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鬼哭啾啾3 ~溟海の鬼姫~  作者: 灰色日記帳
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其ノ終 ~水鷺隝の青い空~


「えっ……?」


 私は思わず、驚きの声を発した。

 それは突然の出来事だったのだ、私に襲い掛からんとしていた溟海の鬼姫の様子が急変した。耳を塞ぎたくなるような悲鳴を上げ、いきなり苦しみ始めたのだ。

 

《何だ……?》


 炬白も怪訝な声を発する。その最中にも、溟海の鬼姫は大蛇の体を振り回し続けていた。

 やがて、一際大きな悲鳴を上げたと思った瞬間、溟海の鬼姫は徐々に真っ黒な、炭とも灰とも分からない物体に変じていき……木の葉のようにボロボロと崩れ落ちていく。捕縛されていた怜悧さんも解放された。

 天照に宿っていた炬白が再び姿を現し、疑問交じりに言う。


「倒した……?」


 急変した状況に困惑してはいた、でも確かにそれ以外に考えられない。

 私や炬白が手を下したわけじゃない、それでも私達は、溟海の鬼姫を止める事に成功したのだ。

 突如嵐が止み、空を覆い包んでいた雲が晴れ、太陽の光が差し始める。それはまるで、天気が怪異の終わりを告げ、祝福してくれているかのようにも思えた。

 ――終わった。

 そう思った矢先だった。崩れ去っていく溟海の鬼姫、その残骸の中から、一人の少女が姿を現したのだ。


「っ……! 柚葉!」


 うつ伏せで倒れ伏せる形ではあった、でも私には彼女が誰なのかがすぐに分かった。

 私達がこの水鷺隝に来たその日の夜、行方不明になっていた同級生で、私と同じ剣道部に所属する躑躅宮柚葉だ。

 すぐに私は彼女の元へ駆け寄り、天照を傍らに置いて助け起こす。

 柚葉は気を失っているようだった、でも「うっ……」と声を発し、すぐにでも意識を取り戻そうとしているのが分かった。


「溟海の鬼姫の、霊媒にされていたのね……」


 その声に、私も炬白も振り返った。

 気絶させられ、溟海の鬼姫に捕縛されていたと思っていた怜悧さんが、そこには立っていた。


「怜悧様、怪我は……?」


「私は大丈夫、それよりもその子は……」


 怜悧さんが駆け寄って、柚葉の頬に軽く触れる。そして程なく、私と視線を重ねて彼女は言った。


「……命に別状は無い、呪いの類も感じない。すぐに目を覚ますわ」


 彼女の言葉に、私は胸を撫で下ろした。

 経緯は分からないけど、柚葉は溟海の鬼姫に取り込まれていた。思えば、彼女は私に激しい憎悪を抱いていた、溟海の鬼姫の私への攻撃性も、柚葉の記憶を受け継いでいる故だったのかも知れない。

 やがて、私に助け起こされている状態のまま、柚葉が目を覚ます。


「う……っ!」


 柚葉の瞳が私の顔を映したと思った瞬間、彼女が息を呑んだのが分かる。

 次の瞬間、柚葉の両手が勢いよく私を突き飛ばした。不意の事に対応出来ず、私は背中から床板に打ち付けられる。

 炬白が、私に駆け寄ってこようとした。


「姉ちゃん!」


 でも私は、手の平を向ける形で彼を制した。

 柚葉が私を突き放すのは分かっていた、これは私と彼女の問題。だから、私の手で解決するしかない。

 私は柚葉に向き直る。


「あんたの所為よ……全部!」


 彼女が私に敵意を向けるのは必然だった、それでも私は逃げちゃいけない。

 

「あんたは……あんたは、私が持ってない物を全部持ってた、剣道だって本当は私よりあんたの方が強いって分かってたし、友達だってあんたの方が沢山いた……!」


 私はふと、あの時の事を思い出した。

 柚葉が夜の水鷺隝に失踪したあの夜、私は朱美と日和と一緒に柚葉の捜索に行こうとして、普段柚葉と一緒にいる女子達にも協力を願い出た。でも彼女達は何だかんだ言い訳を並べ立てて、蜘蛛の子を散らすように逃げて行ってしまったのだ。

