12 「なんで?」「なんでも」←冷静にこの返答意味不明じゃない?
有無は瞳について何を思っているのか。
授業中ずっと考えていたが、全くわからなかった。何かマイナスの感情を抱いていることはわかるのだが、いかんせん有無の事も瞳の事も知らなすぎる。「話したこともない」という有無の言葉を信じるのであれば、彼女は瞳の人間性、おそらく、聖人君子であるところを嫌っているのだろう。しかし根拠のない推測はどこまでいっても想像でしかなく、情報の足りない想像はただの妄想だ。語るに足りない。
とはいえ有無に直接尋ねるのも気まずくて、結局丸一日、瞳に関する話は避けるようにしてやり過ごした。
「ヒロ君。今日はヒロ君ち行っていい?」
放課後。昨日と同様HRが終わった直後に教室に入ってきた有無が、屈託ない笑顔で尋ねてくる。
ああ、しまった。こんなところにトラップが仕掛けられていたとは……。
寛は脳内で頭を抱え、返答を考える。
今日はこれから瞳と約束があるから、有無を家に呼ぶことはできない。そう正直に答えれば、おそらく彼女は機嫌を損ねるだろう。しかし、答えを濁したところで、昨日と同様押し切られるのは目に見えている。それに、寛が潔癖症ではないという情報を彼女が握っている今、問答を繰り返すのはあまりにリスキーだ。故意的でなくとも、何かのはずみでそれを口にしてしまうことは十分に考え得る。
幾秒の思案の後、寛は正直に話すことを決めた。
念のため、下校する生徒と部活へ向かう生徒たちで沸き起こる喧噪を抜けて、人気のない場所へ移動する。移動する間、じろじろと物珍しそうな視線を向けられたが、寛は徹底的に無視を決め込んだ。
「すまん、玉穂。今日はこれから、会長さんと約束があって……」
寛は手を合わせて謝る。本来、そんなに強く謝るべきことでもないのだが、よりによってその理由が瞳である。有無を刺激しないように、という意味で、深く謝罪する。
しかしそんな寛の気遣いなど関係ないと言うがごとく、会長さん、という単語が出ると、有無の表情が一瞬で冷たくなった。
「……へぇ。ヒロ君、生徒会長と何するの?」
「いや、特に何をするっていうわけでもないんだけど。こう、片病についてな。会長さんも片病の人が知り合いにいるらしくって、ちょっと情報交換をしようっていう」
しどろもどろになりながら言い訳をする寛とは対照的に、有無は感情のこもらない冷たい声音で突き放す。
「そんなことよりお医者さんに見てもらったほうがいいんじゃない?」
「いや、お医者さんには見てもらってるけど、それよりほら、日常生活の送り方についてな。僕は片病を隠すために、こうやって潔癖症を装ってこの暑い中重装備して生活してるけど、同じ片病の人ならひょっとしたらもっと良いアイディアをくれるかもしれないだろ?」
「それならあたしが一緒に考えるよ」
「うん。ありがとう。それは素直に嬉しい。でも、どうせ考えるならいろんな人からアイディアもらったほうが良いだろ? それに、僕もその片病の人の日常生活について何か言ってあげられるかもしれないし」
「ていうか、なんで生徒会長はヒロ君の片病を知ってるの」
「んん。えっと、それは、昨晩帰り道、人気がないからって、手袋外しちゃったんだよ。それで、その状態で会長さんに会っちゃって、なりゆきでうっかり触れちゃって……」
「ふぅん……」
疑うような冷たい目でじっと寛を見つめる。
先のやり取りの間に、何かほころびがあっただろうか。矛盾や不可解な点が生まれないよう注意を払って対応したつもりだったのだが……。
数秒間の沈黙。やがて、有無は「ふっ」と息を吐いて、そっぽを向いた。
「ま、いいや。ヒロ君がどうしようと、ヒロ君の自由だもんね」
言葉とは裏腹に、その声音は投げやりで、表情も決して明るくはない。
「ただ、朝も言ったけど、生徒会長とはあまり関わらないほうがいいよ」
「……玉穂、会長さんと、何があったんだ?」
「何も。話したこともないよ。でも、生徒会長は、ダメ」
「なんで」
「なんでも」
なんでも、ということはないだろう。有無の表情は相変わらず怒りとも軽蔑とも取れるもので、普段の明るい笑顔は見る影もない。
「……まぁ、今日は片病の人と会ってくるだけだから。会長さんにはその仲介をしてもらうだけだし、大丈夫だって」
「……そ。わかった。別に、あたしに止める権利もないしね。でも、何度もいうけど、生徒会長はダメだよ。気を付けて」
「うん。大丈夫。僕も生徒会長については、掴みどころがなくてちょっと怖いなって思ってたから。たぶん悪い人ではないと思うんだけど、警戒はしておくよ」
「うん。それが良いよ」
有無はうなずいて、先までのトゲトゲしい表情を和らげた。ひとまず、彼女の説得には成功したらしい。
しかし、やはり有無の真意がわからない。結局ずっと気になっていた有無と瞳の間の因縁もつかめなかった。徒労感だけが残る。
これから、瞳の家に向かうのだ。果たして吉と出るか凶と出るか。なんだかすでに気が滅入ってきたが、約束をドタキャンするわけにもいくまい。昨晩、とても丁寧に描かれた地図をLINEで送ってもらったし、ここは瞳の人柄を信じるしかあるまい。
寛は校門で有無と別れて、瞳の家へ向かった。
話が一向に進まないのはなんでなんだぜ。




