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鬼哭啾啾3 ~溟海の鬼姫~  作者: 灰色日記帳
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其ノ七 ~幻影ノ水面~

「柚葉! 柚葉ーっ!」


 闇の帳に包まれた水鷺隝に、世莉樺の声が響き渡る。

 しかし彼女の声は誰にも受け止められず、夜闇に吸い込まれて消滅していく。世莉樺の耳に入るのは、風が木々の葉をざわめかせる音、そして微かな波の音のみだ。

 

「やっぱり、旅館から近くの場所には居ないんだよ」


 後ろに居る朱美が提案する。


「もっと、遠くの方に行ったんじゃない?」


 続いて日和が提案した。

 柚葉の捜索に出た世莉樺と朱美、そして日和。彼女達はまず、旅館の近辺にて呼び掛けた。やはり返事は無く、この辺りに柚葉は居ないのだと判断せざるをえなかった。


「そうだよね……それにこの辺りなら、先生達がとっくに見回ってる筈だし」


 世莉樺は懐中電灯の光を頼りに、周囲を見回す。

 この懐中電灯は柚葉の捜索に出る際に旅館の人から借り受けた物で、さほどの大きさは無いが光は明るく、夜闇の中で視界を確保するには十分な物だった。

 なお人数分を借りる事が出来たので、朱美と日和も同じ懐中電灯を持っている。


「どうする? あてもなく歩き回っても見つかるか分からないよ」


 日和の意見は正しい。

 世莉樺は彼女を向いて、


「せめてもっと人が居れば、手分けする事も出来たんだけど……」


「にしても、ムカつくもんだよねー……」


 朱美が憤慨したように言う。彼女は腕を組み、ぶすりとした表情を浮かべていた。


「あの柚葉の取り巻きの女子連中、私達が協力求めたら、何かゴチャゴチャ言いながら一目散に逃げてって……」


「ああ……」


 世莉樺は思い出す。

 そう、三人だけでは人手が足りないと思った世莉樺達は、旅館を出る前に協力を願い出ていた。その相手は、いつも柚葉と一緒に居た数人の女子達である。

 しかし、彼女達は『もう夜だから……』『柚葉なら大丈夫だよ』などと身も蓋もない事を並べ、蜘蛛の子を散らすようにその場から去ってしまったのだ。呆れた世莉樺は、彼女達を追う気にもならなかった。

 朱美が溜息を伴って言う。


「ったく、あんた達柚葉の友達じゃなかったのかって感じだよね。怒るの通り越して情けなくなるよ」


「本当……何だか悲しくなる」


 続けたのは日和、全く彼女と同感だった。

 どちらかが困った時には心配し、その身が危ぶまれるならば体を張って助けようと行動する。世莉樺にとって、友達とはそういう物だった。

 あの少女達は、柚葉を友達とは思っていなかったのか。

 世莉樺はふと、思い出したように言った。


「朱美、日和……ありがと。それと、ごめんね?」


「え、どゆこと?」


 怪訝な面持ちを浮かべた朱美が、そう返す。


「その……私が言い出した事で、二人を巻き込んじゃって」


 世莉樺は、朱美と日和に感謝と、そして罪悪感を感じていたのだ。

 柚葉を探しに行くという事は、世莉樺が言い出した事。自分の勝手な提案に、朱美と日和を巻き込んでしまったと思っていた。

 朱美と日和は、微笑んだ。


「何だ、そんな事……全然大丈夫だよ、巻き込まれたなんて思ってない。私は自分の意思で、世莉樺に協力する事にしたんだし」


 そう言うと、朱美は『気にするな』とでも言いたげに自身の胸を軽く叩く。

 日和が頷き、


「私も同じだよ、世莉樺」


 本当に良い友達を持った、世莉樺は心の底からそう思った。


「だからさっさと柚葉見つけよ。ま、何だかんだ言っても……柚葉も剣道部の仲間だしね」


 そう言ったのは朱美。

 日和が笑みを浮かべるのが分かり、世莉樺もくすりと笑みを零した。


「さて、と。だけどどう探せば……?」


 懐中電灯で辺りを照らし、辺りを見回す日和。


「……あっ?」


 途端に彼女は、何かに気付いたような声を発する。


「どうしたの日和?」


 日和は小さく「あれって……?」と発した。彼女が指差す先を、世莉樺は追う。

 そこには、薄汚れた布切れが転がっていた。


(? 違う……)


 歩み寄ってよく見ると、それは布切れではない。

 遠目に見て布切れに見えたそれは、動物の亡骸だ。血塗れで薄汚れた――小猫だ。


「ひっ……!」


 朱美が引き攣るような声を上げるのが分かる。どうやら彼女も、この物体の正体に気付いたようだ。


「これ……踏み付けられた後じゃない?」


 小猫の亡骸に歩み寄り、日和が言う。

 言われてみると、小猫の体には幾つもの靴の裏の痕が残されていた。

 小猫はその顔面に苦悶の表情を貼り付けていて、壮絶な苦しみの果てに息絶えた事が伺える。靴の跡から見て、誰かに踏み殺されたようだ。


「誰が、こんな酷い事を……」


 小猫に手を伸ばそうとして、世莉樺は気付いた。

 