 私はあきれ果て、彼女達を引き留めようとも思わなかった。彼女達はきっと、柚葉の事を友達とも何とも思っていなかったのだろう。もしかしたら、家柄も美貌も備えていた柚葉を心の中では疎ましく思っていたのかも知れない。

 さっきの言葉からして、柚葉もそれを知っていたのだろうか。

 沢山の仲間がいると言い聞かせつつも、本当は自分は独りぼっち……気丈に振舞う事でその真実から目を背け続けていたのだろうか。


「私はあんたの影でしかなかった、しかも……しかも、宗谷君だってあんたに奪われて……!」


 宗谷君、柚葉が幼い頃から恋焦がれていた人。

 勿論私にはそんなつもりは無かったけれど、結果的には柚葉の言う通り、私が柚葉から宗谷君を奪った事になるのかも知れない。

 罪悪感が、私の心を覆う。


「お終いね、何もかも。私の所為で皆を巻き込んで、こんな事になって……もう、どうすればいいのかも分からない」


 そう言いながら、柚葉はさっき私が置いた天照をゆっくりと拾う。

 何をする気なの……?


「さようなら、世莉樺」


 そう言った瞬間だった。

 ――柚葉が天照の刃を、自分の喉に向けたのだ。


「柚葉!」


 彼女が何をしようとしているのかを理解した私は、即座に駆け寄って天照の刃を両手で押さえた。

 全くの予想外だった、柚葉は、自身の喉を切り裂いて自害しようとしたのだ。

 だけどすんでのところで、止める事に成功した。柚葉の喉の代わりに、私の手の平に天照の刃が食い込み……鮮血が噴き出る。


「な、何やってんのよ……?」


 うわ言のように、柚葉は言った。

 その最中にも、私の手の平から流れた血液が天照の刃を赤く染め上げていく。


「な、何で……! 何で私なんかの為にこんな、ああっ、血がこんなに……! 手当しないと……!」


 柚葉が柄を離し、天照が音を立てて水上広場の床板に落ちる。

 私は両手の痛みに表情を強張らせながら、


「柚葉は、もっと痛かったでしょう?」


 彼女に語り掛ける。

 柚葉は困惑した表情で私を見ていた、こんな事を言われるなんて、想像していなかったに違いない。


「私にこんな事を言われても何の救いにもならないって分かってる、でも柚葉、私はあなたを恨んだりなんてしてないから、あなたも私の友達で、仲間だから……」


 視界が潤む、単なる痛みから出た涙じゃなかった。

 でも、もうそれ以上言葉は続かなかった。両手の痛みに、私はまた全身を震わせる。


「うっ、ぐっ……!」


 滝のように流れ出る血液、このまま死んでしまうのではとすら思った。

 小さく声を上げて、柚葉が唐突に倒れた。多分私の両手から流れ出る血を目の当たりにして、貧血を起こしてしまったのだと思う。


「姉ちゃん!」


 炬白が、私の手首を掴み取る。


「また、こんな無茶をして……!」


「ごめん炬白、でも、どうしても死なせたくなかったの……」


 目の前に横たわる柚葉を見つめつつ、私は言った。

 怜悧さんが駆け寄り、私に促す。


「両手を貸して」


 彼女に従って、私は両手の平を差し出した。

 すると怜悧さんはそこに手の平をかざし、瞳を閉じて何かの呪文を唱え始める。

 その途端、出血が止まったかと思ったら傷がみるみるうちに塞がっていき、痛みも嘘のように消滅していった。


「痛くない?」


「はい、ありがとうございます……」


 これも、神霊たる怜悧さんが有する力の一端なのだろう。

 私の手の傷は完全に消滅し、血も止まっていた。

 そして私は改めて、柚葉を見た。


「柚葉……」


 これで私と柚葉の関係が変わるだなんて、夢にも思っていない。でも、第一歩だと思いたかった。


「あなたの気持ちは、ちゃんと彼女に届いた筈よ」


 怜悧さんがそう言ってくれた、炬白も私の顔を見て、同意するように頷く。

 柚葉にはこれまで、私への憎しみをぶつけるような事を一杯されてきた。でも、彼女は苦しんでいるようにも見えたのだ。私に当たり散らさなければ壊れてしまう、それ程までに追い詰められていたのだと思う。

