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荒野の闘い

 日は中空からいくらか落ちている。なじみのある荒野に男たちは集う。

 髪を束ねて烏帽子(えぼし)に入れ、布で顔を覆った夕顔は手下たちを従えて夜烏の前に立った。


「よお。用意は出来たようだな」

「ええ。派手に遊ばせてもらうわ」

「いいねぇ、いいねぇ。気が乗ってるねぇ。おめえらも調子は充分かぁ?」


 ずらりと並んだ盗賊たちに声をかける。口々に応と答える者どもは猛りに猛って勇ましく、おのれの命を露とも思わぬ気概に満ちていた。夜烏はにっ、と片頬を歪めた。


「今回ばかりは生きて帰れるとは限らねぇ。だけど勝ち残ったら、都は俺たちのもんだ。表だけはお貴族様に貸してやるが、夜の帝は俺たちだぜ!!」

 男たちは拳を振り上げた。


「千虎っ!」

 夜烏は大男を呼び捨てる。男はのっそりと立ち上がった。

「おう」

「おまえは二組、二十人を束ねろ。夕月は海賊を全て、明は一組残りは俺について来い」

 息を吸い込んで更に声を張り上げる。


「もちろん、全てにおいて俺の言うことが一番だ。ついてるやつと言ったことが違おうがこの夜烏さまが直接命じた時はまずそれに従え。一瞬たりとも迷うな!」

「承知だ、頭っ」「頭じゃねぇ、大頭だ!」「そうよ、大頭領、夜烏さまだっ」

 口々に声が掛かる。


「敵の無常の鬼菱(おにびし)は狐のように狡猾だ。背後にお偉いさんもついてやがる。銭だって余っている。だけどな、勝ち負けはそんなもんじゃ決まらねぇ。あいつらの持たねえ男の器量てェやつを見せつけてやろうじゃねえか」

 (だく)と受けた盗賊たちの裂帛(れっぱく)の気合高らかに、集った冬枯れの地の気は裂けた。


「よし、開始の頃合だ。定めの場所に行け。今回ばかりは手加減するなよ。あいつら全員叩き潰せ!」


 地が震えるほどの声が上がり、すぐに静まった。男たちは命に従って分かれた。夜烏は大きな木の切り株へ片足をかけ、腕を組んで動く手下たちを見送る。風は冷たい。だが雪はなく、わずかに緑の色を含んで枯れた(かや)が揺れている。

 残りの男たちを見渡して、夜烏はにやりと笑った。



 日は傾き始めていたが夕暮れにはまだ間がある。待ち人の姿はかすみもせずに数多くの影を従えて荒野に現れた。


「わざわざすまねえなあ。たかの知れたぬすっとのために右大臣の信頼厚き無常の鬼菱に足を運ばせるってなあ」

「まったくです」

 矩形(くけい)を重ねたような僧形の男は憤然と応えた。


「無駄なことだと思いませんか。都は狭いかもしれませんが喰らい尽くすにはまだ充分に間があるでしょう」

 夜烏は口の端を上げて鬼菱を見た。


「まあ、そう言うな。指二本が呼ぶのさ。おまえに会いたいって」

 やれやれ、とばかりに鬼菱が苦りきった顔をする。


「その話は終わったはずです。多少気の利いたやり方をおぼえても、しつこい男はもてませんよ」

「女に不自由はしてねえよ」

「こちらもです。もちろん私の手下も、雇い主の娘に手を出すほど困ってはいません」

 横に立つ長身の男が鋭い眼差しで夜烏を睨んだ。それを抑えて鬼菱は続ける。


「返していただきましょうか、右大臣の姫の檜扇(ひおうぎ)を」

 笑みを浮かべた夜烏は袖から扇を取り出すと、余裕ありげに扇いで見せた。


「てえへんだよなあ。せっかく孕んだ東宮の女が別の男を引き入れてたって知れたらよお。腹の子も誰が種だかわっかんねーし」

「そんな事実はありません。と、いくら言った所で仕掛けたあなた方は聞き入れないでしょうがね」

 鬼菱も不敵な笑みを浮かべた。


「なかなかの策士を得たようですね。私が仕える相手も探り出しその性格もよく把握しているし、内裏の中にも詳しいらしい。ですがね、あなたについたって時点でその方の負けです」

