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11 迷彩服ってどこで売ってるの

そろそろキャラが分からなくなってきたので整理します。


御津寛(みつ・ひろし)・・・主人公。宵闇特急によって触角が一方通行になってしまった。

玉穂有無(たまほ・ゆうな)・・・ヒロイン。なぜか寛をストーキングする。寛の触角の一方通行について、片病という病気だと教えられた。

三葉瞳(みつば・ひとみ)・・・ヒロイン。聖人君子の異名を持つ生徒会長。宵闇特急を希望だと言い、寛を脅してまで出会おうとする。

 結局、三葉瞳とはどんな人物なのか。

「聖人君子、か」

 一限。教師が数学の公式を黒板に書いている様子を眺めながら、小さくつぶやいた。

 表向き聖人君子だけれど、実は腹黒でした。そんな手垢のついた設定だったら、まだわかりやすかった。

 しかし昨晩の彼女は、そんなはっきりとした記号を付けられるような人ではなかった。

 普段は常に聖人君子の微笑みを浮かべているが、宵闇特急について尋ねるときは真顔。一方、寛を脅すときは聖人君子の微笑み。せめて逆だったのならばまだ納得できるのだが、これではあまりにちぐはぐだ。

 また、脅して情報を引き出したと思ったら、それ以上の追撃はしてこないどころか、謝罪続きに今日は彼女のほうから情報を出してくれるという。脅しの材料を振りかざし続け、寛を便利屋さんとしてこき使えば良いものを、対等の立場でいようとしているのだ。

 もちろんそれが嘘であるという可能性もあるが、そもそも現状、彼女は十分に寛の弱みを握っているのだ。昨晩追撃してこなかったにも関わらず、これ以上何をするというのか。

 そう考えると彼女は本当に対価を支払うために寛を呼んだと考えて良いのかもしれないが、いかんせん真意を測りかねる。

 結局、寛にできることは、様々なパターンに備えて頭の中でシミュレーションしておくことだけだ。

 そうして脳内シミュレーションを繰り返しながら一限を終えると、まもなく、迷彩服を着た少女がやってきた。

 顔を確認するまでもなく、有無だった。

 その瞬間寛は立ち上がって、彼女に向き合って小さな声で言った。

「玉穂。ちょっといいか? 校舎裏まで」

「えっ、ヒロ君この格好に対するツッコミなし?」

 教室中の注目を集めながら、中性的な顔立ちをきょとんとさせて有無が尋ねてくる。寛は「いいから」と半ば強引に彼女を引き連れ、校舎裏へ向かった。

 事態を飲み込めていない様子の有無の前で、寛は注意深く周囲の人気を確認。誰もいないことを理解し、スマホへちらりと目をやった。残り5分弱。あまり時間はない。

「玉穂。単刀直入に言う」

「なに? 告白?」

「違う!」

「借金しちゃった?」

「もっと僕を信用して!」

「ひょっとして番長の座をかけて決闘しようっていう」

「番長の座は譲るから! 時間ないから黙って話聞いて!」

 はぁ、とため息をついて、彼女を制す。

 出鼻をくじかれた格好だが、このままではいけない。なんとかペースを取り戻さなければ。素直に黙った有無を前にして、しかし寛は、言葉を出しあぐねた。

 昨晩ずっと考えていた思い、疑念は、結局まとまらなかった。

 彼女の昨日の行動について、考えうる可能性は、3つ。

 だれか不特定の生徒に寛の秘密をバラしたか、

 瞳に直接話をしたか、

 あるいは、誰にも話さず一人胸の内にとどめてくれていたか。

 これらの可能性のうちから一つに断定するには、材料があまりに少ない。

 普通に考えれば一つ目か二つ目だ。しかし有無はそう簡単に約束を破る人に見えない。約束は破らないと信じたい。だが、三つめだった場合、瞳がどこから寛の便所飯情報を仕入れたのかという点について、答えが出ない。昨日ここで寛と有無のやり取りを偶然聞いてしまった、という可能性もなきにしもあらずだが、他人の気配、目や音には、寛は学校にいる間常に気を張っている。気を抜くのは、トイレにいるときくらいだ。まぁ、昨日は動揺で気づかなかったのだ、と言われれば、確かにその通りなのかもしれないが。

 彼女を信じようとして、信じて良いのかという疑問が首をもたげる。まだ彼女と出会って丸一日も経っていないし、そもそも彼女が何者なのか、なぜ最初に寛を盗撮し、いまだにストーキングしてくるのかなど、一切知らないのだ。信用や信頼を築くには、二人の間に流れた時間はあまりに短く、二人の間に交わされたやり取りは全然足りていない。

「……玉穂は、さ。会長さんと知り合いなのか?」

 寛は逡巡を重ねた末、一つ目の可能性を捨てた。

 今朝、学校に来て、驚いた。寛の格好を見てもだれも何も言わない。これまでと一切変わらない扱いだったからだ。つまり、クラスメートには、一切知られていない、ということだ。

「ん。……全然関係ないよ。直接話したこともない」

「えっ」

 のど奥に、何かがつっかえる感覚がする。

「それでヒロ君、生徒会長が、どうしたの?」

「……いや。……なんでも、ない」

 実は、「有無が瞳に話していた」というのが、寛にとって最も都合がよかった。

 口に戸を立てることが実質不可能といってもよい不特定の女生徒ではなく、聖人君子と呼ばれる生徒会長相手ならば、相談することは選択肢の一つとして、十分にアリである。なまじ有無の目的がハッキリとしないだけに具体的な想像はできないが、聖人君子たる瞳がその隣にいるのであれば、一線を超えるようなことはないだろう。また話を聞いた瞳が好んで噂を広めるとは思えないし、うっかり広めてしまうような安直なミスもしないと思われる。つまり、どう転んでも寛と有無と瞳の間で事が収まるのだ。

 一方、瞳が有無とは関係なく寛の便所飯を把握していたとなれば、それはそれで非常にまずい。彼女が何をして知ったのか、その方法によっては彼女の警戒レベルを上げなければならないし、彼女以外に漏れる可能性だって十分に考えうるからだ。

 だから、有無が瞳に告げていたという展開がベストだな、と思っていた。

 ところが、実際は、どうだ。

 有無は瞳と交流があるどころか、瞳の名前を出した瞬間、その表情を一瞬曇らせた。

 否、この表現は正しくない。

 正確には、彼女は一瞬、怒りにも似た、トゲトゲしいものを見せた。

「ヒロ君。生徒会長と、何かあったの?」

「……いや。昨晩帰りに会って、少し話した、だけ」

「私のこと、何か言ってたの?」

「え」

「だって、私が生徒会長と知り合いかのようなこと言うから」

「あ、ああ。そうだね。昨日僕と玉穂が一緒に帰ってたから、それで尋ねてきたっぽい」

 最初の問いかけについて、もっと言葉を選ぶべきだった。寛は後悔の念にとらわれつつ、少ない言葉で彼女を言いくるめる。言葉は、重ねれば重ねるほど嘘っぽくなるものなのだ。

「ふぅん」

 有無は冷たい目をして、何やら思案するように押し黙った。

 沈黙が痛いが、寛には言葉が浮かばない。

 やがて、彼女が口を開いた。

 が、その瞬間、タイムリミット。チャイムの音が鳴った。二限開始の合図だ。

 タイミングが良いのか悪いのか。寛は一つ息をついて、教室に戻ることにした。

 有無も何も言わずに寛の後を走り、やがて別れた。

 別れ際、有無が寛にだけ聞こえる声で言った。

「生徒会長には、あまり関わらないで」

 その声は、やはりトゲトゲしかった。

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