 でもさっき、私が傷を負った時……柚葉は本気で狼狽え、心配してくれていたように見えた。

 根は、悪い子じゃないのだ。

 炬白がきょろきょろと周囲を見回し、言った。


「そういえば……焔咒は?」


 私も気付いた。

 焔咒が、この怪異を引き起こした存在と言える彼の姿が、見当たらないのだ。

 炬白が何かに気付いたらしく、


「まさかあいつ……?」


 そう呟いたと思った次の瞬間、炬白は一目散に駆け出して行った。

 私と怜悧さんは慌てて、その背中を負う。



  ◎  ◎  ◎



 炬白が向かった先は、水鷺隝大彌國神社の境内だった。

 日の光が照らし出すその場所は、世莉樺が夜中に訪れた時とは一転し、神秘的で神々しい雰囲気を取り戻している。

 その一角に、彼は横たわっていた。

 その少年は間違いなく、焔咒だ。

 炬白が「やっぱり……!」と発しながら駆け寄り、石畳に仰向けに寝そべる焔咒に語り掛ける。


「焔咒、お前が石碑を砕いたのか……でも、どうして……!?」


 焔咒の傍らには、無数の石の残骸が転がっていた。そしてその周囲には七五三縄が巡らされており、その残骸の元があの石碑だと世莉樺には分かる。

 何も答えず、炬白の方に視線を向けようともせず、焔咒はぼうっと空を見上げながら、


「あの化け物、消えたか?」


 小さく、落ち着いた声で、そう問うた。

 炬白は頷く。


「消えた、倒したよ。焔咒……お前のおかげさ」


 溟海の鬼姫が突然消えたのは、焔咒がこの石碑を砕いたかららしい。

 世莉樺にははっきりとした理由は分からないが、この石碑は溟海の鬼姫の力の源とも言える物だったのかも知れなかった。


「俺の……おかげ……?」


 うわ言のように、焔咒は続ける。炬白は答えた。


「ああ、ありがとう。姉ちゃんも怜悧様も、オレも……焔咒のおかげで助かったよ」


 焔咒の行動が無ければ、今頃世莉樺達もどうなっていたか分からない。

 でも、どうして焔咒は敵である筈の世莉樺達を救うような事をしたのだろうか。


「そうか……」


 怜悧が駆け寄り、焔咒を助け起こした。


「玖來……!」


 それは、焔咒が人として生きていた頃の名前。つまり、彼の本来の名だ。

 焔咒は微かに口元に笑みを浮かべ、言う。


「ずっと俺、独りで生きていた自分こそが誰よりも強いんだと思ってた。他の奴とつるみながら生きている奴なんて群れなきゃ何も出来ないザコなんだって決めつけてた……けど、そうでもないんだな。炬白、お前を見てそう思ったぜ。絆ってのも……案外悪くないもんだ」


 そして、焔咒は怜悧と視線を合わせて言った。


「悪かったな、凛姉ちゃん」


 怜悧は、焔咒を抱き締めた。


「もう、いいの……もう……」


 そして焔咒は今度は、炬白と世莉樺の方に視線を映す。


「世話をかけた」


 そう言った瞬間、焔咒の体が白い光の粒へと姿を変え始め、天に昇っていく。世莉樺も炬白も、そして怜悧も、それを見上げていた。

 沈黙が流れる。その中で、炬白はぽつりと言った。


「……焔咒が悪さをしたのは、誰かに気付いて欲しかったからなのかも」


 彼は続ける。


「口ではああ言ってたけど、ずっと独りで生きてきて、死ぬ時まで誰にも看取られなくて……」


 世莉樺はふと、ある遠き日の事を思い出した。まだ世莉樺が幼かった頃、雪臺家の第二子にして世莉樺の弟、悠斗が産まれた時の事だ。

 あの時、それまで自分を見てくれていた両親が、急に悠斗だけに気を向けるようになった。今となっては、両親がそんなつもりじゃなかった事は分かっている、しかし当時の世莉樺は、自分が仲間外れにされているような気持ちになったのだ。