「そりゃどうかな」

「試してみますか。そのつもりで呼んだのでしょう」

 一定の距離を置いて対峙する二人のまなざしが火花を散らす。


「長年のカタ付けるにはいい頃だぜ、鬼菱」

「暴力沙汰は気が進みませんが仕方がないようですね」

「よくいうぜ。それで食ってる男がよぉ」


 身構える間もなく菱形の鉄が風を切る。すれすれで避けた夜烏が掴んだ扇を右に投げた。控えていた男がそれを受け取り、同時に現れた馬に乗った手下がすかさずその男を引き上げる。一頭の馬がそれに沿う。


「壱の組、追いなさい!」


 人影が割れて鬼菱方からも馬が出る。しかし、わずか三頭。右大臣に告げられぬ争いなので数は出せない。が、夜烏側も二頭だけだ。全てが南へ走り去る。


「お前は追わねえのか、鬼菱」

「あなたとの付き合いは長いですからね、そんな素直なやり口を見せるとは思えませんね」

「と、見せかけて今のが本物だとか、それとももう右大臣に扇を届けて御注進、とか考えねーの?」

「ええ、考えません」

 きっぱりと鬼菱は答えた。


「あなたは妙なところで筋を通したがりますからね」

 夜烏はにやにやと笑った。


「確かに俺自身が策を立てたらそうだろうな」

 ざっ、と人影が夜烏の姿を隠した。

 瞬時に鉄の菱が投げられたが、手下の一人が倒れただけだ。


「千虎!」


 稲妻の勢いで荒野の端から一群を率いた大男が現れる。手に手に握った太刀や棒を振り回しながら怒涛の勢いで鬼菱の群れに殴りこむ。

 相手の乱れは寸時だった。敵側の地に呼ばれた時点で覚悟はしていたらしい。すぐに態勢を整えなおし、野太刀や手矛で迎え撃った。

 千虎に従う者どもはいくつか打ち合うと、すぐに離れて南に位置する。夜烏側と共に挟み込むような形を取った。


「挟撃は悪くない手段ですが、あなたがたは少なすぎる。壱の組を割いても話にもならない。」

 鬼菱は振り返ると数多い手下にも呼びかけた。


「隠れている者が多ければ困りますが、ごらんなさい。陰になるほどの大木は離れている。息を切らして駆けつけるしかないのです。確かに草丈は高いが潜むことは出来ない。何故だかわかりますか?色ですよ。雪に覆われていれば白い布をまとうことも出来たでしょうが、今年はあいにく積もっていない。朽葉の色の衣も落栗の布も、はたまた萌黄であろうとも、枯れた草の色合いとは違います。一目見ればすぐわかります」

「余裕があるもんだな」

「それなりの備えはしています」


 見渡せば、重い盾を地に置く者が傍に控えている。千虎たちの素早い動きに当てた者はまだいないが、弓を抱えた手下も見える。

「名残惜しいですが、お別れですね」

「ああ。あばよ、鬼菱。酒呑む時ぐらい思い出してやるわ」

「謹んで遠慮申し上げます。行け!」

「動け、おまえら!」


 三方の男たちが(とき)の声を上げた。



 南に走った馬の列はすぐに洛中手前にたどり着いた。勇み立った鬼菱の手下は、不意に止まった馬の男から矢を射掛けられて身をすくめた。だが、動く的である自分たちに当たりはしない。しばらく続くが矢が尽きたようだ。意を強くして近づくと、突然弓を捨て、袖から何かを投げつけてきた。

