだけ優越感に浸る。
「しっかし、よくもまぁあんな便利屋さんみたいな扱いに平然としていられるもんだ」
寛は彼女の聖人君子ぶりに、一周まわって感心してしまった。改めて見てみると、彼女の微笑みは本当に完成されている。
ところが、よくよく彼女の表情やしぐさを観察してみると、完全な聖人君子の仮面のどこかに、わずかな隙間が見えた。そこからのぞくのは、疲れか、不快さか。どこに向けられたどんな感情なのかもわからないそれは、しかし、一瞬のうちに消え去った。
勝手な想像だが、きっと彼女は、何かほかにやることがあるのだろう。なにしろ聖人君子で生徒会長で合唱部の副部長だ。通常の業務に加え、知人友人親しいも親しくないも関係なく、様々な面倒事を押し付けられ、それをすべて聖母面で受け取っているのだろう。少なくとも寛は、この二か月間でそういった光景を何度も見てきた。
しかし教師の方はそんな彼女の感情に気づいていないのか、人の好さそうな作り笑いを浮かべて「いや~、すまん。今日私用でどうしても早く帰らなきゃいけなくてさ。頼むよ生徒会長~」と書類の束を押し付けようとしている。
はたしてどうなるのか、と、なんとなく隠れてその問答の行く末を眺めていると、案の定、あっさりと瞳が折れた。
「わかりました。明日までにやっておけば良いんですよね?」
「すまん、助かる。代わりにお前だけ課題減らしておくから」
「いえ、それには及びません。課題は私の学力向上のためにあるのですから」
「おう、三葉は相変わらず真面目だな。素晴らしい」
感心したようにうなずいて瞳に書類を渡すと、その教師は後ろ手に振って去って行った。
残された瞳の背中は、どこか小ぢんまりとして見えた。
「会長さん」
「ひうっ。……あら、御津君。昨日ぶりね」
一瞬肩をビクつかせ頓狂な声を上げたものの、数瞬の沈黙を経て振り返った彼女の表情は、先までと変わらない聖人君子のそれだった。肩をビクンとさせた瞬間の表情を見れなかったことが少し悔しかった。
「今の声もっかいお願いします」
「いやよ恥ずかしい」
瞳は笑って手を振る。学校一の人気者とこんな冗談を交わせるようになるとは、なんだか不思議な気分だ。もっとも、こんな場面をほかの誰かに見られたら嫉妬でいじめの対象にでもされてしまいそうなものだが。
慌てて周囲へ目をやる。有無以外いないことを確認し、ほっと胸をなでおろす。
「それはそうと会長さん、大変そうですね、それ。よかったら手伝いましょうか?」
これは打算でもなんでもなく、本心からの言葉だ。彼女のあまりの危うさは、見ているだけではとても落ち着かない。どこか、すみっこでもいいから支えなければという気になってしまう。
これまでは一切の関わりがなかったからその感情も押し込めていたが、今はそれを提案しても良い関係だろう。寛はそう思って言った。
「えっ、ああ、ありがとう。でも、大丈夫よ。これくらいなら私一人でもなんとかなるわ」
しかし、彼女は一瞬怪訝そうな顔をして、それから慌てて手を振って断った。
「いえ、昨日のお礼がてら、やりますよ。会長さんもいろいろ忙しいでしょうし。どうせ僕はヒマですから――」
「ううん、本当に大丈夫。それにこれ、たぶんあんまり生徒に見せちゃいけないやつだし」
彼女自身が生徒にカウントされていないことにツッコミを入れるべきなのだろうか。
「それより御津君、これからお昼ごはんなんでしょう? ヒマだなんていうから、そっちのカノジョさんがとっても不機嫌そうよ」
そんな寛の思案をよそに、瞳は寛の後ろを手で指示した。
彼女の手に促されるままに後ろを向くと、そこには、ハッキリとわかりやすくむくれた有無が寛を見つめていた。
……ああ、しまった。有無には、「会長さんには気を付けろ」とキツく言われていたんだった。
寛はそこでようやく有無の言いつけを思い出し、頭に手をやった。忘れてはいなかった。ただ、意識をしていなかった。
いや、そもそもなぜ気を付けなければならないのかもわからないのに、いちいちそれを意識できるはずがないのだ。無茶を言うなと抗議したいところだが、彼女も彼女で真剣に言っていることだけは伝わってくるから、あまり刺激をしたくはない。
「ヒロ君」
そんな寛の思考をよそに、有無が口を開いた。
冷たい、感情を消した声だった。
普段の彼女からは想像もつかない声。寛の背中に悪寒が走る。
「ちょっと、こっち来て」
返答を待たず、有無は寛の手を取って早足に歩き出す。幸か不幸か手袋をしたままだった寛は、彼女の手をほどくこともできず、瞳に会釈だけして彼女について歩き出した。
つかつかと、彼女は何もしゃべらず歩き続ける。寛も、彼女にペースを合わせながら歩く。すれ違う人たちにはやはり奇異の目を向けられた。しかし、最近あまり向けられることのなかった好奇の色が混ざっていたように感じた。傍から見たらこの一方的な連行も、恋愛関係のように見えたりするのだろうか。
しばらくそうして沈黙のまま歩き、気づいたら校舎裏に立っていた。
当初の目的地にたどり着いたわけだが、彼女は未だ寛の手を離そうとしない。寛の手を握る力は強く、彼女の現在の感情を反映しているように思えた。
きっと、有無は怒っているのだろう。瞳に気を付けろと釘を刺したにも関わらず、寛が彼女と親しげに話していたから。あまつさえ、彼女の手伝いをしようとしたから。それも、全て有無の目の前でするというデリカシーの無さ。ハネ満12000点だ。
さてどう謝ったものか。おとなしく頭を下げるか、何かご機嫌取りをするか。とはいえ詳しいことを教えない癖に「会長さんと関わるな」では、守る義理もない。あまり下手に出る必要もないのかもしれない。
と、そんな風に考えていると、いつの間にか寛に向き直っていた有無が、口を開いた。
「ヒロ君。あたしと付き合わない?」
その頬の紅潮が、照れや恥じらいによるものだとは、どうしても思えなかった。
大きく物語が動きました。当初のプロットには全くない動きです。私は基本的にプロットをきっちりかっちり組んでその通りに機械的に書いていくタイプの人間なのですが、肝心のそのプロットがつまらないとなると、プロットから外して無理やりにでもイベントを作っていくしかないんですよね……。本作はそんな感じで風呂敷を広げに広げまくってますが、畳み方は全然考えてないです。って最近こんな感じのことばっか言ってる気がする。
続きは昼ごろ起きて学校行って図書館のパソコンで頑張って書こうと思います。