 子供心に、世莉樺は両親に見てもらいたくて、自分の存在を忘れて欲しくなくて……生まれて初めて、悪さをした。テーブルの上からわざとコップを落とし、割ったのだ。

 しかし、そんな事をしても両親の気を引く事など出来なかった。ただ怒られただけだった。

 大事な弟の為だ、私はもうお姉ちゃんなんだ、だから我慢しよう。それが世莉樺の出した答えだった。そう思うと次第に寂しさも弟への嫉妬心も薄れ、いつしか消えていた。

 焔咒も、あの時の自分と同じような気持ちだったのかも知れない。世莉樺はそう思った。

 炬白の言葉に繋ぐ形で、世莉樺は言った。


「本当は寂しかったんだよ……あの子は」


 焔咒は決して、悪者ではなかった。ただ彼は不幸で、寂しがり屋で、運命に翻弄されてしまっただけの哀れな少年だったのだ。

 彼は改心し、身を挺して世莉樺達を助けてくれた。それが何よりの証拠に思えた。

 怜悧が一歩、歩み出る。


「焔咒は……玖來は、私が責任を持って見守るわ」


 そう告げる彼女の体もまた、淡く輝く白い光の粒に変じ始めている。

 別れの時が迫っていた。役目を終えた精霊は、霊界へ帰らなければならない。それはどうやら、神霊である怜悧も同じのようだった。


「さようなら世莉樺、色々とご迷惑をお掛けしました。溟海の鬼姫に魂を奪われた水鷺隝の人々も、じきに目を覚ます筈よ」


「えっ、いえ、そんな事……! 私こそありがとう御座います、危ない所を助けてもらって……」


 怜悧はくすりと微笑んだ。


「優しいのね、あなた……ありがとう」


 世莉樺に感謝の言葉を贈ると、怜悧は炬白の方を向いた。


「炬白、少しだけだけど……あなたには時間を与えます。世莉樺との別れを済ませておいで」


「分かりました、ありがとう御座います怜悧様」


 炬白からの返事を受けると、怜悧は世莉樺に向かって小さく頭を下げた。その仕草には世莉樺への感謝の念や、別れを惜しむ気持ちも込められているように思えた。

 そして、焔咒の後を追っていくように……怜悧も白い光の粒へとその姿を変じさせ、空へと消えていく。

 潮風に黒髪を揺らしながら、世莉樺はその様子を見守っていた。

 と、炬白が語り掛けてくる。


「髪を黒くした姉ちゃんの事初めて見た時、オレびっくりしたよ」


「え?」


 炬白は、世莉樺と視線を合わせて言った。


「似てたんだもん、怜悧様に」


「わ、私が……?」


 あんな綺麗な女の子に自分が似てる筈がない、世莉樺はそう思った。

 炬白は世莉樺に向き直ると、


「姉ちゃん、ごめん。二年前に会った時……オレどうしても自分の正体を打ち明けられなくて、あんな遠回しなやり方しか出来なかった」


「あ……」


 二年前の怪異の時、別れ際に炬白は世莉樺の亡き弟、悠斗からの伝言を記したノートの一ページを世莉樺に手渡した。しかし炬白は悠斗の情念から生まれた精霊、つまり炬白は悠斗そのものなのだ。

 その事を告げる事は、確かに炬白には可能だった。しかし彼は自分の正体を世莉樺には明かさなかったのだ。

 しかし今回の一件で、期せず焔咒によって炬白の正体が世莉樺に知れてしまった。

 世莉樺は首を横に振り、優しい眼差しで炬白を見つめる。


「ううん、私も何となく思ってた。二年前に会った時から、炬白は悠斗なんじゃないかって、優しい所も、甘い物が大好きな所も……似てたもの」


「さすが姉ちゃん、鋭いな」


 炬白に笑顔を向けられる。それは、悠斗の笑顔そのものだ。

 別れの時は近づいている、もうすぐ炬白と離れ離れになってしまう、話す事も出来なくなる。世莉樺は居ても立っても居られなくなった。

 地面に膝をついて姿勢を低め、世莉樺は目の前の少年の体をそっと、自分の胸の中に抱え込む。


「姉、ちゃん……?」


 炬白は困惑したような声を発したが、拒みはしなかった。


「ごめん、少しだけでいいから……このままでいさせて」


 世莉樺の声に、涙が混ざる。

 悲しみの涙が、嬉しさの涙か、世莉樺自身にも分からなかった。

 