「! これ、足跡じゃない?」


 土の上に、足跡が残されていたのだ。しゃがんで間近に見ると、付けられてからさほど経っていないように見える。

 柚葉が残した物であると断定は出来ないが、手掛かりとしては十分だった。


「柚葉の物……なのかな」


 朱美が呟く。

 世莉樺は懐中電灯を照らし、足跡を追う。


「こっちは……水鷺隝大彌國神社の方向だよね」


 朱美が言う。

 記憶力の良い彼女の言う事は間違いないだろうし、世莉樺も昼間歩いた際に方向を覚えていた。


「柚葉……神社に行ったって事?」


 日和が言う。

 世莉樺は腰を上げる。


「だけど、何で?」


 疑問を浮かべたのは朱美、確かに柚葉と神社に関連性は思い浮かばない。


「……探しに、行かなくちゃ」


 手掛かりがあるのならば探しに行く。それ以外の選択肢は思い浮かばなかった。

 朱美と日和と目を合わせ、世莉樺は頷いた。二人の友人が頷くのを見て、歩を進め始める。



  ◎  ◎  ◎



 昼間訪れた時とは、水鷺隝の様子はまるで違った。

 軒を連ねる木造の建物、風に揺られてざわざわと音を立てる柳の木、川を横断するように架け渡された川。日本の趣を感じさせるそれらの景色も、夜闇の下では不気味にすら思える。

 そして、足跡を辿りながら――世莉樺達は行き着いた。

 

「ここだね……」


 水鷺隝大彌國神社を見上げて、世莉樺は呟く。

 

「足跡は……続いてる」


 言ったのは朱美、柚葉の物かどうかも分からない足跡は、神社に向かっていた。

 

「まさか、本当に柚葉はこの中に?」


「柚葉だと決まった訳じゃないけど……」


 日和の言葉に、世莉樺は応じる。

 その時だった。


「っ……!?」


 驚きのあまり、世莉樺は身を震わせる。

 

「世莉樺、どうしたの?」


 声だけで、言ったのは朱美だと分かる。


「……今、誰かが呼んでる声がしなかった?」


 確かに、世莉樺の耳には届いたのだ。何者かが、自分を呼ぶ声が。


「! また……」


 再び、その声が世莉樺を呼ぶ。

 どこか違和感のある声だった、耳に届いた、と言うよりも頭の中に浮かんだ、と表現した方が正しい。


「何も、聞こえないけど……」


「え……?」


 朱美の表情は、冗談を言っているようには見えなかった。

 

「日和、聞こえたでしょ?」


「ううん、何も……」


 今度は日和に問う、しかし返事は朱美と同じだった。


「世莉樺、気のせいじゃないの?」


 確かに、世莉樺には声が届いていたのだ。だが、朱美と日和には違うらしい。


(……どうして?)


 理由は分からないが、声は依然として世莉樺を呼んでいた。しかしやはり、朱美と日和は反応を示さない。

 思わず、世莉樺は一歩前に歩み出る。


「本当に聞こえるの、誰かが呼んでる……」


 また一歩、神社の敷地へと近付く世莉樺。

 

「誰? ……柚葉なの?」


 そして、世莉樺の右足が神社の門を越え、石畳を叩いた瞬間だった。


「うっ!」


 突然、激しい風が世莉樺を覆い包んだ。

 ――風? 否、風など吹いていない。しかし世莉樺の制服や黒髪は空を泳いでいる。

 朱美と日和を呼ぼうとして、声が出せない事に気付いた。


(これは……!?)


 奇妙な感覚だった。

 視界がぼやけ、体が思うように動かせない。けれど、その感覚に世莉樺は既視感を抱く。

 僅かな時の後――世莉樺はようやく、その感覚の正体に気付く事が出来た。


(水……?)


 そう、それは正しく、水中に居る感覚だったのだ。世莉樺の全身が、水の感触を感じ取っていた。


「あ……」


 数秒が過ぎ、その感覚が自然に消え去る。

 我に返った世莉樺は、


「朱美、日和! 大丈……」


 言葉が止まる。止められる。

 後ろに居たと思っていた二人の友人の姿が、無くなっていたのだ。


「え……!?」


 驚愕と共に、不安に駆られる世莉樺。

 直後、再び彼女を呼ぶ声がする。


「こっちだよ……こっちにおいで」


 これまでとは違い、今度は明確に聞き取れた。

 無垢な色が滲む、幼い少年の声。世莉樺には全く聞き覚えのない声だ。


「誰? 誰なの……?」


 気が付いた時、世莉樺は歩き始めていた。水鷺隝大彌國神社に、そして自分を呼ぶ、謎の声の元へ。






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