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13 死因は本の山に埋もれて圧死(嘘)

「いらっしゃい。どうしたの? 御津君。上がって」

 『三葉』という表札の前で地図と外観を二、三度見比べていると、玄関から出てきた瞳が声をかけてきた。

「ああ、すみません。心配性なもので、本当にここで良いのか確かめてました」

「ボロい家だものね。無理ないわ」

 瞳の家は、拍子抜けするほど平凡だった。育ちのよさそうな彼女の聖人君子ぶりからお金持ちの家を想像していたのだが、全くそんなことはない、どこにでもありそうな古い民家だった。

 彼女に促されるままにスリッパを履いて、廊下を歩く。内装も、外観に負けず劣らず、古い。壁にところどころ見られるガムテープを剥がした跡や消されていない落書き、破れたままの障子など、庶民的な生活感に溢れていた。

「麦茶で良かったかしら?」

「はい」

「氷はいる?」

「お願いします」

 平常通り完全防備の寛にとって、冷たい麦茶は最高に求めていたものだった。間もなく出されたプラスチックのコップに注がれた麦茶を一気に飲み干し、ふぅと息を吐く。

「暑そうね。脱いでも良いのよ。ここには私しかいないし」

「……じゃあ、お言葉に甘えて」

 幾ばくかの逡巡の後、暑さに屈した。マスクだけそのままに、身軽な格好になる。どのみち、彼女は触覚の一方通行のことも潔癖症が嘘であることも知っているのだ。今更装備を固

めたところで何も意味はない。

「マスクは外さないの?」

「はい。素顔を晒すのは好きじゃなくて」

「そう」

 彼女はそれ以上何も言わなかった。それが、寛には少しだけ嬉しかった。

 麦茶を注ぎながら、彼女は声の調子を変えて言う。

「落ち着いたら祖父の書斎に案内するわね」

「おじいさんが、何か関係あるんですか?」

「ええ。実は私の祖父は、宵闇特急と会ったことがあるらしいの」

「……へぇ」それで、彼女は宵闇特急を知っていたのか。

「宵闇特急について、本も一冊出版したことがあって、」

「……あの、ひょっとして、その本、山陽っていうお名前で書かれたやつですか?」

「あら、よく知っているわね」

 寛は思わず声を失った。

 山陽という人物が書いた宵闇特急についての伝奇本は、寛が中学時代に探した宵闇特急についての情報で、唯一書籍という形になっていたものだからだ。

 自費出版で出されたものであるため、これだけでは信用に足らない。だから、できれば著者本人に会って直接話を聞きたいと思っていたのだ。それが、まさかこんな機会におとずれるとは。他人と関わってみるものである。

「それで、おじいさんは今どちらにいるんですか?」

 逸る気持ちを抑えて尋ねると、しかし対照的に、瞳は目を伏せて声をすぼめた。

「亡くなったわ。半年ほど前に」

「……すみません」

「いいのよ。私の方こそ、ごめんなさいね。期待させちゃって」

「いえ、そんな」

 気まずい沈黙が降りる。

 なんとかこの空気を壊そうと、寛は「そ、それよりっ」と前のめり気味に切り出した。

「おじいさんの書斎に入っても大丈夫なんですか?」

「ええ。もちろん。それじゃあ、そろそろ書斎に行きましょうか」

「お願いします」

 彼女に先導される形で書斎へ入った。

「……すっげ」

 書斎という名にふさわしい、机と椅子と本だけの簡素な部屋だったが、その本の量がハンパではなかった。

 寛の身長の二倍ほどはあるだろう本棚が部屋を所狭しと埋め尽くしている。おそらく、本棚たちの占める面積の方が、部屋の空きスペースよりも広いだろう。もはや元が何畳の部屋なのかすらわからない。ハードカバーの本が隙間なく敷き詰められた本棚を眺めて、なんだか頭が痛くなる思いだった。

「なんか、なんですかね。図書館を圧縮したみたいな感じですね」

「あら、面白い表現をするわね」

 瞳はいつもの聖人君子の微笑みを浮かべて感心する。

「興味のあるものがあったら適当に手にとってもらって大丈夫よ。私はその間に、宵闇特急についてのメモを引っ張り出すから」

 言って、彼女は書斎の隅の方をがさごそと漁る。

 手持無沙汰になった寛は、改めて部屋の中を観察してみる。

 本、本、本。最初の印象と全く変わらない。近づいていくつか手に取ってみると、そのほとんどが宗教や神、幽霊などオカルト系の学術書だった。

「そういえば山陽さん、宵闇特急以外にもいくつか書いてたな」

 ネット通販でちらっと見ただけだったからどんな本だったかは記憶にないが、どれも有名な出版社から出版されていたから、自費出版ではないのだろう。そうなると、生前はきちんとした学者だったのかもしれない。著者本人には興味がなかったため、調べようともしなかったが。

「あったあった。それじゃあ、いいかしら」

 それからほかにいくつか本を取りだして表紙を確認して、という作業を繰り返していると、瞳が書類の束を手に声をかけてきた。

「御津君、祖父の書いた本は読んだことある?」

「はい。なんなら今からうちに帰って持ってきましょうか?」

「いえ、それには及ばないわ。むしろうちに余っている分を持って帰ってほしいくらいよ」

 自費出版って、本当に売れないのよね、と苦笑する瞳に合わせて、寛も苦笑いを浮かべる。

 瞳は書類の束をトントンと整えながら口を開く。

「簡単におさらいすると、『宵闇特急は才能を司る神様であり、才能の再分配をするために現世に現れる』というのがあの本の要旨だったわね」

「はい。『強い願いを持った人の元に現れ、本人の中の才能を再分配することでその願いを叶える。ただし、一方に才能を偏らせるということは、対極の才能の減少を意味する』でしたよね」

「ええ。よく覚えているわね」

 この部分だけは、一字一句間違えずに暗唱できる。最も繰り返し読んだ部分であり、同時に、最も納得できていない部分だからだ。

 ――触覚の一方通行は、どう考えても寛の才能という器に収まる話ではない。物理法則に関わってくる話だ。

 宵闇特急という奴が、本当にわからない。口には出さず、心の中で愚痴る。

「それでね。ここにある書類は、その本に書けなかった話が書かれているの」

 瞳はまるで寛の心でも読んでいるかのように、ちょうど愚痴の終わったタイミングを見計らって書類を渡してきた。

「一般的に書いたら良くない話や、宵闇特急に止められたっていう話、出版社に止められた話など。肝心の出会い方はぼやっとしか書いてないんだけど、多分御津君の知らない話もあると思うわ」

 受け取って、ざっと目を通す。

 その中で一つ、目が留まった。思わず顔を上げ、瞳を見る。

 瞳は寛のその反応が想定済みだったのか、ニッコリと微笑んだ。

「ええ。そういうことよ」

 寛はもう一度紙に目を落とした。

 そこには、こう書かれていた。

『宵闇特急に出会った人の見分け方』

ようやっと物語が動き出した感じですね。風呂敷がどんどん広がってて、畳み方全然考えてなくて、どうしようかなって感じです。

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