「やめてよ、別れるのが辛くなっちゃうよ」


 そう言いつつも、世莉樺は炬白が自分の背中を抱き返してくれるのが分かる。

 彼の本来の名前を、世莉樺は呼ぶ。


「悠斗……」


 炬白が、囁くように言う。


「人が死ぬのは確かに悲しい事だ、でも……死んだ人は完全に消えてしまう訳じゃない。その人が抱いていた想いも、思い出も……ちゃんと残るんだよ、それが絆ってもんさ」


「本当に……?」


 炬白は、そっと世莉樺の体を自分の身から離す。そして無垢な瞳で世莉樺を見つめて、しっかりと頷いた。


「オレが今ここに居る事こそ、その証拠だよ」


 そして、別れの時が訪れた。徐々に炬白の体が、淡い光の粒に変わっていく。

 不思議な事に、世莉樺はさほど狼狽えなかった。どうしてなのか分からなかったが、炬白の言葉が勇気付けてくれたからかも知れない。

 

「ごめん姉ちゃん、時間だ」


 たった数分の、弟とゆっくり話せた時間。

 名残は尽きなかった、それでも世莉樺は、この時間を与えてくれた事に感謝していた。

 涙を拭い、


「ばいばい、悠斗……」


 きっと、また会える。

 それは単なる予感なのかも知れないが、世莉樺はそう感じていた。彼と自分の間に絆が存在する限り、これが永遠の別れだなんて事はあり得ない。そう信じられたのだ。

 炬白が、悠斗が、優しい笑顔を向けてくれる。


「じゃあね姉ちゃん、いつかまた……」


 その言葉を残し、炬白が完全に光の粒に姿を変え、天に昇っていく。

 世莉樺はそれを最後まで、見届けた。



  ◎  ◎  ◎



 世莉樺が水鷺隝に戻った頃、怜悧の言った通り、人々は既に全員が目を覚ましていた。

 皆が昏倒していた事を一体どう説明すべきか、世莉樺は悩んでいた。しかし、皆昏倒していた事を覚えていない、というよりも昏倒していた事そのものの記憶が一切欠かれたかのようだったのだ。

 理由は分からなかったが、誤魔化す手派が省けて幸運だったと世莉樺は思う。

 朱美や日和を始めとする世莉樺の友人達も、学校の教員や旅館の従業員達も、他の水鷺隝の人々も、全て元通りになっていたのだ。

 それを目の当たりにした時、世莉樺は嬉しさと安心感で涙が出そうになった。

 そして、決して楽しいとは言えない、それでも世莉樺にとって生涯忘れられないであろう宿泊研修は終わりを迎えた。

 世莉樺は帰りのバスの中で、じっと窓の向こうの景色を見つめていた。

 不意に、誰かに背中をつつかれる。振り返ると、意外な人物が世莉樺に菓子の袋を差し出していた。


「あめ玉、一個食べる?」


 何と、柚葉だった。

 世莉樺は驚きつつも、「ありがとう」と返して袋の中からあめ玉を一つ手に取る。柚葉はぎこちなく微笑んだ、彼女が自分に笑顔を向けてくれたのはいつ以来かと、世莉樺は思う。

 メロン味のあめ玉の甘みを堪能しながら、世莉樺は窓の向こうの景色を見る。


 遠ざかっていく水鷺隝の風景を、世莉樺はいつまでも見つめていた。











     雪臺世莉樺



     雪臺悠斗/炬白



     凛/怜悧/溟海の鬼姫



     玖來/焔咒



     躑躅宮柚葉


     

     都留岐朱美



     印南日和



     四十住宗谷




















               鬼哭啾啾3 ~溟海の鬼姫~
















                   終





















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