 馬で追う男が声を上げて転げ落ちる。肩にめり込んだものは自分たちの頭の使う鉄の菱だ。


「拾い集めた分だけだろ! たいした数は持たねえはずだ!」

 次の馬の男が叫ぶ。転げ落ちた男は苦しんでいるが命はある。


「すぐに後が追いつく!そこにいろ!」


 徒歩で来る男たちも力の限り馬を追い、すぐ近くに迫っている。

 このわずかの隙に二人乗った馬は都の中に飛び込んだ。追っ手の二頭もそれを追う。が、片方の馬が派手に横転した。そちらに気を取られた瞬間、もう一頭の馬も倒れる。

 辺りには鉄の菱がまかれている。男二人を乗せた馬は、端を通って先を進む。


「待ちやがれ」


 叫び声に振り向き、舌を出す様が憎らしい。ただそれもしばしの間だ。壱の組の残りが追いついてきた。

 いくつか矢が飛ぶ。馬はそれを振り切って堀川のあたりにたどり着く。一条橋が目前だ。

 この冬は雪も雨も少ないため、川の流れに勢いはない。それでもまだ早春のこの時期に突き落とされれば生命の危険があるだろう。

 馬は橋に足をかけ、それと同時に向こう側に人影が現れた。二人は馬を急がせてそちらの側に走りこむ。


「追え!」「いや追うな!橋に仕掛けがあるかもしれん!」

 見渡せば橋は濡れていた。が、他に不審な点はない。それでも鬼菱の手下たちは躊躇していると、固まっていた人影がいっせいに棒や太刀をかまえて橋に駆け上がる。


「弓だ!射ろ!」

 鬼菱側が騒いだが、欄干に登った相手の側が弓を放つ。


「うおっ」「ぐわはっ」

 その矢はひどく的確に飛び、橋のたもとの射手が倒れた。


「止まるとやばい!全員突っ込め!仕掛けがあるならあいつらは乗ってねぇはずだ!」


 壱の組の小頭が仲間を鼓舞して自ら橋に走り込んだ。遅れまじと他の者も続く。

 この場に鬼菱がいたのならば、橋の外で闘うことを指示したに違いない。しかし小頭程度にその見極めはつかず、数に頼った力押しに賭けた。

 さして広くもない橋に男たちは群れる。折り重なるように互いに打ち合う。

 橋はただ、濡れているだけで何の仕掛けもなかった。しかしそれだけで、片側の勝利は約束されたも同然だった。


 美しい影が舞う。黒衣に身を包んだ夕月は、破格の強さを見せつけた。けれどその必要はさしてなかった。

 悲鳴を上げて鬼菱側の男が川に向かって落ちていく。わずかに気を取られた別の男を、欄干の上を走ってきた海賊の一人が討ち取った。

 腕の立つ鬼菱側の男が、いくらかは貧相な敵の男に太刀を振るう。が、男は慣れた様子でそれを避ける。襲いかかる男が不意に転倒した。


「気をつけろ!滑るぞ!」


 濡れた木の橋は不安定な足場だ。通常の場では腕に覚えのある者も、いつもの力を出し切れない。

 しかし、舟が日常の戦場である海賊たちは別だ。揺れがないので物足りないほどだ。高い位置から水底を見つめることも平気だ。

 一方、鬼菱の手下たちは特に選ばれた精鋭たちではあった。が、高い場にも滑る板にも慣れず、川の流れにも息を呑む。ひょいと欄干によじ登り、そこから攻めてくる海賊たちにかなうわけはなかった。


「あやつらは何者じゃ!」「すぐに人を呼べ!」


 日中の、内裏(だいり)に程近い橋である。通りかかった人や牛車に乗る者が驚き呆れる。けれど検非違使(けびいし)(平安警察)の呼ばれる前に鬼菱の壱の組は全て川に投げ込まれ、海賊たちはその場から引いた。

 見るからに卑しげな身なりの者どもである。川の水もひどく冷たい頃だ。人々は多少騒いだが、結局は見捨てて省みなかった。



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